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討伐

「俺は先王の第3王子。本来ならば王位を継ぐ立場にはない。それが今こうしているのは、力で玉座を奪い取ったからだ」


(最初から王様だったわけじゃないんだ、当たり前だけど)


サレオスが人前でかしずく姿が想像できず、春菜はなんとなくそう思っていた。


「先王は大陸に野心を抱いて挙兵した。戦端が切られようとした時、俺は後方にいる先王を封じて実権を掌握し、反抗する者はすべて追放した。戦争に反対する魔人も少なくはなかった、俺の行動を歓迎する者もいた」


(そのタイミングを選んだのは戦争を止めるため?相手が無防備だったから?ダメだ、世界が違い過ぎて想像が及ばない)


「王位に就くことを宣言すると、不満を持った王子や一部貴族は結託して軍を向けてきた。俺はこれを全て討伐した」


サレオスは淡々と語った。その言葉の裏に、語られない凄惨な出来事が含まれていることは想像が着いた。


「お城に人がいないのは先王に関係する人全て追放したからですか?」


「そうだ。それだけではないがな」


(まだ他にも理由があるの?)


サレオスはそれ以上語ろうとはしなかった。何事かを考える様にしばらく目を閉じてから、再び春菜を見据える。


「俺が怖くなったか?」


(この顔……。これは挑発じゃない、試しているわけでもない。きっと、この質問は大きな意味を持つんだ。なら私は思ったことをそのまま言うだけ)


サレオスはすべてを見通してしまうのではと思えるほど、力の籠った眼を向てくる。それに対し春菜は揺るぎ無い声で応える。


「ならない。ならないよ」


赤い瞳が微かに揺れた。無言の時が流れる。


権力を奪い取った方法や討伐の様子が詳細に語られなかったから、恐ろしさが伝わらなかったわけではない。どんなことが起きていたのであろうと、そうするだけの理由があったと、サレオスの人格を信じたからだ。


「なんだツマラナイ奴だな」


サレオスはいつもの悪戯な笑顔を作ると、大げさに手を振ってソファにもたれかかる。春菜にはその仕草が安堵を隠そうとしているように思えた。思いたかった。


「なんですかその言い方。よくありませんよそういうのは」


「うるさい、少しは怖がれ」


眉間に皺を寄せ、そっぽを向くサレオス。その仕草が悪戯がばれてしまい誤魔化す子供の様に見えておかしい。


(なんだか可愛い)


「しばらくしたら謁見式を開く。王城に人を入れるのは気が進まないが、権威付をする舞台装は必要だ」


「謁見式……」


ニュースで見た盛大なパレードの映像が浮かぶ。でも、民衆に向かって笑顔で手を振るサレオスの姿が想像できない。


(うーん、軍事パレードの方が似合いそうな……)


謁見式を少し誤解している春菜。


「実質は忠誠式です。サレオスの王位に反対していた愚かな貴族は、膝を着いて忠誠を誓わせます」


グシオンは瞳の光を強め、獲物を狙う肉食獣のようにちらりと八重歯を見せて不敵に笑う。


(容赦ないな。ほんと、この人はサレオスさんのことになるとおっかない)


「派手なパレードも晩餐会も無しだ。期待したか?」


「ちょっとだけ」


「とは言え、大勢の奴等が出入りすることに変わりはない。それに備えて警備も強化をしなければならないし――」


そこまで言うとサレオスは春菜を見つめて言葉を切った。


「掃除も大変というわけですね」


「そういうことだ」


(なるほど。一連の動きは全部それに備えたものなんだ。以前にヴィネアさんが新体制とかなんとか言ってたな。……ん?じゃあ、つい最近まで奴隷を使用人として使っていたっていうのも先王なのか)


サレオスがクーデターで王位を奪い取り、奴隷制を嫌い解放したということか。もっとも、ほぼ全ての使用人を辞めさせる必要まであるのかどうかは分からな。


「詳しい話は都度する。だからもう行っていいぞ。待たせているんだろ?」


「え?誰をです?別に待たせてなんていませんよ」


「フン、何言ってんのよ。忘れたの私の仕事場を見せるってこと」


「え?」


後ろから声を掛けて来たのはヴィネアだった。


「アンタ、私をジョーカー呼ばわりしておいて、ただで済むとは思ってないでしょうね」


「まだ覚えてたんですか!ちょ、どこに連れてくつもりです!」


「あたり前でしょ!道化師呼ばわりされて忘れられるわけないじゃないの!私がやっている仕事を説明してあげんのよ」


「や、それはまたの機会でいいかな、ほら私仕事中だし。ねえ、サレオスさん、グシオンさん」


「事情は聞いている。心配せずに行って来い」


「報告は受けています。見分を広げるのはいいことです」


報連相はしっかりしている職場だった。


結局、嫌がるところを半ば引きずるように連れて行かれ、ヴィネアがいかに日々真面目に仕事をこなしているかをたっぷり聞かされてしまった。




魔王城は少しずつ変わっていく。


朝、目が覚めて身支度を終えると、春菜は朝食を取るため厨房のある長屋へと向かう。城の裏手から庭に出た瞬間、春菜の両側で靴を勢いよく音が響く。


「ヒィ!」


春菜は突然の出来事に驚きの声を上げた。裏口の両脇には屈強な男の人が立っていて、靴を踏み鳴らすように姿勢を正したのだ。


(あー、ビックリした。人がいるとは思わなかった。変な声出しちゃったよ恥ずかしい)


驚きで跳ね上げていた肩を下げ、照れ笑いを浮かべて二人の様子を確認する。


(わ、衛兵さんだ。そっか、バルバスさんが言ってた部下の人たちか)


臙脂の生地に金の装飾が施された軍服を着て、手には剣を持っている。


「おはようございます。お早いんですね」


春菜が挨拶をすると、衛兵は表情を変えることなく、手にした剣を眼前に掲げ、構え直した。


(……あ、そうか敬礼だ!)


一瞬何をされたわからなかったけれど、それが彼らの挨拶だと理解する。仕事の邪魔をしてはいけないと、春菜はすぐにその場を立ち去り厨房に入る。


「おはようバアルさん」


「ゴフ、嬢ちゃん。今朝も早いな」


テーブルの一角には春菜のためにプレースマットが敷かれ、既に果物とジュースが載せられていた。椅子に座るとすぐにバアルが暖かいお茶を出してくれる。


「ありがと。ねえ、さっき裏口に衛兵さんがいてビックリしちゃったよ」


「ああ、あれか。前もいたんだがな、昨夜から警備が再開されたらしい」


「昨夜?一晩中ああして立っていたってこと?」


「まさか。交代制さ。何交代なのかは知らんが」


(それはそうか。お城の警備なら24時間体制だ。あの二人だけが担当のはずないか。やっぱり新体制で少しずつ人が増えているんだ。ここにも……)


厨房に入ってた時から気になっていたけれど、見知らぬ人が3人、野菜を洗ったり掃除をしたりしている。


「ねえ、バアルさん。あの人達って」


「ゴフ?おお、厨房にも新人が入ったぜ。おう!お前らこっちに来い!」


バアルが今まで聞いたことのない迫力ある大声を上げた。新人たちはビクリと肩を震わせ、小走りで駆け寄り姿勢を正して整列する。三人とも魔人。彼等が緊張していることは明らかだった。


「お前らに紹介しておく、掃除人の……嬢ちゃん、名前なんだっけ?」


「花沢春菜!覚えよー?私これ何度目かな」


「だそうだ。嬢ちゃんは魔王様が直接呼び出されたお身内だ。粗相するんじゃねえぞ!」


「ハイ!」


ドスの聞いた声でバアルが言い付けると、3人は大きな声で返事をして春菜に頭を下げた。


「や、ちょ、そんな恐縮しないで下さい。バアルさんも私はそんな大したもんじゃ」


「いけねえぜ嬢ちゃん、こういうことはちゃんとしなけりゃ。俺がグシオン様に叱られちまう」


そう言われてしまっては返す言葉もない。春菜は三人に「よろしくね」とぎこちなく応じた。


三人は持ち場に戻り、春菜は朝食取りながら雑談をする。


「バアルさんてやっぱり料理長なの?」


「おう。そうよ、宮廷料理人の長がオークなんてきっと初めてだぜ」


「おお、凄い!偉いんだ」


「何言ってやがる。全部グシオン様のお陰だ。それに、あくまでオイラは使用人。嬢ちゃんとは立場が違わあ」


「そういうもんかなぁ。私は自覚がないんだけれど」


バアルが言っていることは昨日のヴィネアと同じだ。春菜は昨日の『嫌でもこれから持つようになる』という言葉を思い出す。



春菜は昼食を取り終えると鍛冶場へと向かった。途中、列を組んだ数名の衛兵と出くわす。


彼等は手足を綺麗に伸ばし、歩みを揃えて行進し、春菜とのすれ違い様に一斉に敬礼をする。予想もしていなかった動きに、春菜はまたしても肩を跳ね上げ驚く。


(ああ、ビックリした。またそうくるとは。声を上げずに済んだことを褒めてあげたい)


衛兵はすでに何事もなかったかのように立ち去っていた。


「うう、これは慣れないとダメだな。衛兵さんの立ってる所が決まっているなら気を付けないと」


出入り口や城門といった要所に配置されているので、慣れてしまえば驚くこともないはずだ。


春菜は三棟立ての建物には辿り着くと、鍛冶場に向かって声を掛ける。中には入らないようにとのビフロンからのお達し。女人禁制なのかと尋ねると「危ないから」という単純な答えが返ってきた。


「やあ、お嬢ちゃん。道具の依頼かい」


「ええ。人員の補充があるから今度は少し数が多いんです。また、ご迷惑かけちゃいますね」


「何を言うね、それが仕事だ。それに、こっちも人数が増えとるから問題はないよ」


そう言えば、ビフロンが手を止めて外に出てきているというのに、鍛冶場の中からは槌を打つ音が止まない。


「ここにも新人さんが入ったんですね」


「ああ、そうだ。でもうちだけじゃない。おい、サブナック!いるんだろ、ちょっと出て来い」


「なんだ爺い!」


ビフロンが木材が立てかけられた一角に声を掛けると、中からは逞しい体つきをした中年の男の人が顔を出した。手にはノミが握られている。


「コイツは大工のサブナック。城の営繕や、木工で必要な物を作ってる。まあ目つきは悪いが、魔人にしては器用な奴だ」


「チッ!余計なお世話だ。それで、この娘っ子はなんなんだ」


春菜へ親指をクイっと向け、鋭い目をギロリと向ける。


(わっ、睨まれちゃった。気性が激しそうでいかにも職人さんて感じだな)


「花沢春菜です。お城の掃除人をしています」


名乗を聞いたサブナックは怪訝な顔で応じる。


「はあん?そんな綺麗なおべべを着て掃除人?おもしれえ冗談を言いやがる」


サブナックは因縁を付ける様にポケットに両手を突っ込み、前屈みで睨み付けてくる。本当に大工なのか。


「ん、よく見りゃ可愛らしい顔に化粧までしてやがる。それになんだかいい匂いもさせやがって。さては余興に寄った芸人……ふん、踊り子にしちゃあ乳は小せえな」


とてもとてもデリケートな問題に触れられる。それは一番言ってはいけないことだ。


「ち、小さ……。あ、頭にきた。肉屋呼ばわり以上の屈辱。よくも言ったなチンピラ大工、セクハラ裁判開廷するぞ!」


「はあん?セクハラ?意味わかんねーこと言いやがる。悔しけりゃ成長してから出直して来い!」


「ど、どこ見て言ってんのよ?有罪確定よそれ……」


春菜は怒りのあまり声をふるわせる。そこに割って入る人物が現れる。


「騒々しいですね。どうしました?」


「こりゃあ、グシオン様」


「グシオンさん」


新人用の掃除道具を発注するため、ここで待ち合わせることを申し合わせておいた。


仲裁人の登場に春菜は幾分冷静さを取り戻す。サブナックもポケットから両手を出し、背筋を伸ばして丁寧に応じる。


「やあ、この娘っ子が自分は掃除人だなんてぬかすものだから、その服装はないだろうと遊んでやっていたところですよアッハハハ」


あれが遊びに入るなら、異世界はセクハラだらけだ。グシオンの眉がピクリと反応する。


「本当です。この子は掃除人ですよ」


「ええ!本当でしたか。そいつは驚きだ。まさかグシオン様が採用に?」


「いえ、私ではありません。なぜです?」


「そりゃそうですぜ。いくら可愛らしいからって、人を雇うのなら適材適所を考えてもらわなきゃあ」


「なんだと……」


(あ、これヤバイやつだ)


バチリと音を立ててグシオンの周りの空気が変わっていく。既にビフロンは避難を始めていた。


「採用したのがグシオン様じゃなくって安心しましたよ。この子を採った奴はいったい何を基準にしたんだか、見識を疑いますぜダッハハハ」


空気の読めないサブナックだった。


「貴様サレオスの判断にケチを付ける気か!あの服装も気に入っている!」


(え!そうなの?初めて聞いた!)


「え?ええ!魔王様が採用!」


怒りの声を上げるグシオン。自分の発言の重みを思い知らされるサブナック。自分の服をサレオスが気に入っていると聞かされ、浮かれる春菜が我に返ってフォローに回ったのは随分と後だった。

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