序章
「これはゲームじゃない。しかも敵は強大な組織。それでも負けは許されない」
薺さんは淡々と、この世界について語ってくれる。
ファングの目的も同じ、冴木はオレたちと一緒で知りはしなかった。
「遊び気分なら去った方が身のためよ。真実を知った以上これからは戦争なのだから」
次のゲームまでの四十分。
バラバラに過ごす中、決断の時間は刻一刻と迫ってくる。
そしてその決断こそがオレに最も必要なものとなっていくのだった。
◇◇◇
高校三年の九月、夏休みも終わり受験一色なっているこの時期、オレは立ち入り禁止の屋上で授業をサボっていた。
通う高校は進学校でオレ以外の三年生は必死に勉強している最中だ。
雲ひとつない快晴なのに気分は浮かない。
せっかくの夏休みまで勉強漬け。
今更ながら進学校を選択した過去の自分を責めている。
この高校を選んだ理由は家から近く、部活に入らなくても良かったから。
そしてゲームショップが近場にあるからだ。
新作発売日には遅刻して、登校前に寄って行く。
たまにそのまま帰る事もある。
ようはどんな学校でも良かった。
場所が全てだったのだ。
それがこのような形でオレに牙を剥くとは考えもしなかった。
むしろ、なんで考えていないのかと幼なじみに怒られたくらい。
ゲームこそがオレの人生の全てだと言い返すと毎回ビンタされる。
まあ、それでも主張を曲げる事は死ぬまでないだろう。
気持ちの良い青空の下、グラウンドからはランニングの掛け声、下の教室からは呪文のような数式が聞こえてくる。
オレはお構いなしに電源を入れ、先ほど購入してきた新作ゲームをプレイした。
誰も来ないだろう進入禁止の屋上で落下防止の柵に背を預けながらゲームに勤しむ。
優雅に空を飛ぶ小鳥もいなくなる時間。
学校に生徒がいなくなる時間。
太陽が隠れてしまう時間。
流れる時間に我関せずと黙々とゲームをする。
これが至高の時間なのだ。
「グラフィックよりもシステムに力入れてくれないかな~」
ブツブツと独り言を呟きながら一通り触った後に、今度は携帯片手に自分のサイトを更新していく。
オレは数年前に作った、ゲームの攻略や新作紹介をするサイト『非凡なる廃ゲーマーの体験談』を運営管理している。
そこへすぐさま今回のプレイ感想を書き込む。
「単刀直入に言うと、面白い事は面白い。だがそれは最近のゲームと比較した場合です。シリーズでは最低の出来。神作と言われる前々作には遥かに及ばない」
口に出しながらレビューを書いていると、屋内へ繋がる扉が勢いよく音をたて開いた。
いつもの事なので誰が来たかは承知の上。
必ず幼なじみである室戸長親と日下玲が二人揃ってオレを見つけ出す。
室戸くんはいわゆるヤンキーだが、昔ながらのヤンキーでリーゼントに長ランという絶滅危惧種だったりする。
生徒指導の権藤とは毎日衝突する仲で、同じテレビ番組の影響でそうなったらしい。
変な間柄で説教と反抗を繰り返してはお互い盛り上がる。
簡潔に表すと、ケンカが強い優しく頼れる兄貴と言ったところだ。
まあ厳密には同級生なので兄貴ではないのかもしれない。
他校の不良五人を片手で倒し、軽自動車を持ち上げ、ライオンにお手をさせたと云う逸話の持ち主だ。
玲も同級生で親同士が知り合いなので昔から知っている。
オレたち男子に混じって野球やサッカーをしていたせいで、今でもスポーツ少女として大活躍している。
並の男よりも体力があり、体育大学への推薦もほぼ決定していて暇なのかオレの監視ばかりしていた。
室戸くんもヤンキーは馬鹿だと言われたくないが為に勤勉で賢い。
だからこそ問題児のオレばかりに関わってくる。
リーゼントに長ランの男やスカートを履かずに短パンで過ごす生徒を放置するのに、勉強をしないという理由だけで普通の学生であるオレを怒るのだから、やはり進路を間違えたようだ。
「今日はこんな所にいた!」
「日下も良く朝霧が学校に来ていると分かったな」
ここから説教が始まり長くなりだけでも嫌なのに、ビンタのおまけも付いてくるのだから逃げ出したい。
しかしながら二人に比べ、オレは圧倒的に身体能力が低い。
しかも学力まで劣るのだからどうしようもない。
それに加え、唯一の出入り口の前に陣取られているのだから精神的にも物理的にも逃げ場はない。
「一度も授業に出てないんだから欠席と思って帰ってくれよ」
「甘い! 授業に出なかったからこそ、学校にいるようなヒネくれた性格なのは分かってる」
玲は良くも悪くもオレを知っている。
今回は悪い方に働いたが、ごく稀に良い方にも働くので一概に否定はできない。
この後オレは権藤の元に連れて行かれ進路指導を強制的に受けさせられた。
そして帰る頃には空は薄暗く、少し肌寒い。
みっちりと権藤に説教されたが就職も進学もしたくはない。
オレにはやりたい事があるからだ。
それは肩が痛くなり、指も痛くなる。
目も疲れるし、人によっては無意味で不毛な時間を消費するだけだと言うだろう。
しかし、愛があり楽しく過ごせる。
これがゲーマーなのだ。
「良い機会だから挑戦してみるか。失敗しても死ぬだけだしな」
車の多い交差点の前でオレは立ち止まる。
信号が青に変わり他の人は皆歩き出す中、オレだけは立ち止まったままだった。
そして信号がまた変わり、今度は車が目の前を横切る。
これを数回繰り返していた。
この行動には訳がある。
実はオレのサイトに不思議な書き込みが相次いでいた。
それは書き込みだけに留まらず、直接メールでも届いている。
内容はゲームの世界への行き方だ。
流石のオレでも興味こそあれども信じてはいなかった。
しかしながらサイトの常連だった人たちが次々と消息不明となり、実際に知っている数名はニュースにもなっている。
顔を知らない人でも、事前に本名と決行日時を書き込んでいたから信憑性は高い。
ニュースで流れた知り合いの話でも『ゲームの世界に行ってくる』と言っていた、そう証言していた。
ここまで来るとオレも行ってみたいと思うようになる。
そして、このまま生き続けるよりも賭てみたい、そう思っていた。
「良し、行くか」
方法は単純。
手の甲に丸を描き、ゲームの世界に行きたいと念じながらトラックに轢かれると云うものだ。
ニュースでもトラックに轢かれたと思ったら、姿もなく消え去っていたと報道されていた。
これも信じられる大きな要因なっている。
だからこそ説教に嫌気がさしたついでみたいだが賭てみたいのだ。
そしてトラックが赤信号で止まった時、オレは覚悟を決めた。
胸の鼓動が早くなり、歩行者信号が点滅すると手を本気で握りしめている。
額も汗が滲み、瞬きもできないでいた。
足が震え下半身だけ前に進もうとしない。
まるで十人以上から足を掴まれている、そんな気分だった。
だが信号が変わりトラックが走り出すと、自然と体の力が抜け道路に倒れそうになる。
まあ、それでも構わない。
轢かれ方に決まりはなかったからだ。
後ろから誰かに引っ張られるかのような感覚。
さすがに恐怖を感じてしまって無意識に思い留まろうとしているのだろう。
しかしながら重力の後押しもあり、バタンと倒れる。
そこそこの痛みに冷たいアスファルト。
近くから女性の悲鳴が聞こえる。
だが無残な死体が転がる事はないはず。
そんな事を考える余裕があるほど、時間がゆっくりと流れていた。
オレの上をトラックがゆっくり通り過ぎていく。
意外と痛みはなく目の前は赤くなり、そして暗くなっていった。