休日
「みんなありがとう。お陰で助かりました」
春菜はコボルト達に手伝ってもらい、空中庭園に肥料を運び込んだ。
「これは仕事とは直接関係のないことですから、あなた達には報酬を出します。何か希望はありますか?」
いいことをしたら労い褒美を与える。指示に従えばは見返りがあると知ることで、さらに命令に従うようになる。もっともこれは狩猟係から聞いた犬の躾けのコツ。
(はて?なにか思い当たる節があるは気のせいかな)
春菜は自分ががサレオスから同じことをされていることに気付かない
「ご主人様」
「はい、ウリ。ご褒美は決まりましたか」
「僕たち休みの日に外に遊びに行きたいです」
「外で遊ぶ、どんな所へ?」
「はい、山とか森がいいです」
「なるほど、遠足ということか……。周囲の状況をみて判断するので返事は少し待ちましょう」
遠足という言葉が適切なのかわからないけれど、コボルトを見ていると学校行事のような言葉が自然に出てきてしまった。可愛らしい求めだ。しかし、即答はできない。
(遠足?この子達だけで?意味のわかんないこと言って誤魔化しちゃったよ。いや、仕事だって身の回りのことだって、自分達でこなせるんだから別に平気か。うーん、でもやっぱり心配だなあ、サレオスさんに相談してみるか)
ご主人様を演じてみても、可愛さ募って過保護になってしまう。
「いいぞ」
「あ、いいんですか?」
サレオスに相談すると、あっさり二つ返事で許可が出る。
「ただし、衛兵を付けることが条件だ」
「ああ、やっぱりあの子達だけじゃ危ないですか?そう思ったんで、私も付添おうと思ってるんですけど」
「だからだ。衛兵はお前の護衛」
「わ、私の?」
「あたり前だ。お前はコボルトを子供と誤解している節があるが、あいつ等はあれで大人だぞ。いざとなったらお前より遥かに強い」
「またまた、あの子たちですよ?」
「ふう。まったく阿呆だな」
サレオスはやれやれと額に手を当て、わざとらしく疲れた顔をしてみせる。
「ムッ。いつものことですが地味に傷つきます」
「たとえば野犬を想像してみろ。お前は1対1で闘って勝てるか?」
「無理です」
即答。
「野犬12匹の群れに囲まれたらどうだ?」
「怖すぎます」
もちろん即答。
「だろう。あいつらはそれと同じだ。守られるのはお前の方だ」
「それじゃまるで私の方が子供みたい……」
ヒエラルキー逆転。主人を気取ったつもりが、まさか庇護される側に回るとは。春菜はうな垂れる。
「お前が付いて行くと言うなら止めはしない。コボルトもお前もこの付近の地理に明るくはないから、案内に狩猟係を付けろ。王家が所有する狩場がすぐ近くにある。森や湖を備える美しい所だ。あそこなら魔物が出る心配もないし、コボルトの遊び相手も豊富だろう」
「魔物なんているんですか!初耳ですよ!」
「魔人やオークがいるんだ。魔物がいたって不思議じゃあないだろ。もっとも、狩場でそんなものは出やしない。万が一の用心だ」
「うん、それなら護衛は必要ですね。異世界、思ったよりもデンジャラス。舐めてました」
「分かったら言われた通りにしろ。あまり俺に心配を掛けさせるな」
「はい!わかりました」
心配してくれることが嬉しくて、春菜は満面の笑みで答えた。しかし、魔物という存在に驚き、最後に掛けられた言葉に浮かれ、肝心な言葉を聞き逃していることに気付かなかった。
休みの日、約束通りコボルト達を連れて王家の所有する狩場へと出かける。
狩猟係を1名を先頭に、コボルト12名、衛兵2名、春菜、そしてもう一人――
「……実はバルバスさんてお暇だったりします?」
「ガッハハハ、痛いところを突かれましたな。お嬢様のお供を募れと魔王様が仰るので、憚ることなくワシが名乗りを上げた次第です」
「一番偉い人が来ちゃって、お城の方は大丈夫なんですか」
「部下が優秀だと上の者はやることがないものです」
「ホントですかー?城で見送ってくれた近衛隊の人達、随分と恨めしそうな顔をしてましたよ」
「それだけお嬢様の人気があるということです」
春菜が冗談半分で言うと、バルバスは意外な言葉を返した。
「え、えええ?」
「おかげで部下から年甲斐もなくはしゃぐなと、なじられてしまいましたわ」
「そうですよバルバス様、若い者の楽しみを奪わんで下さい」
「いい加減に枯れちゃあいかがです?」
「なにを寝ぼけておるか貴様等。現役だ、このバルバスは生涯現役よ、ガッハハハ」
豪放なバルバスに部下の衛兵二人も笑い声を上げた。今日は行楽とあって、城で目にするよりも随分砕けた様子だ。
しかし、春菜はそんなやりとりも聞こえてない。
「わ、わた、私が人気って初耳なんですけど」
「むん?それはそうです。城内での任務中にそんなそぶりを見せればワシが殴り倒します。もっとも、近衛に選ばれているこいつらに限って、そんな心配は無用ですがな」
バルバスの発言に部下の二人も頷いている。
「まさかの高評価!これはもしや城内に人間の女性が一人という、環境が産んだ思わぬ作用!あ、でも魔人は人間を――」
――見下している。春菜は咄嗟に出そうになった言葉を飲み込んだ。バルバスはそれを聞き逃してはいなかった。
暫くの沈黙の後に口を開く。
「……魔王様をお慕いする魔人にはそんな者はおりません。まして、お身内であるお嬢様にそんな感情を抱く者など。――魔人にも色々おりますが、少なくとも城の敷地内でそんな心配は無用です」
「……ありがとうございます。私つまんないこと言いましたね」
いつものバルバスの豪放な物言いが、子供に語るように優しい声に変わっていた。
少なからず抱いてきた懸念ではあるけれど、言われた通り城の敷地内で人間であることを理由になじられたり、白い目を向けられたことはない。春菜は気持ちが軽くなるのを感じ、自然と声を弾ませる。
「実は私、魔王城から出るのってこれが初めてなんですよ」
「そんなところがお嬢様の人気の理由の一つです。忙しく働いらっしゃる姿を我らはいつも見ている。あなたが懸命に働く姿はとても美しい」
仕事の延長、引率のつもりでいたけれど、嬉しい話を聞かされ、景色のいい平原を歩くことで、春菜の気持ちは浮き立っていった。
草原を歩き、森を抜け、春菜たちは湖のほとりに辿り着く。
「はー、湖に空の青と森の緑が反射してる!サレオスさんの言う通り、これは癒されるなー」
やわらかな日差しと、鳥のさえずりが、ノンビリした空気を醸し出す。
「ここは王家の狩猟地ですから、自然も野生動物も保護されているんです。それに魔物が出ないように管理もされてます。御覧ください、あの丘に登れば魔王城も見えますよ」
狩猟係が指差す先には、丘と言うよりも山と言った方がいい稜線が見えた。
「う、あれを登るのはまたの機会ですね。それにコボルト達はもう遊びたがってますから」
現にコボルトはもうさっきから、耳をピクピク、鼻をすんすん、辺りをキョロキョロ。忙しなく周囲の状況を伺っている。
春菜はコボルト集めて説明する。
「今から自由時間にします。思う存分遊びなさい。ただ、あまり遠くに行かないこと。いいですね」
コボルト達の元気な返事が返る。
(今日はこの子達の休日でご褒美だから、うるさいこと言ったらかわいそうだもんね)
春菜は完全に引率の先生と化している。
「それじゃあ、解散!」
その言葉を合図に、コボルト達の様子が一変した。
「ガルルル!」「グゴルルル!」「ウゥゥゥ!」
「ちょっ!あなたたち、どうしたの?」
一斉に鼻の周りにしわ寄せ、牙を剥き出しにして唸り声を上げ始める。春菜がビックリしているのもつかの間。コボルト達は物凄い勢いで森に向かって駆け出していく。
「なにあれ!今、四足歩行で走っていかなかった?」
余りの速さにそう錯覚したのかもしれないが、コボルトが見せた動きは子供らしさとは似ても似つかない、野生動物そのものの俊敏性だった。
(そう言えば!サレオスさんが、あの子達は強いって……。や、違う他に何か言ってなかったっけ?)
何か他に大事なことを言ってなかった。考えているうちに、森の中から犬の吠え声が盛大に響き始めた。




