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骨の館受付係  作者:
1/8

一 森の茸

初めて投稿します。

 白い石造りの大きな建物ーー森の魔獣魔物猟師の会が所有する「骨の館」の前庭に、今日も狩られた獣達が運ばれてくる。 


 針のように硬い毛並みに、口から突き出た立派な牙。そして何と言っても、丸々と肥えた胴体は小山のようだ。

 私ーーラウラは荷台に横たわる魔猪(セーフリームニル)の巨体をじっくりと観察する。朝のうちに預かっていた尾っぽの切り口が無事に一致していたので、あとは計測したら完了だ。


 こんな大物は何人かで組んで狩るもので、今回のように単独で仕留めて後から荷車で回収することは滅多にない。頭数が増えれば当然実入りは減るがその分危険も減るので、森の猟師達は大抵いつも同じ面々で徒党を組むからだ。


 少数で獲物を狙うような者は腕利きの猟師か、魔物退治で名を上げようとする物好きな余所者くらいだ。季節の変わり目になるとそういった輩が必ず発生するので、森の住人としては迷惑な話だった。

 私は獲物の鼻先から尻までを苦労して測りながら思い出す。一年前のことだ。


 魔物の巣を突っついて討伐しようとした余所者が、魔物を怒らせるだけ怒らせた結果、森の猟師達が駆り出されて後始末に追われたことがあった。住人も避難かというところまで騒動が広がり、猟師の会の一員として、私も骨の館で夜通し待機したのは嫌な記憶だ。


 この手の人間は大抵森の北側から入って来る。骨の館は森の南北二ヶ所にあり、館の周囲には猟師が利用する宿や食堂とそこで働く者の住まいなどで、ちょっとした集落を形成している。それらは森に入ってくる人間にも門戸を開いているので、不穏分子を水際で止める役割も担う。


 聖樹を擁するこの森を無断で荒らしたり、私達の里に踏み入るようなことは禁じている。しかしそれを守っているのは交流の多い南側の国々で、遠く離れた北側の国から来る者は、勝手に入り込んだ挙げ句に魔獣や魔物を許可なく狩っていた。


 当時の里長が南側の一国の仲介で北の国に抗議したところ、結果は散々で一触即発という状態にまで関係は悪化した。双方が矛を納めるのに五年ほどかかったいうが、落とし所として通行だけは許可しているというのが現状だ。


 高圧的に森を開放しろと迫る北の国を南側の国々が宥めても、「南側ばかりを優遇している」と宣うので、激怒した里長が要求を全て突っぱねたことでこじれたらしい。以来、北の国の民による「魔物討伐」を知らぬ存ぜぬで通されたため、こちらもそのような輩は二度と森に入れないよう魔法で処置して知らん顔をしている。


 そんな訳で北側の骨の館では、南側で見ない装いの来訪者を見かけると、とりあえず警戒する。場違いにきらびやかな甲冑姿など見ようものなら、集落の者はげんなりした顔を隠さなくなった。

 今では警戒対象を「鷲」と呼ぶようになり、みんなでそれとなく監視している。北の方角を司る鷲の魔物(フレースウェルグ)にちなんでおり、鷲には失礼だが厄介者の暗喩としてすっかり定着した。


 そもそも私は、煮ても焼いても食えない魔物よりも、肉も骨も皮も余すことなく使える魔獣を狩る猟師を応援している。魔物はどれだけ丁寧に処理をしても臭気が強すぎて使えない上に、見た目も気持ちが悪いのだ。

 耐久力に惹かれて魔物の皮で鎧を作った職人はいたらしいが、なめして加工しても臭気は全く消えず、姿は見えずとも臭いで居所が分かってしまうような防具は買い手がつかなかったそうだ。


 骨の館には様々な獲物が持ち込まれるが、最も多いのは魔獣である魔猪(セーフリームニル)だ。

 神の軍勢の兵士達が食料としていくら食べても減らなかったという魔猪の伝説は、その旺盛な繁殖力から生まれた神話と言われている。実際に魔猪はその名に恥じぬ生命力を持ち、猟師の会が狩ることで森の外への進出を阻んでいた。


「これは今季一番の大物ですね! おめでとうございます」


 測定結果を手早く書き付けると、私はアルビンさんに向き直る。筆記枝(ひっきし)や巻き尺を前掛けにしまいながら笑顔で言う私に、功労者である猟師のアルビンさんは口元だけでにやっと笑った。

 稀に見る大物を仕留めて、普段は滅多に笑顔を見せない熟練の猟師も今日ばかりは喜びを隠せないようだ。


「こいつは前季からずっと狙ってた奴でなァ。俺とスコルで何とか追い込めたよ」


 ぼそりと、それでも喜色の滲んだ声で呟くと、アルビンさんは傍らで尾を振る猟犬スコルの頭を撫でた。主人から労われたスコルは、満足げにアルビンさんのごつごつした手に黒い鼻面を押し付けている。

 そんな一人と一頭の姿に、私は密かに胸が熱くなった。獲物の追跡と罠猟において右に出るものなしと言われる、燻し銀のような彼らの技が勝利したのだ。


 ただの受付係の私が何故彼らに肩入れするのかと同僚達は訝るが、私にとっての彼らは一服の清涼剤のようなものだった。雑多な仕事をひたすらこなす日々のなかで、彼らーー特にかわいいスコルの姿を見ることは、大きな癒しなのだ。


「本当にご苦労様でした。スコルも頑張ったねぇ」


 名を呼ばれたスコルは、三角の耳をピンと立て、太い尾を一度だけふさっと振った。とてもかわいい。私は仕事中にも関わらずにへっと笑み崩れてしまう。


 褐色のつぶらな瞳に堂々とした体格。黒い毛並みだが、足先と顎から腹にかけては白いところが魅力だ。そして、主人以外には懐かず、アルビンさんにだけ無邪気な顔を見せるところがたまらない。

 そんなスコルを道具扱いせず、また必要以上に可愛がらないアルビンさんとの関係は正に「相棒」だろう。


 意気揚々とアルビンさんを受付に案内すると、私は早速報奨金を用意した。表で待っている利口なスコルを、あまり待たせたくない。


「アルビンさん、こちらをご確認ください」


 上級魔猪の討伐報奨に、アルビンさんは一等罠猟師(グレイプニル)なので追加金、そこから荷車の貸出賃を差し引いて、金貨三枚と銀貨六枚が報奨金となる。それらが書かれた木の葉を読んでもらっている間に、私は素早くお金を数え直して皮袋に入れた。


 さあどうぞと笑顔で渡すと、アルビンさんは中身を確かめて重々しく頷いた。残念だがもう笑ってはくれないらしい。


「……あんた、茸は好きか」


「大好きです」


 突然の問いかけに、私は間髪をいれず身を乗り出す。役得の予感に目を輝かせる私にアルビンさんは少しだけ戸惑いを見せるが、腰に下げていた麻袋を「食え」と渡してくれた。

 袋を開くと、ふわっと芳香が広がる。枯れ葉色をした小ぶりの茸がぎっしり詰まっており、湿った土の鮮烈な匂いもして、採りたてのものだと分かった。


「ありがとうございます! 大事に食べますね」


 背を向けて既に扉を潜りかけていたアルビンさんに慌てて声を張り上げるが、そのまま出ていってしまった。今度会った時に茸を味わった感想を言おう。

 私は前掛けから筆記枝と木の葉を引っ張り出して「アルビンさん、茸」としっかり書いた。これで忘れないだろう。彼はスコルと同じく馴れ合いは嫌いだが人間嫌いというわけではないから、きっと喜んでくれると思う。


 思わぬ収穫によって、今日の夕食はいつもより贅沢ができそうだ。

 炒めるか、肉と煮込むか、それとも汁物が良いだろうか。油をからめて芋と一緒にじっくり焼くのも捨てがたい。一部は干して保存しておけば旨味が増し、しばらく楽しめる。


 しかし、そう上手くはいかなかった。

 夢が大きく広がったところで、頂き物に気付いた同僚によって等分にされてしまい、私の献立計画は一気に縮小されることになった。無念だ。 

 

北欧神話をチラチラ取り入れて好き勝手に書いております。

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