最終話
翌日、グレートデンは気力を振り絞り王城へと向かった。婚約破棄の手続きを終わらせれば公爵になれる、その一念だけで動いていた。
当然の事ながら、婚約破棄の手続きをしただけで公爵位など貰える筈もない。
その程度の事は、何十とこなせど功績とは到底呼べるものではない。その上、それは己がやらかした失態の後始末の一端なのである。
そんな事にも気付かない脳内お花畑なグレートデンを乗せた馬車は、王城の外壁を潜る門の前で止められた。
「止まれ、これ以上進む事はまかりならん!」
「何故止める、城内に入らんと婚約破棄の手続きが出来ないではないか!」
馬車を止めた騎士に対し、今日こそはと気力を振り絞っていたグレートデンが怒鳴る。しかし、怒鳴られた騎士はグレートデンに対し鼻で笑い言い返した。
「土日は事務手続きをやっておらん。月曜日まで受付で待っているとでも言うつもりか?保安上そんな事を許す訳にはいかんな」
グレートデンはすっかり忘れていたが、今日は土曜日であった。そのため王城の文官は最低限を残して休みとなっており、一般への事務手続きはやっていなかった。
「そ、そんな。婚約破棄の手続きなんてすぐに終わるだろう、それだけやれば!」
「文官が休みでいないのに出来る筈がなかろう。明後日出直すんだな」
手続きを行う文官がいないのでは、どんなにごねた所で無駄である。それを悟る頭は辛うじてあったグレートデンは仕方なく馬車を戻すのだった。
そして月曜日の朝、満を持して王城に向かったグレートデン。今回は文官に確認しながら記入するつもりなため、間違いなく終わると公爵になる事を夢想しなごら順番を待つのだった。
「お母さん、変なおじちゃんがいるよ?」
「あんなの見たらいけません。襲われないうちに帰るわよ」
グレートデンを指差すウサミミ幼女を、母親らしきウサミミ美人が抱き上げて走り去っていく。その他の一般人もグレートデンから距離をとり、彼の方を見ぬよう体勢を変えるのだった。
「番号札666番の方」
とうとうグレートデンが持つ番号札の番号が呼ばれた。意気揚々と窓口に立つグレートデン。それを見た窓口担当者は、ハズレを引いたとあからさまに渋い顔をする。
「婚約破棄の申請をしたい」
「これ……殆ど白紙じゃないか。ちゃんと書いてから出直して下さい」
申請書を一瞥して、次の番号を呼ぼうとした職員にグレートデンが食って掛かった。
「不備があると何度も何度も書き直させるからこの場で書くことにしたのだ。その度にアメショー家に行って署名させるこちらの身にもなれ!」
「仕方ないですね。ではここに名前を、ここに理由を書いて……」
嫌々ながらも職員は記入すべき場所と内容を教えだした。これはグレートデンのためではなく、書き直させる度にアメショー家にも迷惑がかかるとの判断からであった。
「……これで全部書き終わったな?」
「これで不備はありませんよ。婚約破棄は受理されました」
処理の印を所定の場所に押し、申請書を処理済みの箱に入れた職員が答えた。
「よっしゃあ、これで仕事をしたから俺は公爵だ」
「はぁ?何言ってるんですか。こんな簡単な書類書いただけで公爵になれるなら、文官全員王族だろ」
喜びに震えるグレートデンに呆れた職員が水をさす。それを聞いたグレートデンは怒りのあまり職員の胸ぐらを掴み激しく揺すった。
「あれだけ苦労したんだ、俺は公爵になれる!ふざけた事を言うな、俺は公爵なんだ!」
職員に暴力を振るうグレートデンを駆けつけた騎士が引き離す。しかしグレートデンは激しく抵抗して叫んだ。
「貴様ら、公爵に対して無礼であるぞ!その首をはねられたくなかったらその手を放さんか!」
そう叫ばれた所で騎士が平民のグレートデンに従う筈もなく、グレートデンは再び王城地下の牢屋に放り込まれてしまった。
前回は一泊二日と短い宿泊であったが、今回は公務執行妨害に暴行、身分詐称と複数の罪が重なり一日二日で済む話ではなかった。
前回と違い長期の入牢となるからか、グレートデンが乗ってきた馬車の馭者にグレートデンが捕縛された事が伝えられ、帰るよう通達された。
それを聞いた馭者は慌てて帰ると、マラミュートにグレートデンが捕縛されて牢屋に入れられた事を伝える。
怒ったマラミュートは城に向かい、適当な窓口で職員に対して怒鳴り散らした。
「グレートデンが牢に入れられたってどういう事なのよ、彼をすぐに釈放して!」
「罪人に対する保釈や無罪主張をするならば手続きが必要ですよ。保釈ならば保釈申請用紙と保釈金一時払い証明書、保釈時住居申請に……」
必要書類を次から次へと出されるマラミュート。グレートデンと同類の彼女に対する職員の目は冷たい。
かくして、マラミュートはグレートデンと同じ運命を辿るのであった。