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4・白い羽毛のコート


【服は特別な蜘蛛の糸で織られた生地、花弁、木の葉、虫の外殻、虫の羽根、鳥の羽毛などを使っている。裁断にはカミキリ虫や蟻の顎を使う。バラのトゲを針にし、糸は蜘蛛の糸を寄り合わせたもの、または、エンドウ豆のつるを細く裂いたものを使う】


 ヒメの服を作ってみようかと古書を調べてみたものの、どうやら人がフェアリーのやり方を真似て服を作るのは難しいらしい。

 蜘蛛の糸で縫製するとは知らなかった。ハサミに虫の顎を使うというのは、人には真似はできないか。


 今のヒメの服はアサガオの花でできたワンピースだ。

 ヒメは同じ1着の服を2~3ヵ月着続ける。着替えを楽しむということは無いようだ。花弁で作られた服は、不思議なことに汚れることも無く、萎びることも無い。ヒメが着ている間はいつまでも瑞々しい。

 汚れないから洗濯する必要も無い。


 アサガオのワンピースの前は赤いチューリップのドレスだった。このチューリップのドレスを脱いで捨てるように放り出して、アサガオのワンピースに着替えた。

 このとき脱ぎ捨てたチューリップのドレスを、捨てるのはもったいないと保存しようとしたが、翌日には萎びて茶色に変わっていた。

 どうやらヒメが気に入っている間は状態が維持され、ヒメが飽きると途端に、それまで払い除けていた時間の波にさらわれて劣化するようだ。


 熱力学、質量保存、そんな私達の法則がフェアリーにあてはまることなど無い。時間の流れさえヒメの機嫌には逆らえない。

 囚われぬ者、月の子供、月と水の祝福を受けた者。

 理解の及ばぬものこそ、魔法と呼ぶに相応しい。

 我が家の傲慢不遜なお姫様は新しいアサガオのワンピースがお気に入りのようだ。裾を翻して軽く踊る。

 

 このアサガオのワンピースはヒメがひとりで作った。素材を集めるのには、二人で森の中を散歩しながら探して集めたので、私も荷物運びを手伝ったことになる。

 緑のつるを腰に引っかけるように斜めにベルトをつけているのがアクセント。上は白く下に行くほどに青紫色のグラデーションとなっている。

 肩の出た涼しげなデザイン。胸のところにはカラスの羽毛を刻んだ黒で、なにやら紋様が小さくワンポイントで入っている。

 裾の部分には蜘蛛の糸が入り、その箇所だけ光を受けると銀色に光が反射する。


 このワンピースを作っているときのヒメはかなり集中していた。熟練の気難しい職人のような雰囲気を醸していた。

 バラのトゲの針でアサガオの花弁をチクチクと縫い、何が気にくわないのか解らないが2回ほど、きー、と叫びアサガオの花弁を引き裂いた。なかなかに芸術家っぽい。


 そんなときには落ち着かせるために、タンポポの根で作ったコーヒーを入れる。あぐらをかいて桜貝の器でタンポポコーヒーを飲むヒメ。

 ヒメ用の食器なども、これからもう少し工夫していきたいところだ。

 ピンクの桜貝の器を片手にワンピースのデザインを考えているのか、難しい顔をしていた。


 この服作りに集中しているときこそ、私にはヒメをスケッチするチャンス。紫の瞳をパッチリ開けているところを、何枚もスケッチブックに描いた。

 このときにヒメは何度かアサガオの花弁を片手に、しきりに私に何かを訴えていた。そのときにはまるで解らなかったのだが、思い返してみると、どうやらアサガオの花弁で作った服のデザイン画を期待されていたようだ。

 私は目の前のヒメを描くのがやっとで、見たことも無いアサガオの服を着たヒメを、想像して描くなど、できないのだが。


 このときヒメは肩をすくめて溜め息をついた。それはまるで、やれやれ、素人にはちょっと難しいか、とでも言っているようだった。

 これに少しムッとしたので、ヒメが驚くような服を作ってやろう、と考えてはみたが、どうにも難しいようだ。


 人がフェアリーの服を作ることも可能と古書には書いてある。

 材料はそれほど問題は無い。

 自然のものであれば良いらしい。絹糸がフェアリーには喜ばれるというが、木綿や麻でも良い。

 合成繊維はダメ。ほかには獣の毛皮もダメ。自然に抜けた羊、牛、馬の毛は使える。しかし、犬と猫の毛はフェアリーに嫌われるらしい。これは、犬、とくに猫がフェアリーを追い回したり狩ろうとするのが、嫌われる原因のようだ。

 犬や猫に捕まるようなフェアリーがいるのだろうか?


 問題になるのは道具の方だ。フェアリーは鉄を嫌う。そのため裁縫道具は金か銀、またはセラミックで無ければならない。

 古書によれば金の針に銀の鋏が良い、とある。セラミックの鋏ならばなんとかなるが、金か銀の針となれば、特注になるのか。

 材料だけ手に入れて自分で作った方が早いか。

 ヒメの場合、触れても大丈夫な金属は金、銀、銅、あとは金属では無いがジルコニア。

 ヒメが鉄を嫌うので我が家のナイフ、鋏、爪切りなどはジルコニア製に替えた。スプーンやフォークは木製、または銀製のものに。

 針さえあれば、手縫いでどうにかなるだろうか。


 私としてはヒメにいろいろな衣装を着せてはみたい。様々な姿を見てみたい。自分の作ったものでヒメを飾りあげてみたい。

 しかし、服についてはフェアリーには独特の習慣がある。着替えることが年に4~6回しか無いという。その日の気分で着替えるということは無く、その季節の気分で着替えるというものだ。

 私の好みを押し付けてヒメに不自由はさせたくない。

 ヒメが気に入るかどうか解らないが、いつもの服の上に羽織る冬用のコートなど作ってみようか。


 夕暮れ、いつものようにヒメと散歩をする。森の中を歩きながら素材を探す。落ちている鳥の羽毛を拾って集める。

 このとき、ついでに蜘蛛を探す。

 フェアリーが服を作るのに使う蜘蛛の糸。その糸を出す蜘蛛は脚が長く、背中に五芒星の模様があるという。

 私がその蜘蛛を見つけてもその糸を加工することはできないのだが。未だにこの蜘蛛を見つけたことが無い。

 ヒメもこの森にいるフェアリーも、いったいどこからその蜘蛛の糸を見つけてくるのだろうか。

 

〈セイー〉


 ヒメが呼ぶ方に足を向ける。ヒメが見つけた綺麗な石を拾う。近くに鳥の羽も落ちていたのでこれも拾っておく。

 あとはナズナも見つけたのでこれも摘んでいこう。

 石はヒメの庭を飾るのに使う。持って帰って磨くとしよう。


 鳥の羽を集めたところで、その羽でどんなコートを作るか考える。背中から蝶の羽根が生えているので背中は大きく開けて作らなければならない。

 最近は人形用の服の型紙というのも、インターネットで無料でダウンロードできる。便利な時代になったものだ。インターネットがそこそこ使えれば、年寄りでも独りで暮らしていける。


 型紙を見ながらまずはジルコニアの鋏で紙を切る。デッサン人形に紙の服を着せて、その紙に鳥の羽根を糊でつけてみる。

「ヒメ、こういうのはどうだい?」

 ヒメに見せてみると、ヒメも鳥の羽根に糊をつけてデッサン人形にペタペタとくっつける。

 私とヒメでデッサン人形に鳥の羽根をくっつけたり、外したり、いろいろと試してみる。

 ヒメが手に持った鳥の羽根を高く上げる。空いた片手でデッサン人形を示す。

 デッサン人形の方はスズメと鳩の羽で茶色と灰色。ヒメが手に持っているのは白い鳥の羽根だ。

 どうやら全体を白色で統一したい、ということらしい。全体のシルエットはこれが良いようなので、デジカメで撮影しておく。

 この日から散歩のときには、ヒメと私は白い鳥の羽根を探して集めるようになる。


【材料は晴天の満月の光に7回晒すこと】


 古書に書いてあるとおりにしようとすると、毎月満月の夜が晴天に恵まれたとしても、半年以上かかってしまう。

 フェアリーにとっては月の光はその身と魔法に関わる大切なものらしい。

 私は満月とその前後の夜に、材料、鳥の羽根と通販で買った絹の糸と布、それと針と鋏にピンセットを縁側で月光浴させることにする。月が出ていれば十三夜月でもその光に晒すことにする。

 あとはヒメにお伺いを立てて、作ってもよいかを聞いてみる。

 できれば早く製作にかかりたい。冬が終わってからコートができても季節に合わないではないか。

 ヒメもそれが解ったのか、少し悩みながらも3ヶ月目にはこっくりと頷いた。

 いよいよ製作に。


 絹の布地を裏地にする。その表に白い鳥の羽根を銀の針と絹の糸で縫い付ける。拡大鏡を使いピンセットで細かいところも丁寧に仕上げる。

 鳥の羽根をあしらった白いミルク色のコートができた。背中は大きく開けて、首回りはふっくらと、ついでに帽子も作った。白く短い円筒型の帽子。

 作るのに最も時間がかかるのが月光浴とは思わなかった。

 さて、これをヒメが気に入るかどうか。


 満月の夜、ハンカチの上に鳥の羽根のコートを置く。なにやら女王に品物を献上する商人のような気分を味わう。

 さて、我が家の女王様は?

 ヒメはコートを手にとり、表、裏とひっくり返す。軽く手で引っ張ったりと丈夫さなどもチェックしている。

 しかし、コートを着ることもなくハンカチの上に広げて置く。どうやらお気に召さなかったらしい。

 ヒメの顔を見ると、まぁ、こんなところか? という感じに見下ろしている。

 そのヒメがいつのまにか小さな木の枝を手にしている。ヒメが月を見て、両手で木の枝を握るとその枝で私の作った白いコートを叩き始めた。


【人の作った服が気に入れば、フェアリーは満月の夜にニワトコの小枝で服を軽く叩く。服にフェアリーの力を通して馴染ませる。こうした服はフェアリーの作った服と同様に、持ち主が飽きるまでそのままの形を保つ】


 軽く叩くというよりは、かなり強めに何度も叩いているようなんだが。これは月光浴が足りなかった分をヒメがなんとかしようとしているのだろうか。

 服を小枝で叩いたということは、それなりにこのコートが気に入った、ということで良いのだろうか。

〈る、る、るー〉

 鼻唄混じりにヒメは小枝でコートを叩く。

 満月の夜、月の光の中でぺしんぺしんと鳥の羽根のコートが木の枝で叩かれる音が鳴る。


 次の冬には白い羽毛のコートを着たヒメの姿が拝めそうだ。

 

 

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