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まだ春だというのに、とても暑い日だった。

宮殿の敷地内にある中庭の花もこぞって太陽の光を浴びたがっている。

そこではささやかなティーパーティが行われていた。

色とりどりのドレスを身にまとった女性たちは、優雅なひと時を過ごす。

花を愛でながらお茶を飲み、お喋りにも花が咲いてきた頃、このルシファルニア王国の象徴でもあるボレロの純白の花びらが真っ赤に染まった。

パーティは一気に悲鳴と変した。

騒ぎを聞きつけた警備兵が駆けつけると、そこには花の上に仰向けになって倒れている女性が、血を流していた。

その女性の顔を見て、警備兵は一気に顔色を変えた。


「王妃様!」


倒れていたのはこのパーティの主催者でもある正妃、リリアナだった。

急いで処置をしようにも、すでに息はなかった。

ふと上を見上げると、5階の部屋のベランダから、ゆらゆらと揺れるカーテンが見えた。


(あそこから転落したのか…?)


「何があった!」


声をかけてきたのは先輩兵だった。

簡潔に状況報告をすると、すぐにここから立ち去り、本部へ連絡をするように命令された。

すでに他の兵たちは宮を包囲、宮内の探索を始めていた。

意外にもすぐに王妃を突き落とした犯人は捕まり、地下牢へと投獄された。












同時刻、本殿内にある一室には、2人の男の影があった。


「アレクシスも趣味が悪いですね」


側近のロベルトは呆れたように首を振った。


「は?」


「それ、手紙・・でしょう?」


「あぁ。でも、今回はちょっと気になることがあってな」


アレクシスと呼ばれた白銀色の髪の男は、手紙・・を入っていた封筒に戻した。

それを一番上の引き出しにしまうと、懐中時計を見て立ち上がった。


『ごめんね…』


女性の声だった。

今にも泣き出しそうな震える声が頭の中に響いて消えてた。


「ん、今なんか言ったか?」


「いえ、何も言っていませんが…」


「だよな、女の声だったし。でも、どこかできいたことあるような…」


「振った女性の祟りじゃないですか?」


「なんだ、それ」


眉を寄せると、外がやけに騒がしいことに気がついた。

窓から覗いてみると、何人かの兵士たちが急いで離宮の方へ走っていく。


「何かあったのか?」


「廊下の方も騒がしいですね。見てきましょうか」


「あぁ、頼む」


ロベルトが部屋を出ると、椅子の背にかけてあった上着を羽織った。

それと同時にロベルトが血相を変えて戻ってきた。


「早かったな。で、どうし…」


「王妃様が、お亡くなりになられました」


言い終わる前に出てきた言葉は、思ってもみないことだった。

銃で撃たれたような気持ちで後ろを振り返ると、もう一度兵士たちの流れを見た。


「は…?」


「先程、王妃様主催のパーティーの最中、バルコニーから転落。そのまま息を引き取ったそうです」


頭は混乱していたが、勝手に体が動いた。

引き留めようとする近衛兵たちを振り切って離宮へと走ると、色とりどりのドレスのアーチができていた。

その中心に倒れている女性を見て、吐き出しそうになった。

真っ白なボレロの花びらを赤く染めてしまった血、パーティーに集まった女たちの声、母の突然の死。


『ごめんね』


さっきの女性の声が妙に鮮明に頭の中で囁かれた。














「捕まっただと!?」


自室に戻ったアレクシスは、弟、オーフェンの言葉に耳を疑った。


「はい。母上の私室で取り押さえられたようです」


「名は」


「ガイゼル・ファン・シジェダールド公爵です」


「シジェダールド公?」


「パーティーの出席者名簿にも名がありました」


それはアレクシスのよく知る人物だった。

特徴的な顎髭と、中心だけが禿げた頭の60代くらいの男が思い浮かんだ。


「先程、自白もしたようです」


アレクシスは驚きのあまり頭を抱えた。


(ありえない…彼がそんなことするはず…)


「ありえませんね」


アレクシスの心を読んだかのように全く同じ言葉が側近、ロベルトから出てきた。


「彼は外交官でありエルヴァレスの王族ですよ?もし本当に、その…人を殺めてしまい、捕まったとしても、自白するとは思いません」


側近のロベルトはアレクシスに気を使い、言葉を濁した。


「あぁ…」


(それに、母上は平民出身・・・・だ。王族であるシジェダールド公には何の得もない。他に理由があるのか?)


ふと机の上に置いていた手紙・・が入った封筒が目についた。

何気なくそれを手に取ると、手紙だけではなく、何か薄いものが入っているような感触がした。

封筒を開けて中を覗き見ると、中には手紙だけではなく、《しおり》が入っていた。

封筒から出してみると、それは珍しいことに、薔薇の押し花がついたものだった。


「これは、確かエルヴァレスの…」


「ジゼル、だな」


ジゼルは隣国、エルヴァレスの象徴である花だ。

何かに気がついたのか、ロベルトはアレクシスの手から《しおり》を奪った。


「おい」


「もうこれ以上この手紙・・に関わるのはやめましょう。200年前の先人たちが残していったものに振り回されるのは御免です」


「そうやって200年放置してきた結果が今、この現状だ。これから先も、ずっと、ルシファルニアが滅びるまで続いていく!に怯えて生きていくんだ」


「どうやって終わらせるというのですか。200年、まるで冷戦のようなこの状況を」


「簡単だ。エルヴァレスより先に全てえばいいだけの話だ」


「はい?」


「兄上、何をおっしゃっているんですか?」


アレクシスは《しおり》を取り返すと、それをロベルトとオーフェンに見せた。


「準備が整い次第、エルヴァレスに向かう」


「準備も何も、兄上が国を離れるには、それなりの理由が必要ですよ?」


「今度、王族主催のパーティーの招待状がエルヴァレスから届いていたよな?」


「私が出席することになっています」


エルヴァレス現王の王女の誕生パーティーが数日後に催される。

それに出席するのはオーフェンとなっていた。


「俺が行く」


「何を言っているのです。兄上は《王華》ですよ。この状況で、そんな勝手許されるはずがありません!」


「んなこと俺が一番知っている。でも、これしか方法がない。ロベルト、後のことは任せる。ちょっと仮眠をとるから、ひとりにしてくれないか?」


そう言うと、部屋を出て行ってしまった。

空いた席を見つめながらロベルトとは大きなため息をついた。

アレクシスが強がっていることをロベルトは知っている。

今だってひとりで母の死を悲しんでいるのであろう。

しかし、そんな彼を慰めるために、隣に寄り添うことなど絶対にできやしない。

少しでも彼の救いになれば、とオーフェンを残して部屋をあとにした。

その数日後、アレクシスはロベルトと共にエルヴァレス王国へ入国する事となった。

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