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手続き 四日目

 今日こそはと意気込んだグレートデンは、昨日同様朝食後すぐにアメショー公爵家へと向かった。コリーはすぐに署名をしたようで、名を書かれた書類は門番へと託されていた。


「我々も暇ではありません。これっきりにしてほしいですな」


「俺とて好きで来ている訳ではない。金輪際こんな邸に来るものかよ」


 来訪者が無ければ門の前で立っているだけ(とグレートデンは認識している)門番に嫌味を言われ、売り言葉に買い言葉で言い返したグレートデン。昨日と同様城に向かい、番号札を取り、番号を呼ばれるのを待った。

 これまた昨日同様、昼過ぎに呼ばれて書類を提出したのだが、返って来たセリフも昨日と同様であった。


「この書類は受理出来ません」


「昨日、書き直せば受理すると言ったてはないか!不本意ながらも、理由を直して新たな用紙に書いてきたのだぞ。どうあっても受理してもらう!」


 職員は、昨日の再現のように盛大なため息をついて問題の箇所を指でつついた。


「ここに、明らかな誤りがあります。こんな書類、受理したら物理的に私の首まで飛びますよ」


 職員が示したのは、書類の申請者の名前を記載する欄であった。婚約破棄をする当事者でない代理が書類申請を行うケースもままあるため、婚約破棄する当事者の署名欄の他に申請者の名を書く署名欄ご別にあるのであった。


「これの何処が誤りなのだ?」


 婚約破棄者の片方と申請者の欄にはグレートデン・チンチラと己の名が。婚約破棄者のもう片方には、コリー・アメショーとコリーの名が記載されている。


「本当に分からないのですか?虚偽記載などという罪とは比べ物にならない大罪なのですよ!」


 大声で叫んだ職員は、机を両手で叩いて立ち上がる。先ほど職員は、首になるではなく物理的に首が飛ぶと言った。即ち、その罪は断頭台送りになるほどの重罪である事を示唆している。


 グレートデンにしてみれば、理由を(グレートデン的には)誤った内容で書いて再度婚約破棄の手続きを申請しただけである。それが何故に断頭台送りに繋がるのかが理解できない。


「あなたはもう、王族ではないのです。婚約破棄を言い渡した段階では王族でしたから婚約破棄者の欄はこれで良いですが、申請者のあなたは只の平民なのですよ。なのに王家の名を書けば、王族だと詐称する事になるのです!」


 理由を聞けば、誰でも納得である。平民が王族を名乗れば、本人はもとより一族郎党が断頭台送りになっても不思議ではない。


「そんな事、昨日は言っていなかったではないか!」


「昨日、誤りが一ヶ所だと言いましたか?言いませんでしたよね。なのに一ヶ所と思い込んだのはそちらの落ち度。私の関知するところではありませんな」


 職員は冷たく言い放つと、グレートデンの書類をビリビリと破いて新たな用紙を投げ渡した。


 昨日それを指摘しなかったのは当然ながらわざとである。パーティーでの彼の暴言は、城に勤める事務職の全員が知るところであった。

 自分達の仕事を馬鹿にする奴に親切にするような聖人は、この城の事務職には一人もいなかった。それ故に、グレートデンに対しては必要最低限の対処しかしないというのが暗黙の了解となっていたのであった。


「こっ、この事務員風情がっ!俺が公爵になったら、真っ先に首にしてやるからな!」


 叶う事のない捨て台詞を吐いて、グレートデンは城から走り去った。それを見送る事務員達の目は、限りなく冷たいものであった。


「おやおや、二度と訪れない筈の元王太子様ではありませんか。私も耄碌して、幻覚でも見ているのですかな」


「くっ、低能な事務員のせいで、また署名をもらわねばならんのだ」


 朝令暮改を体現したようなグレートデンの来訪に、門番は遠慮会釈せずに口撃を浴びせた。

 いくら元王太子だったといえど、現在はただの平民なのだ。遠慮する事などなく言いたい放題しても何の問題もない。


「婚約破棄の申請書類一枚を、何度も書き直しですか。流石は元王太子殿。平民の我々には真似できませんな」


 屈辱に顔を歪ませるグレートデン。しかし、書類をコリーに渡してもらい、署名済みの物を預かって貰う必要があるためそう強く出る事が出来ない。


「コリー様はお優しい方なので署名して下さっていますが、あなたと違い多忙な方です。これっきりにしてほしいものですな」


 散々な嫌味を言われながらも、書類を託したグレートデンはマラミュートの待つミケ元男爵邸へと帰っていく。


 その帰りの馬車の中で、グレートデンは重要な事に気が付いた。自分が気づかぬ誤記載が、他にもあるかもしれないという事実であった。


 明日書類を出した際に、新たな誤記載を指摘されるかもしれない。城を出る前に他の誤記載があるかを確認すればそれを防げたが、感情的になっていたグレートデンにはそこまで思考が回らなかったのだ。


 そこに思い至り鬱になったグレートデンであったが、程なく解決策を思い付いた。


「そうか。名前はコリーに書かせる必要があるが、その他の項目は自分で書くのだ。窓口で間違いないか確認しながら書けばいい!」


 確かに、窓口で聞いてから書けば誤記載の恐れはなくなる。しかし、呼ばれてから書類を書いて提出すれば窓口を占有する時間が長くなってしまう。

 そうなれば他の申請者に多大な迷惑をかけてしまうのだが、彼は元王族である。他人の迷惑など考えた事もなかったので、それに気付く事はなかったのであった。

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