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9・フェアリーの病気と薬


 健康に良いのは、質の良い食事、快適な環境。これは人もフェアリーも変わりは無い。

 ヒメの食事は果実にキノコ、花に葉に種、というところ。まれに虫の身体の1部など。

 散歩の際に見つけたものをその場で食べる。

 冬場に向けてドライフルーツを作ったり、物置小屋を改造し中でキノコの栽培など始めてみた。

 しかし、冬でもヒメは森の中で何かを見つけては食べてくるので、食事については心配は無かった。

 もともと森の中で住んでいたのだから、無用の心配だったのだろう。

 どちらかと言えば私が用意したものでヒメが身体を壊すことの方が、気をつけなければならない。

 私が買ったものでも、農薬や消毒剤がついていれば、ヒメは口にしない。


 無農薬のものを農家から直接、通販で入手する。

 世の中には私のように、秘かにフェアリーと暮らしているものがいるようだ。

 その中でフェアリーのために無農薬で果物の栽培をしているという物好きがいた。

 近くの森には無い果物はそこから分けてもらう。インターネットは上手く使えば便利なものだ。

 私の作ったスピリッツと交換で手に入れる。

 彼女とはこの物々交換でネットでやりとりをするようになった。

 また、フェアリー用のピスタチオのアンクレット、クルミのカスタネット、ヒメと共同で制作した蜘蛛の糸のハープやバイオリンといった楽器も送ってみた。

 喜ばれたようで、彼女が作る果物が送られてきた。このときヒメは翔び跳ねて喜んだ。

 その彼女はフェアリーのために温室を作ったという、その温室の画像を見るとなかなかの力の入れ具合だ。小さな植物園のようだ。

 近くの森ではとれない種類の果実にヒメは舌鼓を打つ。手と口のまわりをベタベタにしてマンゴーを食べていた。

 遠く離れた地にも私と似たような生活をしている者がいるとは。


 どうやら彼女は私の持つ古書のように参考になるものが無く、祖母から教えられた知識をもとにフェアリーと暮らしているという。

 彼女のところのフェアリーが具合が悪くなったときにその症状を聞いて、私の作った薬酒を送ってみた。効果があったようで、それ以来、電話でも話をするようになった。


『ミルクは手に入りませんかねぇ』

「どうにも、難しいですな」


 電話の先から聞こえるのは、おっとりとした品の良い感じの彼女の声。私は人と話すのは好きでは無いが、同好の士というのであれば話は違う。

 しかし、ヒメ以外とは話をせずに暮らしていたからか、電話は毎回緊張する。いつもは文章で、メールでやりとりをするのだが。

 彼女の方も人と話すのは苦手らしい。彼女のフェアリー、ティンクの為で無ければ一生、男と話す気は無かったと聞き、奇妙な同類意識を感じている。

『ヨーロッパでは家付き妖精にミルクはつきものですので、うちのティンクにもミルクを飲ませてみたいのですけど』

「我が家のヒメも市販のものは口にしませんから」

『山羊か牛を飼って自分で絞らないと、ダメなのでしょうか?』

「流石にそこまでするのはちょっと、私には無理ですな」

『そうですよねぇ。うちも今から山羊を飼うというのはできませんし。諦めるしかないのかしら』

「私もそこは残念です」


 現代では鉄に触れないミルクというものは手に入らない。なにより不自然な作り方をしたものをフェアリーが口にすることは無い。

 今の日本ではフェアリーが口にできる乳製品を入手することは不可能だ。

 それこそ自分で酪農するしか無い。


「代わりになるかと百合根を絞ってそれをヒメに飲ませてみたことがあります」

『百合根を、ですか? それでヒメちゃんはどうです?』

「喜んで飲んでいましたが、問題がありました」

『まぁ、お腹を壊しました? なにか病気にでも?』

「いえ、体調にはなにも。ただ、ヒメの場合は百合根を絞ったものよりも、百合根をそのままムシャムシャと食べる方が好みのようで」


 電話の向こうでその様子を想像したのか、あらまぁ、うふふ、と品の良い笑い声。続いてうちのティンクもこの前こんなことが、と、話が続く。

 こんな風にフェアリーの話ができるようになるとは。

 彼女との話でフェアリーの病気、その対処法など古書を参考にしたもの、また、私の経験談など語る。

 そのためか彼女のイメージの中の私は、フェアリーの薬師さん、という感じになっているらしい。


【季節性憂鬱症

 季節の変わり目、変化する温度、湿度といった大気の状態に身体が対応しきれないときに起こる。倦怠感が続き、集中力の低下、食欲不振、睡眠不足といった症状が出る。

 身体が気候に馴染むまで、無理はさせないこと。予防には日頃から十分に月の光を浴びる生活を心がけること。

 5日以上続いて回復が見られないときは強壮効果のある食べ物、薬酒を与える】


『頂いた薬酒はとてもよく効きました。また送っていただけないかしら?』

「いいですよ。ですが飲ませ過ぎないように気をつけて下さい」

『はい。この時期はティンクはいつもはぐったりしているのですが、あの薬酒のおかげで昨日は元気でしたの』

「それはよかった。あぁ、あとあの薬酒は新月の日に飲ませるのもいいですよ」

 こういった感じでフェアリーの病気の対処法など、情報交換をする。


【新月性憂鬱症

 月の無い新月の日は、フェアリーは気分が優れず倦怠感を覚える。生気を回復させるためには山奥の湧水など、綺麗な水での入浴が効果がある。また、蟻の卵、カラスウリなどを食べさせると良い。カラスウリの花は興奮剤にもなるため、食べさせ過ぎてはならない】


【心因性愁然症

 人がフェアリーの生活を厳しく管理しようとすることによって起きる。

 過食症、拒食症、不眠症、精神の不安から攻撃的な挙動。翅、髪、肌から艶が失せる。

 フェアリーが心地よく暮らせるよう生活環境の改善をする。また、ポプリや香でリラクゼーションを促す】


 フェアリーにとっては人と住むということ、これまでと環境の違う人の暮らしに合わせることが、ストレスの原因になる。


【不活性症候群

 元気の無い状態。原因の解らないものでその症状はさまざま。複数の原因が絡んでフェアリーの心身に現れる。髪の艶、肌の輝き、翅の光が失せたときには要注意。人がその原因となることが多い。治療には月光浴が良い】


「食欲不振にはヨモギの汁、逆に過食気味であればハコベの汁が効きます」

『ひとつお聴きしたいのですが』

「なんでしょう?」

『この前、ティンクが虫の脚を食べてまして、慌てて口から出させたのですが、これってどうなのでしょう?』

「フェアリーは私たちと食生活が違います。うちのヒメも虫を食べることはありますよ」

『まぁ、そうなの?』


【蟻の卵は滋養強壮に良い。ただし取りすぎれば肥満の原因となる。カブトムシの角を粉にしたものは代謝を上げて、翔ぶ力を強くする。取りすぎれば脱水症状を起こすので量に注意。ガガンボの足は不眠症に効果がある。就寝前に1本食べさせると良い。蝶の触角は代謝を整える。目覚めたときに1本与えると良い。効き目が強いので1日1本まで】


「フェアリーにとって虫の1部というのは、食べ物というよりは生薬のようです。私もヒメが蟻の卵を食べるところを始めて見たときは驚きました」

『まぁ、そうなんですの。知りませんでした』

「フェアリーは身体に悪いものは食べようとしません。そこは人が煩く言わずに好きにさせた方が良さそうです」

『言われてみれば、そうですね。次からは見ないふりでもしましょうか』


【アロエは倦怠感を取るのに良い。生のままかじらせる。タンポポの果実は疲労回復に良い。乾燥させれば保存のきく常備薬になる。翔ぶことに疲労を感じるときは、カラスウリの実を潰した汁を背中、翅、足に塗る。ナズナの花を乾燥させて葉にのせて巻く葉巻は気分転換に良い】


『葉巻ですか? 煙草ですか?』

「たまに吸うと落ち着くようです。うちのヒメはときおり吸ってますね。ヨモギの葉で包んだものが好みのようです」

『葉巻を吹かすフェアリー、ちょっと見てみたいですね』


 彼女と電話で話すのは月に1度というところ。電話代が高くつくのでは、と心配になるがつい長話になってしまう。いつもはメールのやり取りで終わるのだが、彼女は彼女でティンクのことについて相談できるのが、私ぐらいしかいないらしい。

 ひととおり話して、ではこれで、またなにかあればどうぞ、と電話を切る。

 窓際を見るとヒメがいる。やれやれ、やっと終わった、待ちくたびれた、という目で私を見る。

 時刻は夕方、ヒメは起きて私が電話を終えるのを待っていたらしい。


「ヒメ、外に出ようか?」


 声をかけるとパタパタと翔んで肩に座る。見るとヒメの口からなにかひょろりと出ているものがある。スルメでも噛むようにモグモグと口を動かしている。

 これは、虫の触角のような。蝶か蛾の触角のような。どこから見つけてきたのだろうか。ヒメの庭から掘り出したものだろうか。

 昔の時代劇に口に楊枝をくわえているのがトレードマークの主人公がいたことを思い出す。

 そんな感じに、私の肩に乗るヒメも口からツンと虫の触角を出している。

「美味しいかい?」

 聞いて見るとヒメは、にやぁ、と笑って口から出した虫の触角を手でもって、私の唇に押しつける。

「いらないよ、ヒメ。私はいらないから」

 嫌がる私の口を虫の触角で突っついてくる。私の嫌がる様を見て楽しんでいるな。私はイナゴもハチの子も食べることはできるが、正体不明の虫の触角は流石に遠慮する。


 散歩に外に出るときに庭の木からイチヂクをふたつとる。ひとつを指で開いてヒメに見せる。

「こっちの方が美味しいだろう?」

 私の肩に座ったままヒメはイチヂクにかぶりつく。私も同じようにひとつ食べる。

 食生活が違うところはあっても、同じように食べられるものは多い。

 なによりこうして歩きながら、夕日に染まる森を眺めながら、ヒメと食べるおやつは美味しい。

 今日はヒメは何を見つけて食べるのだろうか?

 たまに驚かせてくれるところもおもしろい。




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