第1章 ①
あらすじ
精神科看護師の空は自信のADHDの治療をしながら家族も精神疾患という環境で育ったことから精神科看護の思いが人一倍強かった。公認心理師を取って起業したい一方コロナが邪魔をする。そんな中、ラジオ配信アプリに出会う。配信を続ける中で仲間、アンチ、トラブル、、、様々な出来事が空を待ち受けるが、人はお互い様で生きていると空は人間的に成長していく。
1.情熱(私の人生このままでいいのか)
激動だった20代 桜のつぼみがちらちらとほころぶ 3 月上旬、空はボロアパートにて 20 代最後を独り で迎えていた。能の世界では30代からが人生の始まりと昔の恋人が言っていたこと をぼんやりと思い出していた。ボロアパートにはケーキもなければチキンもない。空 の人生は人並みに充実していたようにみえたが何かが足りないといつもそう思ってい た。
思えば、20代はなんとなくすすんだ看護師の道のため興味がない実習へ行ったり 、国家試験を受ければ勉強もしていないのに合格し、精神科病院への就職もとんとん と決まり、それなりの仕事の成果をあげていた。しかし、そこで調子に乗ってしまっ たのだろう。空はもっと仕事ができると勘違いしてしまい、もっと看護技術を学びた いと思ってしまった。外科に就職し、関東へ出てきた。しかし、既卒で入った新人な ど十分な指導はしてくれない。自分で勉強し、積極的に業務に介入し仕事ができるの が当たり前とみなされるからだ。しかし、精神科単科の病院にはレスピレーター(人 工呼吸器)もなければ、中心静脈栄養の介助も滅多にない。初めてのことだらけで、 わたしの頭はおかしくなりそうだった。正式にいうと、昔から、過集中かナルコレプ シーかのどちらかで日常をすごしていた空にとっては、上司が横で説明しているのに もかかわらず居眠りしてしまうほど深刻だった(夜間の睡眠はとれている)そのころからテレビの音を一切受け付けなくなった。故郷にいたころは、休みの日はテレビと 自分の思いと自問自答の毎日を送っていた。
また、空は、世の中皆死にたいのが当たり前だと思っていた。死にたいと初めて相 談したのは中学生のとき、父に聞いてみた。「死にたい。辛い。」と。そのとき、父 は予想もしない答えを返してくれた。 「俺も中学生のころは死にたかった。」と。
あぁ、みんな死にたいんだ。死にたいのが当たり前なんだ。みんな本当は死にたい んだけど怖くて死ねない。声をあげるのを我慢しているだけなんだ。 と、自己解釈していた。
しかし、それは完全に間違っていたとおそばせながら気づいてしまう。
上司の前で居眠りしてしまい、皮膚状態も MAX で悪化。気分も上がらず、毎日消化器外科での勤務(手術出し、処置、ドレーンの位置の確認など)の不安におびえなが らなんとか勤務をしていたがそろそろ限界がきてしまった。以前も仕事が辛くミスを 繰り返していたころ精神科に受診してみたが「これからいろいろ一緒に考えて生きましょう」となかなか自分にあった治療をしてくれなかったため、今度の精神科も内心あきらめていた。
しかし、いざ精神科のクリニックに受診をすると、医者から衝撃的な一言を告げら れた。
「あなたはもう働けない。休みなさい。」
何を言っているかわからなかった。空は抗不安薬ひとつでも出してもらえば楽にな れると思っていたが状況は思っていたよりも深刻だったらしい。
「困ります。転職したばっかりで融通が利くわけないし、生活がかかっているので休 めません」と頑と拒否。
主治医は続ける。「あなたは、脳内伝達物質、ドーパミン、セロトニン、ノルアド レナリン、3種類すべてが不足している。薬物治療は不可欠で、まずはそれでやっていきましょう」と。
空は仕事を休まない代わりに薬物治療をすぐさま選択した。どうやら私は過去症状 を医者に相談したら、ADHD、うつ状態が疑わしいらしいかった。
まずは、ドーパミンを増やすためエビリファイ3mg(抗精神病薬)が処方された。 なにがよかったかわからなかったがなんとなくイライラが減った気がした。翌週に、 レクサプロ10mg 開始。すると肌荒れが一気によくなったのだ。あらゆる抗アレルギ ー薬を試し漢方も使い、ステロイドも服用していたこともあったが、抗鬱薬一粒で肌 荒れが自改善したのにはとても驚いた。そして翌週、コンサータ(ADHD 治療薬)開始 。この薬は脳を覚醒させるための薬剤である。空はその薬によって生き返った。 いままで肩こり、頭痛、めまい、眠気、抑うつがひどかったが、それらの症状が一気 になくなったのだ。 そして死にたいという気持ちも消失した。なのでいままで世の中の人が死にたいと 思っていたのは完全に自分の妄想だったことに気づく。そのときいままで人生損して たなあって思ったっけ。そんなことを思い出しながら床についた。
春の陽気と寒さが交じり合った空気の中、目覚めたら、20代は終わっていた。 最初に誕生日を祝ってくれたのは・・・
『誕生日おめでとう。ついにみさえを越え
『誕生日おめでとう!!!(^人^)ワン』
両親からのメッセージで初めての30代の人生の幕が開けた。




