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5・ふたりの酒宴、自家製スピリッツの果実酒


〈♪しーうー、らるらー〉

 ヒメと二人で酒を飲む。ヒメはテーブルの上、くしゃくしゃと丸めたタオルに足を伸ばして座る。

 私はヒメの庭を飾る石を擦って磨きながら酒を飲む。ヒメの歌を聞きながら。

 上機嫌で歌うヒメ、今宵の酒は気に入ったらしい。

 桜貝の盃を差し出してお代わりを要求してくる。ガラスピペットで果実酒を吸い上げ、ヒメの盃に注ぐ。私も自分のグラスに注ぐ。

 グラスを手にとりヒメに近づける。何度目になるか分からない乾杯。ヒメが桜貝の盃をグラスにコツンとあてる。


 自家製のスピリッツ、それに果実を浸けたもの。小瓶に分けていくつもの種類の果実酒を作った。何がヒメの好みか解らなかったからだが、ヒメは私の作った果実酒はどれも美味しそうに飲む。

 リンゴ、ブドウ、レモン、アロエ、モモ、ザクロと、ガラスの瓶で浸けた色とりどりの酒が並ぶ。

 今回はイチゴを浸けたものを飲んでみた。

 どうもヒメは酒精の強いものが好きらしい。子供のような見た目で、けっこういける口のようだ。

 ヒメは満足そうに私を見る。その目は、なかなかの献上品、褒めてつかわす、とでも言っているようだ。空いた桜貝の盃にピペットでお代わりを注ぐ。


 酒を飲むと、ヒメの耳はピンピンと動き、足をパタパタさせる。高い声で何か言っている。イチゴの果実酒の出来映えを褒めてくれているのか、それともソムリエのように批評しているのか。

 言っていることは解らないが、ひととおり話すと桜貝の盃を高くかかげて歌を歌い出す。

 片ひざを立てて盃を傾けるヒメの姿は、まるで戦に勝った戦国武将のようにも見える。

 グイグイ飲んでいるが、どこまで飲ませていいものか。ヒメは果実酒で酩酊することは無さそうだ。吐いたことも無い。気分が良くなるのか、よく歌いよく喋る。

 しかし、調子に乗って飲ませるままにすると翌日には下痢になる。お腹を押さえてゴロゴロして、1日不機嫌になる。

 どこで酒宴を切り上げるべきか。

 私もグラスを傾け赤い酒を飲む。イチゴの香りが強く口当たりは甘め。しかし、むせそうになるほど度は強い。


 蒸留器に冷却器を作ったので度数の高いスピリッツが作れるようになった。銅で作ったので材料費は少々高くついたが。しかし、こうして酒が作れるようになり、ヒメがお気に召したので、もとはとれるか。

 酒税法? 酒を作るのは犯罪? しったことか。自分で作った方が好きにできて安上がりだ。わざわざ金を出して買う方がバカらしい。

 酒を飲みつつ、コンパウンドを浸けた布で石を磨く。ヒメの庭を飾る石を磨いて艶を出す。

 ヒメは私の手の石を見て、うむうむ、と頷いている。

 二人で酒を飲み、ヒメは歌い、私は石を磨く。夜中の酒宴、遠くからフクロウの鳴く声が聞こえてくる。


 時計を見れば午前3時半。そろそろ寝るとするか。ヒメの盃に最後の1杯を注ぎ、瓶の蓋を閉める。今宵はこれにて、というのが伝わったのか、ヒメは私を睨む。

 付き合い悪いぞ、朝まで飲もうよ、と目で訴えてくる。上目使いでじーっと見ている。私はその誘惑をなんとか振り切って、イチゴの果実酒をしまう。

 ヒメに、おやすみ、と言うとヒメはプイッと顔をそむけて最後の1杯を大切そうにチビチビと飲む。


 ヒメは夜明けまで起きている。ひとりで遊んだり何かを作っていたりするのだろう。私が磨いていた石を置いてきたので、酒を飲み終えたら最後の仕上げにかかるのかもしれない。


 寝室に入りベットに横になる。

 私は眠るということが苦手だ。寝ることに得意も苦手も無さそうではある。だれでもたいていは1日1度は眠る。

 単に私が寝付きが悪いだけではあるが。

 暗い中でひとりでいると、くだらないことばかり考えてしまう。

 人は産まれて生きてやがて死ぬ。

 そして眠りとはひとときの死のようなもの。

 人は夜に眠り、朝に起きる。

 人は夜に死に、朝に生き返る。

 そう考えるとまるで睡眠とは死の予行練習のようではないか。いずれ訪れる死、暗闇、虚無、意識も自我も無い、無音無痛の静寂。永劫の虚無。

 なにもかもひっさらい、あったものさえ無かったもののように。

 そんな死の恐怖に慣れるために、人は毎日眠るのかもしれない。いずれ迎える死のために。

 幼いころは死に怯え、暗闇を恐がり、眠ることを怖れて、なかなか寝つけないものだった。結果、夜更かしをして朝寝坊することが多かった。

 いや、今でもそれは変わらない。不意に思い出して震えて眠れなくなることもある。

 

 先程までヒメと二人で酒を飲んでいた。穏やかで暖かな時間だった。そのためか、ひとり暗闇の中にいると不安を感じる。

 歳を取ると人は子供になると言うが、まるで幼い頃に感じていた、闇への恐怖、死の怖れが蘇り身が震える。

 何度も死のうと考えたことがあるはずなのに、今はまだ死にたくないと考える私がいる。

 わがままなものだ。愚かしいものだ。

 煩わしさより孤独を選んだことに後悔は無い。私に近づく者は金が目当ての口先だけの親戚しかいない。

 人など不要、家族などいらん。

 くだらん輩が側にいても虚しさが膨らむばかりだ。騙されてつまらん悪事に手を貸すよりは、ひとりで死んだ方がましだ。

 数少ない気のいい友人は私より先に亡くなった。

 彼らが生きていた方が世のため人のためとなったことだろう。それなのに、善き者ほど早く死に、さっさと死んだ方が身内も喜ぶ私が、まだ生きている。

 なんと理不尽なことか。

 寝巻きの胸を握りしめる。胸の中にポッカリと穴が開いたような、そんな幻痛に息が苦しくなる。

 こんなものを感じ続けるならば、いっそ死んだ方がましではないのか。そんな声が闇から聞こえるような気がする。

 友はこの恐怖に耐えたのか、それとも飲まれたのだろうか。


〈セイー〉


 耳元で声がした。目を開けて見ればヒメが翔んでいる。身体を淡く光らせて暗闇の中に白く光る。

 闇の中の光。それがヒメ。私の光。赤い蝶の羽根のフェアリー。

 いつの間に寝室に入ってきたのだろうか。


〈セイ?〉

 

 ヒメはフワリと私の顔の左に立つ。目を開けてしまったので寝ている振りをすることもできない。

「どうした? ヒメ?」

 聞いてみても返事は無い。ヒメの目は、どうかしたのはそっちでしょ、と言わんばかり。こういうところでヒメにはいろいろと見透かされているような気がする。

 恥ずかしいような、情けないような。


 ヒメは身体の光を小さくして、枕の上に腰を落ち着け、私の左の頬に小さな身体を寄せてもたれ掛かる。胸とわき腹の触れるところからヒメの体温を感じる。ほんのりと暖かい。ヒメの銀の髪が頬に触れる感触が、少しくすぐったい。

 ヒメが右手を伸ばしてきて、促されるままに目を閉じる。ヒメの小さな手が私の左の眉から瞼を、そっと優しく撫でる。

 気持ちが穏やかになる。不安の荒波が鎮まり凪いでゆく。


〈♪はらら、らら、あいねや、ろろぅ〉


 囁くようにゆっくりと歌い出す。子守唄のように。それだけで、胸の痛みが消えていく。胸の穴が優しく埋められていくような気がする。

 私がヒメの世話をしてるつもりでも、ヒメはヒメで、私のめんどうをみてるつもりなのだろうか。


〈♪いむて、しあぅる、ろろさえ、はらら〉


 遠い昔、子供の頃もこうして眠った憶えがある。あのときのフェアリーは桃色の髪の少女だったか。

 気紛れに夜に遊びにくる、不思議な友人。いつから見えなくなったのか。どうしてまた見えるようになったのか。

 あの桃色の髪のフェアリーは、今はどこで何をしているのだろう。

 ヒメの歌は子供の頃に聴いた歌とどこか似ている。

 歌の旋律に身を任せていると、柔らかな闇に包まれる。涙が滲む。ゆっくりと意識が飲まれていく。あぁ、これなら、このまま死ぬことも、怖くは無い――





 目が覚める。ぼんやりとした頭で時計を見れば1時過ぎ。どうやら昼過ぎまで寝ていたようだ。

 遮光カーテンでしっかりと閉ざした窓は日の光を遮る。昼でもこの寝室は暗くて静かだ。

 辺りを見回してもヒメの姿は無い。

 しかし、目を閉じて耳を澄ませば小さな寝息が聞こえてくる。

 ヒメの寝床。くしゃくしゃと丸めたタオルがいくつも入ったバスケットの中から。

 ヒメは私を子供のように寝かしつけた後、いつもの寝床に潜って寝たようだ。

 ベッドを下りてヒメの寝床に近づく。


〈……みゃが、にー……〉


 いつもの寝言が聞こえてくる。タオルの中に潜ったヒメの姿は見えない。幼児のように子守唄で寝かしつけられたことに、気恥ずかしさを覚える。だが、よく眠れたことは確かだ。

 ありがとう、ヒメ、と小さく呟いて寝室を出る。

 息を吸って、息を吐く。なんだか頭がスッキリとしている。身体が軽い。全身に活力がみなぎるようだ。

 外は晴れて明るい日差しの祝福を受ける。

 木々の緑がいつもより鮮やかに見える気がする。

 さて、今日は何をしようか。

 夕方のいつもの散歩の前に、スピリッツの蒸留器の改良でもしてみるか。



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