数年越しの痴話喧嘩
色々と間違った前回のあらすじ
主力がLv60台の時にLv20程度で加入した仲間を、Lv50まで引き上げた。
やっと戦力になったと思った矢先にパーティーを離脱した。
しかも装備を持ったまま離脱した。
状況は最悪だった。
ジンがその遺跡の傍の港町に足を踏み入れたのは、数年ぶりだった。
数年前にはこの町で色々なことがあった。師との戦い。弟子や仲間達との交流。遺跡内部での魔物との戦い。大魔方陣に関わる戦い。
今では全て遠い昔のことのように思えた。
ジンは今、シホを背負ってその町の入り口を越えた。
町の中には剣士達の姿しかない。いずれの表情にも、以前はあった笑顔がない。
ジンは一先ず、ソウフウ隊の詰め所に向った。
数年前から、この町には三大領主が遺跡調査の為に剣士隊を送っている。ソウフウ隊はその三つの剣士隊の潤滑油となる為に送られた王家の直属部隊だ。
ならば、すべての情報が集まっているのはその場所だろうと思ったのだ。
ソウフウ隊の詰め所の入り口で名前を告げると、すぐに隊長であるサキリが飛んできた。笑顔にも、疲労が滲んでいた。
「良く来てくれた、ジン。今は戦力が少しでも欲しいところだ」
「ここに来る前に戦闘を見ました。大規模なぶつかりあいで、俺達なんぞが役に立つかどうか」
港町に来る前に、ジンは森の魔物と剣士隊のぶつかり合いを見ている。遠くから見てもはっきりとわかる規模の、多対多のぶつかりあいだった。少なくとも千人単位で兵が投入されているだろう。
「数日前からだ、あこまで数が増えたのは。殲滅の為に兵を集めていたことが幸いしてなんとか凌げている。周辺の領からの援護も貰えたしな。それでも、お前が来てくれれば周囲は奮い立つだろう。シホさんは、どうしたんだね?」
「俺を抱えてすっ飛んで来ましたからね。走るより、こいつに飛んで貰ったほうが速かったから、少し無理をしてもらいました」
「なるほど。急いできてくれたと言うことか。王家からの依頼は?」
「それより、状況は?」
ジンは、話をはぐらかした。
サキリの表情が陰る。
「短期的に見れば良いのだが、長期的に見れば悪い。いくら倒しても敵の数が減らないからな。なんとか数で押さえ込んでいるが、きりがない。ただ、朗報もあった」
「朗報?」
「どうやら、魔物を作り出している魔術師が存在する。その近辺の警護は酷く手薄らしい。マリさんが怪我を負いながらも調べてくれた」
「怪我、したんですか」
ジンは思わず、サキリに掴みかかりそうになったが、シホを背負っているのを思い出してやめた。
「とても素早い敵と、剣を簡単に叩き折る敵がいたとかでね。不意打ちを受けたようで怪我を負っている。しかし、我々にはハクアさんがいる。彼女の治療を受けて、今は念のために静養しているよ」
とても素早い敵と、剣を簡単に叩き折る敵。どちらにも、覚えがあるジンだった。
到着がたった数日の誤差ですんだのは、アリシラがそのとても素早い敵を迎える為にに回り道をしたためだったのだろう。
「無事なら、良かった」
「会いにいかないのかね?」
「行かなきゃ駄目だよ」
シホが、口を開いた。
「皆が戦ってる最中に痴話喧嘩なんぞできるか」
「今私達が戦列に加わっても、たいした効果なんかない」
シホの言うことは、もっともだった。
数千対数千の戦いに、十人力の剣士が一人加わったところで解決になるわけがない。
「それならジンが狙うのは、急襲でしょう? それには、マリさんの力が必要なはず」
ジンの考えることなど、シホはお見通しらしい。苦い顔で、ジンはシホを背から下ろした。
シホは自分の足で立って、ふらつきながら歩いて行った。
「病院、行ってくる。ジンは自分の仕事をして」
「おう、わかった」
仕事、と言われれば少し気も楽になる。その辺りも、シホはお見通しのようだった。
その病室の扉を開けると、涼やかな風が吹いた。
もう気温も低くなり始めている時期なのだと感じることができた。
マリはベッドの上で、窓の外を眺めていた。
女性にしてはやや長身、男性に化けるにしては小柄。以前は長く伸ばしてまとめていた髪が、今は襟首の位置まで短くなっている。
その穏やかな表情が、ジンを視界に入れたとたんに、害虫でも見たかのような表情になる。
ジンもその表情を見て、苦い顔になる。
お互いに黙り込んで、二人は見つめあった。
脳裏に蘇るのは、この数年で互いに送りあった罵りの手紙の内容だ。しかし、沸いてくるのは苛立ちではなく、むしろ切なさだった。
そのうち、マリは気まずげに表情を緩めて、再び窓の外に視線を向けた。
「何しに来たんですか、ジン」
どういう感情を表に出したものかと、迷っているような口調だった。
ジンは、不可思議な感情を心に抱いていた。マリの声を聞いただけで、心が和む事に気がついたのだ。例えそれが、酷く物憂げな声であっても。
「今回の件、なんとか解決させようと思ってな」
「あんたらが保護してた竜を使役する女の子ってのはどうなったんですか」
「……情けをかけて生かしておいたら逃げられた」
「そして、森の魔物は急激に数が増えた、と。解決させなきゃジンの首が飛びますね」
「……そうかもな」
沈黙が、場に漂った。
マリが、ゆっくりと口を開く。
「いっつも貴方はそうです。自分の感情ばっかりで、周囲の我慢に気がつかない」
「手紙の返事が短かったのは反省してるよ」
「そういう話じゃないでしょう」
マリの声に、苛立ちが混じる。
「けど、お前が怒ってる原因はそういう話だろ」
「今は、町を危険に晒したことを怒ってるんです」
「けど、俺とお前が揃えば、危険からも町を救える。そう思わないか?」
マリが、黙り込む。
そのうち、ゆっくりと口を開いた。
「根源を急襲する策なら私も考えました。けど、私の動きについて来られる人間がいない」
「降下すれば良いんだ。シホなら、空を飛べる。敵の軍勢の上を行ける」
「帰り道はどうするんです?」
「魔物を生み出してる奴を斬れば、多分どうにかなるだろう」
「大雑把ですね。下手をすれば、戻ってきた軍勢に襲われて一巻の終わりですよ」
「お前は逃げられるだろう。それで、良いんじゃないか」
ジンは投げやりに言う。
「まあ、帰りもシホさんに運んでもらえば問題はありませんね」
マリは、少し慌てたように言葉を紡ぐ。
「……子供、避難させたんだよな?」
「貴方には関係のない話です」
マリが、急に頑なになった。子供のことは関係ない、とばかりに。
「男か? 女か?」
「貴方には関係のない話です」
「……病気とかはしてないよな?」
「病気をしたとして、その時貴方は傍にいてあげることができますか?」
その一言は、ジンの胸を突き刺した。
「……まあ、そうだわな。無責任な親父だわな」
ジンは、溜息を吐いた。子供に関しては、マリは鉄壁のようだった。
「けど、なんか凄いよな。俺達、お父さんとお母さんになったんだぜ。それまで、ただの個人だったのに、家族になった。凄いよ、お前」
「勘違いしているようだから言っておきますが、あの子には母親がいても父親はいません。将来そう教える予定です。だから貴方は家族じゃないし、個人のままで好き勝手に生きれば良いんです」
「そういうどろどろとした背景を見せるのは俺はどうかと思うけどな」
マリは、しばし返事を考え込む。
「子供を盾にして入り込む気ですか。人の弱みに付け入るつもりですか。流石ですね」
「そんなつもりはないよ。感謝はしているが」
「私達、最後の辺りは手紙で罵りをやりとりしてましたよね?」
「お互いの顔を見ないでやり取りなんかするもんじゃないな。お前の顔を見たら、自分の勝手さを思い知った。感謝とか、すげーなとか、そういう思いしかわかなかった」
沈黙が、場を包んだ。
マリはうつむいて、そのうち呟くように言った。
「子供なら、避難させましたよ」
「……なら、安心して死地に飛び込めそうだ。お前は死ぬなよな。母親の顔ぐらいは記憶に残してやりたい」
「大丈夫ですよ。私にそっくりだって評判なんですから。ジンこそ、生き残ってくださいよ」
「そりゃまた、なんでだ」
「十五年後ぐらいに、子供が父親に会いたいって言ったら、一目ぐらいは見せてあげますよ。それぐらい時間が流れれば、もう貴方を父親とは認識しないでしょうけれど」
「……責任は取らせて貰えないのかな」
「良かったな、おめでとう! の一文で気持ちが萎えました。貴方とカップルごっこをする自信もありません」
「短絡的過ぎねえかなあ」
「私がどれだけの不安と戦って子供を産んだのか貴方にはわからないでしょうね。そこに良かったな、おめでとう! ですよ。たったの一文」
「だってお前、俺の子供だって言わなかったじゃんかよ……」
「そんな簡単に男をとっかえひっかえする女と思われてたのかって言うのがまた苛立つんです」
「あのな、手紙が届くまでかなり時間がかかるんだよ。俺みたいに旅人だと尚更。なんだよお前、俺のこと好きだったのか?」
「安心してください。もしも過去にそういう感情があったとしても、そんなものはとうの昔に消え去りました」
「俺としては互いに悪かった点を認め合って抱きしめ合ってハッピーエンドと行きたいんだがな」
「反吐が出そうです」
マリの辛らつな一言で、場に沈黙が再び漂った。
「仕事の話をしようか」
ジンは、和解の道を諦めた。
「ええ、仕事の話なら大歓迎です。貴方は頼りになるパートナーではありますからね」
久々にマリの笑顔を見たジンだった。その胸中は、複雑だった。
「昼から夕方までぶつかり合って夜は互いに様子見と回復。一晩経てば敵の数はほぼ元通り。相手の隠れ蓑になってる森を焼こうって案が現実味を帯びてきたわ。指揮官も前列の兵も交代しつつではあるけれど、毎日がそれだからそろそろ根負けしそう~」
フクノ領剣士隊の代表者であるリッカが、愚痴るように言う。その顔には眼鏡がかかっている。剣よりも本といった外見の女性だが、腰には剣がある。
「根負けしたら困るのだ。気軽に言うものではない。実際、脱走兵が出ている」
カミト領剣士隊の代表者であるセツナが、嗜めるように言う。その右目は眼帯で隠されている。
「まあせっちゃんは相変わらず堅物ってわけよ~」
セツナをからかうリッカの声にも、活力が無い。
町の片隅で、ジンを含む三人は酒を酌み交わしていた。
「問題は焚き木だな。夜に特化した魔物が襲い掛かってくることがある。このまま焚き木が切れては、月が隠れている夜にはろくに相手が出来ん」
「焚き木が足りないので?」
「焚き木の元となる木が、今何に占拠されているか考えてみるといい」
「ああ……」
「移送を急いでもらっているところだ。些細なことでも木が必要になるものだ」
ぼやくようにセツナは言う。
アリシラの言葉をなんとなく思い出してしまったジンだった。
人間は増えすぎた。そして欲に際限はない。だから、簡単に木も伐採してしまう。それが、将来的に動物達の住処を奪うことに繋がるとも知らずに。
敵の言い分に、少し心が揺れたジンだった。
「まあ、僕達が敵の軍勢を引きつけることは可能だろう。いつもより防衛ラインを後ろに取れば良い」
ジンは、アリシラの言葉を頭の中から追い出した。今は、迷っている段階では無いのだ。
「その隙にジン君とマリさんが森の奥に急襲して敵の根源を叩く。まあ、その手が一番手っ取り早いでしょうね~」
二人とも、ジンの案に肯定的なようだ。
「ただ」
と、リッカは言葉を続けた。
「同じことが出来る人材が他にいないことだけは覚えていて欲しいな~。貴方達が失敗したら、こっちは消耗戦しか手がなくなる。命だけは大事にして欲しい」
「王自ら出兵すると言う話も聞くのだがな。近隣の敵国を放置するわけにもいかん。出来ればここで仕留めたいところだ」
「善処はします。しかし、上手く行けばもうけもの、程度の考えでいて欲しい」
「上手く行けばもうけもの、程度の策に嫁を巻き込むの~?」
リッカの表情がやや剣呑になる。
「……俺が片付けなきゃいけない戦いで、最悪の場合は一人で離脱できそうなのがマリぐらいしかいなかった。そもそも、俺、旦那として認められてないんですけどね」
「そりゃ出産の時にそれも知らずにのほほんとしてる旦那なんて私だって嫌だわ~」
「どうやら女性陣は俺の敵のようだ」
ジンは苦笑して酒を一口飲む。
「女性陣だけじゃないわよ。反省しなさい、反省。ジン君は反省するために生きて帰ってくる義務がある」
「自信はないですけどね」
「それほどの敵か」
セツナが興味深げに聞く。
「本体だけならそこまででもない。ただ、武器が厄介だ。魔剣の類ですよ」
「魔剣、ねえ」
「ただ、武器が厄介と感じるほどに本体を育ててしまったのは俺だ。俺が奴を倒す必要がある」
ジンの覚悟が伝わったのだろうか。リッカも、セツナも、黙り込んだ。
そのうち、ぽつりとセツナが口を開いた。
「決行は、いつだ」
「三日後です。シホの魔力が回復するまで、それぐらいはかかるらしい。何日も無理をさせましたからね」
「三日後、か。なら四日後には祝杯を飲めると考えておこう」
セツナが、初めて笑みを見せた。
この状況に、彼も疲れているらしかった。
「休憩をとったほうが良い、ハク」
「アリシラです」
イチヨウの言葉に、アリシラが涼しい顔で言う。
月明かりも届かぬ森の中だった。
「けどお前、ここに来てから一睡もしてないだろう。ずっと魔物を生み出し続けている」
「そうしないと、敵のペースに追いつかないのですよ。ここで根負けするわけにはいかない。今のうちに押し切らないと、敵兵は増える一方でしょう」
アリシラが地面に手をつく。その瞬間、数匹の魔物が地面から現れた。人間型、蜘蛛型、トカゲ型と多種多様だ。
それを見ていると、イチヨウは自分が魔物の側についているのだと実感して、陰鬱な気持ちになる。
そのうち人間型と蜘蛛型が、形状を維持できずにその場で消滅した。
アリシラが、目を見開いて絶望したような表情になる。
「人間には力押しでは勝てぬと、そういうことか……」
口惜しげに彼女は言う。
「今いる戦力でも、一日は凌げる。一度、睡眠を取るべきだ。ただでさえお前は、私の強化で体力を消耗したのだからな?」
ショートカットの女性が、アリシラに声をかける。彼女はエリシアという名らしい。神速の剣でジンと渡り合った、あの女性だ。
「なら、三日後に睡眠を取りましょう。それまでに、兵数を整えておきます。ただ……」
アリシラが、表情を歪める。
「寝ている間、怪我をしたままの魔物を回復させてあげられないのは、可哀想だ」
「ハクとしての感情がまだ残っているようだな」
エリシアが呆れたように言う。
「お前が生み出したものは、お前が目的を達成する為の道具に過ぎない。それに感情移入する必要はないんだ、アリシラ」
「ええ、そうですね、エリシア。私の中には人間的な感情が生まれつつある」
「それは忌むべきものだ。お前の中には、人間の念や人間と共存した生物の念も混ざっているのだろうな。それがお前を混乱させる。邪魔なものは切り捨てろ、アリシラ。そもそも、お前がその感情に囚われなければ不意打ちで全ては終わっていたのだ」
「ええ、善処しますよ、エリシア。私自身もわかっているのです。私の中で暴れている邪魔者さえ排除できれば、もっと強い魔物が召喚できると。竜さえも、召喚できると。しかし、その部分はハクに奪われてしまった」
人間の念や人間と共存した生物の念が表に出た姿がハクだったのだろうか。
ならば、ハクは元に戻る可能性があるのだろうか。そんなことを考えてしまうイチヨウだった。
ハクはまだ、アリシラの心の中で頑張っているらしい。ならば、自分に出来る事はないのだろうか?
「三日後だ、イチヨウ」
エリシアが、厳しい声で言う。
「お前はアリシラのガーディアンだ。不寝番ぐらいやってのけるのだろうな」
「……やるよ」
苦い顔で、イチヨウは言う。
もう、退路は失ってしまったのだ。
「ガーディアンとしての力、十全に使いこなせるようになったのだろうな?」
「まだ使いあぐねてるが、徐々に……」
「まだ使いこなせぬか。魔術の素養がないせいか、手間取るな」
「けど、十分だ。今なら、先生にだって勝てる気がする」
イチヨウは、そう言って自分の手を見つめた。手の甲からは光が放たれている。そこには、無限の可能性が眠っている気がした。
ただ、人としてそれを活かす道は、既に閉ざされていた。
「それは本来私が得るはずだった力だ。大事に使うのだな」
エリシアの言葉を無視して、イチヨウは、アリシラに掌を差し出す。
ハクならば、その掌に自らの掌をくっつけただろう。しかし、アリシラは物憂げにそれを見ると、再び魔物の召喚を開始した。
月明かりも届かぬ闇の中、イチヨウは心細い思いを抱えてその場に立っていた。
次回
決戦の日




