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将棋千一夜  作者: 秋月しろう
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第三夜 オイヤンの死

             第三夜 オイヤンの死



 オイヤンは家族の誰からも疎んぜられていた。息子夫婦と同居していたが、嫁は誰が何と言おうとオイヤンを好きになれず、冷たくあしらうことが多かったし、息子もいつしかそんな妻を叱らなくなっていた。孫もそれを見てか、オイヤンを半ば馬鹿にしたような目で見ていたものだ。

 毎朝嫁は二DKの狭い部屋を掃除する際、ゴミと一緒にオイヤンを外に放り出した。

 公園で日向ぼっこをしていても一日は長い。オイヤンは午後二時頃になると、将棋クラブにやって来る。クラブは二階にあるので、七十八歳のオイヤンはいつも両手をついて這うようにして階段を登ってくる。

「オッ、今日も生きとったか」クラブの常連客はそんなオイヤンを見て笑う。そして、対戦相手に、

「気ィつけや、このオイヤンは時々誤魔化すからな」と忠告する。

 オイヤンの指し手は早い。しかし決して弱くない。若い頃は相当なものだっただろう。だが今は歳のせいか、駒を持つ手が震えている。そのため、打ち下ろした駒もきちんと枡目に入らない。いつしかオイヤン自身も自分の駒の位置を忘れ、一枡ずれたところから駒を動かしてしまう。先ほどの忠告はこのことを指してゐるらしい。

 嫁がせめてもと与えたものなのか、それとも僅かな小遣いで自ら買ったのか、オイヤンはいつも塵紙にくるんだABCビスケットを持っていた。そして、それを一つずつ出してはモグモグとやっている。誰に何と言われようが、こうして毎日毎日将棋を指しに来ていた。

 嫁がオイヤンの死を知ったのは、いつものように朝部屋の掃除をしようと、起きてこないオイヤンの布団をめくった時だった。いつもと変わらぬ少し微笑んだような顔をして、オイヤンは背中を丸めた恰好で冷たくなっていた。


                 (了)


 このオイヤンと呼ばれる老人は実際に将棋クラブによく来ていた。書いた通り、指が震えるせいか、駒がうまく枡目におさまらず、自分でも正確な位置を忘れて、一枡ずれたところから駒を動かすこともたびたびあった。特に角筋には気をつけなければならなかった。

 もちろん、このオイヤンの生活環境とか年齢とかは完全なフィクションである。そして、申し訳ない、こんな風にして亡くなったというのも当然作り話である。

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