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奴隷

「ええ、何にも。魔王さんも教えてくれませんでした」


「ゴフッ!魔王様とお話しになったって嬢ちゃんは何者なんだ?召喚で呼び出されたって聞いたけど、いわゆる“掃除屋”の方の人かい?」


手を止めて春菜から距離を空けるバアル。明らかに動揺していた。


「いわゆる掃除屋?何ですかそれ?」


きょとんとした顔で尋ね返す。バアルはしばらく間を空けてから、ホッとしたように炉に戻って大なべを掻きまわす。


「そうだな、考えすぎだ。いや、悪かった忘れてくれ。にしても、サレオス様が直々に城内を案内してるくらいなんだから、嬢ちゃんはそれなりの立場ってことだな」


「そうなんですか?ただ呼び出されたに過ぎないんですけど」

そんな風に言われてもピンと来ない。


「話が脱線しちまった。この城に人がいないわけだったな」


「そうそう、そうです」


「ゴフン。そいつはちと話しづらいことではあるんだ。だが嬢ちゃんには借りもある。少しばかり長くなる話だから、料理が出来上がったら話してやる。それまで待っててくんな」


「ハイ、わかりました!」


春菜の顔がパッとはじけ、頭を下げる。ようやく気になっていたことが聞ける。


(やっぱりこの人いいひとだー)


見かけよりもずっと話しやすく、面倒見もいい。さっき春菜が助け舟を出したことに恩義を感じているあたりにも、義理堅さを感じる。


「料理はほとんで出来てるからよ、食いながら待ってくんな」


バアルは慣れた手つきで、テーブルの隅にプレースマットを敷いて、フォークとスプーン、出来た料理を丁寧に並べていく。


大きな体に似合わずやることは意外に繊細だ。


「白身魚のモートリュー、ビーンズの煮込み、木の実のブンジェ、それに今出来上がったばかりの鹿肉のシチューだ」


「わ、凄い。こんなに沢山!」


肉も野菜も豊富、バスケットの中にはあふれんほどのパン、ワインボトルも置かれている。デザートまで付いているから驚きだ。


「お城の使用人て、こんなに豪勢な料理を食べてるんですね」


「ゴフッ?まさか。今並んでいるのは魔王様やグシオン様がお召し上がりになる料理だ。使用人達には専用の厨房があって、そっちで作った飯を食べていたよ」


「え、それじゃあ……」


春菜は料理に手を付けようとしていたスプーンを止めた。


(私、これを食べちゃいけないんじゃ)


「おいおい、何を遠慮してるんだ。ここで作った料理を食べさせるようにって、俺はグシオン様から言われたぜ。魔王様の指示だそうだ」


「え?」


「嬢ちゃんは魔王様が直々に呼び出した人間なんだろ。だったら遠慮することなんかねえや」


(ただの掃除人の自分に、魔王であるサレオンさんが気を回してくれていた?)


思いがけない配慮に、戸惑いと喜びが沸きあがる。


バアルはワインボトルからわずかに飛び出したコルクを二本指でつまみ、軽々と引っこ抜いてグラスに注いでくれる。


「さあ、シチューが冷めちまう。食った食った」


「うん、そうだね!いただきます」


折角の好意、遠慮したらサレオスにも作ってくれたバアルにも悪い。春菜は止めていたスプーンでシチューをすくって口に運ぶ。


見た目よりもあっさりとして、野菜の甘味とたんぱくな鹿肉のうま味が口内に広がる。


「おいし!これ、おいしい!」


「そうだろそうだろ。鹿も野菜も俺が仕入れた上物だ」


こちらの世界に来てから何も口にしていないので、お腹はぺこぺこだった。

どんなに疲れていても、嫌なことがあってもご飯を美味しくたべられるのが春菜の特技だ。


モートリューと言うのはどうやら肉団子のことで、魚を使っているので日本人の春菜に親しみやすい。ブンジェは木の実とミルク、砂糖と米をトロリと煮込んだデザートだ。


異世界の料理がどんなものかと少し心配したけれど、出された料理はどれもなかなかにおいしい(現代日本で食べられるような繊細さはなく、粗削りな部分もあったけれど)。


特にシチューは自慢するだけあって絶品だった。



「ごちそうさまでした!」


初めての異世料理を堪能し、デザートまで綺麗に平らげ手を合わせて頭を下げる。


「なんだい今のは?」


「え?ああ、私の生まれ育った国ではご飯の食べ始めと終わりにこうするの。食材を作ってくれた人、料理を作ってくれた人、命を与えてくれたものたちへの感謝を込めて」


「ほおん。そういや奴隷たちも飯の前に何やら祈ってたなあ」


「あそうだ、その人たちのことなんだけど」


「城で働いてた使用人はどうしたって話だったな?」


「そうです、なんでこのお城には人が全然いないのかって」


「この城の使用人の多くに奴隷、つまり人間がいたって話は聞いたかい?」

春菜は頷く。


「うん、ならいい。ここで働いていた人間……いや、働かされていた人間ってのは、ほぼ全てがさらわれてきた人間だった」


「さらわれてきた……」


「奴隷商に捕まったり、戦争で捕虜にされたり、そんなところだ」


奴隷が作られる環境は、異世界でもあまり変わらないらしい。


「この城では奴隷を魔人の使用人頭たちが取りまとめ、働かせていたのさ。それを魔王様が全て止めさせた」


「やめさせた?」


「そう。奴隷を使うことを止めさせ、人間たちを辞めさせた」


「それで、奴隷だった人達その後どうなったの?」


「どうって国に帰ったさ」

その言葉に春菜はホッと溜息をつき、背中の荷物を下したように体が軽くなるのを感じた。


(そうか、働かされていた人間達は、自由になって故郷に帰ったのか。それで掃除室には道具が放棄されていたんだ)


うず高くなった掃除用具は彼らの解放の儀式と言ったところか。


「でもそんなことをして、その、使用人頭たちから不満は出なかったんですか?」


「ゴフッ。出るわきゃない。魔王様が決められたことに反対する使用人なんて、おるわけなかろう」

バアルは笑った。


(そっか、バアルさんのさっきの言動だと魔王の権力は絶対みたいだもんね)


「そして魔王様は俺達にも同じことをした」


「同じこと?どういうこと?」


「残った魔人の使用人に全員暇を出したのさ」


「暇を出す。いわゆる解雇ってことですか」


「難しい言葉を知ってるな嬢ちゃん。流石は魔王様が呼び出しただけのことはある」


「じゃあ、バアルさんは?」


「ゴフゴフ!辞めるわけがないだろう。すぐに願い出て再雇用をされたさ。宮廷料理人、これ以上の名誉が料理人にあるかってのよ。それに、俺は元々グシオン様に拾われて厨房に入ったんだ。そのご恩に報いなきゃ、オークの名折れってもんよ」


バアルは誇らしげに胸を拳でドンと叩いた。


「だいいち、掃除や営繕は数日止めたところでなんとかなるもんだが、飯を食わないわけにゃあいかんだろ。他にも洗濯係や厩舎、手を止めることの出来ない部署で、俺みたいなのが必要最低限だが働いてるよ」


(そうだったんだ。それでこのお城には人がほとんどいないんだ。よかった、やっぱり魔王……サレオスさんは奴隷を使うような人じゃなかった)


願いに似た予想だっただけに、自分の考えにホッと胸をなで下ろす。しかし、疑問が消えたわけではない。


「でも変なんだ。城の外にゃ何人か残っちゃいるが、城内の仕事にゃ誰もいなくなった。王族の身の回りの世話をしていた魔人には貴族の子女も多かったはずだ」


「どうしてサレオスさんは急に人間達を解放したの?今までは奴隷を使ってきたんでしょ」


「そりゃ嬢ちゃん……」


「喋り過ぎですよ、バアル」


厨房に響いたのはグシオンの声だった。腕組みをして厨房の入り口で仁王立ちしている。

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