2・古書から見るフェアリーの姿
目を覚ます。年寄りは朝が早いというが、私の朝は遅い。夜行性のヒメに付き合うと夜更かしとなり、その分起きるのが遅くなる。
夜明け近くに眠り昼過ぎに起きる。
昨日炊いた米の残りをお茶漬けにして、簡単に朝食を終わらせる。
ヒメが寝ているうちに調べておかなければならない。
本棚から古い本を1冊取り出す。あまりにも古く紙は黄ばんでいる。革の表紙も破れがある。
この本のおかげで、ヒメと暮らすことができる。だが、ここに書いてある内容を見て、信じる者は私以外にいるのだろうか?
この古書を私はどこで入手したか憶えていない。おそらくは、若い頃に古本屋を巡って変わったもの、奇妙なものを探していた頃に見つけたもの、そのうちのひとつだろう。
これはフェアリーについて書かれた書物。これに書かれていることを参考に、私はヒメと暮らすことができた。
あまりにもその生態の解らないフェアリー。
ヒメが体調を崩したとき、ヒメが泣きわめいて怒ったとき、食べ物、トイレ、お風呂、まるでどうしていいのか解らないとき、この本を参考にすることでなんとかなってきた。
この本で紹介されているフェアリーとヒメとは少し違うところもあるので、その辺りも改めて調べておかなければならない。
この本に絵図として描かれているフェアリーは、ヨーロッパのものを描いたものだろう。
そのため日本に定住したフェアリーとは差異が見られる。
ふむ、そのあたりの違いを日記に書き付けていくとしようか。
この本のタイトル。
【フェアリア=ミクロノアイス、妖精目薄翅科ヒトモドキ属の生態及び飼育について】
このフェアリア=ミクロノアイスというのが学名らしい。和名では人型有翅種。昔はオサコベノヒメカミ、またはオサコベノオオジと呼ばれていた。
髪
【金色が多く、蜂蜜のような濃い色合いから銀白色まで、総じて美しく光輝く】
本にはこう書いてある。ヒメの髪はやや濃いめの銀色だ。磨いた銀製のスプーンに似た色合い。その髪自体が淡く光る。
ヒメと夜の散歩で見たフェアリーには、黒や茶色の髪の者がけっこういた。
どうもフェアリーはその国に住む人間の特徴に似るらしい。そのため肌や目の色などこの本とは違うところがある。
これが人間の影響なのか、気候や風土の影響なのかは解らない。
【髪の長さは個体により違うが、肩から肘まで届く長髪が多い。髪の短いフェアリーはいない。雄と雌で髪の長さに違いは無い。フェアリーの髪は感覚器であり、空を翔ぶフェアリーにとって大気の状態を知覚する触角である】
ヒメの髪は膝まであるので、フェアリーの中では長い方になるのか。
フェアリーの髪が猫のヒゲのような役割をするなら、フェアリーの髪は人間のように散髪などしてはならない。ハサミで切ったりしてはいけない。
フェアリーに三つ編みやポニーテールなど見ないのは、髪を結うことが感覚器としては良くないからだろう。
肌
本に書かれているフェアリーの肌は白。比べてヒメの肌の色は白よりほんの少し黄色が差している。
これもコーカソイドよりはモンゴロイドに近いか。
【感情が昂ると身体を淡い光が包むように現れる。体温は人より僅かに高いが、怒ると急激に体温が上がる】
ヒメは怒ったり苛立ったりするとこの光が若干赤くなる。また怒ったり興奮したりで熱が上がるので、体温だけでは病気なのかどうかが解らない。
手足
【指は長く指の又には水掻き状の薄い膜が小さくある。手のひら、足の裏にある紋は人間の指紋と似ている】
ヒメの手のひらと足の裏には人間の指紋のような渦巻きがある。手相が渦巻きのような形になっている。これは虫眼鏡で拡大しないとよく見えない。
【爪は先端に尖って延びる。草木に掴まるために硬く鋭い。石や木で研いで形を整えている】
ヒメには軽石を与えてみたところ、気に入ったようでカリカリと引っ掻いて爪を研いでいる。足の爪は外を散歩するときに木を削って整えているようだ。
たまに足の爪を軽石で研いでいるが、その様は猫っぽい。ときには手に小石を持って足の爪を研ぐこともある。
羽根
【厚さ約0.3ミリ。昆虫の翅に似ている。透き通り、翅脈が見える】
絵図で見るフェアリーの羽根はカブトムシの羽根を白く薄くしたように見える。
ヒメの羽根は蝶に似ており赤く、黒い輪廓と線がある。透明では無く翅脈はよく見えない。
目
【虹彩の色は緑が多い。生息する地域により様々な色がある。夜行性であり暗闇でも人間よりよく見える】
ヒメの瞳の色は鮮やかな紫。
目の形はコーカソイドに近く蒙古ひだは無い。瞬膜も無いようだ。これは人とおなじように退化して無くなったのか、初めから存在しないのかは不明。
暗闇でもよく見えるあたり、人とは可視光線の範囲が違うのかもしれない。赤外線など人には見えない色が見えているのかもしれない。
耳
【耳介の上端が尖り長い。また、猫のように耳を動かす。フェアリーの感情が現れやすい部位。フェアリーの機嫌を伺うときには耳に注目】
ヒメの耳は絵図よりも少し長いだろうか。また、犬笛が聞こえたようなので、可聴音域は人より広いようだ。
ヒメの耳は先端がピコピコと動く。しょぼんとしてるときは下にしなだれるように下がる。
しかし、耳に注目しなくてもヒメは全身で機嫌を現す。
身長
【成体で15センチ前後】
ヒメは13センチ。これがヒメが成長途中なのか、成体で背が低い方なのかが解らない。
歯
【人間より臼歯が1本多い。前歯、中切歯、側切歯はやや鋭く、犬歯に近い。人間のように乳歯から永久歯と生え替わりは無い。齧歯類のように延び続ける】
ヒメにはクルミの殻を与えてみたところ、これをカリコリとかじったりする。ハムスターのように歯を削っているのだろう。
性格
【好き嫌いが激しい。喜怒哀楽も激しい】
これが困るところでもあるが、こういうところが可愛いともいえる。ヒメは果実酒を好むが、飲み過ぎは良くないので取り上げるとヒメは怒る。しかし、飲ませ過ぎると下痢をする。
下痢になって体調を崩したときは、恨みがましい目で睨まれたりする。
なんでほどほどで止めなかったのか? と非難されている気分になる。途中で取り上げたら怒るくせに。
さて、日があるうちに用事を済ませてしまうか。パソコンで通販で食料品とトイレットペーパーを注文をして、洗濯をする。
寝室の扉を音を立てないようにそっと開ける。寝室は私のベッド以外はすっかりヒメの部屋という感じになってしまった。
寝室に入れた大きな黒いテーブル。この上がヒメの家というかヒメの庭というか。
ヒメの寝顔を見ようとしてもこの願いはなかなか叶わない。
テーブルの上の丸いバスケットの中にくしゃくしゃに丸めたタオルがいくつも入っている。
ヒメはこのタオルの中に潜って眠る。そのため寝姿を見ることはほとんど無い。
夏の暑く寝苦しい日には、タオルの中から出て寝ているところを見ることは、たまにある。
暑すぎるときには苔の生えた石の上で寝ているときもある。
今日は顔を出してはいない。バスケットの中のタオルの中だ。
起こさないように気をつけて、そうっと近づき静かに耳を澄ませると、微かに小さな寝息が聞こえる。
そのまましばらく待つと、んにゅ、とか、にゃがー、とか寝言が聞こえる。
ヒメがここに住むようになったころ、この寝言が聞こえたときは寝苦しいのだろうか、と思った。バスケット以外に寝床を変えてみたり、タオルの生地を変えてみたりしてみた。
今のところバスケットの大きさに形、タオルの材質などはこれが気に入っているらしい。
どうやらヒメは寝てるときに寝言が多いようなのだ。健康とは関係無く、いや、どちらかというと調子が良いときほど寝言が多いようだ。
〈みー……、みゃが……〉
何を言っているのか解らないが、よく寝ているらしい。
起こさないように静かに立ち上がる。
ヒメの姿をスケッチしようとしても、大人しくしているときは少ない。今日は諦めるとしよう。
スケッチブックを開けば、そこに描いたヒメの姿は、寝ているところか、楽器とか衣装とか、何かを作るのに集中している姿ばかりだ。
私が頼んでも大人しくポーズをとってくれたりはしない。
なのでスケッチブックのヒメは寝転んで目を閉じてるものが多い。
私が描いたヒメの絵を見て喜ぶのであれば、たまには協力してモデルになってくれてもいいのではないか、とも思うが。
〈みゅぐ……、セイー……〉
寝言で名前を呼ばれて振り返る。どうやら夢の中に私が出てきたらしい。
いったいどんな夢を見ているのか。
音を立てないように静かに寝室の扉を閉める。