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鏡の森 ~決別~

 竜が下り立ったのは、何処かの森の中央だった。

「……どうせならもうちょっと開けた場所に下りて欲しかったな」

 ジンが零すように言う。

「身を隠すのにはうってつけなのでは?」

「まあ、それはそうなんだが。この森、嫌な気配がする」

 ジンの言葉に、イチヨウは不安を表情に出した。

「まさか、また調律者との戦いになるとか?」

「そういうのじゃ、ないわ」

 返事をしたのは、シホだった。険しい表情をしていた。

「この森、まるで生き物みたい。強い魔力を内蔵している……」

「魔力を内蔵してたら、どうなるんです?」

「吃驚箱みたいなものよ。何が出てくるか、わからない。まあ、それは置いておいて……」

 シホは、優しく微笑んだ。

「夜食にしましょうか」

 森の中で、四人は干し肉をかじり始めた。

 ハクは、無表情に口を動かしている。

 責任を感じているのかもしれない。そのせいもあってか、大人二人は王都脱出に関する話題は口に出さなかった。

 自分はお尋ね者になってしまったのだろうか。そんな不安が、イチヨウの中にはある。

 沈黙が、四人の間に漂っていた。

 ジンはきっと、今後のことについて考えているのだろう。シホは、場を盛り上げる言葉が思いつかずに苦しんでいるのかもしれない。ハクは、何を考えているのかわからなかった。

 身近なはずのハクが何を考えているかわからない。それが、イチヨウを尚更不安にさせた。

「けど、凄いな、ハクは」

「そう?」

「あんな大きな竜を使役するだなんて」

「必死に念じてたら、出てたの」

 そう言って、ハクは微笑む。

 ハクの笑顔を見て安堵する反面、その言葉の内容に不安を覚えるイチヨウがいた。

「記憶を、取り戻したのか?」

 イチヨウが訊ねた瞬間、肉を咀嚼していたジンの口が止まった。

「わからない。後もうちょっと、思い出さなければならないことがある気がする。召喚の仕方も、もう忘れてしまった」

「心強いな。思い出せば、いつだって竜を召還すれば逃げられるもんな。お尋ね者になったって問題ないぜ」

「お尋ね者にはならんよ」

 淡々とした口調で、ジンが話題に割り込んできた。

「多分我々は王の密命を受けたとかそういう具合に誤魔化して貰えるだろう。あいつもそんな風なことを言っていた」

「そうなんですか?」

「甘いんだ、あいつは。王の癖に非情になりきれない。まあ、それは俺も一緒だけどな」

 ジンは、自分の手に持つ干し肉に視線を落とす。何か、考え込んでいるような様子だった。

「なあ、ハク」

 ジンが立ち上がり、呟くようにして言う。

「思い出そうとするのは、もうやめろ」

 それは、命令だった。

 ハクは、無表情にそれを聞いている。

「お前とは、仲間でいたい。今後もな」

 そう言うと、ジンは干し肉の残りを口の中に放り込んで、歩き出した。

「ちょっと周辺の様子を見てくる。シホとイチヨウがいれば大丈夫だろう」

 ジンはそう言うと、森の奥へと足を進めて行った。

 そして、そのまま二度とこの場所に戻ることは無かった。


 この森に、ジンは覚えがあった。今までジン達がいた場所から見れば、隣国にあたる場所にある森だ。例の港町も近い。

 嫌な気配がするからと立ち寄らなかった森がある。多分、それがここだ。

 地元の人間も不気味がって足を踏み入れないと聞いた覚えがある。

 ただ、自殺志願者だけが吸い寄せられるようにこの森に集まるのだという。

 森の中には、薄い密度の魔力が漂っている。

(何が起こっても、おかしくはないな)

 ジンは何が起こるかを見極めるために、この場所を歩いている。

 その時ジンは、波の音を聞いた。

 ありえない話だ。森の中で、波の音などするはずがない。

 だと言うのに、ジンの聴覚は明らかに波の音を拾っているのだ。

(始まったか……)

 ジンは剣を構え、周囲に気を配る。そして、森を抜けた。

 目の前には、月明かりが輝く海辺が広がっていた。

 砂浜には、座っている女性が一人。

 何年も見なくても、その顔を忘れる事はなかった。マリが、振り向いてジンを手招きしていた。

 ジンは剣を鞘に収め、吸い込まれるようにしてその隣に座る。

「これは、どういう手品なんだ?」

「手品? おかしなことを言いますね、師匠は」

 師匠と言う響きが、ジンの頭の中に響き渡り染みとおっていく。懐かしい響きだった。

 マリは微笑んでいる。そういえば、こんな風に微笑む奴だった。

 懐かしさと愛おしさがジンの中で膨れ上がっていく。

「久々ですね、師匠。私、避難したんですよ。竜が下り立ったのが見えたから、待ってたら来るかなと思っていたんです」

 そう言って、マリはジンの手をとろうとする。

 それを握りたい衝動を必死に堪えて、ジンは避けた。

「お前は、マリじゃない」

 ジンは、淡々とした口調で言う。

「ここは森の中だ。海でもない」

 空に皹が入った。

「どうしてそんなことを言うんです?」

 マリが、縋りつくようにしてジンに言う。

 ジンが苦い顔をする。

「あの女が、そう微笑んで俺を迎え入れてくれるはずがない。それをしてくれたのは、揉める前のマリだ」

 空が罅割れていく。

「これは、俺の願望の世界だ。前に進むためには、そんなものはいらない」

 空が割れた。

 そして、辺りに広がっているのは、月明かりに照らされた薄暗い森の中だった。

 気がつくと、ジンは森の出口まで来ていた。

「自殺志願者が詰め掛けるわけだ」

 ぼやくようにジンは言う。

 さて、どうしたものだろうとジンは思う。

 素直に引き返すべきだろうか。引き返して、仲間達の場所に戻れるという保証はあるだろうか。

 森の広さに比べて、ジンの歩いた距離は短すぎた。なんらかの魔力がジンを移動させたと考えるしかないだろう。ジンは、この森に追い出されたのだ。

「……これ、結構シンプルな罠だけど、脱落者が出かねんな」

 自らの願望を忠実に再現する世界。その世界から抜け出そうと足掻ける者が何人いるだろうか。

 しかし、仲間を探して迷子になるのだけは避けなければならない。

 結局は、仲間を信じて待つしかないのだろうか。

 自分の願望を映す森と、ハク。その組み合わせは、酷く危ない気がした。


「先生、戻ってきませんね」

 イチヨウが、不安げに言う。

 シホも、不安に包まれていた。

 ハクは明らかに、様子がおかしい。いざと言う時に、イチヨウはハクの味方をするだろう。

 シホは、それがなんとなく心細かった。

「私も、見に行くわ」

 シホは立ち上がって、森の中に入っていく。

「いい? 私達からなんの合図もなかったら、二人で竜を召還して森の外へ逃げなさい」

「そんな、お二人を見捨てて逃げるなんてできませんよ」

 イチヨウが、叫び声をあげる。

「私達二人なら、最悪力付くでトラップも解除できる。けど、二人とも魔術、使えないでしょう?」

 反論が思いつかなかったのだろう。イチヨウが、言葉に詰まる。

 そのうち、彼は呟くように言った。

「無事に、帰って来てくださいね……」

「大丈夫よ。私が約束を破ったこと、ないでしょう?」

 イチヨウは頷いて、シホを見送った。不安で、瞳に涙が滲みそうだった。

 その腕に、ハクが抱きつく。

「大丈夫だよ、イチヨウ。こんな森の幻術なんかに、彼らは捕らわれたりはしない」

「ハク……?」

「そして、私達もね」

 ハクはどうしてか、確信めいた表情で言った。


「お母さん!」

 イチヨウが家の中に飛び込んでくる。

 シホは家の中にいて、皿を洗っていた。

 どうして自分がそんなことをしているのか、前後の記憶が酷く曖昧だった。

「どうしたの?イチヨウ」

「ハクが転んで怪我をした」

「あらあら、神術師さんを呼んで貰わないとね」

 シホは町の中を歩き出す。

 見覚えのある町並みだった。以前、遺跡の大魔方陣をかけての戦いの場となったあの港町だ。

 ならば、神術師のいそうな場所はわかっている。

 サクマ領剣士隊宿舎に、シホは辿り着いていた。この町には、遺跡調査の為に三つの領の剣士隊が常駐しているのだ。

 受付の剣士に事情を説明し、ハクアを呼んでもらう。

 程なくして、ハクアがやって来た。まだ十代半ばに見える、可愛らしい少女だ。

 ハクと一文字違いのこの少女は、国規模の呪いを受けて不老不死の体となっている。その呪いの力を、強力な神術にも変換することができるのだ。

 彼女は世界最高レベルのヒーラーと言えた。

「子供が転びましたか。わんぱくで良いですね」

 ハクアが微笑む。

 彼女は、顔がシホと良く似ている。自分にもこんな若い時代があったのだなあと思うと、シホはやや切なくなる。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

「悪いけど、治療してやって欲しいんです」

「良いですよ。私とシホさんの仲じゃないですか」

 疑問符がシホの頭に思い浮かぶ。自分とハクアはそんなに親密な関係だっただろうか。しかし、その答えは靄のように頭の中で消えた。 


 願望の世界に取り込まれそうな人間を一人失念していたことにジンは気がついた。

 シホだ。

 シホは、過去に自分が加担した事件の贖罪から、自身の幸せを遠ざけようとしている。

 だから結婚もしないし、ジンの遺跡調査にも黙々と付き合っている。

 そんな人間の前に、幸せな願望の世界が繰り広げられたらどうなるだろうか。

 ジンは、森の中に一歩を踏み出そうとする。

 そして、躊躇して足を元の場所にもどした。

 今のジンができることは、信じることだけだ。

 空は薄っすらと明るくなり始めているが、狼煙を上げてもまだ見えないだろう。

 ジンはただ、その場で不安がることしかできない。その、なんと歯がゆい事だろう。

 ハクは何を考えてこの場に降り立ったのだろう。

 不安は、ジンの中で大きくなるばかりだ。


 ハクが痛みに顔を歪めている。その膝に、ハクアは触れた。その瞬間、光が発し、ハクの膝にあった傷はすっかりと消えてしまっていた。

「ありがとう、ハクアさん」

「いいのよ、ハクちゃん。また何かあったら、遠慮なく呼んで。お姉さんは最近退屈だから」

「そんなはずないでしょう。今、この港町は大変なはずだわ?」

「大変って?」

 シホの言葉に、他の三人が戸惑ったような表情になる。

「お母さん、何か勘違いしてるよ」

 困ったような表情でハクが言う。

「そうだよ。こんなに平和な町もないって」

「まあ、おかげで私達は遺跡調査にせいを出せますけどね。では」

 そう言って、ハクアは去って行った。

 いや、そんなわけがない。この港町には何か異常があったはずだ。ただ、どんな異常が起こっていたかがシホには思い出せない。

 記憶に霞がかかっているかのようだ。

 食事の時間になると、ジンが帰ってきた。

「よう、ただいま」

「お父さん、遅いよー」

 ハクが言う。

「お腹ペコペコだ」

 イチヨウも不満の声をあげる。

「すまんすまん。旧知との話が長引いてな。じゃあ、母さんの料理を食べるとするか。」

 四人で卓を囲んで、食事が始まる。

 シホの作った料理を、皆、美味しい美味しいと言って食べてくれる。

「作るかいがある人達ね」

 シホは幸せだった。この幸せが永遠に続けば良いと思った。

 けれども、ジンは他の家に子供がいるのではなかったか。ふと、そんなことに気がついたシホだった。

 脳裏に浮かんだのは、マリの顔だった。

 そして、シホは全てを察した。

 悲鳴でもあげたいような気分だった。

「なんて、浅ましい願いを、私は……」

 今、シホがいるべき場所。それは、本来マリがいるべき場所だ。

 この世界では、マリの立場にシホが存在している。

 誤った世界。幻想の世界。

 シホは立ち上がった。そして、全身から魔力を放出する。

 幻の世界は粉々に砕け散って、跡形もなくなった。

 塵すら残らねば良い、とシホは思う。

 そして、シホは、いつの間にか、森の出入り口まで辿り着いていた。

 数歩を進み、シホは森の外に出る。

 ジンが、苦笑顔でシホを迎え入れた。

「……どんな夢を見た?」

「悪夢だった」

 シホは、明るい口調で言う。沈んでいることを、悟られないように。

「……俺は、もう少し浸っていたい夢だった」

 呟くように、ジンは言う。

「マリさん絡みでしょ」

 シホは、からかうように言う。

「ちげーよ」

 ジンははぐらかした。

「……問題は、残りの二人がどうするかだな」

「二人で一緒に、森の中を戻っていく?」

「いや、この森は仕組みがおかしい。幻を破るとすぐに森の外に出る仕組みになっている。下手をすればまた、幻に取り込まれる」

「じゃあ、どうすれば良いかしら」

「二人が竜に乗って脱出してくれることを祈るね。もう少し日が昇ったら、狼煙を上げてみよう」

「……それぐらいしか、手はないわね」

 祈ることしかできない。その不安さを、シホは思い知った。


「行きましょうか」

 ハクが立ち上がる。

 イチヨウも、慌てて立ち上がった。

「確かに二人とも遅いけど、待ってないと行き違いにならないか?」

「二人とも、もう森を出てる」

 確信を篭めた声でハクは言った。

 どうしてわかるのだ、と問いかけて、イチヨウはやめた。ハクは以前、ホムンクルスの青年を見事に探し当てたことがある。彼女にしかない感覚というものがあるのだろう。

「イチヨウ、私の手を掴んで。けっして離れないで」

 イチヨウは促されるままに、ハクの手をとった。

 初めて手と手を合わせた時、その柔らかさにイチヨウは頬が熱くなったのを覚えている。

 けれども、今となっては握りなれた小さな手だった。

 二人は森の中を進んでいく。

 場面が変わった。

 場面は森の中。二人の狩人が、一匹の鹿のような生物を追い詰めている。その頭には大きな角があった。

「あれは、オバルの最後の一匹。角飾りが綺麗だからと言って、人間に滅ぼされた」

 狩人の矢が、最後の一匹の首を射抜く。鹿のような生物は上半身を除けらせ、苦しげに鳴いた。

 場面が変わる。人間達が木々を伐採している光景だ。

「これは、新しい町を作って日常生活を送るための森林伐採。ここに住んでいた動物達は、追い出されるしかなかった。故郷を失ったの」

 場面が変わる。人間達が倒れた動物の角を折り、毛皮を剥いでいる。

「これは、角が薬の元となるというデタラメを信じた人間に狩られている獣。もう残りの数は少なくなっている。絶滅への道を歩まされている」

 場面が変わる。人間が綱で縛った人を何十人も運んでいる。

「これは人間が戦争で作った奴隷。故郷を滅ぼされ、その後の一生は使役されて進む」

「これは、なんなんだ。ハク」

 戸惑いながら、イチヨウは訊ねていた。どうしてこんな光景が目の前で繰り広げられているのか、まったくわからなかったのだ。

「この場所は、心の中にあるものをそのまま映す鏡の森。この記憶が、私そのもの。この記憶が、私の本来の記憶。この時代ではない時代、過去に起こった迫害の記憶。これから起こるだろう、今も起きているかもしれない悲劇」

「違うだろう? ハクは普通の女の子だ。こんな、動物や奴隷の記憶なんてあるはずがない」

 イチヨウは、体に震えが走るのを感じた。

「いいえ、私は星の奏者。そう……私は、アリシラ」

 ハクは、そう宣言した。

 イチヨウにつけられた名前を捨てて、本来の名を取り戻したのだ。


 朝日が昇っていた。

 ジンとシホの前に、イチヨウとハクが歩いてきた。

 ハクは淡々とした表情で、イチヨウは顔色が悪い。

「大丈夫だった? 二人とも」

 シホが、安堵した表情で歩み寄って行く。ジンも、内心では重い荷を降ろす思いだった。

 シホの歩みを、ハクが片手で制した。

「ハク……ちゃん?」

「ハクではない、アリシラです」

 淡々とした口調で、アリシラは言う。

 ジンは腰の剣に、静かに手を伸ばした。

「今日は貴方達に、交渉をしたくてやって来た」

「交渉? 何を言ってるの? ハクちゃん」

「ハクではない。アリシラと言ったでしょう」

 アリシラは苛立つわけでもなく、淡々と言葉を繰り返す。

「私達は、あの港町が欲しい。人類側に、譲る気はありませんか」

 アリシラは、淡々とした口調で言う。その目は、ジンを見ていた。

「何故、あの港町が必要なんだ?」

「わかっているでしょう。遺跡の地下に眠る、大魔方陣ですよ」

「あれは壊れた。それも、瓦礫の山の下だ」

「我々ならば、それを掘り起こして再利用することができる。幸い、あの魔方陣は起動しても変化のための魔力は使われなかったようだ。ならばまだまだ、あの魔方陣には魔力が貯蔵されている」

 我々ならば、とアリシラは言った。まるで、自らを人間の範疇から除外したかのように。

「簡単な交渉です。人間は動物から縄張りを奪っていく。その代わり、人間の縄張りの一つを我々が貰い受けたい」

「……お前、何者だ」

 ジンの声は、最早低く、剣呑さを漂わせていた。

「星の奏者。動物とて、微弱でも魔力を持っている。人類からの危機に怯えた動物達の念が集まって、調律者を作り上げる。その念や様々な生き物の念が集合して、人類に対抗するために、遥か過去に我々星の奏者を生み出した。言わば我々は、自然の代弁者と言えましょう」

「その自然の代弁者様は、大魔方陣を使ってどうする気なのかな」

「人類の、適正化ですよ」

 なんでもないことのように、ハクはそう言った。

「統一王の征服で蔵書が処分されてしまったが為に、一部間違って現代に伝わっていたようですが、あれは元々そういうものです。発展しすぎた人類から気力を奪い、技術力を退化させ、数を減少させ、適正化させるために存在する洗脳の魔法陣」

「人類の進歩を全てなかったことにするって言うのか」

「それが自然界の意思なのです。人間は増えすぎ、欲に忠実すぎた。貴方達は、今は陸地を荒らしているだけだ。しかし後に、空気や海すら汚すようになる。貴方達の進歩を止めなければ、地球と言う楽園は壊され、種の多様性は失われてしまう。私は自然と地球そのものが生み出したブロッカー」

「乱暴なブロッカーもいたものだな」

「以前は疫病として発現した場合もあると聞きます。それに比べれば、対話をするつもりがある分幾分か平和的では?」

「自然の代弁者、なるほどな」

「ええ、そうです。そもそも、あの大魔方陣は戦争の兵器として人間が考え付いたものです。それを私達が改造し、利用しているだけに過ぎない。人間は自らの進化によって破滅する。ただ、それに他の動物達が巻き込まれてはかないません。考えて答えを出してください。その前に、私達が港町を陥落させてしまうかもしれませんが……」

 アリシラが、それを言い終えることはできなかった。

 ジンの剣が、アリシラの首筋を狙って振られたからだ。

 剣と剣がぶつかる澄んだ音がする。

 ジンの剣の先端は、空中を舞って、地面に落ちた。

 イチヨウが、覇者の剣でアリシラを守っていた。

「……そっちにつくか、イチヨウ」

 ジンは、苦い顔で言って、背中の剣を抜く。

「それは、人をやめる道だぞ。人の敵となる道だ」

「……ええ、そうですね」

 イチヨウの呼吸は、僅かに乱れていた。混乱を少しでも収めようとするかのように。

「けど、良いじゃないですか。皆が幸せになれる道があるっていうんなら、それで」

 その皆、の中には、他の動物も含まれているのだろう。

 イチヨウは変わった。魔の側に堕ちた。

 どちらが正しいかは、ジンにもわからない。

「俺は、洗脳された友人達の姿も見たくない。衰退していく人類も見たくない。お前は、それを見たいのか」

「仕方ないじゃないですか。そうしないと、増えすぎた人類は、悲劇を繰り返す」

 アリシラの足元に魔法陣が輝き、竜が飛び出てきた。

 アリシラが竜の腕に座る。

 そして、イチヨウに手を差し伸べた。

「来る? イチヨウ」

「ああ……」

 ジンと対峙したまま、イチヨウはしばし考え込んでいるようだった。

 ジンは焦っていた。まるで、我が子が誤った道へ行くのを止めたいと願う父親のように。

「イチヨウ、行くな。それは、魔の側に堕ちる道だ」

「構わない」

 震える声で、イチヨウは言っていた。

 アリシラが伸ばした手を、イチヨウは掴む。

 そして、竜は飛び立った。

「共に、堕ちよう」

 イチヨウの呟きが、ジンの耳にこびりついて離れなくなった。

 朝日の中、竜は飛んで行った。


 様々な思い出があった。

 敗北の思い出。慰めてもらった思い出。弟子入りした時の思い出。師の強さに驚いた時の思い出。サバイバルの知識を教えてもらった思い出。熊を倒せだなんて無茶を言われた思い出。洗脳された師を必死に救おうとした思い出。子供のように思っていると伝えられた時の嬉しさ。

 全ては、心の闇の中に落ちていく。

 ジンとシホは、イチヨウにとっては父と母のように思える存在だった。

 それを、イチヨウは捨てた。

 その隣には、ハクがいる。

 この少女を守ると誓ったのだ。その気持ちはゆるぎない。

 だというのに何故だろう。イチヨウの目じりには、涙が浮かんでいた。

 楽しい旅は終わった。

 残っているのは、血で血を洗う決戦だ。

次回

数年越しの痴話喧嘩

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