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32・予定外の来訪者、平田君


 我が家まで平田君に送ってもらった。すっかり日が暮れて暗くなってしまった。晴れているので、ヒメはひとりで森に行っただろうか。

 私は家の門の前で軽トラから下りる。

「平田君、酒は呑めるか?」

「飲み会とか好きだけど、家ではあんまり飲まないかな? 皆で呑むのは大歓迎」

「少し待っておれ。ゴミの片付けを手伝ってくれたお礼に酒を持ってくる」

「え? マジに? あ、じゃあ俺が運ぶよ」

 平田君も軽トラを下りてついてくる。

 玄関の扉を開けて、

「お邪魔しまーす」

「……平田君は遠慮が無いのか?」

「瀬田さんの暮らしって、ちょっと興味があって。……なんかいい匂いがするなー?」

 平田君はもう靴を脱いで上がっている。図々しいところはあるが、嫌みは無い。なかなかに稀有な人徳の持ち主だ。

 まぁ、いい。どうせ普通の人にはフェアリーの姿は見えはせん。


「こっちが居間だ。そこのソファに座って待ってろ……、どうした、平田君」

「……うわぁお」

 何をおかしな声を出しとるのだ? 特におかしなものなど無いはずだが。

 居間にはテーブルがありソファがある。このテーブルは寒くなると炬燵になる。居間の隅に古いレコードプレイヤーとスピーカーがあるのは、珍しいか。それなりに片付けているので、散らかっていることも無い。

 それなのに平田君は居間のあちこちをキョロキョロ見て、口を半開きにして驚いている。


「いや、あの、瀬田さん?」

「なんだ?」

「あの、壁にかかっている花輪は?」

「ダリアのドライフラワーだが、それがどうした?」

 ヒメの服に使った残りをドライフラワーにして飾っている。こういうのが部屋にあるとヒメが喜ぶ。

「ダリアは天竺牡丹とも呼ばれ変異しやすく様々な色や形のものがある」

「へー。じゃ、これは?」

 平田君が指差すのはサイドボードの上。

「こっちも、ドライフラワー?」

「ポプリがどうかしたか?」

 乾燥させた花に果物の皮にオイルを入れて熟成させ、ガラスのコップに入れたもの。ポプリの香りはフェアリーにとってリラクゼーションの効果がある。

「別段、珍しいものでは無かろう」

「え? じゃ、あの、この大量にあるちっちゃな可愛らしいぬいぐるみは?」

「羊毛フェルトのぬいぐるみだが、それが?」

「や、そのー、瀬田さんが見た目によらず、随分と乙女チックなところに住んでるんだなーと。こういうの買い集めるのが趣味なんだ?」

「わざわざ買わん。全部、私が作った」

「……へ、へー」

「いいから座ってろ。今、酒を持ってくる」

「あ、はい」

 平田君はソファに座るが落ち着かないようで辺りを見回している。とりあえず台所に行って酒を取ってくるか。

「……これ、じーさんの一人暮らしの家じゃ無いだろ? 瀬田さんって娘さんがいるのか? ソファのクッションもピンク色だし。なんで瀬田さんからいい匂いがするかは解ったけど、この部屋、じーさんの部屋じゃ無くてお嬢様の部屋だろ? どー見てもー。瀬田さんって、心は乙女なの?」

 平田君が何か失礼なことをブツブツ呟いている。そういうことはもう少し小さな声にした方がよかろう。


 まずは寝室に。中を見てもヒメはいない。ということは森でみんなと遊んでいるのだろう。

 台所から隣の部屋に。もとは何のための部屋かは解らないが、ここを酒の置場所兼酒作りの部屋にしている。浸けたビンにはラベルで日付を入れて、ここで寝かせている。窓は遮光カーテンで日差しで温度が上がらないように。

 平田君とその友人、手伝ってくれた竹中君のふたり用に1リットルのビンを4本用意してある。2本は果実酒で2本はスピリッツだ。ついでに果実酒をもう1本。

 これを持って居間に戻ると、平田君はサイドボードの上のぬいぐるみを手にとって眺めている。

「何がそんなに気になるのか」

「いや、予想してたじーさんの一人暮らしの家とはとても思えなくて。瀬田さん、娘さんか孫娘さんがいたりするの?」

 孫娘のような子が最近は増えたが。

「私は結婚しとらん。娘も孫もおらんぞ」

 座椅子をひとつ持ってきて、テーブルを挟んだソファの対面に座る。テーブルの上に酒を置く。

「竹中君だったか。彼と2本ずつ分けてくれ」

「あいつ焼酎派だけど、貰えたら何でも飲むか。……瀬田さん? このビン、ラベルが無いけど何のお酒?」

「スピリッツと、そのスピリッツで浸けた果実酒だ。ラベルが無いのは私が作ったものだからだ」

「ほー、スピリッツかー。て、ちょっと待ったあ! 瀬田さん! 酒を作るのは違法!」

「何を喚くことがある。酒税法で違犯となるのは法で酒となるものを作ること。アルコール度数1度以上のものだ。味見してみるか?」

 アンズの果実酒の詮を開けてグラスに注ぐ。澄んだ橙色の酒の入ったグラスを平田君に渡す。

「そっか。度数1度未満は酒の扱いにならないのか。わー、いい匂いがする。色も綺麗だ。いただきまーす」


 平田君がグラスを傾けて酒を飲む。私は説明を続ける。

「自作の蒸留器で作った蒸留酒だ。ちゃんと測ったことは無いがアルコール度数は20を越えとるだろう」

「ぶばっ!? えほえほっ、げほっ、瀬田さんっ、これ、キッツいよ!?」

 げっほ、げっほ、と咳き込む平田君。

「平田君はいちいちリアクションが大袈裟だな」

「うえっ? ちょっとまって? この流れだと誰でもこうなるんじゃない? えほっ、なんで俺がひとりで騒いでるだけみたいに? それと、酒税法ー!」

「ふん、法律など知ったことか。今は酵母菌で醸造にも挑戦しておる」

「瀬田さん、やっべぇよ!?」

「何がやばいことがあるか」

 果実酒をグラスに注ぎ、私も飲む。ふむ、少し砂糖が多かったか? このアンズの香りに合わせるには何の花を浸けるのが良いだろうか?

「私は酒を作ってもこれを売って金を稼いでいる訳では無い」

 真鈴愛(まりあ)さんと物々交換はしているが。

「自分で作ったものを自分で楽しんでいるだけだ。それを違法だと目くじら立てるなら逮捕でも何でもすれば良かろう」

 クイと飲みグラスをテーブルに置く。平田君はおそるおそるグラスに口をつけている。


「瀬田さん、すっげぇな。しかもこれ、旨いし。俺と竹中がこの酒を売ったりとか、誰が作ったか言わないようにしときゃいいのか? あ、ところで瀬田さん」

「どうした平田君?」

「俺、車で来てるのに酒、飲んじゃった」

「あ、」

 言われてみれば、そうだった。平田君は飲んでしまった空のグラスを見ながら。

「これで帰ったら、俺、飲酒運転になっちまう」

「そうなるか。ならば、車を置いて歩いて帰れ」

「ちょ! 瀬田さん、ひどくねー!? 瀬田さんが味見してみるかって出したんじゃん!」

「軽トラで来てることをすっかり失念していた」

「というわけで、一晩、泊めて」

「……平田君、可愛く言ったつもりかもしれんが、気持ち悪いぞ? さっさと酒持って帰れ」

「マジひでぇ! 罠に嵌められた!」

 やれやれ、騒がしい男だ。仕方無い。

「解った。今日は泊まっていけ。そのソファで寝ろ。あとで布団を持ってくる」


「あー、助かった、のか? 釣られてつい飲んじまったのは俺だけどさ。あ、ちょっと家に電話する」

「そうか」

 まさか我が家に私以外の人間が泊まることになるとは。こうなるならツマミでも買ってくれば良かったか? 台所に行き冷蔵庫を開ける。

 この村で余所者の私が村のハズレで何をしているのか、気になる者はいるのだろう。平田君は露骨に興味があると口にしていたが。

 ヒメが友達を連れて来ても私以外の人間には警戒するだろう。しかし、ヒメには何と言うべきか。一晩だけとはいえ、これでヒメが機嫌を損ねたりしないかが心配だ。

 妖精の塗り薬無しで平田君がヒメを見ることは、まず無いだろう。ただ、万が一を考えて酒をドンドン飲ませて、何かあれば酔っぱらったせいにするとしよう。


 テーブルの上にピスタチオ、ビーフジャーキー、スモークチーズと並べる。あとは氷に水。

「なんか瀬田さんちの水って、美味しい」

「平田君のところは水道が通っているのか。この家には水道が通って無くて、その水は地下水を電動ポンプで汲み上げとるものだ」

「瀬田さんちは蛇口からミネラルウォーターが出てんのかー」

「なので水道料金がかからん。年金暮らしには良い家だ」

 平田君の空いたグラスにお代わりを注ぐ。レコードをかけてジャズを流す。平田君の音楽の趣味は解らんが、私は若者向けのレコードなど持ってはいない。クラシックよりはジャズの方が良いのではなかろうか。

 平田君は氷を浮かべた水割りを口にする。

「この部屋ってテレビもラジオも無いの?」

「ラジオは書斎にあるが、テレビはこの家には無いぞ」

「え? 瀬田さんちって、テレビ無いの?」

「無ければNHKに受信料を払わんでもよかろう」

「そうかもしんないけど、テレビの無い家ってあんまり無いから」

「外から見てアンテナが無いのが解るだろう? それにテレビがあっても、ここは見れるチャンネルも少ないだろうに。確か民放が3つだったか?」

「なんか来年から民放が2つになるらしい。ひとつ潰れるってさ」

「広告料を払える企業が少なくなれば、民放も無くなるか」

「見たい人はケーブルかBSか、あとはインターネットで見るし。テレビも都市部以外はNHKしか残らないのかも」


 そんな話をしつつ平田君とふたりで酒を飲む。こうして人と酒を飲むのは何年振りのことか。私は酔わないようにペースを落とし平田君のグラスが空けばすかさず注ぐ。

 割りと早く酔いの回った平田君の愚痴を聞く。

 平田君の家は兼業農家で平田君の両親は畑をやっている。平田君はトラックの工場で働いているが、仕事のあるときと無いときの差が激しく安定しないらしい。暇なときは週休三日、ときに週休四日に。仕事があるときは20連勤に。

 その不安定な仕事を続けることに、先が不安になると、文句を言っていた。

 平田君は飲み会などでは専らビールのようで、我が家のスピリッツに果実酒と度の強い酒しか無い飲み会は初めてらしい。


「ちょっと、トイレ」

「ふらついとるぞ。トイレはこっちだ」

「こっちの扉は?」

「私の書斎だ。開けるなよ」

「開けるなって、何? 見られちゃマズイものでもあるの?」

「誰しも他人には見せたくない1面というものがある」

「うえ? 乙女チックハートフルなリビング見せといて? 違法の密造酒がゴロゴロしてる家の中で? それを平気で見せる瀬田さんが見せられないって、そんなやっべぇもんがまだこの家にはあるのかよ?」

「平田君は、あれだな。肝が小さいのだな」

「ちげぇよ! 絶対ちげぇよ! それ!」

「見たら後悔するぞ」

「うそぉ? 解った、絶対書斎には入らない。まじやべぇよー。瀬田さん、ぱねぇー」

 随分と酔っぱらっているようだ。


「おーっと、ブラックドッグ、ホワイトキャットの背に乗り、キャメルクラッチだー」

 飲み慣れない度の強い酒を飲んだ平田君が、手に黒犬と白猫のフェルトぐるみを持ってプロレスごっこを始めた。目付きが怪しい。

「背筋が延びるホワイトキャットー! ギブか? ギブアップかー?」

「平田君は酔うといつもこうなのか?」

「はえ?」

「そろそろ、寝た方が良いのではないか?」

「あー、そう、する?」

「ほれ、布団」

「ありがとー、瀬田しゃーん」

 まったく、騒がしい男だ。


 テーブルの上を片付けて寝室に行こうとリビングの扉を開けると、ヒメがいた。

「お帰り、ヒメ」

 ソファでいびきをかく平田君を見て、私をジトーっとした目で見る。

「何故か平田君を一晩泊めることになってしまった。だが、今回だけだ。この家にはなるべく人は入れんようにするから」

 ヒメはむーっとしたまま私を見る。何かに怒っている。これは。

「……ヒメがいないところで果実酒を飲んだことを、怒っているのか?」

 ヒメが腕を組んで私を見下ろす。私のお酒を私の留守に勝手に飲むなんて、どういうこと? と責めている目だ。

 私は台所に戻り、アンズの果実酒をもう1本。ガラスピペット、桜貝の杯を手に戻る。

「寝室で飲みなおそう。ヒメ。つきあってくれるか?」

 ヒメはコクリと頷いて私の頭に乗る。ヒメのご機嫌を伺いながら、寝室で二次会を始める。


 翌朝、いつもより早く起きる。平田君を送り出したら寝直すのもいいか。

 居間に入ればイビキが聞こえる。

「平田君、朝だぞ」

「う? なー、……頭、痛い」

「ほれ、水」

「あー、瀬田さんちの水、おいしー……」

「お茶漬けでよければ食べていくか?」

「いただきまーす」

 昨日のうちに米は炊いてある。私は朝はだいたいお粥かお茶漬けだ。お湯を沸かして山葵をおろす。

「頭痛薬はいるか?」

「あるの? 貰っとこうかな」

「食後の奴だから、それを食べたら持ってくる。昨日は寝られたか?」

「寝れた、けど、なんかー」

「なんか?」

「変な夢、見た」

 平田君はお茶漬けを食べながら、眉をしかめてる。鼻の頭を押さえて、ワサビ効くぅ、とか言って涙目になってる。変な夢?


「なんていうのか、妙な夢」

「どんな夢だった?」

「それは……、あー、あんま言いたく無い」

「ほー、夢というのは本人の無意識の願望という話もあるが」

「いや、俺にはあんな趣味は無い。無いはず。きっと瀬田さんの乙女チックハートマックスな部屋で、強い酒飲んだせいだ」

「我が家に何か文句でもあるのか?」

「いえ、何もありません。瀬田さんの趣味については誰にも話しません。誓います」

 市販の頭痛薬を平田君に飲ませて、我が家を出るのを見送る。

 平田君は門を出たところで、ぼんやりと森の方を見る。


「瀬田さん」

「なんだ?」

「産廃も片付けて、監視カメラをつけたじゃないか」

「ほとんどダミーだが、ハシゴをかけて木に縛りつけた。平田君に手伝ってもらったから早く終わった。あぁ、竹中君にも礼を言っといてくれ」

「伝えとくけど、綺麗にしたついでにあそこから森の中にハイキングコースとか作ってみない?」

「前に言ってたキャンプ場か?」

「それもあるけど、ほら、ト〇ロの森とか言ってさ。観光客呼べないかなって。人が来るようになれば産廃捨てに来るのもやりにくくなるだろうし、過疎化もマシになるかなって」

「やってみればいいだろう。しかし、急にどうした?」

「あー、夢のせいで思い出したんだ」

 平田君は森を見る。その目は過去を見るように。過ぎ去りし日を思い浮かべるように。

「昔はこの森の中で、虫を捕まえて遊んでたなーって。それだけ。で、瀬田さん、暇だったら手伝ってくんない?」

 この森の中にハイキングコース、か。あの産廃のあったところから我が家までは離れてはいるか。私とヒメの散歩するところとは遠い。

「森を荒らさないことを条件に、手を貸してもいい」

「それはもちろん。なんせそれ以外には売りが無いんだから」

「具体的にはどうする?」

「それはこれから考える。じゃ、瀬田さん、ごちそーさまー」


「待て、酒を持っていけ」

 軽トラの運転席に乗り込む平田君を呼び止め、運転席の窓から手提げ袋を渡す。

 平田君は袋の中を見る。

「ありがとー、瀬田さん。……で、なんで袋の中に酒以外にぬいぐるみが入ってんの?」

「寝ながら握り締めておったから、気にいったのかと。ブラックドッグとか、ホワイトキャットとか名前もつけていたろう。それも持っていけ」

「……あー、はい。……もしかして夢に出てきたのは、お前らか?」

 平田君は手提げ袋の中にボソボソと語りかけている。


 手を振って去っていく白い軽トラを見送る。

 そして私は横目で隣を見る。いつもなら朝日が出たなら寝ているヒメが、珍しく起きている。アクビをして平田君を見送っている。

 平田君と居間でお茶漬けを食べているときから、ヒメはずっと私の肩にいた。平田君には見えてはいなかったようだが。

「ヒメ、平田君に何かしたのか?」

 尋ねてみるとヒメは私を見て、にひひー、と笑う。

 いったい平田君にどんな夢を見せたのやら。




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