Scene 03:Passion before four months.
帰郷するなり馬で駆けた。
急ぐ。
もう、夕闇がやってきている。
急いている。
日が沈めば彼女の仕事が始まってしまう。
急がなければ。
早くしなければ誰かが彼女を買ってしまう。
もう誰の手にも触れさせてなるものか。
儚げな笑顔を見つめるのも、あの細い身体を抱くのも、俺一人でいい。
三ヶ月は長すぎた。自分を抑えるのはもう限界を超えていた。
今日ばかりは、逢わなければ。逢いたい、どうしても逢いたい。
逢って、せめて、抱き締めたい。
娼館に着き、雇われ主人の目の前に手持ちの金を全て投げた。
「ジュリエンヌは。」
散らばった硬貨と俺の顔とを見比べ仰天している主人。
早くしろ、お前と話している時間などない。一分、一秒ですら今は惜しい。
「今日はまだ、誰も・・・。」
俄に青ざめた脂肪の塊から目を離し、人を押しのけ階段を昇る。
「今夜一晩、俺が買う。誰が来ても通すな。」
背中には他の客の罵声や娼婦たちのどよめきが掛かったが、黙殺した。
3階の中央の部屋。Julienneとだけ書かれた名札。手垢で汚れたノブを押し込むと、ベッドの上に座ったジュリエンヌがドアの音に驚いて振り向く。
「アルベール様。」
呆けた顔でこちらを見返す。部屋は狭い。2歩も歩けば幅のある寝具の傍に立てた。
「お帰りなさい、ご無事で何よりです。」
やっと笑った。それでどう抑えろというのだ。
返事をするのも忘れたまま、押し倒す。小さな悲鳴を上げたばかりの唇を奪う。抵抗はない。
彼女の咥内は暖かく、舌は柔らかく、唾液は甘い。
接吻だけで溜め込んだ情欲が溢れてくる。
顔を離すと、泣き笑いのような表情の彼女が言う。
「わたしを買いますか。」
それは諦めの響きを持った言葉。
他の男と一緒にするな。体目当てでお前を犯すわけではない。
「お前は幾らだ。」
「一晩5・・・。」
思わず鼻先で一笑してしまう。
「一晩では話にならん。お前のすべてを買うには幾ら掛かる。」
きょとんと、目を瞬かせる。なんて愛らしい。
胸に広がったその感情の赴くまま、口は滑り出した。
「俺はお前を愛してしまった。すべてが欲しい。」
時が、一瞬止まった。ジュリエンヌは目を丸くして固まっている。そして、見る見る内に顔が赤くなって視線を逸らす。
「ま、まさかアルベール様がそんな事を仰るなんて、わたし、考えても見なかったので・・・あの・・・っ。」
呻く唇を奪い、耳元に囁く。
「もう一度言う。俺はお前を愛してしまったのだ、ジュリエンヌ。だからすべてが欲しい。この体はもう俺以外には誰にも触れさせない。お前が誰かを想っていても構わん。今から心さえも奪ってやる。」
既に乱れたような服を剥こうとした手を、彼女の細い手が阻む。
「わたしなんかでいいんですか。わたしは穢れてしまった女なのですよ。アルベール様には、きっと、もっと、お似合いの方がいらっしゃるのでは、ないのですか。」
「だから何だと言うのだ。例えそんな女が居たとしても俺はお前を選ぶ。愛している、と何度言わせたら気が済む。」
桃色の頬を撫でると恥ずかしそうな笑顔が毀れた。
「今まで恋が叶ったことがなかったので、あなたに愛されているのが嬉しすぎて、信じられないんです。」
蒼い瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。
「ですから、何度でも聞かせてください。」
その視線にあの日から心を奪われたままだというのに、再び奪われた。
「わたしもあなたを愛していますから。」
嬉しい筈なのに言葉が出てこない。喜びたいのに顔は綻ばない。
ただ目頭が熱いような眼差しで、胸の内の想いが伝わるくらい強く抱き締めた。