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ぼくのおじいちゃんは忍者

作者: ばち公

 ぼくのおじいちゃんは忍者である。なんでって、おじいちゃん本人がそう言っていたからだ。


「音を立てず素早く動き、誰にも見つからずクールに任務をこなし、闇に生きる、ナイスな男の中の男――まさに俺そのものだろう」


 たしかにおじいちゃんは、歩くとき音をたてない。動きもはやくて、ぼくじゃ目に追えないこともある。それから闇、というか、夜になって野球の試合がテレビでやってくるととても元気になる。それに日本一の野球チーム、我らが『サバ読みカイアンズ』が出てくるともっと元気になる。だけど、


「任務って、おじいちゃんいったい何してるの?」

「そりゃお前、なんだ、カイアンズを応援したりだな。周りの説教をすりぬけたり、お前や皆を眺めてみたり、見回りに外を歩いて、それから、ウーン……」


 ホームランがでれば選手の名前を耳がいたくなるくらいの声で叫んで、おみごと勝てば体をくねらせ全身でよろこびを表して、エラーがでれば怒りくるって頭をぶんぶんゆするおじいちゃん。

 クールの意味を、ぼくは勘違いしていたのかもしれない。「忍者はなんでもありだ」とかなんとかまだもじょもじょ喋りつづけているおじいちゃんを置いておいて、ぼくはオレンジ味のアイスをちょっとかじった。こんど辞書をひいて調べようと思った。


 いつもおもしろい動きがさらにおもしろくなるくらい、おじいちゃんは野球が大好きだ。おばあちゃんも好きで、お父さんも好きで、お母さんも(イケメンの選手が)好きで、ぼくもスポーツのなかで一番好きだ。


 だから毎週土曜日、朝になるとぼくはバットとグローブをもって、野球の練習にむかう。『炊き立てヒカリーズ』の名バッターとはぼくのことだ。自称ってやつだけど。

 ちなみに打順は2番。コーチにすすめられて、みんなでそれぞれ立てた目標は、『もっとパワーがあってホームランをばんばん打てるバッターになりたい』だ。背がまだあまり高くないからむずかしい。毎日牛乳をのんでるけど、どうなのかな。


 リュックサックを揺らしながら、リズムを意識して駆け足をする。足の筋肉をきたえるためだけど、グラウンドはすぐ近くだからあんまり意味がないかもしれない、と最近心が揺らいできている。

 とにかくあっという間に練習用のグラウンドにつくと、コーチと、コーチの奥さん、それからぼくと同い年くらいの女の子がいた。長い髪をふたつでくくっていて、目はくりくりとしている。鼻はちょっとひくい。梢ヤチヨちゃんだった。


「おはよう、今日もお前が一番だぞー」

「おはようございます、コーチ」

「お、おはよう!」

「おはよう、ヤチヨちゃん」


 この子はクラスメートで、政治家の娘。お父さんはたまにテレビにでている。『内閣総理大臣候補』っていう変に長くて難しい言葉は、なんどもなんども聞かされた。

 ヤチヨちゃんについては、「えらそうで、へそまがりで、ごうじょうっぱり」で、「昔のばーさんそっくりだな」っておじいちゃんが言っていた。

 だけどたまに優しいし、ふしぎでおもしろいから、ぼくはけっこう仲のいい友だちだって思っている。


「ヤチヨちゃん、なんだかすごく早いね」

「そうかな。そっちこそ、早いね」

「近いから、一番にこようと思ったんだ」

「そうなんだ」

「ヤチヨちゃんは選手でもないのに、なんでこんな時間にいるの?」

「そ、それは……」


 なんだかもじもじとしている。トイレかな。ぼくも朝に行くのを忘れたから、今のうちに行っておきたい。

 それでも我慢して、ヤチヨちゃんが何か言うのをまっていたら、


「おっはよー!」


 と、新井ダイチが元気いっぱいであらわれた。ぼくの親友で、保育園のころからいっしょの友だちだ。ちなみにキャッチャーをやっている。それから特技は指相撲だ。


「それでヤチヨちゃん、どうしたの?」


 向き直ると、ヤチヨちゃんは急にぷいっとそっぽを向いてしまった。


「別にアンタなんかに用なんてないわよ!」

「でもさっき……」

「気のせいじゃない?」


 ころっと態度がかわってしまって、ヤチヨちゃんは本当にふしぎな子だなって思う。

 こういうのを、「女心と秋の空」っていうらしい。おじいちゃんが言っていた。女心は秋の空のように変わりやすいって意味らしいけど、秋の空ってそんなにころころ変わったりもしない気がする。まあいいか。


「じゃあトイレにいってくるね」


 と一応言えば、「かってにいきなさいよ」とつんつんした顔で返された。

 そんなに怒らなくてもいいのにな。ぼくはそんなことを考えながらトイレにむかった。

 あと、おじいちゃんだったら「いっといれ」って言ったんだろうなとも思った。ぜんぜん面白くはないけれど。




 そんなことを思ったせいだろうか。帰ってからなんとなく、その朝の出来事をおじいちゃんに話してみた。特に意味もなくて、本当になんとなくだった。でもおじいちゃんは、急にニヤニヤしだした。


「そいつは概ね――あ、いや、なんでもない」


 なんでもないという顔ではなかった。コーチや、コーチの奥さんもたまにこんな顔でぼくを見ることがある。それでなんも言わない。大人って出し惜しみするところがあると思う。曖昧にして黙ったままだ。

 でもおじいちゃんは違った。しばらくニヤニヤしてからぽんと自分の胸をたたくと、


「おじいちゃんに任せとけ」


 と言って、シュパッと家から出ていった。

 さすが忍者、すばやい。


 おじいちゃんが何をするのかはまあいいとして、ぼくはそれよりも大事な夕方アニメを見るために、テレビをつけておばあちゃんの横に座った。

 今日はみんなが知ってる大人気推理系野球アニメ、『十球さん』だ。

 坊主頭のかしこい男の子、『十球 ヒロイ』が主人公。彼は中学生で、なんと野球部の4番バッター。まじめに野球の練習をし、手に汗握る戦いを勝ちぬき、甲子園優勝をめざしている。

 そんな彼のまわりでは、しょっちゅうおかしな事件がおきてしまう。それは学校や部室、グラウンドや試合先など、ほんとうにいろんなところでおこるのだ。

 だけど十球さんはどんなハプニングも、その賢い脳みそをつかってしっかり解決し、すっきり話をしめてしまう。かっこいいぜ、十球さん!


 ちなみに、おじいちゃんからの評判はあまりよくない。「ちょっと俺には前衛的過ぎるかな……」とかなんとかブツブツ言っていた。

 前衛的の意味は知らないけれど、きっと強烈過ぎるとかそういう意味だろう。おじいちゃんは派手好きだけど、渋好みで――と、おばあちゃんがこの前懐かしそうに言っていたし。


 十球さんを観終わり、おばあちゃんもお仏壇のある部屋へ移動してしまって、さあそろそろ晩ご飯かなってくらいの時間におじいちゃんが帰ってきた。


 ぼくが「おかえり」と声をかけると、おじいちゃんはほっと溜息をついた。


「あぶなかった……」


 その言葉にびっくりする。逃げ隠れだけはおばあちゃんに認められるほど、パーフェクトなおじいちゃんがまさか。

 そう思ったが、どうやら嘘はついていないみたいだった。


「みつかったの?」

「ああ、少し大胆に行動しすぎちまったみたいだ……」


 そしてヒュウ、と汗をぬぐう仕草をする。「あそこで必殺の耳塞ぎローリング回避をしてなかったらヤバかった、確実に消されてた……」

 必殺って付ければいいってもんじゃないよなと思ったが、何も言わなかった。あのおじいちゃんの顔が、なんと青ざめてしまっているからだ。

 本当に、よっぽど危ないことがおこったらしい。話に聞くおじいちゃんは、完全無敵のウルトラスーパーミラクル忍者で、どんな任務でも誰にも見つからず、百パーセント完璧にこなしていた。今までこんな顔見たことがなかったので、もしかしたら難しすぎる任務なのかもしれない。

 あんまり大変だったらやめてほしいな、という気持ちをこめて、ぼくはたずねた。


「なにしたの?」

「ちょっとヤチヨちゃんの真意をたしかめようと思ってな……こっそり侵入したら寝てたから、寝言から聞きだそうとおもって話しかけたんだ。これならばれないしな。これぞ忍法『耳打ち』……」

「あちゃー」

「だがさすがに寝言と会話すんのは難しかった。むしゃくしゃしたが、俺は完全無敵の忍者だからな。諦めなかった。話しかけ続けた。ら、ばれた」


 ヘンタイだー!


「まさか陰陽師のやつが現役でいるなんてな。気分はB級和風映画だったぜ……」


 タイトルは、『現代和風ビックリ大戦』だろうか。おじいちゃんはからから笑っていた。




 そんなおじいちゃんの家族からの評価は、大体、というかほとんどおんなじだ。


「バカ」

「落ち着きがない」

「元気いっぱいな人って感じ」

「野球バカ」


 上から順に、おばあちゃん、お父さん、お母さん、そしてもう一度おばあちゃんである。

 影でわくわくしながら耳を澄ませていたおじいちゃんは、不満そうにぶーぶー言っていたが、ウーン。ぼくもおおむね同意!


 でも、おじいちゃんがカッコイイことは事実だ。男の中の男だ。なんてったって、忍者なのだから。

 まわりには忍者なんていない。クラスメートの誰にも、忍者の孫なんていない。内閣総理大臣候補の子や、超有名映画監督の子はいるけど、忍者なんて保育所からいままできいたこともみたこともない。やっぱりおじいちゃんはすごい。

 ぼくが物心ってやつをついた頃から、おじいちゃんはずっと忍者なのだ。


 だけどこのことは絶対にヒミツだっておじいちゃんは言う。


「忍者っていうのは、忍んでるから忍者なんだ」


 って言われた。たしかにそうだとぼくも納得した。そしてこのヒミツは、ぼくとおじいちゃんの約束になった。

 男の約束だから、ぼくはそれを誰にも言っちゃいけない。言うつもりもないし、言いたいと思ったことも、あんまりない。


 だけど、どうしても、このことを言いたくなるときがある。

 おばあちゃんが、しょんぼりしているときだ。


 おじいちゃんは忍者だから、いつも姿を隠しているししょっちゅういなくなってしまう。そのせいでおばあちゃんは悲しんでいる。子どものぼくにも分かる。

 ぼくはおじいちゃんが大好きだが、同じくらい、おばあちゃんも大好きなのだ。だから、おばあちゃんを泣かすおじいちゃんはダメだと思う。


 でもおじいちゃんは、泣いているおばあちゃんを見てとても悲しそうな顔をする。おじいちゃんも泣いてるのかなって思う。でもいつみても涙はない。昔、「大人は泣かないんだ」って、お父さんが言っていたのを思い出した。ちょっと強がりがすぎると思った。

 でも心の中では泣いている。だから、おじいちゃんを怒るのはダメなんだなって、さすがのぼくにも分かる。


 ずっと前、二人で男の約束をしたときも、おじいちゃんはなんだかちょっとヘンな顔をしていた。


「――だから絶対、おじいちゃんのことはヒミツだぞ」

「ウーン、でも、なんで?」

「お前だから特別なんだ。誰にも言っちゃいけない。男の約束だぞ」


 そう言って、にっと笑ったおじいちゃん。

 なんだか何も言えなくて、ぼくは黙って頷いた。あの時の気持ちは、今でもよく分からないままだ。


――それでもやっぱり、おばあちゃんを泣かせるのは許せない。


 なんて、ぼくの気も知らずにのんびりゴロゴロ寝転がってるおじいちゃん。

 どうしようもないことなのに、なんだかむしゃくしゃしてしまって、ぼくはおじいちゃんを叩いて驚かせようとした。

 だけどその手はおじいちゃんの透明な体をすりぬけた。ぼくは思わず転んでしまった。


「野球なら空振りだな」


 なんて言いながら、おじいちゃんは大きな声で笑っていた。




 ぼくのおじいちゃんは忍者である。なんでって、おじいちゃん本人がそう言っていたからだ。

 おじいちゃんがそう言うのだから、ぼくにとっておじいちゃんは男の中の男、完全無敵のウルトラスーパーミラクル忍者なのだ。

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