集まる力
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あるいは、それは地獄絵図と呼ばれる物なのだろう。悪鬼羅刹が波のように暗闇より殺到する。それは"表裏"双方の世界の常識に当てはめても異様の一言に尽きる。
天空に終末のラッパが響き渡ったという方がまだ現実味があるような状況だ。だが、別段というか実際にそういった事態。人類の"収束現象"が起きたわけでは無い。
さて、そんな影の波と戦う光が2つ、悪鬼渦巻く公園の中にあった。
「ああもうっ!キリ無いったらありゃしない!他の連中はどうなった!?」
まるで壊れた蛇口のように影から湧き出る怪異の群れを、羽虫を払うが如くに潰し続けるその女。中国風の赤を基調にした導師服に身を包み、手を薙ぐように払えば周囲の敵は爆ぜ飛び、えぐれ、ひしゃげる。
暴威を振るう彼女の名前は"朱雀"。イザナギ保有の最大戦力が1人であり、その20代の外見とは裏腹に60を超える女性である。だが、その四肢は見た目の年齢以上に力を滾らせ文字通りの鬼神が如き働きを見せている。
「流石にそこまでカバーしきれないって!ってかこれ朱雀オバサマの不運が私に伝染ったくない!?」
そう軽口を叩きながら、卓越した体術で怪異の弱点を的確につぶして行く少女。彼女の名は"白虎"。朱雀と同じくイザナギ保有の戦力の1人であり、クロウによって殺された先代の娘に当たる。
朱雀と違い学校帰りの学生といった風貌の着崩した学生服に、健康的に焼けた…《《ように見える》》引き締まった身体を見せる。もっとも、仮に彼女の裸なりを見る事があれば気づくだろうが一切が均一に小麦色なのだ。
「不運だのなんだのとやかましいわ!大体不運で死ぬならとうの昔に私が死んどるわい!」
「其処はホラ!生き地獄的な?」
「お前人の人生をなんだと思っとる!?」
「地獄?」
「はっ倒すぞ!!!」
「ごめんごめん!っと、帯電来たよオバサマ!」
途端、わずかに身体から光を放つ白虎。それは彼女が白虎の名を継ぐに相応しいと認められた、古めかしく、そして最新の術式である。
「いいからとっとと撃て!」
「はいはい、"伊邪那美命ヘ奉ル、八雷ガ御柱宿ス御身ガ痛ミ、我ガ身映シ身ト成リテ一欠片ヲ拝領イタシタク御座候、我ガ身八雷ガ痛ミニ引キ裂カ……」
「いや、略式でいいだろ其処は…」
「えー…?じゃぁ、伊邪那美さん!八雷貸してくーださいっと!」
適当に紡ぎ出された言葉が波をかき消す雷鳴となり、公園全てを焦土にしかねない勢いの放電が白虎より発された。落雷など比にならぬその《《爆雷》》は、確かに周囲のうごめく影を一匹残らず殲滅し、数秒の雷鳴の後、文字通りの静寂をもたらした。
「朱雀オバサマ、無事?」
「ったく、思いっきり焦げたよ畜生め」
そうボヤき、自らの身体の殆どが炭化した朱雀がパキリ、パキリと嫌な音を響かせ、錆びた機械人形のようにぎこちない動きを見せる。だが、ボロリと腕が崩れ落ちた途端に、その中からより若返ったかのように見える美しい肢体を見せる。
「ったく、略式でこの威力…しかも消費無しとかイカれてるね」
自らの手でボロボロと外皮を崩し、新しい身体を露出させて行く朱雀。彼女は不死に近い再生能力を持ち合わせ、再生と同時に《《若返る》》のだ。
「略式だと範囲調整がちょっとやばたにえん……威力は十分なんだけどなー」
「やばたに…?いやまぁ良い、それよりも現状の把握だ」
ゴキゴキと首を鳴らすと、即座に衣類が再生する朱雀。
「んー…使える奴は居ないし青龍と玄武は別口対応中、むしろアタシ達2人がコレたのが奇跡的みたいな?」
「はぁ……いつもどおりだがキツイ話だ。これが平常とは思いたくも無い」
「オバサマやっぱ呪われてない?」
「言うな、私も50年以上それで悩んでる」
「……なんかゴメン、って、一応政府もアチコチに招集出してるんだよね?」
「期待は出来ないがな、おそらく報酬は規模に比べて塩っぱい、いや…10億詰んでも私なら御免被る程に事態は深刻だ」
イザナギの四天王が2人を持ってして"深刻"と言わしめる現状、それは敵の数が問題ではなく、質が問題ではなく……。
「アイツ等一体何処から湧き続けてるんだ」
「わっかんね、出てきた強い奴は全部潰してる筈なんだけどなぁ」
そう、大量に出現する敵が何処から湧いてくるのか皆目見当がつかないのだ。元を絶たねばこのまま延々と敵を潰し続ける事になる、だがそこまでのスタミナは2人には無い。
いや、確かに三日三晩程度ならば戦い続けれるのだろうが、事態が改善しなければ彼女達に撤収命令は出ないのである。
「何か……例えば、前提が違うのか?」
「はいはい、そういうの解析班の仕事っしょ?ウチ等は叩くのが仕事、あいつ等職務怠慢じゃね?」
「……かもしれんな、解析班を前線に移動させて調べさせるか」
「えー……護衛無理じゃね?」
「最悪数人死んでも構わん、原因さえ分かればな」
「うっわ、ドライ!まぁ現状役立ってないしそれぐらいはしてもらってもバチあたんないか」
「そういう事だ、すまんが先の放電で通信札を焼かれた、連絡頼む」
「はいはい、ちょっとお待ち…あ、もしもし?白虎だけど、死んでもいい解析班前線にまわして、全部叩き潰したけど原因解決にならないから前で調べてもらうわ、オバサマも合意済みで拒否権無いからヨロ」
端的に死刑宣告を済ませる白虎と、目頭を抑えて周囲に気を張り巡らせ異変を探す朱雀。と、其処で不意に朱雀が臨戦態勢を取る。
「オバサマ?」
「外から何か来る、速いぞ!」
「りょ!」
見えない驚異に目を凝らしながら空を睨む朱雀、すると空に煌めく一筋の光を捉える。その正体は…。
「この波長…クロウか!?」
「クロウ、クロウ?どっかで聞いた事あるような…」
「白虎の先代を殺した男で理性的かつ情に厚い、恐らく話せば協力してくれる筈だ」
「うっそ!?先代のオジサマ殺した人!?マジで!?超エモいんだけど!!」
空にきらめいていた光はやがて彗星のように空を横切り、同時にその光から3つの影が降下した。
風を切る音を響かせ、パラシュート無しで地面にクレーターを作り、降り立ち、事も無し。と言った様子で立ち上がるクロウ。フロートウェポンと呼ばれる強化服付随の磁力兵装を階段代わりに優雅に下る葛乃葉。地面より生えた骨の山に優しくキャッチされるリーリャ。
三者三様でありながらも、一目でそれぞれの実力の高さを伺わせる登場である。
「朱雀の婆さん、壮健そうで何よりだな」
開口一番笑顔で手を伸ばすクロウ、登場が登場であった為に先に敵ではないアピールを行うのは大切と考えたのだ。
「アンタもね、黒」
その手をしっかりと握り返す朱雀。白虎の一件以来、2人の関係は非常に良好であり場合によっては朱雀から依頼をこっそり頼む中でもあった。ちなみに以外かもしれないが、くろぐろ先生としての銀の名刺を持つ世界に数少ない1人が朱雀なのである。
「そっちの2人は?」
「ああ、最近怪異祓いの会社を立ち上げてな、もちろん表向きはたこ焼き屋だが」
「アンタも懲りな……」
「あら、朱雀はん、お久しぶりどすなぁ?」
その言葉に目を見開く朱雀。
「驚いた…葛乃葉、アンタ黒に《《憑いた》》のかい!?」
憑いた、というのは言葉通りである。葛乃葉は葛乃葉狐の直系、即ち"化け狐"であり、あまりにも長時間人に化けた狐がいつしか自らが人間であると錯覚し、狐にも化ける事のできる人間となった存在だからだ。
「人聞き悪いわぁ、憑いたんやのうて社員として迎えてもろたんよ?」
「まぁ、黒と一緒なら問題無いか…それで、後ろの小さいのは?」
「アルヴィナと申します、リーリャと呼んで下さい」
「……赤い雪、まぁ、黒が居るから大丈夫なのだろうな」
そう言いながら何かを察したような表情を見せる朱雀。いくら度量が広いとはいえ、賞金首を自らの仲間として引き入れるのはどうかと思いつつも、クロウの事を信頼しているが故にそういった反応になるのも、仕方の無いことなのかもしれない。
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