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視線

「あなた……絵が下手クソですね。なんですか、これは?」


グシオンはそれはそれは感情を込めて『下手クソ』を強調してくれた。そして描き終えたばかりの紙を取り上げ、呆れた様にピラピラと振る。


「へタク……って!今ちゃんと説明したじゃないですか?グシオンさんだって『ええ』て頷いてましたよね?ね?」


「なぜ二度聞き返す。それはあなたの言葉で理解しただけです。その絵だけで用途と構造が分かる訳がないでしょう。なんですかそれは、あなたの世界の撲殺用ハンマーか何かですか」


「撲殺!」


グシオンは心底呆れたと言わんばかりに頭を振って紙を戻す。


春菜が二十数年生きて来て、描いた絵を面と向かってを「下手」と言われたのは初めてだ。


自分では何の根拠もないのに、絵は割と上手い方だと思っていただけにショックも大きい。


「とにかく。他に必要な物があれば全部描いてしまいなさい」


「分かりました……」


歩み寄ったのはグシオン。春菜はふて腐れるように絵を描きながら説明を続ける。


全ての絵と、書き出されたリストを見返して、グシオンは少し考えるように間を置く。


「城内の地図を渡すことは出来ません。見たい場合はこの部屋で見せましょう」


この国の、ひいてはこの世界の超重要人物が住まう宮殿だ。よからぬ企みをする者たちにすればその価値は計り知れない。機密扱いは当然といえる。


「この“石鹸代わりに使われている植物”については聞いたことがあります。街の薬師であればツテがあるかもしれませんので、私の方で依頼をしておきましょう」


「ありがとうございます!」


「それとこれは……」


その他に数点目途が付きそうな物があり、用意できしだい届けてくれるとのことだった。


「その他の物品についてですが、恐らくこのイスラには存在しません」


イスラとはこの国の名だ。


「もしかしたら人間の国にあるのかもしれませんが、私達と彼等との間で公な交易はありません」


「そうなんですか……。じゃあ!作ることは出来ませんか?どれも構造的には難しいものではないと思うんです」


この城内を見れば工作技術の高さは伺える。材料もおそらく特別な物はなにもないはず。


「なるほど。薬剤はともかくとして、道具類はなんとかなるかもしれません。大工は暇を出しましたが、鍛冶職人で残っている者がいます。器用な男ですから、期待には応えてくれるでしょう」


「それじゃ!」


「ええ、今から会いに行きましょう。付いてきなさい」



グシオンに連れて行かれたのは、城内を出て少し離れた所に建つ三棟並んだ建物。


屋根から突き出した煙突からは煙が上がり、表には鍬やスキ、材木や荷車といった様々な物が置かれている。


建物の裏手からは聞きなれた鶏の声が聞こえ、辺りには微かに獣の糞が臭う。


(あ、今朝見かけた人だ)


建物の隅にある流し場で、バケツを洗っていた。


「グシオンさんここって」


「鍛冶や木工、農場運営などで使っている建物です。裏には畜舎や厩舎もあります」


「うーん、お城って何でもあるんですね」


「城と言っても宮殿としての役目が主です。俗世とは隔絶された環境にあるのだから、全て揃うのは当然です」


炭が山と積まれた入り口の横から、中を覗くようにして声グシオンが声を掛ける。


「ビフロンいますか?」


「グシオンさんか、何しに来なすった」


(ん?この人ってもしかして)


現れたのは金槌を手にした男の人。胸まで届くほど髭を伸ばし、ゴツゴツと節ばった体つきをしている。大人であることは間違いないが、背は春菜よりも小さい。ドワーフだ。


ビフロンはピクリと眉を動かして春菜を見た。


「用があるから来たに決まっているでしょう。この娘が指示する物を作りなさい」


「そのお嬢ちゃんは?」


バアルに続き、この人も“お嬢”呼ばわりだ。いったい春菜が何歳に見えるのか。


「花沢春菜です。お城の掃除人をやってます」


「はあ、俺はまた厨房に入った新人かと思ったよ。まあ、あんじょう気張りんさい。それで、何を作れと」


「これです」


春菜が絵の描かれた紙を差し出すと、ビフロンはどれどれと言いながら、時間を掛けて確認する。


「お嬢ちゃん、顔に似合わずおっかない物を作らせるじゃないか」


「おっかない?」


嫌な予感が春菜の頭をよぎる。まさか。


「こんな大きなハンマーで一体何と戦おうってんだい」


「予想通りの反応ありがとうございます。ハンマーじゃありませんから……」


春菜は思わず流し目で悟られぬよう横を確認する。グシオンはいつもと変わらぬ凛々しい顔で紙を覗き込んでいた。


(痛い!沈黙が痛い!むしろ何かツッコミを入れて貰った方が楽!)


図らずもさっきの議論はグシオンが正しかったことが証明されてしまった。


(いいえ、これはきっと異世界による感受性の違い。そう思えば私も傷つかない)


そう思ってしまうことが、己の画力向上を妨げているとも知らず、気を取り直して絵の説明を始める。


「……と、大体こんな感じなんですが、如何でしょうか?」


「ふむ。ブラシ部分は厩舎の奴にも協力してもらうか。木工の奴らがいないのはちと痛い。だがまあ、今いる奴等でなんとかなるだろう、多少見栄えは変わるかもしれんが」


「本当ですか!助かります!」


「どれから作ったらいい?」


「じゃあ、こういう順番で」


絵が描いた紙を順番に並べ替え、改めてビフロンに渡す。


「ああ、出来上がり次第届けよう。何処にもって行けばいいね?」


「掃除室に届けて下さい。あ、でも昼間はいませんけど」


「誰も盗む奴はおらんだろ。いなければ置いて行く。さて、さっそく取り掛かるとしよう。幸い今はほとんど仕事がないからな」


ビフロンは会話もそこそこに、鍛冶場へと引き返して行った。春菜は後ろ姿に向かい頭を下げ、その場で小さくガッツポーズをする。その様子を見たグ

シオンが尋ねる。


「うれしそうですね」


「え?まあ、そうですね。これで仕事も少しは捗ると思いますから」


「結構なことです。戻りましょう。私もあなたも、お互い忙しい身の上ですから」




城内に戻ると、春菜は階段の掃除に取り掛かる。


向かい合わせ階段は大廊下の両脇から、途中で折れて上へと伸びている。材質は廊下と同じ薄珊瑚色の石材で出来ていたので、ここも雑巾で拭いていくやり方を選んだ。


気になったのは“蹴込み”部分。


階段の踏み板一枚一枚を垂直に繋ぐ、縦板に相当する部分だ。一階から見ると、爪先が当たって付いた汚れが目立つ。


ここも綺麗にすることを考えると、手間は単純計算で倍近くになる。


(でもこの部分、実は結構重要なんだよね。時間が掛かっちゃうけど、やらないわけにはいかないよ)


階段を下りるぶんには目にすることは無いが、上る際に蹴込みは視線と水平になる。必然、汚れていれば目についてしまう個所だ。


ここは爪先が文字通り蹴るように当たる部分。靴底がゴムだったりすると、短く引っ掻いたように黒い汚れがこびり付く。


しかし、この世界にはゴムがまだ発明されていないのか、付いているのは茶色い汚れが多い。


「洗剤が無いのが痛いな」


掃除室のどこを探しても見つからなかったから仕方がない。石鹸を雑巾に着けて拭うという手もあるけれど、アルカリ性の石鹸で石材を拭く暴挙は避けたい。


「結局、固く絞った雑巾で拭くしかないのね」


汚れは落ちづらいが、建物のことを考えれば現状それが一番だった。


二階部分から始めて、丁度曲がり角にあたる踊り場に差し掛かって春菜はふと手を止める。


(さっきから引っかかっているこの感覚はなんだろう)


今朝から会った人たちと会話を交わした時に感じた感触。


(全ての人がそうだったわけじゃないけど、疑問?驚き?うーん、どっちも微妙に違う気がする)


考えてみたけれど答えは見つからず、掃除を再開する。頭上で足音が響いた。


「あ」


見上げた先にいるのはサレオス。片足を一段下の踏み板に下し、二階から降りかけた姿勢のまま立っている。


刺繍の施されたハイカラーのコート、膝下までのブリーチズとロングブーツ。階上から颯爽と登場した姿は、魔王という言葉に相応しい品格を備えていた。


そして何より――


(ヤバイ。超カッコイイ)


あの顔で、その衣装を着て、このロケーションに立つ姿は反則以外の何ものでもない。春菜は掃除の手を止めて、挨拶もわすれて立ち尽くす。


サレオスの目は春菜の顔に向いていた。それから目線を落し、全身を一瞥する。


(見られてる)


サレオス春菜の全身を確認すると、再び視線を顔に戻してゆっくりと目を細めた。


(え?)


眉間に立て筋が一本、片方だけ僅かに吊り上る涼しい口元、なんとも表現しようのない微妙な表情だ。


「あ、あのっ」


何か言いたいことがあるに違いない。しかし、声を掛けようとした瞬間、一言も発ずにそのまま踵を返して去って行ってしまった。


「な……、何だったんだ今の」


意味が分からない、しかし春菜の顔には大量の血が駆け上がってくる。


「うぎゃー!」


絶叫する。こんな悲鳴を上げるのは、小学生の頃背中にカエルを入れられて以来だ。


(恥ずかしい!恥ずかし過ぎる!なんでか分からないけど猛烈に恥ずかしい!)


言いようのない強烈な羞恥に襲われる春菜。


「恥ずかしいー、穴があったら入りたいー!」


身を隠すようにしゃがみ込む。無論、そんな所に穴は開いていない。


頭を抱え込み限界まで体を縮め込み小さくなる。


「ちょっとアンタ、何やってんのよ!」


小さくなって必死に羞恥に耐えていると、聞き覚えのある声が頭上で響き、春菜は顔を上げた。


「ビー……」


「ヴィネアよ!覚えなさいよ!」


声を掛けて来たのは初日に会ったステージ衣装、もとい派手な服を着たオネエ言葉の男の人だった。


今日はベルベットのフレアスカートに、ファーの付いたジャケットという、これまた派手な出で立ちをしている。


ヴィネアは踊り場まで下りてくると、春菜の手首を掴んで無理やり立ち上がらせる。


「な、なに?」


手首を引っ張り上げられ、片手を上げた姿勢で硬直する春菜。


二人の身長差のせいで、まるで悪戯の現場を取り押さえられた子供と母親(?)のような構図になっている。


春菜を上から下まで観察したヴィネア。美しい顔の眉間に皺が寄っていく。


「アンタねえ……」


「な、何ですか?」


「付いてらっしゃい!」


ヴィネアは質問には答えず、春菜の手首を掴んだまま、有無を言わさず強引に階段を上がって行く。


「ちょ、痛いですって、ヴィネアさん。どこ連れてく気ですか」


「つべこべ言ってんじゃないわよ、来ればわかるわ!」


階段をどんどん登り、連なった部屋を抜け、城の奥へと進んで行く。


「入りなさい!」


春菜を部屋に放り込むと、ヴィネアは扉を閉めて鍵を掛けた。その顔には明らかに怒気が浮かんでいた。

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