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落合清也くん21歳の話

「トップバッターは落合清也(仮名)くん21歳のお話です。」



5月になった。GWが過ぎると店は暇になるものだなと感じる。小さいこの店は暇で掃除を始めても30分もあればある程度隅々まで綺麗になってしまう。

掃除を終えてウイスキーのボトルを磨きながらコルクを湿らせていると、ドアに付いた来客用のベルが鳴った。

店に入ってきたのは、黒のスポーツブランドのパーカーにグレーのチノパン、スニーカーと、大学生らしい格好をした青年だった。

「お、せいちゃん久しぶりだね。いらっしゃい」

清也は「ども」と一言つぶやいて7席あるカウンターの1番奥に座った。

いつもならニコニコ挨拶してくれるのに。なんかあったのだろうか。

おしぼりを渡そうと近くに寄って清也の顔を見ると目が腫れている。やはり何かあったのだろう。

「何飲む?」

「うーん。レモンビールある?」

「あるよ。グラスは、いらないよね?」

「うん」

冷蔵庫からレモンビールの瓶を取り出し蓋を取る。それを清也の前に敷かれたコースターの上に乗せた。清也は両手で瓶を持って一気に半分ほど飲み干して、くぅ〜と息を吐いた。

「んで、せいちゃん?なんかあったんろ?聞こうか?」

顔を上げた清也の目には涙が溜まっていた。それがビールの炭酸によって生み出されたものでないことは確かだった。

「あきっとさん……。あー、ダメだ泣いちゃう。ちょっと待って、落ち着いたら話すから」

「わかったよ。待ってるからいっぱい泣いちゃいな」

清也はポロポロと涙を流していたが、やがておしぼりで目を覆った。

落ち着くまでそっとしてあげようと、そして何か清也の好きな物を出してあげようと、生チョコを取り出し、皿に移した。

5分ほど清也は泣いていたが、やがて落ち着いてきたのであろう、レモンビールを飲み干して同じものを注文した。

新しいレモンビールを渡して、それと同時に生チョコも出した。

清也は泣きはらした目でありがとうと微笑んだ。

「落ち着いた?大丈夫?」

「うん、また泣くかもだけど大丈夫」

ふへへっと清也は笑った。

「ははは、そかそか。んで、どうしたよ?」

清也は伏し目がちに何かを考えていたようだが、やがて意を決したという表情をした。

「あのさ、俺、七海ちゃんにフラれちゃってさ……」

そう言うとまた清也は目に涙を溜め始めた。

「おー、まじか。どうしてよ?」

「軽い気持ちだったんだ」

清也はぐすぐすと鼻をすすりながら話してくれた。



大学のサークルのメンバー同士で付き合っていた清也と七海はとても仲が良く、互いに必要としている感じのする、共依存カップルであった。

サークルの新入生の説明で先輩になる清也が担当したのが七海であった。お互いに一目惚れで、そんな2人はすぐに惹かれあった。

清也にとっては久々にできた恋人で、よくうちの店に来ては七海ちゃんと将来結婚したいと本気で語っていた。

七海は、こういう子を人々は天使と呼ぶのだろうと思わせる女性であった。見た目も可愛らしいが、雰囲気が可愛らしい。ふわふわとしていて、イメージとしては白が似合う。何度か2人で来た時はお互いに好きなのだろうという、幸せなオーラに周りの客たちも癒された。

先月、清也はお互いに熱しやすく冷めやすいタイプだから半年以上続くことがなかった、けど俺たちは1年続いたと喜んでいた。

つい1週間ほど前にも一年記念旅行の写真を見せてもらったが、どの写真も幸せそうな笑顔を浮かべていた。

そんな2人はどうして別れることになってしまったのか。

それは清也の行動にあった。



3月末にサークルの追い出しコンパがあった。大きな会場で50人ほど集まっていた。卒業生から可愛がられていた清也はその日たくさんの酒を飲んでいた。

会場では清也と七海は離れた位置で座っていていたのもあるが、サークルに私情を持ち込むのはやめようということで、あまり絡んではいなかった。

酒に酔った清也は、隣に座っていた七海の友達、利佳子に促されトイレに向かった。

歩いているうちにどっと酔いがまわってきた。

会場から離れたところにあるトイレにはその時誰もいなかった。

会話をして、酔いがまわっていくうちに、心のどこかでは利佳子にちょっかいを出したいと思っていたのかもしれない。

車椅子用の広いトイレに2人で入り、そこで冷静さを失った清也は利佳子と唇を重ねてしまった。

清也はしきりにそれ以上は何もしていないと念を押していた。ヤったくせにフラれて泣いてるのだとしたら私は目の前の青年をぶっ飛ばしていただろう。

キスをした時に外から声が聞こえたため冷静になったのだと清也は言っていた。

そして魔が差してしまったと、その場で後悔したらしい。

そのあと、誰もいなくなった隙を見計らい、別々に席へと戻っていった。誰にも見られていなかった。

利佳子との間に軽いぎこちなさは感じたものの、お互いに酔った勢いもあったし、大丈夫だろうと思っていた。

コンパが終わり、清也は七海と2人でアパートに帰った。

寝る前に一応今夜あったことを謝らなくてはという気になり、『キス、本当ごめん。酔ってたとはいえごめん。』とだけLINEを送り、そのトークを七海に見られては困るのですぐに消した。

その日も清也と七海は性夜を過ごしたようだがその辺は割愛しよう。



その事件が起きてから2ヶ月経とうかという日に、清也はサークルの後輩の則本に呼び出され、ファミレスに向かった。

則本とは大して仲良くはなかったが、七海とは学部が同じらしく何度か彼女から話を聞いていた。

ファミレスに着くと則本と七海の一つ上の姉の愛海がいた。

席に着くと、愛海に開口一番に言われたのが、浮気しているでしょうとのことだった。

清也は全く思い当たらなかった。

「浮気?してないっすよ?俺は七海ちゃんしか好きじゃないですし。GWも鎌倉行ってペアリング作ってきたんですから」

清也はまっすぐ愛海の目を見てはっきりと答えた。

愛海は全く表情を変えなかった。むしろ呆れているようにも見えた。

「は?してない?白々しい。嘘ついてもわかるんだけど」

清也は、自分は嘘をついていない、と思っていた。

則本が口を開いた。

「先輩。これ見てほしいんすけど」

則本はスマホの画面を清也に向けた。

清也は目を見開いた。

スマホの画面には、あの日、利佳子へ謝罪したLINEのスクリーンショットが表示されていた。

「え。どういうこと?」

則本は得意げに答えた。

「先輩、浮気してますよね。利佳子と。利佳子最近サークル来てないからその理由を聞いたんすけど、そしたらこれ送られて来たんすよ。最低っすね」

続いて愛海が口を開いた。

「これ、七海は知ってんの?」

清也は背中に冷たい汗が伝っていくのを感じた。

「いや、言ってないです。でも、これは酔ってた気の迷いで、キスで終わったし、それ以外は何もないです。それに2人の間で終わったと思ってた話だったので」

また則本が口を開いた。

「いや、普通に割と回ってますよ。直接本人に言わないだけで。とりあえず自分が言いたいのはけじめつけろってことっすね。他の人から話が伝わるのも時間の問題だし、自分で言ってくださいってことっす」

「私としては今すぐ別れてほしいって思ってるけどね。まぁ七海が許すならいいと思うけど。あ、もちろん自分で浮気したってこと言わないなら私が言うから」

清也は自分で言うと答えて、すぐに七海の元へと走った。



清也は今すぐ伝えなくてはいけないことがあると七海を呼び出し、事情を説明した。七海は泣いた。

「ありえない……。だって会場には私もいたんだよ?それに友達の利佳子って……。最低……」

清也はひたすらに頭を下げ続けた。気の迷いだったと。許してくれと。

しかし七海は、冷めた、別れよう、と言って帰っていった。

もちろん追いかけたが話を聞いてもらえず、電話やLINEもしたが全て無視されている。

清也はその日から学校もサークルもバイトも行かなくなり、3日ぶりに外に出たらしい。



「なるほどね〜。まぁ自業自得ではあるけど。キッツイね」

清也は相変わらず目を腫らしている。

「あきっとさん、俺どうしたらいいんだろ」

正直に言うと、久々に困ったなと思った。ただの浮気による痴話喧嘩であれば対処法などいくらでもあるのだが、今回は特殊だ。

・姉と則本という第三者がいること。

・利佳子から少なからず悪意を感じること。

・七海自身に「冷めた」と言われてしまっていること。

この3点がかなり大きい。

特に七海が冷めてしまっていることと、七海が姉を慕っているということが大きいだろう。

「せいちゃんはさ、どうしたいの?」

「ふぇ?」

清也は呆けたような声で返事をした。

「せいちゃんは七海ちゃんと付き合いたいの?ヨリ戻したいの?浮気してからヨリ戻すってすげえきついし、今回は姉ちゃんも絡んでるからよりめんどくさいよ?」

清也はなんでそんなことを書くのかという顔をしている。

「戻したいに決まってるじゃん。俺、七海のこと好きだもん」

「でもさ、酔ってたとはいえ他の子に手出しちゃうくらいにしか好きじゃなかったんじゃないの?」

清也は苦いものを口にしたような顔をした。

「そう言われたら、やっちゃったわけだし、否定できないけど、でも好きなんだよ俺」

まあそうだろうな、と思った。

私は少し考えて、やがて道は3つであろうとまとまった。

「せいちゃん、正直に言うよ?正直、ヨリ戻すのは難しいと思う。逆の立場になってみよう。もし七海ちゃんが他の男とキスして、でも酒に酔ってたんだ許してくれって言ったら君は許すかい?」

清也は眉間にしわを寄せて、「たぶん、許しちゃう、好きだから」と答えた。

「ふふふ。君ならそう答えると思ったよ。じゃあ、その日から七海ちゃんのことどう思う?今までと同じように、君のことだけが好きな七海ちゃんに見えるかな?」

清也は伏し目がちになった。

「たぶん怖くなると思う。また裏切られたらどうしようって」

私は微笑んだ。

「うん。そうだろうね。今七海ちゃんはそういう決断をしたんだと思うよ。女の子は嫌いになるのは早いって言うけど、1年も続いたんだ。そんな思い出や好きって気持ちが一瞬でゼロになるなんて思えないし、思いたくないと思う、1人の男としてね」

清也は黙って頷いている。

「君には今3つの道がある。1つは何もせず七海ちゃんを諦めて、他の子を好きになるという道。1つはどんなに時間がかかっても自分を変えて見直してもらって付き合うこと。1つは全てを明らかにして納得すること」

「全てを……明らかにする……?」

「そう。ハメられたってほどじゃないと思うけど、なんか悪意感じるからさ。だってそうでしょ?何もなければどんなバカでもスクショ撮って回さないし、飲み会の時周りにいた人も利佳子ちゃんがトイレに連れて行ったの知ってるんだもんさ、わざわざ自分がサークルに居づらくなるようなことしないでしょ」

「確かに……。俺は……」

清也は必死に考えている。やがて私をまっすぐ見つめた。

「俺は、諦めない。どんなに時間かかっても、変わるし、七海に認めてもらう!あと、全部明らかにする。2つの道を選ぶのはアリだよね?」

清也が笑っている。目に力も戻ってきた。

「うん。アリだと思うよ。頑張りな。あんな可愛い子手放すのもったいない。俺が欲しいくらいだよ」

ふふふっと私は笑った。

「でもあきっとさん、俺何頑張ればいいかな?」

ややあって私は満面の笑みで答えた。

「まずは酒やめろ」



それから半年後に清也はツレと2人でうちの店に来た。

酒やめろと言った時、清也は「俺が飲まなきゃこの店潰れる」だのなんだのと吹いていたがその日から本当に酒を飲まなかったらしい。

私が絶対に他の人に自分から変わったことを言いふらすなと言っていたこともあり、皆に認められるまで、清也は頑張ったのだろう。

利佳子がなぜLINEのスクショを回したのかについては、則本が仕組んだことのようだった。

ずっと七海に想いを寄せていた則本は、コンパの日に清也が利佳子と仲良く席を立っていくのを見ていたらしい。トイレで何があったかは知らなかったがカマをかけたところ利佳子が白状してしまった。

そして則本は利佳子に、もし清也とのLINEを渡さなかったら、利佳子から誘って清也とキスをしたと、七海に伝えると脅したのだった。

利佳子は確かに清也への想いはあったらしいが、親友の七海を裏切ってまで付き合いたいとは思っていなかったらしい。

清也と利佳子は七海に2人で頭を下げ謝った。恋人を裏切ってしまったことを。親友を裏切ってしまったことを。

七海は「もう過ぎたことだから、2人とも気にしないで」と微笑み、答えたらしい。浮気を許すことを優しいと表現するのは気が引けるが優しい、そして強いと私は思った。

則本は自分がやったことを周りに責められ、サークルを抜けてしまったらしい。もちろん清也も利佳子も浅はかだ、とそれなりにサークル長にしぼられたようだが。


「いやー、本当にあきっとさんに相談してよかったよ。ほんとありがと!」

清也はレモンビールを喉に流し込んでいた。彼女との間で、2人きりなら酒を飲んでもいいという約束なのだそうだ。

清也は隣にいる彼女のグラスが空いたことに気がついた。

「何飲む?同じやつ?アマレットミルクでいいの?」

彼女は頷いた。

清也は私に向けて手をあげた。

「あきっとさん、利佳子にアマレットミルク作ってあげて!」



「皆さん。本当に今の相手を心の底から愛しているのでしたら、浮気はオススメできませんよ。それではまた」


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