表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

Scene 03:Passion before four months.

 帰郷するなり馬で駆けた。


 急ぐ。


 もう、夕闇がやってきている。


 急いている。


 日が沈めば彼女の仕事が始まってしまう。


 急がなければ。


 早くしなければ誰かが彼女を買ってしまう。


 もう誰の手にも触れさせてなるものか。

 儚げな笑顔を見つめるのも、あの細い身体を抱くのも、俺一人でいい。

 三ヶ月は長すぎた。自分を抑えるのはもう限界を超えていた。

 今日ばかりは、逢わなければ。逢いたい、どうしても逢いたい。

 逢って、せめて、抱き締めたい。



 娼館に着き、雇われ主人の目の前に手持ちの金を全て投げた。


「ジュリエンヌは。」


 散らばった硬貨と俺の顔とを見比べ仰天している主人。

 早くしろ、お前と話している時間などない。一分、一秒ですら今は惜しい。


「今日はまだ、誰も・・・。」


 俄に青ざめた脂肪の塊から目を離し、人を押しのけ階段を昇る。


「今夜一晩、俺が買う。誰が来ても通すな。」


 背中には他の客の罵声や娼婦たちのどよめきが掛かったが、黙殺した。


 3階の中央の部屋。Julienneとだけ書かれた名札。手垢で汚れたノブを押し込むと、ベッドの上に座ったジュリエンヌがドアの音に驚いて振り向く。


「アルベール様。」


 呆けた顔でこちらを見返す。部屋は狭い。2歩も歩けば幅のある寝具の傍に立てた。


「お帰りなさい、ご無事で何よりです。」


 やっと笑った。それでどう抑えろというのだ。

 返事をするのも忘れたまま、押し倒す。小さな悲鳴を上げたばかりの唇を奪う。抵抗はない。

彼女の咥内は暖かく、舌は柔らかく、唾液は甘い。

 接吻だけで溜め込んだ情欲が溢れてくる。

 顔を離すと、泣き笑いのような表情の彼女が言う。


「わたしを買いますか。」


 それは諦めの響きを持った言葉。

 他の男と一緒にするな。体目当てでお前を犯すわけではない。


「お前は幾らだ。」

「一晩5・・・。」


 思わず鼻先で一笑してしまう。


「一晩では話にならん。お前のすべてを買うには幾ら掛かる。」


 きょとんと、目を瞬かせる。なんて愛らしい。

 胸に広がったその感情の赴くまま、口は滑り出した。


「俺はお前を愛してしまった。すべてが欲しい。」


 時が、一瞬止まった。ジュリエンヌは目を丸くして固まっている。そして、見る見る内に顔が赤くなって視線を逸らす。


「ま、まさかアルベール様がそんな事を仰るなんて、わたし、考えても見なかったので・・・あの・・・っ。」


 呻く唇を奪い、耳元に囁く。


「もう一度言う。俺はお前を愛してしまったのだ、ジュリエンヌ。だからすべてが欲しい。この体はもう俺以外には誰にも触れさせない。お前が誰かを想っていても構わん。今から心さえも奪ってやる。」


 既に乱れたような服を剥こうとした手を、彼女の細い手が阻む。


「わたしなんかでいいんですか。わたしは穢れてしまった女なのですよ。アルベール様には、きっと、もっと、お似合いの方がいらっしゃるのでは、ないのですか。」

「だから何だと言うのだ。例えそんな女が居たとしても俺はお前を選ぶ。愛している、と何度言わせたら気が済む。」


 桃色の頬を撫でると恥ずかしそうな笑顔が毀れた。


「今まで恋が叶ったことがなかったので、あなたに愛されているのが嬉しすぎて、信じられないんです。」


 蒼い瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。


「ですから、何度でも聞かせてください。」


 その視線にあの日から心を奪われたままだというのに、再び奪われた。


「わたしもあなたを愛していますから。」


 嬉しい筈なのに言葉が出てこない。喜びたいのに顔は綻ばない。

 ただ目頭が熱いような眼差しで、胸の内の想いが伝わるくらい強く抱き締めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ