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三日月の髪飾り

思い付きでタイトル変更となりました。

三日月の髪飾りをお送りします。

内容は一緒です。

「俺と決闘してください!」

 イチヨウに唐突に言われて、ジンは目を丸くした。

 周囲は広々とした野原で、少し歩いた先に川がある。

「決闘だあ?」

「あんたがリーダー面をしてなんでも決めるのが気に食わない! 俺達は同等であるべきだ!」

「俺保護者、お前被保護者、わかる?」

 ジンが相手と言語が通じるか怪しむような口調で言う。

 そしてそのうち、何かに気がついたかのように意地悪く微笑んだ。彼はイチヨウの耳元で小声で囁く。

「……あー、ハクお嬢ちゃんの前で良いかっこしたいのな」

 図星を指されて、イチヨウは思わず言葉を飲み込む。

 ハクは、シホに髪の毛を弄られている最中で聞いていないらしい。

「とりあえず決闘! 一対一ならあんたとだって良い勝負になるはずだ!」

「あー、いいよいいよ。飯食ったらな」

「あーほら、そうやってまた勝手に決める!」

「じゃあ水くみ当番はお前な。頼むわ」

「あーほら! そー言うとこが嫌なんだよ、たまには自分でやれよ」

「ぎゃあぎゃあ言わない。俺はもうおっさんだから若いもんが力で頑張るべきなんだよ」

「その台詞、お師匠さんが聞いてたらこう言いそうだね。ジン君、歳を言い訳にするにはまだ十年は早いですよって」

 シホがからかうように言う。

 ジンは苦い顔で、何も言い返さなかった。シホには敵わないらしい。

 その代わり、イチヨウに言葉が飛んできた。

「つか俺が仕切らなきゃ誰が仕切るんだこのパーティー。お前が仕切れるのか、仕切って見せられるのか」

 イチヨウは言い返せない。

「水汲んでくる」

「素直でよろしい」

 なんだかんだで、ジンのペースに乗せられてしまうイチヨウなのだった。

 これが経験の差なのかもしれない。

 けれども、これでは使いっぱしりみたいで格好悪いことこの上なかった。


「じゃあ、始めるかー。木の剣がないから真剣になるけど、下手に避けようとして怪我すんなよな」

 ジンが呑気に腕を伸ばしながら言う。右手には、剣が握られている。

 イチヨウは両手で覇者の剣を握り締めて立っていた。

「勝ったら俺も平等に扱ってもらうからな」

「ああ、会議制にして平等に意見を聞いてやるよ。多分その場合でも俺の意見が通ると思うけどな」

 お互いに鎖帷子を装備している。よほどのことが起こらなければ事件にはならないはずだ。

 ハクは何が起こっているかわからないような表情で、シホは苦笑いだ。

 ジンの肩に向って、イチヨウは剣を振り下ろす。持ち前の素早さを活かした先制攻撃だ。

 それを軽々と回避して、ジンはイチヨウの腹部に向って剣を振った。

 イチヨウは剣を素早く動かしてそれをいなそうとする。

 その瞬間、澄んだ金属音が周囲に響いた。ジンの剣の先端が宙に飛んでいた。覇者の剣は軽々と相手の剣を破壊したのだ。

「あああああ」

 ジンが悲鳴のような声を上げる。イチヨウはかまわず、ジンの首筋に剣を突きつけようとした。

 その次の瞬間、イチヨウは逆に首筋に剣を突きつけられていた。ジンは背に差していた予備の剣を抜いたのだろう。

 回避しつつの流れるような抜剣。ここしかないと言う一瞬をものにした正確極まりない動作に、イチヨウは息を呑んだ。

「もう一回!」

 イチヨウが叫ぶ。

「ちょっと待て。その前にその剣を貸せ」

 ジンが渋い顔で覇者の剣に手を伸ばす。

 イチヨウはなんとなく後ろ手に剣を隠した。

「いや、所有者が使わなければ真の力を発揮しない類の武器かもしれんな。とりあえず、その剣で俺の折れた剣を叩いてみろ」

 そう言って、ジンは折れた剣を地面に置いた。

 しぶしぶ、イチヨウはその剣を思い切り叩いた。

 折れた剣は、さらに折れて短くなった。

「……なるほど、こりゃ魔剣の類だ。鎖帷子なんてひとたまりもないな」

 ジンは呆れたように言う。

「なんだよ、怖気づいたか?」

 イチヨウも内心では焦っていた。こんなに破壊力が高い武器だと、うっかり相手に怪我を負わせかねない。

「いーや、ハンデがついて良い勝負になるかと思っただけだ」

「その割にはさっきあああああって叫んでた気がするけどな」

「高かったんだよ、この剣……」

 ジンが折れた剣を見て悲しげに言う。

 相手に傷を負わせる心配など、する必要はなかった。

 結局この後、イチヨウはジンに一勝もすることが出来ずに夕刻になった。


「執念だけは認めてやるよ、お前」

 焚き火を囲んで夕食を食べながら、ジンは呆れたように言った。

「こんなはずはないんだ。俺は村で一番強かった」

 イチヨウが言い訳するように言う。しかし、言った後で、言えば言うほど自分が格好悪くなるような気がしてしまった。

 ハクに視線を向ける。彼女は熱心にスープの具を口に運んでいた。

「美味しい?」

「うん、美味」

 シホとハクはすっかり打ち解けたようだった。

 イチヨウとジンの勝負になど興味はないようだ。

「村の中の一番が外で一番とは限らなかろう。俺の師匠は俺より強かったぞ」

「どんな化け物なんだよ、それ」

「ちなみに俺の弟子も俺より強い」

「……俺はこの世の中で上から何番目ぐらいの強さなんだ?」

「俺の知ってるだけでも、上に十人はいるだろうなあ。さっきぐらいのハンデを与えたら俺を斬り殺せる奴なんざざらにいるよ」

 ジンはそう言ってスープを飲むと、苦い顔で言葉を続けた。

「若いの相手にはつい余計な本音が出るな。俺も歳を取ったってことかね」

 世界は広い。そう長老は言った。

 早速それを思い知ったイチヨウだった。

「最近、年寄りぶるのがブームなのかな? それじゃあ貴方より年上の私はばーさんなのかな?」

 シホのからかいで、再び言葉を失って硬直するジンだった。


 深夜に、イチヨウは一人起きていた。

 覇者の剣を鞘から抜いて、その刃に視線を向ける。

 負け犬の顔が映っている気がした。

 自分はどうやら物凄い武器を得たらしい。しかし、悲しいことに実力がついてきていない。

 思わず、溜息が漏れた。

「何溜息を吐いてるの?」

 背後から声がした。

 いつの間にか、シホが目を覚ましていた。

「そろそろ見張り番交代の時間だよね」

「ああ、そうですね」

 イチヨウは慌てて、剣を鞘に収めた。

「そう卑下することないと思うよ」

 シホは優しい声で言う。

「ジンはもう十年以上旅をしてるし、修羅場も潜ってるからね。強くて当然なんだよ」

「けど、ジンさんの師匠も弟子もジンさん以上に強いんでしょう?」

「うーん」

 シホは困ったように顎に手を当てて考え込む。

「時間は皆に平等だからね。才能がある沢山の人が、こうしてる間にもどこかで修行していたりするんだよ。だから、私達が限界だと思っている地点を突破する超越者も、この瞬間にも生まれているかもしれないね」

「なおさら自信を失いました」

「それでも、歩き続けることが大事なんだよ」

 シホは優しく言葉を紡いでいく。その声が心地良かった。

「君は今まで限界だと思っていたものより上の限界があることを知れた。それって、もっと強くなれるってことじゃないかな?」

「俺には、まだまだ可能性があると?」

「うん。まだ十六歳なんだから、頑張りなよ。私、剣はからきしだけどイチヨウ君は強いと思うよ。前にあった一連の事件で、ジンは強くなる機会があったし、きちんとした師匠もいたから差がつくのは仕方ないよ。明日になればちょっとは自信も取り戻せるんじゃないかな」

「明日?」

「そう、明日」

 シホは、悪戯っぽく微笑んだ。


「資金減ってきたから仕方ないよな」

 ジンが苦い顔で言う。

「うん、減ってきたから仕方ないね」

 シホが微笑んで言う。

「何を企んでるんだよ、何を」

 新しい町に辿り着いたとたんに二人が不穏な会話を始めたのだ。イチヨウが不安になるのも仕方のないことだった。

「じゃあ、後はジンに任せて私達は宿をとりに行きましょうか」

 シホは回答をせずに、歩き始める。イチヨウはハクの手を取って慌ててその後に続いた。

 レンガ造りの建物が並び、石畳の道が整備された大きな町だった。この周辺の村や小さな町の中心部として機能している町なのだ。

 宿の部屋に辿り着くと、ハクは窓際のベッドに座って外を見ている。何を考えているかはわからない。

 シホがイチヨウを引き寄せて、その手に硬貨を数枚握らせた。

「これで、ハクちゃんに何か買ってあげなよ」

 そう、シホは耳打ちする。

 イチヨウは顔が熱くなるのを感じた。そんなの、恋人同士みたいではないか。

「俺達、そう言うんじゃ……」

 イチヨウはしどろもどろになりながら言う。

「いいからいいから。良い思い出になるようにってジンも言ってたでしょ?」

 イチヨウはハクに視線を向ける。

 ハクは窓の外をじっと見ていた。その表情が寂しげに見えて、イチヨウはどきりとした。

 そう言えば、ハクは記憶がないのだ。家族のことも何も覚えていないのだろう。

「は、ハクー」

 イチヨウが声をかける。

 ハクは、振り向いた。少しだけ、寂しげに微笑んで。その胸中は知れない。

「どうしたの?」

「買い物、行こうか」

「買い物?」

「大きな町だから、珍しいアクセサリーとか売ってるかもしれないしさ。なんかハクに似合うものもあるかもしれないぜ」

「アクセサリー?」

「えーっと、なんて説明したら良いのかな」

「自分を飾る道具よ」

 シホが補足する。

「飾って、どうするの?」

 ハクが不思議そうに問う。

「魅力が増して男の子にモテモテになっちゃうかもね。イチヨウ君が困っちゃうね」

「ちょっと、シホさん」

「イチヨウが困るなら、行かないよ」

 ハクが困ったような表情になる。

「あ、しまった」

 シホが口元に手を当てて苦笑いを浮かべる。

「シホさん……」

 言葉選びとは大事だなと考えさせられたイチヨウだった。


 なんとかハクを説得して、三人は町に出た。

 イチヨウとハクが先頭を歩き、シホはその後方についてくる。

 大通りには、歩き辛い程ではないが人が沢山いた。あちこちから楽しげな会話が聞こえてくる。

 振り返って観察すると、シホはどうやら周囲を警戒しつつ歩いているようだった。剣はからきしと言っていた彼女だが、どんな実力を隠し持っているのだろうか。

「えーっと、どんなものを買おうかな」

 わざとらしくイチヨウが声をかける。

「イチヨウの好きなもので良いよ」

 ハクは町の中を歩くだけで楽しげだ。

「楽しそうだな、ハク」

「人が一杯いて、楽しそうにしてて。こっちまで楽しくなる」

「そうだな、そういうのはあるな。俺も、狭い村しか知らなかったから」

 様々な店を一組の男女と一人の付き人は見て回る。

 ハクが興味を示したのは、髪飾りの店だった。

「これ、つけてるってわかりやすくて良いね」

「そうか、じゃあ、髪飾りにするか」

 その時の事だった。

「おう、ちょっとそこのおのぼりさん」

 陰鬱な表情をした二十歳前後の男が、イチヨウの顔を覗きこんでいた。

「なんですか?」

 イチヨウは剣の柄に手を伸ばしながら答える。

「金余ってるなら貸して欲しいんだよねえ」

 イチヨウが断ろうとした瞬間、男の体が宙に浮いた。そして、三メートル程の高さまで一瞬で上昇したかと思うと、肩から落下した。

「いてえよおいてえよお」

「大変、誰か病院に運んであげてー。誰かが屋上から落っこちたわー」

 シホがわざとらしく大声を上げる。

 周囲でざわめきが起こった。

「いや? 今凄い高さまで浮き上がらなかったか?」

「いや、どっかから落ちてきたんだろ?」

「そうだよな、浮き上がるわけないよなあ……」

 シホはにこやかに微笑んでいる。

(この人、魔術師か……)

 悪へのあまりにも容赦のない裁きっぷりに、背筋が寒くなったイチヨウだった。

 ハクが男に駆け寄ろうとする。神術で治療しようとしているのだろう。慌ててそれを止めたイチヨウだった。

 結局、男は運ばれ、ハクは三日月型の髪飾りを買って頭につけた。

 合流した時、目ざとくジンがそれを見つけた。

「どうしたんだ、それ」

「イチヨウに買ってもらいました」

 ハクが、嬉しげに微笑んで言う。

 イチヨウは二重の意味で胸がどきりとするのを感じた。

 ハクの嬉しげな表情が可愛らしかったのもあるし、ジンならばイチヨウが金を持っていなかったことを知っているだろうと思ったのもあった。

 彼ならば、シホが金を握らせたのだろうとばらしそうな雰囲気があった。

 ジンはシホと視線を交わして、悪戯っぽく微笑む。

「そうか、それは良かったな」

 彼はそう言ったきり、髪飾りについてはふれなかった。

 案外、悪い人ではないらしい。


 夜になった。

 酒場では、卓が部屋の隅へと撤去されていた。

 筋骨隆々とした男とジンが、その中央で向かい合う。

 周囲には興奮した様子の人々が集まっている。

 野次が飛ぶ中で、耳を半ば押さえながら、イチヨウはシホの耳元に向けて話しかける。

「なんなんですか?これ」

「決闘よ。この町最強の男とね」

 シホは、イチヨウの耳元に向けて話し返した。いつも通りの穏やかな表情だ。

「なんで決闘するんです?」

「お金が賭かってるからね」

「ええっ」

「しかも所持金全て賭けてある」

「ええっ!?」

 周囲の野次に負けない大声を出してしまったイチヨウだった。

「大丈夫よ。今日の宿代はもう支払ってるから」

「けど負けたら明日からどうするんですか?」

「ジンの剣でも売れば良いんじゃない?」

 結構この人もいい加減だな、と思うイチヨウだった。

「それに、大丈夫」

 シホは、言葉を続ける。

「ジンはこんな平和な町のゴロツキ程度に負ける男じゃないわ」

 確信めいた表情だった。

 勝負が始まる。二人は木の剣を持って徐々に距離を詰め始める。

 あちこちでそれを祝すように乾杯が始まる。

 男はただのゴロツキではない。それが、イチヨウの目にもわかった。ジンと飽きるほどに戦った後だからわかる。彼も、真剣を使った戦いを経験している者だ。間合いを取る慎重さが一般人とはまるで違っている。

 男がジンの間合いに踏み込んで剣を振り下ろす。

 その手を、ジンが叩いていた。

 最高速度に達した剣を横から叩く。相手の攻撃を読んでいなければ出来ない芸当だ。その凄まじさに、イチヨウは息を呑んだ。

 男が木剣を取り落とす。

 愕然とした表情だ。

 男は木剣を拾って、構えなおした。

 勝ったと確信していたのか、右手で木剣を弄んでいたジンはきょとんとした表情だ。

「いいぞーやれー!」

「あんな地味な一撃で勝ちとかふざけんなー!」

「勝つまでやれー!」

 ジンは剣を構えなおした。そう来るならそう来るでかまわないといった余裕満々の表情だ。

 男が剣を振り下ろす。それを回避したジンの一撃が男の首筋を叩いていた。

 男が剣を薙ぐ。それがジンに届く前に、すれ違いざまにジンの剣が男の首筋を叩いていた。

 男は退いて、剣を構えて体勢を整えなおす。

 その喉元にジンの突きが叩き込まれる。

 圧倒的な強さだった。

 観客が徐々に冷めていく。

 あまりにもの実力差に、誰もが勝敗を悟ったのだ。

 それでも男は剣を取り続ける。誇りを捨てまいとするように。

「いい加減しつこい!」

 その後頭部に、ジンの持つ柄が叩きつけられた。

 男の体が地面に倒れ伏す。

「あー負けたー」

「堅い勝負だと思ってたのになあ」

 溜息混じりに、観客達は思い思いの感想を吐いて行く。

「おい、にーちゃん。お前何者だよ!」

 観客の一人が、呆れたように訊ねる。

「天眼流はイッテツが弟子、ジンだ。覚えておくことだな」

「ああ、次はあんたに賭けるぜ、畜生」

「もしくはイッテツさんとやらにな」

 イチヨウはこの光景を見て、唖然としていた。

「明日になればちょっとは自信も取り戻せるんじゃないかな」

 シホが昨日そう言った意味がわかったイチヨウだった。

 イチヨウが弱いわけではない。

 ただ、ジンが規格外に強すぎるのだ。まるで、別の世界から現われたように。

 その世界に、自分も足を踏み入れる可能性はあるのだろうか。

 イチヨウはそれを想像して、手に汗を握っていた。


 その夜、イチヨウは寝付けなかった。

 今日の決闘が何度も脳裏を過ぎって、寝付けなかったのだ。

 イチヨウは溜息混じりに、窓を開いた。月明かりが部屋の中に差し込む。綺麗な月が出ていた。

「……どうしたの?」

 ハクが上半身を起こして、目を擦っていた。

「ごめん、起こした?」

「ううん、大丈夫」

 不可思議な沈黙が二人の間に漂う。

 ハクは、不思議そうにイチヨウを見ている。

 その綺麗な円らな瞳に、イチヨウは吸い込まれそうにな気分になった。

「ちょっと、外歩こっか」

 ハクが言う。彼女が自発的にそんなことを言うのは、珍しいことだった。

「そうだな。綺麗な月夜だしな」

 イチヨウも同意して、二人は外に出た。

 しばらく、二人は無言で歩いた。

 夜空には、綺麗な月が輝いている。

「何か、困ってるの?」

 ハクが、ぽつりと口を開いた。

「ううん、なんで?」

「何か、凄く困った表情をしてた」

 ハクが悩ましげに言う。

「イチヨウが困ると、私も困る」

 そう語るハクの頭には、三日月の髪飾りがつけられている。まるで、とても大事なもののように。

 イチヨウは、少しだけどきりとした。

「いやさ、なんか、話が違ってきたなって思って」

「話が、違う?」

「うん、違うなって」

「それって、どういう意味?」

 イチヨウは、それを口にするか躊躇った。自分が酷く情けないことを口にしようとしている気がしたのだ。

 けれども、決意を持ってそれを口にすることにした。

 イチヨウは立ち止まる。ハクも、立ち止まった。

「ハクは俺が守るって誓ったのに、ジンさんやシホさんが守ってくれてるなって。俺、何も出来てないなって」

 ハクは黙って、イチヨウの告白を聞いていた。

 そして、即座に言った。

「そんなこと、ないよ。イチヨウがいてくれるだけで、私はなんだか安心する。安心できるって、大事だと思う」

「そうなのかなあ」

「それにね、いざという時にイチヨウは私を守ってくれるって、信じてるから」

「そう、かな」

「誓ったもの」

 そう言って、ハクは面白がるように掌を振る。

 イチヨウも手を上げて、その掌と掌が、触れようとした。

 その時のことだった。

「こいつですよ! こいつが俺をやったんだ!」

 叫び声が、二人に突き刺さった。

 振り向くと、昼に二人を脅そうとした二十歳前後の男だった。右肩はだらりと下がっている。

 その背後に、剣を腰に差した男が二人居る。

 二人は剣を抜き連ねた。

「うちの仲間を痛い目に合わせてくれたみたいじゃねーか」

「気をつけてくださいね。こいつ、魔術を使うかもしれない」

 二人の影に隠れて、二十歳前後の男が言う。

「化け物か? なら、斬っても問題にゃあならねーよなあ」

 歪んだ笑みを浮かべて、二人の男がイチヨウに近付く。

「その、三日月の髪飾り。それで許してやっても良いぜ」

 男の一人が、ハクの頭に目を留めて、機嫌良く言った。

「ああ、それなら小遣い程度にゃなりそうだ」

 もう一人の男も同調する。

 ハクは、縋るようにイチヨウの服の裾を掴んだ。その手が、何かを諦めたように緩められる。

 イチヨウは、剣を抜いていた。

 ジンとの会話が、脳裏に蘇る。

 今日の決闘の後、酒を飲んだジンは、上機嫌でこう語ったのだ。

「多対一のコツ?」

 ジンは酒を呷って、言葉を続ける。

「簡単だ、そんなの。よほど連携の取れたコンビじゃない限り、相手の呼吸にはズレが生まれる。その呼吸のズレを広げて、隙間をすーっと縫ってくんだよ」

「なんか感覚的過ぎてわかりません」

 イチヨウはそう言うしかなかった。

「わかんねーかなあ。まあ、お前才能はあるから今度実地訓練させてやるよ」

 そう言って、ジンはさらに酒を呷ったのだった。

 実地訓練が早まっただけだ。イチヨウはそう思って、剣を握り締めた。背には冷や汗がいくつも浮かんでいた。呼吸が、震えていた。どうやらそれは、武者震いではない。

「なんだよこいつ、やる気か?」

「二対一だぜ。勝てると思ってるのかよ」

「イチヨウ、いいよ。髪飾り、諦めるから」

 しがみついてきたハクの手を、イチヨウは握り締めた。

 そして、微笑んだ。

「大丈夫。ジンさんとシホさんを、呼んできて。後、動き辛いから手放して」

 ハクは手を放した。

 これで、自分に何かあってもハクは逃げ延びるだろう。そう思って、イチヨウは安堵した。

 二人が踏み込んできて、剣を振り上げた。

 その動きを、イチヨウは集中して見る。

 右の男のほうが、動きが速い。

 左の男の動きがやや鈍いと言ったべきか。

 ならば、先に叩くのは右だ。

 覇者の剣の平が、右の男の頬を叩いた。その体を押しのけ、出来たスペースをイチヨウは進んでいく。

 左の男が振り下ろした剣が、後方を通り過ぎていく。

 そして、左の男の後頭部を、真横からイチヨウは覇者の剣の平で叩いていた。

 二人の男が倒れ落ちる。

 二十歳前後の男は、悲鳴を上げて逃げて行った。

 ハクは呆然とした表情で、イチヨウを眺めている。

 イチヨウは肩に剣を担いで、誇りを篭めて言った。

「誓ったろ? 守るって」

 その頬が、勢い良くはたかれた。

 ハクが、イチヨウをはたいたのだ。彼女の目には、涙が浮かんでいた。

 ハクがここまで感情を露わにするのは初めてだ。イチヨウは驚いてしまった。

「髪飾りのためなんかに、もうこんな無茶、二度としないで!」

「……はい」

「イチヨウしか、私、頼れる相手がいないんだから」

 そう言って、ハクはイチヨウに抱きついてきた。

 その体を抱き返すことも出来ず、イチヨウはぼんやりとしていた。

「俺もさ、守らなくちゃいけない相手、ハクしかいないんだ」

 呟くように、イチヨウは言う。

「俺、家族いないから。他の家は皆家族いるけど、俺、一人だから」

「だったら、なおさら無茶しちゃ駄目だよ」

 ハクが、諭すように言う。

「……けど、悔しいじゃんか。せっかく大事にしてくれたのに」

「なら、もういらない」

「嫌だよ、大事にしてくれないと」

 ハクは、黙り込んだ。

 ただ震えて、イチヨウにしがみついていた。

 それを、イチヨウはやはり抱き返せずに、黙って立ち続けていたのだった。


 二人の姿を少しはなれた場所から見守る影があった。

 ジンとシホだ。

「だから言ったろー? 助けなくてもあいつならなんとかするってさー」

「……結果論だわねえ」

 シホは頭を抑えて言う。

「根本的なスピードと眼が違う。あいつ、センスはあるんだわ。素の状態のマリより才能あるんじゃないかなあ」

「ああ、貴方より強いマリさんのね」

「……不機嫌?」

「……ええ。心臓に悪い我慢をさせられて、不機嫌です」

 イチヨウとハクの足元で倒れている男の一人が、ゆっくりと起き上がろうとしているのが見えた。しかし、どうやら二人はそれに気がついていない。

「ツメ、甘いなあ」

「介入するわよ」

「センスはあるんだけどなあ。経験が足りないんだよなあ」

 起き上がろうとしていた男が、高々と浮かび上がって、肩から地面に落ちた。

 その音で、イチヨウとハクは我に返ったように距離を置いた。


「弟子にしてください!」

 イチヨウに唐突に言われて、ジンは目を丸くした。

 周囲は広々とした野原で、少し歩いた先に川がある。

「ああ、良いぜ」

 二つ返事でジンは承諾する。元々、その話をしようとしていたところだったのだ。この少年は意地っ張りの気があるから、どう切り出したものかと悩んでいたところだった。

「俺のしごきは厳しいぞ」

「ついていきます」

「じゃあ、まず、今日の水汲み当番お前な」

「……使いっぱしりですか」

「弟子だろ?」

「弟子ですけどね」

「ああ、あともう一つ条件があった」

「なんですか?」

 何か無理難題でも言われるのだろうか、とイチヨウは身構えている。

「俺を師匠って絶対に呼ぶな。嫌な奴のことを思い出すから」

「マリさんのことそんな風に言うもんじゃないわよー。貴方にも原因はあるんだからー」

「俺の何が原因だって言うんだよ! 俺は当たり前のことを当たり前にやっただけだ!」

「問題と思わないのが問題」

 急に口論を始めた二人に唖然としつつ、イチヨウは答える。

「わかりました……。じゃあ、先生って呼びます」

「それも不吉だなあ」

「不吉? 他に呼び方あります?」

「ん、いや、先生で良い」

「はい、よろしくお願いします、先生!」

 覚悟を決めた表情のイチヨウを、ハクは不満そうな表情で眺めている。剣の修行などする必要ないのに、とでも言いたげだ。

 けれども、その頭には、三日月を模した綺麗な髪飾りがあるのだった。


次回

化け狐と星の奏者

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