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Scene 02:Dispersion before seven months.

ぼやかしてますが、性的描写ありです。

 告白を先延ばしにしつつ、悶々とした日々を過ごした頃。父の外遊の供をする事になった。三ヶ月の予定で周辺諸領地を巡るのだという。三ヶ月も彼女に逢えないのは辛い。何かにつけて抵抗を試みたが、何れは家督を継ぐのだから、と同行を命じられたのだ。

 実の所は許嫁候補の名家を訪ねる旅なのだろう。だから、同行者は嫡男ではなくてはいけない。だが、行きたいとは一つも思わない。

 意中の女が居る所為で嫁探しなどには、ジュリエンヌ以外の異性にはまるで興味がない。

 俺はジュリエンヌを妻にしたい。しかし、彼女を正妻として迎えるのは困難だ。身分が違うと誰もが反対するだろう。とはいえ、愛しても居ない女を娶り、彼女を愛人として寵愛する訳にもいかない。興味がないとはいえ、母と同じ境遇の女性を作りたくはない。一番幸せにしたい人は、それでは幸せにならない。

 皆、不幸で惨めな思いをするだけだ。


「まあ、そうですの。ずいぶんと長く回られるのですね。」


 旅立つ前日の夕方もジュリエンヌの元を訪れていた。


「ああ。俺は剣しか知らん男だから義弟を連れて行け、と言ったのだが、家督を継ぐのはお前だ、と言われてしまった。」


 通い詰めて二ヶ月。普段通り、無骨な物言いをするようになっていた。

 彼女も繕い物をしていたり、手仕事をしていたりと、互いに気兼ねする事が少なくなっていたが関係が発展したわけでもなかった。


「アルベール様はお家を継がれたくはないのですか。」

「政は嫌いだ。出来れば政治は義弟に任せて、剣でそれを支えてやりたいと思っている。」


 剣術には自信がある。大会での幾つかの賞を得ただけでなく、実戦での功績もあった。しかし、天は人に二物を与えず、知恵も回らなければ交友関係も狭い。武芸に秀でた家柄とて、剣技しか取り柄がない男が次代当主では先行不安である。


「とはいえ、嫡子は俺一人。他の十二人は皆異母弟妹だ。妻を娶れば直ぐにでも父は隠居するだろうな。」


 後ろを振り返る。ベッドの上で裁縫をしていた彼女は、視線が合うと手を休めて微笑んだ。


「許嫁の方はいらっしゃらないのですね。」

「察しが良いな。」


 ふと、待合で耳にした噂を思い出す。

 ジュリエンヌが亡国の姫だというのだ。確かにこの気品ならば、そうであっても不思議ではない。


「だって、あまりこういう、お家のお話をされませんもの。」

「確かにした覚えがない。」


 何か可笑しかったのだろうか。口元に甲を当てて、うふふと笑った。だが、すぐに潤んだ瞳が覗いて、唇は小さく開いて、


「いい花嫁様が見つかる事を祈ってます。」

「・・・そうだな。」


 お前を花嫁にしたいのだ、俺は。その事にお前は気がついているのか。

 洋灯に照らされた横顔は寂しげに見えた。




 冗長の三ヶ月。

 日が昇っている内は試合を重ねた。好意で騎士団の訓練に参加させてくれる所もあった。試合も訓練も激しくも厳しくもなかったが、気を紛らわすには十分だった。相手と対峙すれば、少なくとも、剣を振っていれば恋慕の情は姿を潜める。

 夜は面倒な社交の場の連続だった。家の思惑に沿う令嬢を何人か紹介されたが、手すら取らずに見送った。気分の悪くなるような濃い化粧に、その場から離れたくなるほどの臭い香水を振りまいて何が令嬢だ。誰が淑女だ。安い娼婦と変わらないではないか。

 酒も食事も談笑もダンスも味気ない物にしか思えない。見かけだけの貞淑さ。一皮剥けば出世欲と色欲にまみれている女とその家族。早々に部屋に戻ることにしていた。

 隣に彼女が居れば、全てが薔薇色に見えるのに。そんなことばかりを考える。


 深夜に窓の外を見上げた。

 離れていると様々なものが募っていく。

 一人でいる切なさ、逢えない恋しさ、思い描いてしまう欲情、彼女を想っての独占欲、他の誰とも比べられない愛しさ。

 目を瞑れば嫌でも想像してしまう。ジュリエンヌは娼婦だ。俺だけに微笑みをくれる訳ではない。どんなに醜い男にも笑って自分を曝け出さざるを得ない。

 月明かりが差し込む部屋で、きっとあの恋しい人は、初めて会った男に体を明け渡しているのだ。悦びなどないはずなのに嬌声を上げて、無理矢理達しているに違いない。


 白い裸体に覆い被さるのが自分ならばどんなにいいか。


 あの小さな唇を奪い、柔らかい耳朶に甘い言葉を囁き、滴る密を啜る事が出来たなら。


 この腕の中に黒髪の美しい恋人を抱きたい。


 穢れている願いなのは承知だ。

 あの女がどう思っているのかもわからない。彼女の気持ちを知らずにこんなことを考えるのは、他の男と変わらないのではないか。

 それでも、欲望は果てなく、妄想は日増しに激しくなり、禁欲を図っていた理性も強く想う感情に負けた。

 視界を、両手を白く濁らせても止まらない。

 何度己を慰めようと、恋が成就するわけでも、愛欲が尽きるわけでもなかった。


 抱き締めたい、口付けを交わしたい、犯したい、俺と愛情を受け止めて欲しい、できれば、あの可憐な笑顔で。

 どうか、どうか―

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