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将棋千一夜  作者: 秋月しろう
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第一夜 火曜日の少女

            第一夜  火曜日の少女


 火曜日、少女はいつものように父親に付き添われてやって来た。まだ小学校四年生くらいであろうか、小肥りの父親とは対照的に、細身の体つきは、幼いながらどこか美しいという表現が似合うような雰囲気を持っている。

 毎週火曜日は「Kクラブ」にA九段が指導対局に来る日である。もう、何年にもなると思う。この親子はいつもきまってA九段の指導を受けに来るのだった。

 将棋クラブに女性は珍しい。しかも、十歳やそこらの少女が本格的に将棋を指しに来るのは否が応でも人の目を引く。父親もそれを意識してか、対局の横で正座を崩さない。手合いは二枚落ちである。戦型は代表的な銀多伝定跡であった。少女はまるで澄んだ湖の底を見透すように盤上を見つめている。細い指先で駒を操る度に肩まで届く髪がサハリと揺れた。

 一手指すごとに父親は小さなマイクを口に当て、「4七銀」などと言って棋譜を録音している。その雰囲気は傍らで見ているものに決して口出しを許さないものがあった。

 いつの頃からか、その親子は姿を見せなくなった。

 私の知る限り、それらしい女性が女流プロになったという話は聞かない。今頃あの少女はどうしているのだろう。父親の思惑は外れ、少し将棋の強い平凡な女子学生になってしまったのだろうか。

 毎週火曜日、A九段の顔を見ると、そんな昔のことが思い出されるのである。


                   (了)



私が職場の機関誌に「将棋千一夜」の掲載を始めたのは、それ以前に「あなたと私と詰将棋」というコラムを持たせてもらって、それが終了してまもなくのことだった。

何かエッセイ風に書ければと考え、第一夜には実際にあったある将棋クラブのことを書いてみた。この将棋クラブは関西の強豪達が集う有名なクラブだったが、話によるともう大分前、席主が亡くなってしまい、閉鎖となったようだ。

この話も今となっては、既に大昔のことになった。私が見たあの少女も中年の女性になっているはずである。彼女は今でも駒を手にしているのだろうか。



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