婚約破棄
きらびやかに着飾った男女が談笑するパーティーの最中、会場に場違いな叫び声が轟いた。
「アメショー公爵令嬢コリー、お前との婚約を破棄する!」
そう叫び美しい令嬢を睨み付けるのは、このチンチラ王国の第一王子であるグレートデン・チンチラ王子である。
今正に、チンチラ王国王立学園の卒業記念パーティーにおいて、いかにもなバカ王子が婚約者たる公爵令嬢に婚破棄を突きつけたのであった。
「それは構いませんが、一応理由をお聞きしても?」
「惚けるな!お前はこの愛らしいマラミュート嬢に嫉妬して苛めをしていただろう。更に、ランチの冷奴の角にマラミュート嬢の頭を打ち付けようとしたらしいな。マラミュート嬢が勇気を出して打ち明けてくれたぞ。当たり所が悪ければ、死んでいたかもしれん」
豆腐の角に頭を打つのが殺人未遂となるのかは大いに疑問であるが、この王子にとっては立派な殺人未遂のようだ。
「可哀想に、マラミュート嬢は豆腐を見る度に怯えて震えるのだぞ。そんな悪魔のような所業をする女を将来の王妃とは出来ない。よって、俺はこのマラミュート・ミケ男爵令嬢を婚約者とする!」
高らかに宣言するグレートデン王子。しかし、周囲に居る卒業生やその親族からは、祝福の言葉を掛けられることはなかった。
「諌めても聞かぬから半分諦めておったが、やはりやりおったか」
「父上、お聞きの通りです。俺は人を平気で殺そうとするコリーとの婚約を破棄し、この優しく愛らしいマラミュート嬢を婚約者とします」
自信満々に報告するグレートデン王子。しかし、我が子を見るドーベルマン・チンチラ国王の目は厳しかった。
「そなたの言う苛めなど、ありはしなかったぞ。当たり前の注意を過大に言っておるか、自演したものかだった。そなたの言う殺人未遂も、コリー嬢が近くに来た時に自分から転んだだけであったと報告がされておる」
「う、嘘です!誰がそのような嘘を!……コリー、お前だな!」
国王の言葉が信じられないグレートデン王子は、コリー嬢に掴みかかろうとした。しかし、何処からか出現した黒ずくめの男に取り押さえられる。
「王家の者には、影の護衛が付く。無論そなたにもな。そして、王家の者に近付く者にも監視が付く。コリー嬢とマラミュートとやらも密かに監視しておったのだ」
ヒロインがざまあされる典型のような展開で、婚約破棄騒動は決着を見た。しかし、起きた騒動には後始末が付き物である。
「グレートデンは王位継承権を剥奪し王族籍から外す事にする。婚約は好きにするが良い。ミケ……男爵家は取り潰しとする」
ミケ家の家格を思い出せなかった国王は、側に控えた家臣よりそっと教わり処罰を下した。
「ちょっと、グレートデン様王族じゃなくなるの?」
「マラミュート、王族籍を抜けた王族は公爵位を賜るのが通例だ。王妃でなく公爵夫人となるが、着いてきてくれるか?」
「勿論よ。私はあなたの地位ではなく、あなた自身が好きなのよ」
ひっしと抱き合うグレートデンとマラミュート。そこに冷酷なドーベルマン国王の声が割って入る。
「衛兵、場違いな平民のこの二人を摘み出せ!」
「なっ、父上。私は公爵位を賜るのではないですか!?」
平民と言われ混乱するグレートデン。それに答えたのは、婚約破棄をされたコリー嬢だった。
「除籍された王族の方は、それまでの功績に見合った爵位を授与されます。普通、学園を卒業してばかりの方でも城での公務や生徒会での活躍がありますから」
「翻ってそなたは何をした?学園寮に籠りそこな女と戯れ公務もせず、生徒会の仕事も放置した。それをカバーしたのはコリー嬢なのだぞ」
コリー嬢の説明の追い討ちをかけるドーベルマン国王。かなりお怒りのようで、実の息子であるというのに一切庇う気配がない。
「あんな仕事、下の者にやらせれぱよいではないですか。書類仕事なんて誰にでも出来るものを、高貴なる王族がやるべきではありません!」
このパーティー会場には、卒業生の保護者も出席していた。その中には、王城にて事務仕事に従事する者も少なくない数が存在した。
その文官達のこめかみに太い青筋が走り、武官かと勘違いしそうな殺気が立ち上った。
「ならば、平民となったそなたは自分でやるがよい。この度の婚約破棄に纏わる手続き、そなたが自らの手で行うように」
何かに怯えたドーベルマン国王は、それだけ言うとさっさと退場してしまった。
トラブルが起こったパーティーは盛り上がる筈もなく、間をおかずにお開きとなるのであった。