評価
ぽーんと、放り込まれるように連れてこられたのは、四方に大きな鏡を何枚も並べた部屋。
「よく見なさい!」
「見るって何をですか」
言われるままにぐるりと見回してみても「ゴージャスな部屋だなあ」という印象しか湧かない。強いて他に上げるなら、この部屋では寝起きしたくないということくらい。
「あんたの格好を見てみなさいって言ってんのよ」
鏡には怒りを隠さないド派手な衣装のヴィネアと、全体的にベージュ色した地味な格好の春菜が並んでいる。
(そういえば、部屋には鏡が無かったから、この服装を確認するのは初めてだな)
「なんだってそんなブッチャー(肉屋)みたいな格好してんのよ!鏡見なかったの?」
「ブッ!」
襟の無いジャケットと、大きなポケットの付いた短いエプロン、膝下で結んだ男性用のギャザーパンツ。改めて見ると、確かにこの格好は如何なものか。
仕事着は実用本位であればいいと言っても、程度と言うものがある。
「だ、だからって肉屋はないでしょう?」
「それに顔だってスッピンじゃないのよ。いくら田舎娘って言っても、化粧くらいは経験あるんでしょ。あんたそれでも女なの!?」
「い、い、言ってくれるじゃないですか」
いくらここが宮殿とは言え、電気もガスも通っていないのにどちらが田舎か。ここまで言われては我慢にも限度がある。
「だってしょうがないじゃないですか!部屋には鏡なんてなかったし、ましてや化粧道具なんてどこにも無かったんですから!」
「あんた一体どこで寝起きしてんのよ!」
何故か怒りを隠さずまくし立てるヴィネア。こめかみに血管を浮き上がらせる春菜。
熱を帯びる両者だが、先に冷静さを取り戻したのはヴィネアだ。ふーっと息を吐き出して冷静に告げる。
「まったく、なんで私がアンタの元に来たか分かってんの?」
「なんでって……ハッ!ま、まさか」
サレオスが去って直ぐにヴィネアが現れた。意味するところは一つしかない。
「そのまさかよ。サレオスが私の所に来て『なんとかしろ』って言ったのよ」
ヴィネアはご丁寧に目を細め、声色を真似てサレオスの台詞を再現する。
「なんのことか尋ねたら階段へ行けって。それしか言われなかったけど、あそこでアンタを見つけてすぐに理由がわかったわ」
「サレオスさんが?」
「そうよ」
「そ、そうだったんだ……じゃあ、あの時見せた表情はやっぱり」
「疑問」でも「驚き」でも無く「困惑」だ。
サレオスだけじゃない。グシオンも一瞬硬直していた。バアルの『見慣れてる』は『肉屋は見慣れてる』だったわけだ。ビフロンも『厨房に入った新人』と勘違いしていた。
「うわー!教えてよバアルさん!ハッキリ言ってよグシオンさん!よりによって、一番見られたくない人に見られちゃったー!」
「女を怠けた罰よ。自業自得じゃないの」
両肩を抱き身もだえする春菜に容赦のないヴィネア。
「記憶を消してくれー」
「誰のを消すのよ。アンタ、男言葉になってるわよ」
「だって、この世界の着こなしなんて分からないじゃないですか」
自己嫌悪で打ちひしがれるあまり、会話のやり取りも怪しくなってきた。あまりの無様さを憐れんだのか、ヴィネアはふーっと大きくため息を吐く。
「分かってるわよ、この世界に来たアンタの格好を見て私も注意しておくべきだった」
ヴィネアは今にも泣きだしかねない春菜の肩を掴み、なだめる様に告げる。
「いい?サレオスが主になったこの新生魔王城で、ワタシがいる限り城内にそんな無様な格好した人間がいることは許しておかないの。見てらっしゃい」
相変わらず酷いことを言っていることに変わりないが、口調はやけに頼もしい。
サレオスは壁際まで行くと、大鏡の縁に手を掛けて扉のように開く。そして部屋の4辺にあある鏡を同じように開いて回った。
「これって!」
現れたのは大量の服だった。鏡の部屋は裏側がクローゼットになっていて、数百に及ぶ服が整然と吊るされた衣装室になっていた。
「今からアンタをこの城に相応しい服装に仕立ててあげる」
「え!ヴィネアさんが?」
嬉しさよりも不安が大きい。今日も彼の格好は時代の最先端を行き過ぎているようにしか見えない。
「礼には及ばないわ。これはワタシ仕事の仕事よ」
春菜の躊躇を遠慮と受け取ったのか、それとも元から聞く耳など持たないのか。ヴィネアはクローゼットを回りながら服を物色し、次々とソファーの上へ投げ込んで行く。
(う、嬉しそうだな)
顔を輝かせながら服を選んでいる様を見ていると、今更遠慮しますとは言えない。それに、春菜自身クローゼットに掛けられた色とりどりの服を、着てみたいと思ってしまっている。
「……とりあえずこんなところかしら」
とりあえずと言って積み上げられた服は、春菜が日本の部屋に残してきた服と同等量はある。
「さ、脱ぎなさい」
「え?」
「え、じゃないでしょ。まさかその服の上から着るつもりだったわけ?」
「いえ、そんなわけないですけど。でも、私は女であなたは……」
男と言ってしまっていいものか。
「いいわよ、私なら気にしないから」
「私がするんです!」
「そんなこと言って、アンタさっき自分で着こなし方が分からないって言ってたじゃないの」
「そ、それはそうですけど、だからって……」
「分かったわよ、仕方がないわねー。ここでゴネられたら先に進まないわ。とりあえずコレとコレだけ着なさい。そうすれば恥ずかしくないでしょ」
ヴィネアは2枚の服を春菜に渡すと、鍵を開けて部屋から出て行った。
手渡されたのは白いシルクのような手触りの厚手のストッキングと、腿丈の薄手のチュニックだった。
「うーん、ちょっとルームウェアのようで恥ずかしくもあるけど、今更嫌とは言えないし」
言われた通りに着替えてヴィネアを招き入れると、遠慮のない視線で春菜のスタイルをチェックする。
(ええ、そうですね。そりゃ覚悟してましたけど)
「ふん、まあまあね。及第点てところかしら」
九頭身はあろうかというヴィネアがどんな酷評をするのか。身構えていると意外にもそれほど悪くない評価が返ってきた。
「あの、ヴィネアさん、私掃除の仕事があるから、あんまり派手なのはちょっと」
「みなまで言わなくても分かってるわ。任せておきなさい。そうね、上品さの中にも可愛らしさをちりばめる必要があるわね……ブツブツ」
ヴィネアはすっかり自分の世界に入り、服を春菜の体にあてがって独り言を漏らしている。
気の置けない女友達ならまだしも、オネェが入ってるとはいえ親しくない男性に服を見繕われるのはなんともばつが悪い。
何着かの服をあてがわれた後に、ヴィネアの指示に従って服を着ていく。
「よし!我ながら完璧だわ、見てごらんなさいよ」
自信満々に、鼻高々に、腰に手を当て見得を切るヴィネア。言われるままに、鏡に映った自分を確認する。
折り返し袖のジャケット、ウェストで結んだ腿丈のスカラップチュニック、六分丈のパンツ、ストッキング、ミニブーツというコーディネート。
「素敵……。生地もいいけど、どの服も刺繍や裏地、ボタンにストラップ、細かなところまで気が配られてる」
「当然じゃない。どれも王族が着る一品よ。そうね、さしずめ貴族ご令嬢のハンティングファッションといった所かしら。動きやすさの中にも気品と美しさを忘れてない。それでいて可愛いらしさも見せるあたり、やっぱり私って天才ね」
「ホント、すごくかわいいこの服」
どんな見立てをされるのかと不安に思ったものの、出来上がって見れば日本人の春菜が見ても可愛いと感じる。いいものは世の違いを問わないと言うことか。
「次はお化粧ね。そっち座りなさい」
部屋の隅に置かれたテーブルの上には、大小のブラシや海綿、液体の入った小瓶、ファンデーションらしきペーストが納まった金属ケースがズラリと並んでいた。
「や、流石に化粧は自分で出来ますから」
今日はスッピンだけど、春菜だって毎日会社には化粧をして通っていたのだ。女を怠けているとまで言われてしまった手前、少しくらいは出来るところを見せたい。
「こっちの基本とかわかってないでしょ」
「分かってないです。スイマセン」
素直に頭を下げる春菜。
化粧に流行やTPOがあることは承知している。ましてや異世界。日本のOLと同じメイクが通用するとは限らない。
(そうだね、プロでは男性のメイクさんもいるし、着替えに比べればまだ抵抗はないか)
春菜は観念してソファーに腰かける。
「あ、でも仕事で結構汗を掻くから、薄い自然な感じのお化粧でお願いします」
「分かったわよ。私のセンスは服で証明済みでしょ。安心しなさい」
ヴィネアは小瓶を手に取ると中の液体を海面に浸し、春菜の顔にあてがう。
春菜は目を閉じた。
「さ、終わったわ」
ヴィネアの手が止まる。春菜は期待と不安に鼓動を早めながらゆっくりと目を開け、鏡の中の自分を確認する。
「あ……」
一見するといつもと変わらない顔、それでもよく見ると雰囲気はやっぱり違っている。
頬にチークが薄く塗られ、全体的に肌の透明感が増したよに感じる。印象的なのは、目じりに入れられた薄いピンクのアイシャドウだ。
甘めな雰囲気でOLがするには少し派手かもしれないが、お城というロケーションとコーディネートされた服によく合っている。
しかも髪まで軽くセットされるというおまけつきだ。
(負けた!私の乙女度が、オネエ言葉の異世界男性に負けた!)
ヴィネアの化粧は春菜が見てもほれぼれするほどの腕前だった。
それが女として負けたようで悔しい。綺麗にしてくれたことに素直に喜べばいいのか、悲しめばいいのか複雑な思い。
「どうしたのよ。感想くらい言いなさいよ」
「自分の顔に感想言えるわけないじゃないですか」
春菜はすねた様に口を曲げる。でも、本当は分かっていた。
「さ、立って全身を鏡で確認して御覧なさい」
「分かりました」
ソファから立ち上がり、鏡に映った全身を眺める。
現れたのは部屋に入る前とは別人のように変身した春菜だ。
活発な中にかわいらしさと上品さが合わさった服。顔について自分で評価をすることは出来ないけれど、すっぴんよりも今の顔がこの服に似合っていることは間違いない。
肩まで届く黒髪もシュシュで軽やかにまとめられている。
「やっぱり、服もお化粧も大事ですね。なんだか私じゃないみたいです」
「それだけじゃないわよ」
「え?」
「服やお化粧だけじゃないって言ってるの。着こなせなければどんなに綺麗な服も飾りにだってなりゃしない。それに、化粧したって別人になるわけじゃないの」
「それじゃ!」
「悪くないわよ、アンタとその格好。サレオスの魔王城に相応しいわ」
ヴィネアは目を細め、自分のことのように嬉しそうに笑った。春菜の頬が徐々に緩み、満面の笑みに変わる。散々ダサイと言われ続けただけに、褒められた喜びはひとしおだ。
「やりぃっ!ファッション魔人から遂に合格点ゲット!」
「調子に乗るんじゃないわよ!誰がファッション魔人よ。それに合格点くらいじゃルクレツィア様には到底及ばない」
「ルクレツィア様?」
「ああ、昔の話よ。あんたは気にしなくていいの」
「?わかりました」
そんな言われ方をされたら気にするなと言う方が無理だけれど、春菜の頭はかわいい服に包まれた喜びで浮かれている。
「ちょっと待ってなさい」
ヴィネアは扉を開けて部屋から出ていった。
一人で部屋に残された春菜は、誰の視線をはばかることも無く鏡を確認する。
(うん、うんうん)
前に進み出て鏡の前でチュニックの裾をつまんだり、ジャケットの襟を引っ張ってみたり、一人ファッションショーを始める。
(かわいい、かわいい。ジャケットは薄手で動きやすいし、邪魔になるようなら脱げばいいし。腿丈のチュニックもミニみたい)
仕立てのいい服を着て鏡張りの衣裳部屋に立っていると、自分が貴族のご令嬢になったような錯覚を感じられる。
(生まれながらの平民ですけどね)
しゃがんで雑巾拭きのポーズを取り、両手を上げて背伸びをし、動きやすさを確認する。
(へんなとこ見えないし、動きやすさも問題無い。はぁー、あんまりかわい過ぎて、この格好で掃除するのがもったいないくらい)
半回転して鏡に映る後ろ姿を確認する。
「うん、後ろから見ても我ながら……」
チュニックの裾を両手で摘まんでまた半回転。
鏡に向かってニンマリと笑う。しかし、そこに映っていたのは春菜ともう一人、入り口に立つサレオスだった。