チョイメカ・バトル 其の一
目も口も開けずに感覚がない。
五感全てが機能していない。
体がなくなって精神だけの存在とゲームで表現される事があるが、このような感じだろう。
レアな体験だが気持ち悪い。
しかし死んだという実感がないのも事実。
心底ゲームの世界に行ける。
あるいは転生できると信じているからだ。
ただ一点懸念する事は此処も詰まらない世界である事。
仮に自分の信じた通りゲームの世界であったとしても、クソゲーなら意味がない。
正確には、偶にならありなのだが基本は駄目。
「此処は、まともなはず」
不幸をかき消すようにこぼれ落ちた言葉が発せられ、自らの耳に届く。
そして続けざまに、聞き慣れたような始めて聞く声が響き渡る。
《おめでとうございます。プレイ条件を見事満たしました》
謎の機械音声で一方的な説明を受けると、オレは突如目の前から溢れだす光によって何も見えなくなった。
光が収まり感覚が戻ると、直ぐに目を開けるが何も見えない。
自分の手を見る事もできないが不安にはならなかった。
予想外の出来事こそ予想通りだからだ。
《ユーザー登録に入ります。ユーザー名、朝霧恭一、十八歳。身長一七二センチ、体重五七キロ。服装以外の容姿スキャン完了。それでは服装を選んでください》
また謎の機械音声が聞こえる。
ゲームのナビゲーターだろう。
オレの眼前には黒髪短髪で将来の事など何も考えてはいないアホ面が、裸で棒立ちしている姿があった。
このアホ面に見覚えがある。
いつも朝起きて、歯を磨き、顔を洗う時に鏡に映る顔だ。
つまり、オレだ。
裸をマジマジと見た事はないが、全く同じだと言い切れるほど精巧に作られている。
《それでは服装を選んでください》
急かすところは最近のゲームらしい。
玲が気になる上に見た目を気にしないオレはこう答えた。
「ここに来る前に着てた、学生服で良いよ」
すると学生服を着たオレの横にパラメーターらしきものが表示される。
名前:朝霧恭一
年齢:18歳
体力:50
知力:56
腕力:47
敏捷性:62
器用さ:185
ゲーム力:測定不能
スキル:ヘパイストス
高いのか低いのか分からない。
ただゲームなのだから何らかの形で増減するはず。
そして今のオレはレベル1、それは確実だ。
後は測定不能とスキルなのだが……。
こういうパラメータを出されてしまうと、例え意味がなくともゲーマーには耐えられない。
何秒で走れるか、テストで何点とれたか、あらゆる事の目安として数値化されるのは非常に分かりやすい。
しかもゲームでは実世界で数値化できない事までも数値化できてしまう。
これが現実を詰まらないと感じさせる一因にもなっていたのであろう。
《了解しました。設定完了。まもなくデスティニーポイントが開始されます。それでは本編をお楽しみください》
考える暇を与えず、瞬きをすると真っ白い個室にいた。
一瞬の出来事でビクッと、体が動いてしまう。
傍から見たら、中腰の姿勢が実に滑稽だろうな。
恥ずかしさを払拭する儀式的な行動として、咳払いをすると乱れてもいない学生服の襟を正した。
個室には茶色い趣ある扉と立て札、それだけしかない。
だがそれだけで十分だった。
最近ではないがレトロゲームでは当然だった事。
それが説明不足だ。
いきなりゲームを始めて何も分からないのは当たり前。
説明書を読んでも分からない何て事もザラにあった。
それ故に経験則で何となく何をすれば良いか、操作法なんてのは五分もプレイすれば容易に確認できる。
そんなレベルになっているからだ。
確認するのは扉と立て札しかないのだから、基本的には立て札を読めば済む。
まあ、念のため壁を叩いたりして調べてみたが何もない。
「よし。読んでみるか。なになに。格闘ゲーム『チョイメカ・バトル』クリア条件『トーナメントで優勝する』参加人数十六人」
チョイメカ・バトルか。
オレが生まれる前の作品だ。
当時としては上質な映像と滑らかな動きが評価された格闘ゲーム。
パンチ・キック・ジャンプ・移動・武装。
武装の一動作を追加しただけで、これまでの対戦格闘ゲームとは一線を隔した画期的なゲームだった。
能力の異なる三体のロボット。
そして三つの武器を組み合わせて戦う、一対一の2D対戦が好評になる。
表示されるキャラのサイズが大きくなった事で迫力が増した事。
あとは『ちょっとした、メカ』という事で、三等身のカワイイ見た目が売れた要因だろう。
本編では実際に販売されたゲームソフトで『ゲーム・イン・ゲーム』をするのか。
ありがたい。
これならプレイ済みが当たれば、かなり優位に立てるはずだ。
そしてオレは、レトロから新作まで幅広くプレイしている。
まずは、難易度最高ノーコンティニュークリア当たり前のチョイメカ・バトルをクリアしてやるかな。
ドアノブに手をかけ、扉を開けるとチョイメカ・バトルの世界が広がっていた。
右側にトーナメントの受付に、控室への下りの階段。
左側にはロボットの整備場がある。
中央には金網に囲まれたリング。
人が戦うリングより、二回りほど大きい。
一段上の階には観客たちが座り、今か今かと待ちわびている。
大盛り上がりで騒がしいくらいだが、会話内容も一言一句シッカリ聞こえるところがゲームらしい。
個人的な意見としては、油臭く気持ち悪いのに良く観戦に来る気になるところだ。
あ~、そういえばゲームの中なんだからモブキャラか。
感情なんてものは持ち合わせていないのだろうな。
イマイチ状況になれないが、とにかく受付を済まそう。
受付嬢は、可愛かったはずだ。
「おー! やっと来たー。待ってたよ。早く早く」
受付の前にいる男が、手を振って誰かを呼んでいる。
金髪にサングラス。
派手な格好をした短パンの男。
人の気も知らず、人生を謳歌しているといった印象だ。
そんな知り合いはオレにはいない。
ゲーマーの対極に位置する人種だからだ。
オレはどんなゲームが待っているのかと考えながら歩く。
カウンター越しにいる美人に話しかけるのは緊張した。
「無視はいけないよ。無視はさー。ずっと待ってた相手に、それは失礼だろ。学校で習わなかった?」
先ほどの派手な男が誰かに話しかける。
正直、うるさい。
室戸くんと同じくらい声が大きい。
この手の輩は声が大きいくせに抑えようともしないのだからタチが悪い。
誰か知らないが早くしてくれ。
オレからも頼む。
「気づいてないの? 君だよ。き! み!」
肩を叩かれて自分だと知った。
左を振り向くと、ニヤけたチャラい男が満足そうな顔をしている。
ようやく気づいてもらった事が、そんなに嬉しいのだろうか。
とにかく、相手をしなければならないようで億劫だ。
「もし間違っていたらスイマセン。初対面ですよね?」
「うん。初対面、初対面。でも明らかに君しかいなかったんだから、気づいて欲しかったな~。あっ、登録済ませちゃって」
だったら済んでから話かけてほしかった。
これだから相性が悪い、本能だけで生きてるようなタイプとは。
「登録ですね。チョイメカのタイプと、武装を選んでください。最後に名前もお願いします」
タイプによって戦い方が異なる。
Aタイプはアタックが高く、スピードが低い。
見た目はゴリラをイメージしている。
Bタイプはスピードが高く、ディフェンスが低いウサギをイメージした見た目の機体。
Cタイプはディフェンスが高く、アタックが低いカメをイメージしたチョイメカになる。
この三タイプは、三すくみの関係にありAはCに・BはAに・CはBに有利とされている。
武装も三タイプあり、低威力ながら遠距離攻撃が五発撃てる『ガン』。
高威力・広範囲ながら自爆もありえる、一発きりの『ボム』。
そして、十秒後に自滅してしまうが、全能力を上げる事が出来る『リミットオフ』。
武装にも三すくみが採用されていて、ガンはリミットオフに・ボムはガンに・リミットオフはボムに有利となう。
この中で機体と武装を組み合わせ戦う。
裏ワザで隠し機体と隠し武装が出現するが、それは対人トーナメントでは使えない。
使えたとしても皆同じになるから戦略も立てにくく、逆にやりにくいだろう。
「Bタイプでリミットオフ。名前はジョーカーで」
「登録受け付けました。アナウンスが流れましたら控室までお越しください。それでは、こちらのコントローラーをお持ちください。よい戦いを」
登録はたったの五秒で済む。
派手な男のおかげで緊張が和らいで楽に話せたおかげだ。
積極的に会いに来たのに、どうも玲以外の女性と話すのは苦手。
ゲームキャラだと思えないほど精巧な作り。
どう見ても三次元の生きた人間だ。
やばいな、あのジャンルのゲームが出てきたら、かなり厳しい。
「登録終わったようだね。待った、待った。ほんと、早く来てくれないと困るよ」
「なんかスイマセン。でも、オレを待ってたって何でですか? 知り合いでもないし、共通点もなさそうですし」
「立て札見なかったの? 参加人数十六人って書いてたでしょう。ようは十六人揃わないと、ゲームが始まらないって事。君を待ってたと言うよりは、十六人目を待ってたってわけ」
一番初めに、ここに来た派手な男。
久留間正孝さん、二三歳は一時間待たされたらしい。
こんな良く分からない奇怪な場所で、何も教えられず待たされる一時間はさぞ長かったことだろう。
テンションが高くなる気持ちも分からなくもない。
一時間待たされたのが短気な人だったら精神に異常をきたしただろう。
「そうでしたか。ただ、ゲームするだけじゃないんですね」
「ああ、ただゲームするだけじゃないよ。ここは、そんなに甘くない。まっ、お互い頑張ろう」
久留間さんが右手を差し出してきた。
オレは答えるように握手を交わす。
真正面に捉えた久留間さんのサングラスからは僅かに透けた眼が見えた。
全身で眼だけは陽気ではない。
言い表せないが強者だと感させる。
だがそれはゲームが上手いとかではなくて別の何かだと思う。
久留間さんと別れたオレはカウンターに置かれたコントローラーを手に取り、反対側の整備工場へ行く事にした。