第四夜 妻への詫び状
第四夜 妻への詫び状
「ただいま」と玄関の戸を開けると、いきなりエプロンが飛んで来た。やはり怒っていたか。妻の顔は今にも泣き出しそうになっている。
「一体何だと思ってるの!」
『何だと』とは、『今何時だと思っているの』と『今迄何をしていたの』と『私はあなたの何なの』との複合語である。その時に答えるには大分時間がかかりそうだ。「ゴメン」と手短に謝り、布団に潜り込む。
将棋を指していると時間の経つのは早い。七時が八時に、八時が九時に、そして九時が十時にと、またたく間に時間が過ぎる。週に一度や二度なら大目にも見てくれようが、三日続けて午前様となると優しい妻も堪忍袋の緒が切れようというもの。仕事ならともかく、「たかが将棋で……」と不満も出て来る。子どもが熱でも出していればなおさらだ。
たかが将棋、されど将棋、などと偉ぶって反論してみても、こうなっては無意味であることくらい妻の顔を見れば明らかである。
この辺の事情を将棋クラブで親しくなって人に訊いてみると、ある人は「残業だ」と言ってごまかす手を使い(ただし、この手は頻繁には使えない由)、またある人は「もう嫁はんも諦めとる」と話してくれた。
ああ、みんな将棋大好き人間なんだ! 何だか連帯感が湧いてきそうだ。
どうやら将棋というのは、妻に怒られながら強くなっていくものらしい。また、強くならなければ妻も救われまい。
こんなことを考えるのは男の身勝手というものだろうか。
愛する妻にもう一度「ごめんなさい」。
(了)
この話は約40年ほど前の実話である。