チョイメカ・バトル 其の二
工場はスパナや電動ドライバー、溶接道具が備えてある。
何に使うのか分からない道具はゲームオリジナルなのか、オレが無知なだけか、大量に置いてある。
その中で三メートルくらいのウサギ型ロボットは一際目立っていた。
油の匂いが漂い、てかり輝くボディには紫色の塗装。
そして胸元にジョーカーの文字。
オレのチョイメカに他ならない。
オレはゲームが好きだからという事もあるが、ロボット好きでもないのに男の浪漫をくすぐられ見入ってしまう。
そこまで大きい訳ではないのに圧倒的な迫力。
今にも動き出し、銃は勿論の事バズーカまでも無傷で耐えてしまいそうな感覚。
架空とは言え、科学の力というものをまざまざと体感させられていた。
そして観入ってしまった事により気付くのが遅れたが、他の人のチョイメカは『ある事情』から確認する事が出来ない事を悟った。
ある事情とは実際に対戦が始まるまで互いの機体や武装はシークレットなのだ。
このシステムによって、緊張感があり、じゃんけんのような要素も生かされる。
当時の子供達は友達とキャラ選択画面での駆け引きを楽しんだ事だろう。
「おお、ジョーカーなら仕上がってるぜ。試合終了後から次の試合までは余り時間がないから、完全には直せないかもしれない。そこんとこを良く考えながら、戦ってくれよ」
整備長のおやっさんが威勢良く声をかけてくれた。
筋肉質でがたいが良く、古き良きおやっさんと言ったところだ。
おやっさんの話をゲーム的説明に変換すると、チョイメカの耐久値は100で統一されている。
インターバルでの回復量は30。
つまり一試合目で半分削られてれてしまうと二回戦は耐久値80で戦わなければならない。
毎試合30ダメージまでに抑えられるかが大きなポイントになってくる。
まあ、この程度の事は既に知っている。
聞くまでもない。
かと言って、必須イベントという訳でもない。
整備長は一回も会わなくて顔を知らない相手にもキッチリ制作してくれるし整備もしてくれる。
仕上がった報告など初見プレイでのストーリー補完に過ぎないのだ。
では、なぜ会いに来たのか?
それは……。
「さっき登録したんですけど、仕上がってますか?」
「おお、ジョーカーなら仕上がってるぜ。試合終了後から次の試合までは余り時間がないから、完全には直せないかもしれない。そこんとこを良く考えながら、戦ってくれよ」
「さっき登録したんですけど、仕上がってますか?」
「おお、ジョーカーなら仕上がってるぜ。試合終了後から次の試合までは余り時間がないから、完全には直せないかもしれない。そこんとこを良く考えながら、戦ってくれよ」
傍から見たら異常な光景だろう。
それはオレが一番分かっている。
だがオレは、この後も同じ質問を繰り返す。
整備長が同じ回答を続けるのはゲームと一緒だ。
なら、他の部分でも同じでなければ可笑しい。
オレのゲームに関する知識は強力な武器になる事が実証できそうだ。
「さっき登録したんですけど、仕上がってますか?」
「熱心なヤツだな。気に入った! こいつはオマケだ」
これは十二回連続でおやっさんに話しかけるとアイテムをくれる小ワザだ。
耐久値がなくなると自動的に30回復してくれるアイテム『リカバリー』。
ストーリーモード限定の小ワザで本来なら対人トーナメントでは使用不可にする予定だったのだが、プログラムを調整せずに発売してしまった為に残ったらしい。
新ハードに切り替わり終わる時期だったので一刻も早く発売したかったのだろう。
他にもバグがあるのが残念だが、それでも良作なのは間違いない。
「お~! ロボットしてるね。ロボット!」
好きなゲームの世界に没頭していたせいで、隣に人がいる事に声を聞いて初めて気づいた。
まず、いきなり真横から声がした事に驚く。
しかも同年代の女性だった事で二度驚いた。
見た事がないが制服を着ていたので同年代のはずだ。
流石に二十歳を超えて、学園物でもないのに、わざわざセーラー服など着ない。
「あれが、わたしのロボット。カッコイイでしょう」
「いえ……オレには……」
人と話す事。
特に女性と話す事に慣れていないオレは照れてしまって、ずっと真正面を向いている。
お互いの機体が見れない事をテンパって伝えられないでいた。
「どうしたの? まっ、いっか。わたしのゴリラくんと戦う時は、お互い全力を尽くそう。健闘を祈る」
彼女は何が良かったのかも分からないが楽しそうに走っていった。
だが去り際のセリフからオレは分かった。
彼女はゲーム初心者で、やはりオレの機体が見えていないと。
それなら駆け引きを続行したままプレイできる。
それが裸眼でできるのだから凄まじい技術だ。
良く考えられている。
しかしながらゲームの中に入れた時点で人智を超えた技術だったと思い出す。
人智を超えた技術、気にならない訳がない。
だがそれよりも引っかかる事があった。
それは先ほどの女性だ。
ハッキリとは見ていないのだが、制服は絶対に初見だった。
それなのにどこか見覚えのある顔だったのだ。
彼女は赤っぽいショートヘアーでオレより背は低い。
髪形は違った気がするが喋り方と顔つきは似ているような。
《もうすぐ試合開始時刻になります。朝霧様、今すぐ控室にお集まりください。繰り返します……》
「そうか、もうそんな時間か」
控室は受付横の階段を下りた場所にある。
失格にはならないだろうが、久留間さんを待たすとうるさそうだ。
オレは全力で走って反対側まで行く。
直線なら簡単に辿り着くのだろうが、ぐるっと回ると思ったより遠い。
二百メートルほど走ると、体力のなさゆえに疲れてしまった。
闘技場では何も行われていないのに観客の盛り上がりは凄い。
これもまた公平を期す為、出場者のオレが見えないだけで対戦中なのだろう。
息を乱しながら階段を下り、やっと控室前に到着する。
「ジョーカー様はBグループになります。右の控室にどうぞ」
通された部屋はロッカールームに青いベンチに重苦しい雰囲気。
想像していた控室そのものだった。
「おお、おお。急いで走ってきたのか。ゆっくり歩いてくれば良かったのに」
まさかの久留間さんからのお言葉。
本当だよ、歩いてくれば良かった。
額に汗をにじませベンチに座り、うつむきながら目を閉じ、息を整える。
大きく吸って、大きく吐く。
落ち着いた頃に顔をあげ、ようやく人数が減っている事に気が付いた。
「あれっ、三人しかいない」
「何言ってんの? もう三試合目始まってるよ。だから一試合目に勝った俺。二試合目に勝った、あの人。そして四試合目の君と彼。で、君自身を除けば、三人。分かった?」
「ええ、どうもです」
まいった。
現役高校生ながら体力がなさすぎる。
体育サボるのも考え物だ。
何だかんだで親切な久留間さんに感謝していると、リングに繋がる扉から若い女性が戻ってくる。
三回戦の勝者。
つまり次の対戦相手だ。
久留間さんに負けず劣らず、派手なお姉さんだった。
しかし実際に戦うのはロボット。
相手をいくら観察しても力量は測れない。
「ああ、終わった。次の試合始まるよ。ちゃっちゃと終わらせてね」
勝って帰ってきた女性に急かされるように、オレと対戦相手はリングに送り出される。
扉の横にはトーナメント表がシッカリと張られており、ゲームでもそうだったなと思い出していた。
自分以外の対戦は結果しか分からないのも原作通り。
説明がイマイチ足らないのも、レトロゲームの定めなのかもしれない。
そんな事を考えながら金網の外でオレは、おもちゃのようなコントローラー片手に天井の眩いライトを見上げていた。