表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

戦いの中で

 エリシアが樹から樹へと蹴りあがっていく。

 マリはその後を追っていく。

 中空で二人の影が幾度となく交差した。

 マリの服にはいくつか傷が出来るが、その下には鎖帷子がある。

 エリシアは首筋に傷を負っていた。その傷口から血が溢れるが、次第に傷そのものが消えて行く。

「人間ではない、か」

 マリは、淡々と呟く。

 そして、二人の落下が始まった。

 エリシアは樹を蹴って、マリを上空へと蹴り飛ばした。マリはそれを、剣で受け止めつつも吹き飛ばされる。

 先の着地したのはエリシアだ。彼女は武器を構えて、マリを迎撃する構えを取る。

 マリは樹を蹴り、剣を振りかぶって、エリシアへと飛んでいた。

 二人の剣が交差する。

「私は人間を超えるように設定され作られた。だと言うのに、何故、私が押されている」

 困惑するようにエリシアが言う。

「これが人間の積み重ねてきた技術よ。太古の時代には、そこまで剣技は発達していなかったようね」

「ああ、そうだ。人間は代を重ねて急速に技術を発達させる。それこそが脅威なのだ」

 エリシアがマリの腹部を蹴ろうとする。

 それを後方に退いて回避して、さらに距離をとったマリだった。

 素早さでは負けていない。腕力でも負けていない。技術ではこちらが有利。負ける要素はない。

 ただ、相手を哀れむ気持ちだけが、マリの心を占めている。

「残念だけど、生かして帰すわけにはいかないわ。貴女達は、危険すぎる」

「もう、勝ったつもりか、人間」

 エリシアが容姿を変えていく。その体は、巨大な獅子のような獣の姿へと変わっていた。

 エリシアだったものが、飛び掛ってくる。

 速度で負けていると、一瞬でマリは看破する。マリの防御の剣に、エリシアは噛み付いた。

「そうね、ここに至って、言葉は不要だわね」

 マリはエリシアを振り払うと、再度剣を構えた。


 ジンとイチヨウは黙々と剣を振り続けていた。

 互いの体に傷はつかない。

 ただ、剣と剣を弾きあっている。その姿は、まるで修練でもしているかのようだ。

(手の内を見せすぎたな)

 ジンはイチヨウとの修行の日々を悔いていた。

 この一ヶ月で、イチヨウはジンの剣筋に慣れきっている。読むことも用意だろう。

 今のイチヨウは、対ジンに特化した剣士と言えた。

 これでは、覇者の剣を使われた時にどうなるかわかったものではない。

 そう、イチヨウは、覇者の剣を使ってはいなかった。

 それはイチヨウの迷いだ。しかし、ジンはそれを指摘しない。自分を不利な状況に追い込む必要性を感じなかったからだ。

「死にたいか、イチヨウ」

 ジンは、呟くように言う。

 イチヨウは、表情を歪めた。

「こんなはずじゃなかった……。こんなはずじゃあ、なかったんだ」

 イチヨウは、呟くように言う。

「けど、あんたは人の側にって、俺は調律者の側に立った。後には、殺し合いしかない」

「本当にそうだろうか、イチヨウ」

 イチヨウは、戸惑うような表情になる。

「人は本当に、調律者と共存できないんだろうか。お前やハクが、その架け橋となることは、できないんだろうか」

 イチヨウは、動きを止めた。考え込んでいるようだった。その姿には、隙がある。しかしジンは、それを突くことよりも、説得をする道を取った。

 イチヨウの中で、考えが決意へと変わっていくのが目に見えるようだった。

 イチヨウの目は、据わっていた。

「無駄ですよ、先生」

 イチヨウが急激に前へとかける。ジンは剣を構える。二人の剣と剣が重なった。

 イチヨウの力に、ジンは押されている。その事実に、ジンは戸惑っていた。

 イチヨウの右手からは、緑色の光が放たれている。

「俺はハクのガーディアンになった。このままじゃハクは殺されるしかない」

 確かに、そうだろう。ハクの存在は、人間社会に許されるものではない。一度に数千の魔物を使役する少女。そんなものの存在を許すほど人間はガードが緩くない。

「先生自身だってそうじゃないのか。ハクの存在を脅威と思ってるんじゃないか」

「他の人間は死んでも良いって言うのか。この瞬間にも、家族を持った人間が殺されているかもしれないんだぞ!」

 イチヨウの表情が歪む。

 ジンはその腹部を蹴り飛ばした。そして、剣を振り上げ、下ろす。

 イチヨウの頭部を斬ることは容易だった。しかし、脳裏に蘇った冒険の思い出が、ジンの剣を鈍らせた。

 ジンの刃が受け止められる。

「なら、どうすれば良いのか教えてくれよ、先生!」

 イチヨウの剣が次から次へと振るわれる。それを受け止めることに、ジンは集中する。

 集中の世界に、ジンは入っていた。相手の動きがスローモーションに見える。

 剣を掻い潜り、その突きがイチヨウの左肩へと吸い込まれていく。

 それを、イチヨウは避けた。

 ジンは舌を巻く。

 イチヨウも、集中の世界に入ったのだ。

 こうも早くも天眼流の極意を身につけられるとは。

 イチヨウを見込んだジンの目は、間違いではなかったと言うことか。

 場違いな喜びが、ジンを満たす。しかし、苦い感情は心の底から拭い去られることはない。


 獅子となってマリに体当たりをしたエリシアは、その背後に回り込んで一角獣となり角で心の臓を狙う。

 マリは辛うじて、剣を振り、角を弾いた。

 エリシアは再び人型となって剣で突きを放つ。

 マリの左肩の鎖帷子が、破れた。

 変則的なエリシアの動きが、マリを戸惑わせている。

「……そっか、こうも頻繁に動きのパターンを変えられると、読み辛いな」

 マリはぼやくように言う。

「私は貴女達に乱獲された動物達の願いを背負っている。私一人を相手にしているわけじゃないと知りなさい」

「ううん、結局強い者が勝つだけよ。それだけじゃない」

 マリは、袖をまくった。その腕は、緑色の光に包まれている。

 その力を封じている最後の腕輪があった。

 マリはその腕輪を、外した。

 緑色の光が、森の中に溢れる。

「私はここで貴女に勝つ。私が負ければ、流れる血が増える。それは許されない」

「いいえ、逆よ。私達が負ければ、人が栄え、無駄に流れる血が増える」

「私は人間だ。人としての見方をし、人間の味方をする。貴女が譲れないように、私も譲るわけにはいかない」

 エリシアが獅子に化けて、マリの側面へと飛ぶ。

 それに先回りして、マリはエリシアの首を掴んでいた。

 エリシアが巨大な蛇に化け、その牙がマリの腕に突きたてられる。

 しかし、マリは動じなかった。

 マリはエリシアの首を、握り潰した。

 小さな悲鳴が上がり、エリシアは人の姿へと代わっていく。その首からは血が溢れて血だまりを作った。

「……ごめん」

 呟いて、マリは、エリシアの首へと剣を振り下ろした。

 マリは蹲る。

 眩暈がしていた。呼吸が乱れている。

「毒、か……」

 ぼやくようにマリは言って、腕輪を付け直した。


 イチヨウはジンに押されている。 

 腕力だけなら、イチヨウに軍配が上がる。それでも、イチヨウの体には徐々に傷が増えていく。

 それに焦る反面、嬉しいと思うイチヨウがいた。

(先生はやっぱり強い。俺なんかより、ずっと)

 ずっと師にはそうであって欲しかった。師には、自分より強くあってほしかった。その背中は、大きくあって欲しかった。

 しかし、そうもいかないのだ。

 イチヨウは、ハクを守らなければならないのだから。

 ジンの言葉の数々が、イチヨウの脳裏に蘇っていく。それを、イチヨウは心の底に沈めた。

 イチヨウはジンと距離を取る。

 互いに、肩で息をしていた。

「先生、俺はあんたを踏み越えていく。あんたを超えることはできないかもしれない。けど、あんたに勝つのは、今しかない」

 イチヨウは、剣を捨てた。そして、覇者の剣を鞘から抜き放った。

「これぐらいのハンデを与えられたなら、貴方を斬れる人間はいくらでもいる。その言葉の意味、今ならばわかります。この剣と俺の今の技術なら、貴方を倒すには十分だ」

 ジンは、薄っすらと笑うと、無言で剣を大きく後ろへ引いた。

 大振りの一撃が来るとすぐにわかるフォーム。

 師が、魔法剣を放った時に使ったフォームだった。

「魔法剣じゃ覇者の剣には敵わない。わかりませんか」

「どうだろうな。案外ぽっきり行くかもしれないぜ」

 飄々とした口調でジンは言う。

「ぽっきりは行くでしょうね、貴方の剣が。また、悲鳴をあげることになりますよ」

「人のみっともない思い出ばっかり覚えてるんじゃねえよ」

 ジンも、イチヨウも、小さく笑った。

 斬りたくはなかった。死んで欲しくなかった。ずっと、自分の前に立ち塞がっていてほしかった。

 けれども、そうはいかないのだ。

 イチヨウはジンに飛び掛った。

 ジンの一撃に備えたが、彼は動かない。

(死のうとしている?)

 戸惑いを込めて、イチヨウの剣はジンの胸へと吸い込まれていった。

 ジンの剣が動いた。その瞬間、イチヨウの両手が、胴体から離れていた。

「相打ち……狙いか」

 そうと気がついた時には遅かった。

「完封狙いだ、馬鹿弟子め」

 ジンはぼやくように言う。彼は無造作に胸から剣を引き抜く。その体の傷が、急激に癒えていくのが見える。

 ジンの背後には、いつの間にか人が二人立っていた。

 シホと、彼女に良く似た少女だ。

 シホに良く似た少女の掌からは、神術の光が放たれている。

「この町にハクアという世界有数のヒーラーがたまたまいた。その時点で勝利の女神は俺に微笑んでいたんだよ」

「そっか。運にも見放されたか、俺達は……」

 イチヨウは天を仰ぐ。この腕では、ハクを守ることもままならないだろう。冒険者として活躍することも不可能だろう。全ての夢は、終わったのだ。

「どうして、最初からヒーラーと一緒に行動しなかったんで?」

「一対一だと思わせなければ、ハクが出張ってくる可能性があった。そうなれば混戦になって収集がつかなくなるだろう」

「なるほど。俺はまんまと誘き出されたわけだ」

 イチヨウは苦笑する。戦場の経験では師にはまだ敵わない。それで良い、という感情があった。

 殺されるなら、師に殺されたかった。

 イチヨウは魔の側に立った。しかし、魔物に襲われて死んでいく人間達を、それで良いと割り切ることもできなかった。

 だからイチヨウは、師に殺されることに安堵すら覚えていたのだ。

 結局は、気が優しすぎるのだろう。

「殺してください、師匠」

 ジンが歩み寄ってくる。そして、イチヨウの前でしゃがみこんだ。

「その前に、もう一仕事する気はないか、お前」

 予想外のことを、ジンは言った。


「不覚を取りました」

 合流した時のマリは、呼吸が乱れていて、顔色も悪かった。

「何があったんだ、どうしたんだ」

 ジンは倒れ落ちるマリの体を受け止める。

「毒みたいです。結構体に回ってるみたい。これ、死ぬかも……」

 ハクアが慌てて、マリに神術をかける。心なしか、マリの表情が少し和らいだ。

「子供の名前、アキって言うんです」

 マリがゆっくりとした口調で言った。

「シズクさんに任せているから、多分元気にしてるでしょう。男の子です」

「おい、俺に教える気はないんだろう? 生きて戻るつってただろう?」

「意気込み的にはそうなんですけど、実際どうなるかわかんないですよねー」

 マリは苦笑いを顔に浮かべる。その呼吸は、相変わらず荒い。

 ジンは、胸を押しつぶされるような気持ちになった。

「頼む、死なないでくれ。話してないこと、一杯あるだろう?」

「いやー、師匠と話すことなんかないですよ。私結構色々根に持ってるんで」

「そういうのを会話でほぐしてかなきゃ駄目だろ」

「そうですねえ。意地を張らずに、そういうのも良かったかもしれませんね……。死に掛けだから、そう思うのかもしれませんが」

「頼む、死なないでくれ」

 ジンは、マリの胸に顔をうずめて、懇願するように言っていた。

「頼まれてもなあ。どうなるかは、私の体の強さ次第じゃないかと……まあ」

 そこで言葉を切って、マリは苦笑した。

「ジン、貴方には目的があるでしょう? 私の心配をするなら、それを果たしてからにしてください。作戦は続行中なんです。ここで立ち止まるなんて、許されない」

「マリ……」

「こんな毒ぐらい耐え切ってみせますよ。だから、私のことは気にしないでください」

「……わかった」

 ジンは、マリを背負って歩き出す。

「ほうっといてくださいってば」

「魔物の巣に一人で置いていくわけにもいかんだろう」

「なんだかんだで甘いなあ、師匠は」

 マリは愉快げに笑う。その傷痕には、ハクアが手を当て続けている。

「……全部が終わったら、少し、話でもしましょうか」

 マリが弱々しげに言う。

「ああ、だから死ぬなよ」

「……善処します」

 三人は歩んでいく。その後ろに、シホが続き、最後には気まずげな表情のイチヨウが続いた。その両腕は、ハクアの治療によりくっついている。



次回

お別れ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ