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ここ、エルヴァレス王国は風の神、セイレンが守りし国だ。

その中心部から少し離れた小さな町にはひとつの孤児院、ウィバール孤児院がある。

院長を務めるローデリカは齢70を迎え、髪もすっかり白くなってしまった。

そんな彼女がいつも仕事を行う院長室には、珍しい訪問客がいた。


「久しぶり。身体の具合はどう?」


ローデリカは、院内の子供達には《おばあちゃん》と呼ばれている。

この訪問客である男は昔、この孤児院の子供だった人物だ。

真紅の髪にスカイブルーの瞳はどこにいても目立つため、沢山いる子供達の中でもすぐに見つけることが出来た。


「このごろは良い塩梅だよ。ジークこそ、お仕事ははかどっているのかい?」


「そこそこね」


ローデリカに座るよう促されたジークは、垢緑の皮が貼られたソファに座った。


「今まで育ててくださり、ありがとうございました」


両膝の上に拳を握りしめ、頭を下げると、ローデリカの陽気な笑い声が室内にこだました。


「あなたから結婚の報告が届いた時、驚いて腰を痛めてしまったのよ。あぁ、またこんなに笑ったら痛めてしまうわ」


来月、ジークは王都で結婚式を挙げることとなった。

手紙で伝えてはいたのだが、直接お礼が言いたい、とここまで足を運んだのだ。


「大丈夫なの?もう若くないんだし、無理しないでね」


「わかっているわよ。そうだ、結婚式なんだけど、やっぱり孤児院のみんなを連れて行くのは無理だわ」


「だよね…ひとりでもいいから、おばあちゃんと一緒に出席してほしいな」


「そうねぇ」


ジークは何かを言いたげに指を絡ませた。

言おうとするが、すぐに言葉を引っ込めてしまう。


「あの子に出席してほしいのでしょう?」


「へ?」


思ってもいなかった言葉に、顔を上げると、申し訳なさそうに目尻を下げた。


「お見通しだね」


「ふふっ呼んでくるわね」


ジークは誰にでも優しい。

孤児院の兄弟たちとも皆平等に接している。

そのため、ひとりだけ特別扱いするなど、彼にはできなかったのだろう。

そんな彼の性格をよく知っているローデリカは、院長室を出ると、広間に向かった。

しかし探し人はそこにはおらず、仕方がなく、その場にいた子に呼んでくるよう頼んだ。













「なぁ、姉ちゃん見なかったか?」


ナタルは泥のついた人参を洗っている同い年の兄弟・・に話しかけた。


「なんで?」


院長おばあちゃんが呼んでる」


「鹿狩りじゃないか?オゴリンボ連れて森に走ってったから」


孤児院の裏手には森が広がっている。

そこで山菜やキノコ、動物などを狩って孤児院の支えとしているのだ。

しかし、動物を狩るのは危険なため、孤児院の年長者がやることとなっている。


「森ぃ?面倒だな〜お前行ってこいよ」


「なんでだよ。さっき行ったばっかりだがら、近くにいると思うよ」


ため息混じりに言うと、洗った人参を持って室内に入って行ってしまった。


「ったく」


裏門から森に入ると、昨日降った雨が地面に染み込んだ事でできた足跡を辿った。

いつもの狩場、湖の近くに着くと、そこには真っ白な犬を連れた真紅の髪の少女がまさに今、鹿を狩っている最中だった。

邪魔にならないよう、音を立てないように茂みに隠れこむ。

少女は湖の水を飲んでいる鹿の前足の脇あたりに狙いを定めると、矢を放った。

シカはその衝撃に驚いたように飛び跳ね、逃げようと走り出すが、力尽きて倒れてしまった。


「大成功!」


少女は両手を挙げて喜ぶと、軽い足取りで鹿に近づいた。


「この縄、引っ張って」


縄を白い犬、オゴリンボに咥えさせると、鹿の後ろ足まで持って行った。


「おーい」


茂みから出てくると、ナタルは少女に近づいた。


「あら、こんなところまで来てどうかしたの?」


ライトグリーンの瞳をまん丸にして聞いてくるその容姿はまるでお人形のように可愛らしいのだが、男勝りでとても残念な性格だ。


「おばあちゃんが呼んでる。急ぎみたいだよ」


「わかった。じゃぁ、血抜き、よろしくね」


「俺がぁ!?」


「そうよ。この間教えたでしょう?」


「そうだけど…」


「子鹿だからひとりで運べるわ。じゃ、オゴリンボ、行くわよ」


「なっ、オゴリンボまで行っちゃうのかよ」


ひとり取り残されると、仕方がなく後処理に取り掛かった。














院長室に入ると、そこには珍しい人物がいた。


「久しぶり!」


ソファに座っている人物に駆け寄ると、その横に座った。

オゴリンボもそれに習ってソファの横に座った。

ジークと会うのは4年ぶりだ。


「学校は?」


ジークは魔力があるのを活かして、この国では珍しい、魔法科教師をしている。

魔法科があるのは、王都のルーフォシアム学園だけだ。

国外に出れば、魔法科はどこの学校にでもあるのだが、このエルヴァレス王国は違う。

その理由は、魔力を持たない者が圧倒的に多いからだ。

エルヴァレス王国で魔力を持つのは、王侯貴族か特別階級の者達だけ。

特別階級は騎士団や警察などの上層部のことだ。

その他の一般階級は魔力を持たない。

必然的に魔法科があるルーフォシアム学園は王侯貴族のご子息達が通う名門校となっていったのだ。


「今は長期休暇中なんだ」


「そうなんだ。じゃぁ、今日は遊びに来たの?」


「いや、今日は結婚の報告をしに来たんだ」


あまりにもあっさりと言うジークの顔をまじまじと見てから「誰と誰が?」ときりだした。


「僕と、カレンが」


「うそっほんと!?おめでとう!」


以外にもすんなりと受け止めてくれたので、ジークは安堵の笑みをこぼした。


「ありがとう」


「いつ結婚式を挙げるの?お嫁さん早く見たい」


「来月だよ。王都で式を挙げるつもりなんだ。来てくれる?」


「勿論よ」


ジークはローデリカと顔を見合わせると


「急で悪いんだけど、明日、王都に一緒に来て欲しいんだ」


「あ、明日?」


「式の準備が必要だろう?ドレスも仕立てなきゃ」


「私の分まで仕立ててくれるの?」


「勿論。ここで仕立てると手荷物になるし…」


「やった!じゃぁ、準備を急がなくちゃ」


軽い足取りで部屋に向かおうとすると、不意に立ち止まってローデリカを見た。


「みんなも一緒に行くの?」


「みんなは連れて行けないわ。明日は、あなたとジークだけよ」


「おばあちゃんは?」


「私はまだ行けないわ。みんなの面倒を見ていないと…」


「そっか…」


院長室をあとにすると、自室で旅支度を始めた。














院内に子供達が生活する部屋は7つある。

基本的に大部屋で、一部屋に6人が過ごしている。

特に女子部屋は荷物が多いためか、ヘアブラシや服が散乱し、足の踏み場だけが道のように出来ている。


「俺も連れてけ」


足元から声が聞こえてきて、深いため息をついた。

声はまだ若い男のものだ。

しかし、その見た目はふわふわとした白い毛で覆われており、つぶらな瞳でうるうると見つめてくる。


「い、や、よ」


「なんでだよ」


「だって、喋る犬を人の多いところに連れて行けるわけないでしょ?喋ってるところを見られたらどこかの怪しい研究所に連れて行かれるかもね」


トランクに服を詰め込むと「そこ、どいて」とオゴリンボを移動させ、真紅の髪を束ねるリボンを取った。


「人前では喋らねぇよ」


「てか、あんたって王都に興味あったの?」


「俺は王都生まれ王都育ちだ」


「うっそまじで!」


驚愕の事実にライトグリーンの瞳を見開いた。

よく考えて見たらオゴリンボのことをあまり知らない、と気がつくと、準備を済ませたトランクを閉めた。


「ううん。やっぱり駄目」


道案内に連れて行こうと思ったが、人混みの中でこの小さい犬とはぐれない保証なんてどこにもない、と首を横に振った。


「喋らねぇって言ってるだろ!」


「はいはい。《怒りん坊》は黙ってて」


「俺はオ、ゴ、リ、ン、ボだ!」


「ほら怒ってるじゃない」


これは2人のお決まりの会話だ。

口喧嘩となったら必ずといってこの言葉が出てくる。


「連れてってあげなよ」


第三者の声に2人は後ろを振り返った。

そこにはピンク色の髪に、褐色の肌をした少女が立っていた。

褐色の肌は魔族の証しだ。

彼女はその中でも亜人という種族に分けられる。


「え〜」


「聞いたよ。ジーク結婚するんですってね」


「うん、びっくりしたよね〜」


「王都に一緒に行くんでしょ?ひとりじゃ心細いだろうから、連れて行きなよ。ほら、オゴリンボは騎士・・様だから」


ぱんぱんに膨らんだトランクを見て心配そうに目尻を下げた。


「まだそんなこと言ってるの。もう、いいや。シーナに免じて連れてってあげる」


シーナとよばれた少女と、オゴリンボはアイコンタクトを取ると、手を合わせて喜んだ。

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