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庭園

コボルトだけに現場を任せられるようになって十数日が過ぎていた。


春菜がいつものようにみんなと一緒におやつを食べているとサレオスが現れる。


「順調なようだな」


「サレオスさん」


何度か仕事中に見かけたことはあったけれど、こうして話し掛けてくるのは初めてのこと。顔を隠して口の周りを拭い、サレオスの方へ向き直ろうとした時。


「なっ」


春菜は何ごとがおきたのかと絶句する。


顔を背けた一瞬の間に、コボルトの三人はおやつを食べるの止めて、サレオスの前で気を付けとばかりに直立不動で並んでいたのだ。


(え、なに?今サレオスさん何も言ってないよね。『整列』とか『立て』とか。この子達の大好きなおやつ中だよ?)


食べることが大好きなコボルト。食事中に周りを全く見ないでひたすら食べる姿に、春菜は野性味すら感じていた。


もっとも、この事態に驚いているのは春菜一人だけ。当の四人は当たり前のように平然としている。


(お、恐るべし魔王!主人を返上してもなおこれだけの統率力!私が時間を掛けてこの子達との関係性を築いたっていうのに……)


「どうした、四つん這いになってうな垂れて。間食をし過ぎたか?」


「そんなわけないじゃないですか!ショックを受けているんですよ!軽く自信を喪失してるんです」


「休んでいいぞお前達」


サレオスが言うと、コボルト達は嬉しそうにおやつに戻っていく。


「なぜ自信を喪失する。仕事は上手くいっているんだろう」


(……そうだ、私が自分を卑下することない。この人が凄いんだ、それだけの器をもってるからこの子達は本能で従うんだ)


敗北感を拭い去るコツは相手の凄さを認めること。春菜は俯いていた顔を上げ、サレオスを見る。映るのはいつもと変わらない自信に満ちた冷たい顔。


(やっぱり魔王なんだなあ)


「コボルト相手に下手に出た時はどうなるかと思ったが、やっぱり面白い奴だよお前は」


四つん這いの春菜はグイッと体を引き起こされ、二人の距離が縮まる。


「どうした、俯いて。やはり体調が悪いのか?」


「や、ち、違くて。その……近いです」


「近い?何がだ。いつもと変わりはしない」


目の前にはサレオスの胸がある。明らかにいつもより距離が近いにも関わらず、サレオスは気に留めない。春菜は平然としていられるわけがなく、手を胸元に当てて縮こまる。


(やだ、こんな近くで。お化粧変になってないかな?これ絶対わざとやってるよね?あの子達だって見てるのに)


こちらを見ているのかと、チラリとコボルトに目をやれば――

おやつを食べ終わってじゃれ合っていた。色恋沙汰は気にも留めないらしい。


「ここに来た時よりあいつ等も元気そうだ。お前と言う主人の元で安心して働けている証拠だ」


「そう!あの子達やっぱり元気になったよね!あっ」


コボルト達の変化を感じたのは自分の勘違いでないことがわかり、嬉しさで声を弾ませ顔を上る。と、すぐ側にはサレオスの顔が。嬉しさと恥ずかしさの均衡は後者に軍配が上がり、春菜は咄嗟に後ろに飛び退いて距離を空けてしまう。


「なにをそんなに慌てている」


「や、やー、私汗かいちゃいましたから」


「仕事をしていれば汗をかくのは当たり前だ、ツマランことを気にするな」


「で、ですよねートウヘンボク」


「なにか言ったか?」


「いえいえ、なんでもありません」


ドギマギされた仕返しに、どさくさ紛れに小声で呟やいた。どうやら、この世界にその言葉は無いらしい。


「お前には褒美をやらないといけないな。何か希望があるなら言ってみろ」


「またそんな、褒美なんて……あ、そうだ空中庭園です」


咄嗟に脳裏に浮かんだのは、草木ひとつ生えない茶一色の寒々とした庭園の姿だった。


「なに?」


「空中庭園の手入れをしていいですか?あそこに花を植えたいんです」


「……花か。いいだろう。そもそも俺に断る必要もないことだ」


そういうものかもしれないけれど、春菜にはサレオスの許可を得ることが大事な意味を持つように感じた。


「じゃあ、ご褒美のお願いはまだ有効ですね」


「少しは賢くなったじゃないか」


「お褒めいただき光栄です。なにせサレオスさんが相手ですから」


「言うようにもなった」


「私は最初からこんなです」


「確かにそうだった。で、何を希望する」


「この子達も落ち着いてきので、休みを取って街を見てみたいんです」


「街か……分かった。車と護衛の手配をする。しかし、今は忙しいから準備ができるまでしばらく待て」


サレオスは少し考えてから返事をした。街に人間が一人で行った時の、トラブルの可能性を聞かされていた春菜は素直に応じる。


「分かりました。じゃあ、準備出来たら教えてください」


「ああ、分かった楽しみに待っていろ」


「?」


サレオスはまるで悪巧みでもするように小さく笑い去っていった。




「こんにちは、おじさん」


「やあ、お嬢様。珍しいじゃないですか、こっちに顔を出すなんて」


春菜が訪れたのは、鍛冶場などが入った三棟立ての長屋の一角。農場に務める人たちの詰所がある場所だ。


「この前はレモンを沢山ありがとう。お陰で浴室が綺麗になりました」


「ああ、その話を聞いた時はビックリしましたよ。よくそんな方法を思いつくもんだねえ」


実はこのおじさん。異世界に来て二日目の朝に挨拶をした人。温厚で日に焼けた顔に笑顔を絶やさない。


「実は今日相談があって来たんです」


「ほう、こんな爺で役に立てるなら、何でも言ってください」


「ありがとうございます。コレなんですけど」


差し出したのはサレオスの部屋で掃除のときに見つけた、枯れてしわくちゃに乾燥した花。


「ふーん、これは陽桜草だね。どうしたんですこれは」


「掃除をしてたら見つけたんです。へー、ヒザクラソウって言うんだ。実はその花を育てたいと思って」


「おや、お嬢様が手入れをされるんですか。それはいい。それで、種から育てますか?」


「他に育て方があるんですか?」


おじさんは愉快そうに小さく笑う。


「お嬢さんはあまり草花を育てた経験はありませんか?」


「いやあ、恥ずかしながら。子供の頃に朝顔とヒマワリを育てて以来です。難しいですか?」


「アサガオ?はて、聞いたことはないが……。なあに、問題はありませんよ。陽桜草は丈夫な植物です。種から撒いても、少し気を付けてやれば綺麗な

花を咲かせてくれる」


「よかった!育て方を教えてくれますか?」


「もちろんですとも。種を用意しますから2~3日待っていて下さい。お嬢様は種を撒くまでに、土を耕して必要なら肥料を少し加えておいてください。どこで育てられるんです?」


「空中庭園です」


「おや、空中庭園ですか。あそこはガラス張りの天井がついた立派なものだそうですねえ。あそこは庭師の範囲外だから、誰も手入れする人がおらんでしょう。」


「そうなんですよ、詳しいですね。長いことほったらかしになっていたみたいで、草花が一本も植わってないんです。なんだかかわいそうで」


「なるほど、しばらく手入れをされていなかったのなら、肥料はやった方がいいでしょう。どうされますか?」


「早速もらって帰ります」


「いやいや、流石にお嬢様お一人だけじゃあ無理ですよ。人手が必要だ。ただ、私らは城内には入れません。衛兵に手伝わせてはいかがです」


「うーん、お城の警備をしている人を私用で使うのはなあ……。そうだ!コボルト達に手伝ってもらおう。ご褒美をあげれば喜んでやってくれるはず。おじさん、肥料は後で取りに来るね」


「わかりました。用意しておきますよ」


そう言うとおじさんは皺だらけの顔に優しげな笑みを浮かべる。


「どうしたんです?」


「いえ、もうずいぶん昔になりますが、お嬢様と同じように、お城で掃除をしている人の中に、肥料や種を貰いにここへ来ていたことがありましてね。なんとなく、それを思い出したんです」


「え?私と同じように……。掃除人なのに庭園の世話までしていたんですか」


「はい。とても綺麗な人間の女性でしたねえ。よく裏庭の長屋二階から挨拶してくれました。だから初めてお嬢様にお会いした朝は、その光景を思い出して一瞬目を疑いましたよ」


(そっか、あの時だ。人間の女性、掃除、長屋の二階。ホントだ共通する部分が多いな)


おじさんは昔を懐かしんでいるのか、遠くを見ながら優しげに語る。


「ですが、ある時期を境にパッタリと来なくなって。それからはお城勤めの女中が、ブツクサ文句を言いながら肥料をや苗を取りに来たもんです。もっとも、それも随分前に止まってます」


「どうしてその女の人は来なくなったんでしょう?」


「さあ、なぜでしょう。結局あれから会えずじまいです。本当に綺麗な人だった……。たしか、ルクレツィアさんって言ったかな。もう二〇年以上前の話です」


「ルクレツィア……」


その名前には聞き覚えがあった。


「じゃあ、私は肥料の用意をしきますから。取りに来たら声を掛けてください」


「わかりました。これからも色々おねがいします」


「もちろんですとも。なんだか昔を思い出すようで、楽しくなりますなあ」


おじさんはバケツとスコップを手に取り去って行った。春菜は城へ向かいながら、今聞かされた話を思い出す。


(ツクレツィアさん。人間の女性、掃除、長屋、多分奴隷に違いない。ヴィネアさんが口にした名前も同じ。でも奴隷の使用人が衣装室の服を着るのかな。同名の別人?そんな偶然があるとは思えないけど……ダメだ全然わかんない)


情報が足りな過ぎる。モヤモヤした気持ちを抱えながら、春菜はその名前を心に刻む。

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