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8・曼珠沙華の季節、あぶない赤い花


 曼珠沙華、赤い花が1面に咲く。彼岸花、死人花、子捨て花、不吉な呼ばれかたをすることの多い、彼岸と此岸を繋ぐ花。

 葉の無い、他の花とは少し違うまるで異界の植物のような。

 あまりにも鮮やか過ぎる花は、イタズラ者が緑の草地を染めようと、赤い塗料を巻き散らかしたようだ。

 ヒメは赤い曼珠沙華の花の上を翔びながら、地面を見て探す。そのヒメの後を、足下に注意しながら曼珠沙華の花園にそっと足を踏み入れる。


 このあたりでは畑の回りに曼珠沙華を植える。毒を持つ球根がモグラ避けになる。

 古くは曼珠沙華の球根を非常食としていた名残からか、山の中に赤い花の群生地がある。

 この曼珠沙華の咲く季節は危険な季節だ。


〈セイー〉


 ヒメが呼ぶ。宙をクルクルと地面と平行に回りながら跳び、下を指差している。ヒメの呼ぶ方へと、足下に注意して踏み潰さないようにゆっくりと進む。

 杖で曼珠沙華をかき分けて見る。ヒメがフワリと舞い降りる。そこにいるのは2体のフェアリー。

 夕闇が近づく中、地面の上にだらしなく寝転んでいる。口は半分開いて、うへへー、と、にやけている。口からよだれが垂れている。

 金髪のフェアリーが仰向けに寝て、笑っている。寝ながら、ふぇへへへ、と。

 もう1体の茶髪のフェアリーが金髪のフェアリーの胸にしがみついている。

 2体とも花弁でできた服は半分脱げて、金髪の方はおへそもおっぱいも丸出し。そのおっぱいに吸い付くように茶髪のフェアリーが、ひしっと金髪を抱き締めている。

 なんだか背徳的な空気がある。この2体にそんなつもりは無いのだとしても。

 その2体の周囲には曼珠沙華の花が落ちている。花弁に噛み千切られた跡がある。この2体が曼珠沙華の花弁を食べた跡だろう。


 ヒメがしゃがんで正体を無くして半裸で寝転ぶフェアリーの頬を指で突っつく。反応は無い。完全に泥酔している、頭にキマッてしまっている状態だ。

 この状態でカラスに啄まれたり、猫に爪でイタズラされては大事(おおごと)だ。

 いつもはやたらと警戒しているのに、この無防備さはいったいなんなのだろう。

 ヒメが翔び、肩をすくめて、やれやれしょうがないなぁ、という顔をする。

 仲良く抱き合いながら眠るフェアリーの姿に、少し呆れながらも目を奪われる。指でつつきたくなるイタズラ心を宥めて抑える。

 昔、酒を飲まされ過ぎた新入社員を介抱したことを思い出す。それと比べればフェアリーの方が見た目が愛らしいところは、得なのかもしれない。


 曼珠沙華は毒があり人間がこれを生で食べれば死ぬ。フェアリーには毒ではない。いや、ある意味では毒なのか?

 曼珠沙華の花粉と花弁はフェアリーを酩酊させる。どうも幻覚剤に近いらしい。この花が咲く季節は、曼珠沙華の花の上でやたらと陽気にはしゃぐフェアリーや、花の間で正体を無くしてだらしなく酔い潰れるフェアリーを目にする。

 気をつけないとうっかり踏み潰してしまいそうになる。

 フェアリーにとって曼珠沙華は抗い難い麻薬のようなものらしい。


 寝ながら、うひゃひゃひゃひゃ、と笑う金髪のフェアリーは危うく見える。

 これは幻想的な怪しげな世界に迷い込むような神秘的な危うさでは無い。酔い潰れて介抱ドロに財布を盗まれるような、嫌な生々しさを伴う危うさである。

 こういう姿を見ると、妖精という不可思議な幻想をフェアリーに重ねるのは、人の身勝手な思い込みで、フェアリーには人の夢も浪漫も関係の無い話なのだろう。


「ヒメ、他にはいないかい?」

 ヒメに聞いて見る。ヒメはすうっと翔び上がり曼珠沙華の花園を見回りに行く。その間、私は寝ぼけてむずかるフェアリー2体を、羽根を傷つけないようにそっと持ち上げる。

 ウェストポーチを開けて、柔らかい布で作ったフェアリー用の簡易寝台に優しく寝かせる。フェアリーが他の野生生物や人間に酷い目に合わされないように、この時期は私とヒメで見回っている。

 フェアリー専用の救急隊員。昔はこういうことを誰にも知られずにやっていた者がいたのかもしれない。

 今のところフェアリーを拐おうとするものは、この辺りにはいなさそうだが。イタズラするような子供もいなくなり、学校も無くなった廃村寸前の小さな村は、人の数が少なくなった。

 この森に住むフェアリーの方が、もしかすると多いかもしれない。


 2体のフェアリーをウェストポーチに保護して、さて帰ろうか。ヒメを見ると曼珠沙華の花を手にして持ち帰ろうとする。私が手を伸ばして花を取り上げようとすると、すいっと跳んで逃げる。

 しばし、ヒメと睨み合う。

 ヒメは曼珠沙華の花をしっかりと抱きしめて離さない。これで根負けするのはいつも私の方だ。

「ヒメ、外では口にするなよ。それと、家の中では暴れないように」

 コクコクと頷くのを見るが、ちゃんと伝わっているのだろうか。


 家に帰り寝室に、窓を大きく開ける。外は日が沈み星が出て煌めく。

 2体の酔っぱらフェアリーをヒメの庭の苔の生えた石の上に寝かせる。うにゃうにゃ、とか言っている。茶髪の方のフェアリーは暑いのか、ウェストポーチの中でユリの花の服を脱いでいたので、素っ裸になっている。

 ヒメが茶髪のフェアリーのお尻をペチペチしても、起きる気配が無い。

 世話をするのはヒメに任せて、グラスに新しい水を入れて用意する。レモンを絞って少し垂らす。目が覚めてこれを飲めばスッキリするだろう。

 


 作り置きしておいた薬酒を取りにいく。ヒメの具合が悪くなったときの為に、いくつかフェアリー用の薬は作って保存している。

 スピリッツにヨモギ、キツネノボタン、エルダーフラワー、蛍の幼虫などを漬けたもの。この瓶とガラスピペットを用意する。

 寝室に戻ればヒメは私が薬酒を持ってくるのが解っていたのだろう。ドクダミの葉を手で折り小さなコップを作っていた。

 ガラスピペットでヒメの持つ葉のコップに薬酒を注ぐ。ヒメは寝ぼけているフェアリーの口に薬酒を含ませる。

 曼珠沙華で中毒症状になるフェアリーは見たことが無いので、しばらく休ませれば回復するだろう。

「ヒメ、あとは頼む」

 任せて、という顔で頷くヒメに2体の世話を任せて私は風呂に入るとしよう。


 曼珠沙華の季節はフェアリーが心配になる。知らない者がうっかりと踏み潰さないかとハラハラする。

 しかし、このようなことでも無ければヒメ以外のフェアリーに触れる機会も無いだろう。常ならば人には警戒心が強いのがフェアリーだ。

 で、あればこれを知ってるということは役得とも言えるだろうか。いろいろなフェアリーを間近にみることができるのだから。

 金髪の方のフェアリーは羽根が白く薄い色をしており、肌も白いことから、おそらく原種に近い。

 茶髪の方はヒメよりも日本に慣れた種、日本の風土に馴染んだ種、ということなのだろうか。それと曼珠沙華とフェアリーにはいったいどんな繋がりがあるのだろうか。

 曼珠沙華以外にもフェアリーにとって危険な植物はあるのだろうか。

 赤い花園を笑いながら翔ぶフェアリーには、幽かに恐ろしいものがある。いや、ドラッグをキメて翔び回るのだから、何をするのか解らないとなれば怖くても当然か。


 風呂から上がり、薬酒に薬と少なくなったものを調べる。足りないものを作っておこうか。

 ナズナの葉は明日に日干しにするか。庭に植えたアロエも伸びて、そろそろ使えそうだ。

 保存しておいたタンポポの冠毛のついた実、これは疲労回復に効く。あの2体に食べさせてみようか。

 タンポポの実を持ち寝室に戻り扉を開けると、驚いた顔で私を見つめる茶髪と金髪のフェアリー。目が覚めたようでヒメと話してたらしいが、私を見つけて硬直する。

 しまった、驚かせてしまったか。

 意外に起きるのが早かった。

 しばらくそのまま見つめ合う。脅かさないように、私がゆっくりと手を動かして窓の方を指差すと、茶髪の方のフェアリーは窓が開いていることに気がついたらしい。

 慌てて羽根を拡げて一目散に窓の外へと跳んでいく。夜の中に逃げていく。

 金髪の方のフェアリーも追いかけて跳ぶが、なぜか窓際で止まりこちらに振り向く。

 

〈やーむの、セイ、りのりあー〉

 ヒメが金髪のフェアリーに説明をしてくれている。金髪のフェアリーはヒメの話を聞いて、こわごわと、恐る恐ると私に近づいてくる。


〈…………、〉

 口を動かして何か言ってるが、声が小さくて聞き取れない。いや、聞こえたとしても私にはフェアリーの言葉は解らないのだが。

 たぶんお礼を言っているのだろうと見当をつける。

「ただのお節介で、気にしなくていい。それよりひとつ食べていかないか?」

 私はタンポポの実をひとつ、指で摘まんで金髪のフェアリーに差し出す。

 金髪のフェアリーは私の差し出したタンポポの実を見て、おずおずと小さな手を伸ばして受けとる。緑の瞳が私を映す。

 古書にある原種に多いという緑の瞳、白く薄い羽根。見た感じはヒメより少しおねぇさんぽいか。

 その金髪のフェアリーは、タンポポの実を両手で握り、私のタンポポを摘まんでいた指に小さな唇を近づけてキスをすると、振り向いて窓の外へと、茶髪のフェアリーの後を追いかけて跳んでいった。

 翔びかたがふらついてもおらず、真っ直ぐに進んでいたので、曼珠沙華の酩酊からは覚めたようだ。


 ヒメが翔んできて私の手のひらに残るタンポポの実を掴んで、ムシャムシャと食べる。食べながらふわりと翔び私の頭を撫でる。

 私が好きでやっていることだが、これでヒメに偉い偉い、と褒められているようだ。

 まぁ、悪い気はしない。あの2体が森で元気であればいい。

 ヒメが手を振って指を差す。促される方を向けば、

「あ、」

 ヒメの庭にユリの花の服が落ちている。茶髪のフェアリーが着ていたもの。

 あのフェアリーは私を見て驚いて、服も着ないで翔び出していった。思い返せば素っ裸で翔んでいったか。

 この服はどうしたものか。

 

 このあとは心配ごとも無くなって安心したのか、ヒメが曼珠沙華の花の花粉を舐める。止める隙も無い。それからは酷いものだった。

 やたらと陽気になり、騒いではしゃいで翔び跳ねる。私の髭に掴んでぶら下がる。タオルやハンカチを放り投げる。ティッシュボックスを中身が無くなるまで引っこ抜く。居間が白いティッシュだらけになる。

 皿やガラスを割らなかった分、少しは自制していたのかもしれない。

 薬酒を飲ませようと私の人指し指につけると、ヒメは私の手にしがみついて指をペロペロと舐めだした。

 こういう姿を見れるのも曼珠沙華のおかげだろうか。私の手を抱きしめて身体を擦り付けて甘えるように指を舐めるヒメ。これはこれで、妙な色気がある。

 しかし、後始末がたいへんだ。ティッシュだらけの居間は明日かたずけよう。

 ヒメが落ち着くまで私の右手を好きにさせる。指がヒメの唾液まみれになる。私の手の上で寝てしまったので、起こさないようにバスケットの寝床に入れる。


 後日、ユリの花の服は彼女がいつでも取りに来れるように、窓を開けて窓辺に置いていたところ、ある朝に見ると無くなっていた。

 代わりに紫色のアケビがふたつ、窓辺に置かれていた。フェアリーの恩返しか。

 あの二体がひとりでひとつずつ運んで来た様を想像すると、ほほえましい。アケビを手にして口元が緩む。

 ひとつ食べてみると甘くて美味しい。虫にも鳥にもやられずに、自然の森の中でここまで熟れたアケビというのもなかなか無いのでは。

 もうひとつはヒメのために残しておく。夕方に起きるまで冷蔵庫に入れておく。

 さて、今日も曼珠沙華の花園に見回りに行くとしようか。




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