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決戦の日 師弟は戦場で相見える

 朝日の輝く海を眺めて、ジンは目を細めた。

 そろそろ森から魔物が溢れ出して来る頃だろう。

 それを阻むために、町で休んでいる剣士達も、多くが砦へと向う頃合だ。

「お前はいつもそうだ」

 ジンの背後で、嫌味っぽく言う男がいた。

 ハクアの付き人である、クロウだ。

 この男は、不老不死の呪いを受けているハクアを心配する数少ない人間の一人だ。その心配の仕方が、やや病的なことがハクアの悩みとなっている。

「いつもハクア様を危険な目に合わせようとする」

「……しゃーないだろ。ハクアは貴重な戦力だ。替えが効かん」

「……わかっているさ。俺が一線級の実力を持ち合わせていないことはな」

 クロウが苦々しげに言う。

「別に、そういうことを言いたいわけじゃないが」

「そういうことを言っているようなものだ。肝心な時に、俺はハクア様の盾になるのがやっとだ。いや、それすらできないのかもしれない」

 クロウは、重々しい溜息を吐く。

「愚痴るなよ。お前は常識に照らし合わせて考えれば十分一線級の剣士だよ」

「どうして毎回、お前が絡むとその常識の範囲外の敵が出てくるかな、ジン」

「それも、今回で終わりだ。この港町に関しては、多分な」

「断言できるのか?」

「大魔方陣を運営維持するための最後の防衛線みたいな連中が今回の敵だよ。二段構え、三段構えがあるならその戦力を今投入しているはずだ。そうすれば、均衡などすぐに崩れるだろう?」

「……まあ、至極もっともな理屈だな」

「終わるよ。今回で終わりだ。こんなお祭り騒ぎはな」

「……そうであることを祈る。あんな魔物の大群、見ていては食欲が失せるからな」

「お堅いお前も冗談を言うようになったか」

 ジンは思わず笑う。

「本音だ。特に昆虫型の魔物を見た後は食欲が失せてならん」

 笑いもせずに、クロウは返した。

「ここにいましたか、ジンさん」

 ハクアの声がして、二人は振り返った。

 剣を腰と背中に差したハクアが、二人に近付いて来ていた。

 国単位の呪いを背負い、不老不死となった少女。そして、その受けた呪いの力を神術として扱える世界有数のヒーラー。それが彼女だ。

 ジンと大差ない年齢のはずなのに、未だに彼女は十代の少女のような外見をしている。

 シホの若い頃と、良く似ていた。

「そろそろ、出番ですよ」

「お前にも、苦労をかけるな」

「いえ。私も剣技のほうは一線級ではないと理解していますので」

「負けず嫌いのお嬢さんが、随分と素直になったじゃないか」

「自分の無力さは、前回の戦いで思い知ったつもりですので……」

 そう言って、ハクアは柔らかく苦笑する。

「行きましょう。戦いの時間です、ジン」

「そうだな。町の運命を決める、一世一代のギャンブルの時間だ」

「相変わらずお前は軽口が過ぎるな」

 苦い顔でクロウが言う。

「お前は相変わらず堅物だよ」

 苦笑してジンは返した。


 町の中央の広場に辿り着くと、マリとシホが既に準備を終えていた。

 マリの腰と背には剣がある。それは、ジンも同じだ。

「とりあえず、護衛の二人を標的から引き離す、でしたっけ」

 マリが確認するように言う。

 ジンとの共闘を、あくまでも仕事と割り切っているらしい。

 それが心強く感じる反面、やや寂しいとも感じるジンだった。

「ああ。護衛の二人だけでも強敵だ。そこに竜でも召喚されたり、魔術を使われたら流石に勝ち目が見えん。まあ、標的もあの数の魔物の召喚だけで一杯一杯だと願いたいがね」

「ジンの見立てでは、護衛二人と私達二人の戦力は拮抗していると?」

「片手間で戦える相手ではない、とは思う。確実に一人ずつ潰していこう」

「護衛が二人以上いた場合は?」

「作戦変更だ。指輪で連絡を取って、腕の立つ奴をもう数人連れて出直すさ。シホには苦労してもらうことになるがな」

 ジンの所持品の中には、装備した者同士の位置や感情を把握できるようになるという指輪も存在するのだ。

 それは今回の作戦には不可欠なものだった。

「弱気ですね。ジンらしくもない」

「大人になったんだ。やるなら堅実にやるべきだ。もしも交戦中に標的が出てきた場合は……」

「標的を直接狙いますよ、私はね」

 それができる実力がある、とマリは確信しているらしかった。

「大丈夫なのか? お前の力は、子供にある程度持ってかれたんだろう?」

 かつて滅ぼされた村で、殺された魔術師達の祈りがマリの腕に宿っている。その祈りは、絶大な身体能力を彼女に与えているのだ。

 その祈りの力も、産んだ子供に一部吸収されているはずだった。

「八割方残ってますよ。十分な数値です」

「強気だな。マリらしくもない」

「……大人になったんですよ。私には、守るものがありますからね。この港町も、子供も、守らなくちゃならない。他のことを考える余裕は私にはありません」

「俺は標的が出てきた場合は、ケースバイケースで退く。お前も退き時は見誤るなよ」

「了解」

 マリは、淡々と頷いた。

「この戦い、どう足掻いたって人間の勝ちだ。死ぬことはない」

 ジンは呟くように言った。

「まあ、そうでしょうね」

 マリも、頷いて言う。

 敵は目一杯の戦力を出し切って今の状況なのだ。しかし、人類側にはまだ投入できる兵力が別の地にいる。

 その兵力投入が速くなるか、遅くなるか、その程度の差でしかない。今頃王都ではその算段が練られている頃だろう。

 戦闘は長引くだろう。しかし、最後には人間の勝利で終わる。人間側に準備の時間を与えた時点で、相手の敗北は決定していた。

 ジン達がこれから行なうことは、ただ戦闘を短くさせるだけの意味しかない。

「結局、人類は強くなりすぎた。人類を弱くすることで他の動物との均衡を保とうという連中の言い分もわかる。いや、結局そうすることでしか均衡は保てないのかもしれないな。人類は急速に増え、急速に自然を荒らし、急速に他の種族を衰退させる」

「……敵に同情、ですか。邪魔っけな感情ですね」

「いや、空しいなと、少し思っただけだ」

 呟くように、ジンは言った。


 シホに抱えられて、二人は空を飛んでいた。

 眼下には草原で戦う人間と魔物の群れの姿が見える。矢が飛び、昆虫型モンスターの殻に弾かれる。剣が煌き、巨大な蛇型モンスターの喉が裂かれる。人間は隊列を崩さずに、多人数で一体一体の魔物を処理している。

 しかし、それもきりがない。魔物は雪崩のように人間の隊列を崩そうと牙を濡らしている。

 その光景が後ろへ過ぎ去っていき、魔物の最後尾も見えた頃に、森の木々が視界を覆った。

「感じるか、シホ」

 確認するように、ジンは言う。

「うん、凄い魔力を感じる……。刺々しくて、けど少し懐かしい感じ」

 切なげに、シホは返す。

「その少し手前で、下ろしてくれ」

「了解」

 シホは言って、下降を開始する。

 木々のカーテンを抜けた時、ジンの口から下品な言葉が漏れた。

「げっ」

 三人は、森の中に下り立った。

 周囲には、十数体の魔物がひしめいていた。斧を持ったオーク型が多いが、昆虫型や鋭い牙の獣型などもいる。

「余計な戦闘は避けたいが……」

 ジンはぼやきつつ剣を抜く。

 マリも、無言で剣を抜いていた。

 魔物達はゆっくりとした歩調で、三人に歩み寄ってくる。

「遅いよ」

 呟いたのは、シホだった。

 シホの周囲に、数十の火球が浮かび上がる。それは自ら意思を持つかのように、木々の間をすり抜け、魔物達を爆破していった。

 後には、焼け焦げた魔物の焼死体と、人間が三人だけ残った。

 魔術師に魔術を使う時間を与える。それは死に直結する行為だ。

 逆に言えば、時間さえ与えられなければ簡単に殺されてしまうという弱点を魔術師は持っている。

「じゃあ、私は一旦戻るわ。ここからは、二人に任せる」

「ああ、頼んだ」

 ジンは淡々と頷く。

 しかし、シホは中々飛び立とうとしない。

「どうした?」

 シホは、切なげに微笑んで、ジンとマリの腕を握り締めた。

「死なないでね」

「約束はできねーぞ」

 ジンは、ぼやくように言う。

「子供を残して死ぬ気は、しばらくはないですよ」

 マリは、苦笑顔で答える。

 シホは苦笑して、ジンの頭を軽く叩いた。

「こういう時は、俺は死なない、ぐらいの格好良い台詞を言いなさいよ」

「柄でもねえ」

 三人は顔を合わせて笑った。

「師匠らしいですね」

 マリが、苦笑顔で言う。

「善処はするよ」

 ジンは、穏やかな口調で言う。

 シホは頷いて、空へと消えて行った。

「感じるか? マリ」

 森の奥を見て、ジンは言う。

「ええ、嫌な気配をひしひしと。こりゃ確かに、片手間で倒せる相手じゃなさそうだ」

「できればお前と素早い奴が当たってくれるとありがたい」

「師匠は?」

「……護衛の一人は自分の弟子だ。できれば、自分で処理したい」

「それじゃあ、二手に分かれましょうか。片方は剣を折る敵、片方は異常に素早い敵、手を組まれると、ややこしいことになる」

「そうだな……。まあ、死ぬなよ」

「そちらこそ。赤の他人でも死なれたら目覚めが悪くなりますからね」

 そう言って、二人は別々の進路から標的を狙うことにした。

 赤の他人と言いつつも、いつの間にか師匠呼びに戻っているマリなのだった。


 眠っていたアリシラが、目を開いた。

「森の中の魔物が、一瞬で十数匹倒された」

 エリシアが、眉間にしわをよせた。

「どういう手段を使ったかは知らんが、来たか。敵は何人だ?」

「二人。二手に分かれてこちらを目指している」

「……よほど腕に自信がある愚か者か。各個撃破させてもらうとしよう」

 イチヨウは、心臓が激しく脈打つのを感じた。

 ついに自分は、人を斬るのだ。魔物の為に。

 腰に差した覇者の剣を握り締める手に、知らず知らずのうちに力が入った。まるで悪夢から目が覚めた朝のように背中には汗が流れている。

「片方は、ジンね」

 呟くように、アリシラは言う。

「……先生は、俺が受け持つよ」

 イチヨウは、呟くように言った。

「私も、援護に向いましょう」

 アリシラが言う。

「やめておけ」

 そう言ったのはエリシアだった。

「ジンだろうと、この前の潜入者だろうと、敵は素早い。お前が出てくれば、真っ先に狙われるだろう。それをフォローしきる自信はない」

「ハクは休んでろよ。魔物の召喚で疲弊しきっているだろう」

「……わかりました。けど、イチヨウ」

「なんだ?」

 イチヨウは、アリシラの顔を見る。

 戸惑うような表情をしていた。

 その瞳からは、涙が流れている。

 イチヨウは、口を開いて、閉じた。アリシラの流した涙は、イチヨウの流した涙のように思えた。

「ハク……」

 アリシラは、涙を拭った。そして、何事も無かったかのように、言葉を続けた。

「ハクではなく、アリシラです。特に、用はありませんでした」

「アリシラ……」

 エリシアは怪訝そうに、それを眺めていた。


「やっと会えた。いつぞやは、世話になったわね」

 蛇型の魔物の首を切り落としながら、マリが言う。

 その前には、ショートカットの女性がいる。

 以前相対した時は、異様に素早い相手だった。血が吹き出るまで、不意打ちを受けたと気がつかなかったほどだ。

「一応、名前を聞いておこうかしら」

「エリシア」

 淡々と、エリシアは自己紹介をした。

 その顔には、表情は浮かんでいない。ただ、抜かれた剣が戦闘の意思を示している。

「貴女達は、どうして邪魔をするのかしら」

 エリシアは酷く不思議そうに言う。

「私達の意志は自然の意思。襲い掛かる魔物は自然の悲鳴。貴女達にはそれがわからないのかしら。人間は賢い生物のはずだわ。なのに、それに思い至る人がいないとは思えない」

「自然がこう言いました。だからはいはいと衰退の道を選ぶ種族なんているのかしら」

 マリは、表情も変えずに言う。

「貴女達の為にもなることよ。戦争がなくなり、平和が訪れる」

「そうね、それは魅力的だわね……。私は夜盗に村を滅ぼされた。だから、あの大魔方陣に惹かれる気持ちもある」

「ならば、貴女も味方になりなさい」

 エリシアは、表情を変えずに言う。

「先に言っておくけれど、答えは、ノーよ。」

「……何故かしら」

 マリは、しばし考え込んだ。

「私には子供がいる。それが無気力で夢のない子供になるなんて、許せないわ。好奇心に満ちた瞳から光が消える。そんなことは許せない。貴方達から見れば、馬鹿みたいな理由でしょうね」

 自嘲するように、マリは言う。

「力を持ちながらも狭い視野でしか物事を見れない。所詮、人間の賢さなんてその程度のものね」

 エリシアは、剣を構えた。

「貴女もうちの子供を見れば、わかるわ。本当に好奇心だけで生きてるから。けど、その好奇心が、無限の可能性を秘めているのよ」

「その好奇心が、自然にとっての害悪だ。お前達の遊び場には、この世界は狭すぎて耐え切れぬのだ」

「……そうね」

 マリは、剣を構えた。

「理解しつつも、退かぬか」

「いくら話そうと変わらないでしょう。私は母親であり続けるし、貴女は世界の管理者であろうとし続ける」

「そうだな。議論ですんでいるのなら、あんな魔方陣は元から必要なかったのだ」

 エリシアが地面を蹴った。

 一瞬で視界から消えようとするその姿に合わせて、マリも地面を蹴った。


 昆虫型モンスター三体の足の関節部を斬って、ジンは地に伏した一体一体に剣を突き立てた。

 小さな鳴き声をあげて、彼らは消滅していく。

 そこに、草むらをかき分ける足音が近付いてきた。

 しばらくぶりに見るイチヨウの姿が、そこにはあった。

「……戦うと決めたんですね、先生」

 イチヨウの声は、僅かに震えている。それは、怯えのせいではないだろう。

「お前こそ、滅び行く種族と運命を共にするつもりらしい」

 イチヨウは、黙り込む。

「わかっているだろう。人間の兵力はこんなもんじゃない。こんな所で息切れしてる連中が、目的の達成に至るわけがない」

「先生に迷いはないのですか。この世界に。調律者の存在に。あれは人が生み出した歪みだ。それを倒してさらに破壊を進める。その行為は野蛮と言わずしてなんと言いましょう」

「……そうだな。人間は自然界に対して大きな引け目がある」

 ジンは、淡々と言う。

 イチヨウは、期待をこめた目でジンを見ている。

 全ての迷いを晴らす回答があると信じているかのように。

「人間ってのは面白いものだと俺は思っていてな」

 ジンは、呟くように言う。

「時代の流れと共に進歩を繰り返して、どんどん新しいものを作っていく。過去の連中は人造人間の製造にまで成功してたってんだから驚きだよな」

「その進歩が、破滅を招くと彼らは言った」

「その破滅すら、そのうち乗り越えられるんじゃないかと俺は思うんだ。俺は人間を面白いと思っている。そのうち、絶滅しかけた種族に手を差し伸べられるほどになるかもしれない、なんて可能性もある。お前らがやろうとしていることはそういったことを全てなくすことだ。かつて人間はあの大魔方陣で歩みを止めた。ならば、それを乗り越える時は今だ」

「先生、やはり貴方は人間だ」

 苦笑交じりに、イチヨウは言う。

 どこかで聞いた台詞だ、とジンは思う。

「人間側の見方で物を言う。けど、俺はどうやら人間ではなくなってしまったらしい。貴方の言い分に、共感ができない。調律者達に、同情心が行ってしまう。ならば潔く、貴方と決別します」

「……やっぱ先生って呼び名は不吉だったかなあ」

 ジンは苦笑を浮かべて言う。

 そして、意識を集中して剣を構えた。

 イチヨウも、集中した表情で剣を構えている。

 無駄のない、綺麗な構えだった。

 ジンはその姿に、見惚れた。そして、苦戦の予感を覚えたのだった。

 周囲は、水を打ったような静けさに包まれていた。


次回、戦いの中で

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