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そして、彼女達は動き出す

 真夏の太陽が燦々と照り付ける中、僕は試験を受けていた。

試験会場である、とある高校の一教室内では、カリカリと言う答案用紙に記入する音と、喧しいぐらいのヒグラシの鳴声が響いていた。


 窓は開け放たれているものの、偶に入って来る風までが温風の教室では、答案用紙を記入しているだけなのに、じっとりと汗が纏わり付いてくる。


「早く帰りたいなぁ」


 早々に答を記入し終えた僕は、ぼぅっと窓の外を眺めて呟いていた。


 事の起こりは、僕が早乙女刹那の話を皆にした事だった。

周りの結論から僕が導き出したのは、二学期になって学校に行くのが億劫だと言う感情だけだった。


「あぁあ、二学期が憂鬱になってきたよ」

「ならば、行かなければ良い」


 僕の独り言とも言える言葉に、カヌンの対応は素っ気ない物だ。

だけど、鈴の鳴る様な声で応えられると悪い気はせず、寧ろその対応を楽しく感じてしまう。


「そんな事言っても、僕は普通に高校を卒業して、普通に大学に行って、そこそこの企業に就職するつもりなんだけど」

「それは、何のため?」


 カヌンの言葉に僕は、ハッとした。

そう、僕は、平々凡々とした家庭を築く事を目標にしていた。だが、それは可能なのかどうかも不明となってしまている訳だ。


「我々の責任に於いて、ユーマの望みを叶えるべく、最大限の助力を惜しむ事はない」

「私達の考察では、この世界で流通に際して用いられる手形、金銭と言う方が解り易いでしょうか? それと我々の科学力を以てすれば、ユーマさんの望みを叶えるのは可能だと考えております」


 優雅にお茶を飲みながら呟くサヤだが、サヤとマーナの言葉が、何かとんでも無い方向に進んでいる気がする。


「それは、どう言うこと?」


 僕の問い掛けにマーナは、コホンと咳払いを一つすると、眼鏡をクイッとお仕上げて此方を見つめた。

眼鏡がキラリンと光った気がしたのは、気のせいでは無いだろう。


「この世界に、私達の存在を公にするのは危険だと結論した」

「やはり、男性体は野蛮だと言う事ですわ」


 カヌンの言葉にミルリエが追随する。

どうも話があっちへ行ったりこっちへ行ったりしている気がするのだが、何時もの事だと諦める事にした。


「なので私達は、此方に会社を設立する事にしました。ユーマさんには、そこの社長に成って頂きます」

「はぁ~~~~っ!?」


 僕は、マーナの言葉に素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。

それは、そうだろう。まだ、高校すら卒業していない未成年に、社長とかレベル高すぎると言うものだ。


「マーナ、もう少し順を追って話せ」

「ユーマさんも、そろそろこれぐらいは理解出来ると思うのですけれど」


 サヤさん、マジ天使。それに引き換えマーナに尻尾と角が見える。レオタード姿のムチムチ眼鏡小悪魔め。


「私達の欲しい物は、資源。だからこちらで言う商社を立ち上げる」

「これは、大量の物資を取引しても不信に思われないからですよ」


 カヌンの言葉にマーナが補足する。それぐらい言われなくても解るなどとは流石に言えない。

取り敢えず僕は、コクコクと頷いて話を進ませる。


「商社としては取引する会社が必要」

「そこで、ゲーム会社を設立します」


 何故にゲーム会社? と疑問符が浮かぶ。それに気が付いたのか、マーナがニヤリと嗤いを浮かべた。


「この世界の若者が欲して止まず、そして実現されていない物、いやこの世界の技術では、まだまだ実現不可能な物。即ちっ!」


 なんかマーナがノリノリに成って身振り手振りを混じえて熱弁している。こんな娘だったっけ?


「ヴァーチャルMMO! 仮想空間へのフルダイブ環境! これが私達のいや、ディーバの力なら簡単に実現できます!」

「え? いや、この世界の人って理力が使えないんじゃ?」


「だからこそ可能なのです。インタフェースにより一方的に睡眠状態にし、ディーバの作った仮想世界に意識を誘致するのです。インタフェースには、この世界のネット環境でサーバに接続し、それをディーバに感知させ、後はディーバのお仕事です」

「成る程、繋がった後は、サーバプログラムによる仮想空間にダイブした事にするのか」


「似たような物は、既に装甲機の訓練用として存在します。回線速度も関係なく、インターフェースを分解しようとも、この世界では原理すら掴めないでしょう」

「その機材を生産する為として、多量の物資を商社から買い入れ、実際は、あの世界へ送ると言う事か」


 漸く朧気ながらも彼女達の成そうとしている事を理解してきた。

確かにそれを実現出来るとなれば、爆発的な人気を得るのは確かだと思われる。


 それから僕とマーナは、創り上げる仮想世界に付いて熱く語り合った。何処から仕入れてきたのかカヌンの知識が暴走し、戦闘場面の構想ではミルリエが魔法なんて邪道だとか言い出して混沌を極めた。

それらを生暖かい目で見守っていたサヤは、やはり隊長と言うだけ有って肝が座ってると言うか落ちつていると言うか、上に立つ者と言う感じだった。


 その結果、僕は高等学校卒業程度認定試験と言う物を受けていたのだ。

これを合格して、大学入学に関する教育上の例外措置と言う物を僕は申請する。

つまり、来年は大学生になると言う事だ。


 この事により、僕は「入試準備に忙しいから」と言う理由で、予測される早乙女刹那の追撃を躱すと言う予定だ。

仮に、それが僕の杞憂だったとしても、1年高校生活を短く出来ると言うのは魅力的だ。

そして、マーナの言う通りディーバの力を借りる事なく、僕は試験問題に解らない問題は無かった。




「如月君!」


 振り返ると、早乙女刹那が居た。

新学期早々校門で待ち伏せとは、思っていた以上に粘着されていたらしい。

だけど、彼女に対する対応は既に完璧だ。


「ん? おはよう、早乙女さん」

「え? あ、おはよう」


 余裕を持って答えた僕に、彼女は少し想定外だった様子で、挙動不審となっている。

それが見た目の凛々しさと相俟って、これがギャップ萌えと言う奴だろうか。


「その、なんだ、夏休みは何をしていたのだ?」

「勉強してたよ」


「アルバイトは、何をしたのだ?」

「あぁ、ちょっとしたモニターぐらいかな」


「大丈夫なのか?」

「お陰様で」


 何故、彼女が僕の家庭事情を知っている様に心配気な顔をするのか。

そこで、ふと気が付いた。彼女の誘いを断ったために、彼女は僕を絡めとる為に僕の事を調べたのだろうと。


 現実問題、僕は金銭の心配をする必要が無くなっていた。

カヌンがディーバを使い、為替やら株やらで大量のお金を手に入れているのだ。

そのお金で既に会社も設立しているし、もうすぐ発売されるフルダイブ環境のゲーム発売についても、大々的に宣伝を始めている。

現状僕は、そのゲーム会社のアルバイトとして登録されていて、アルバイトとは言えない金額が、新たに作った口座に振り込まれ始めている。

口座を新設したのは、親権者に知られない為だ。奴等に知れれば、未成年だから管理するとか言い出しかねない。


「そっか、ところで例の話は知っているか?」

「例のって?」


「ヴァーチャル・リアリティ。フルダイブ環境のゲームの発売だよ」

「あぁ」


 ここでその話が出るとは思わなかった。彼女もやはり年頃の娘だったようだ。

夢の実現の様な話に、期待が有るのだろう。


「俄に、信じ難い事だな。3D映像ですらリアリティの薄い今の技術でそんな事が出来るとは、私ですら予想していなかったよ」

「まぁ、実際に使って見ないと、どんな物か解らないよ?」


 嘘だった。僕は知っている。既に何度か実験に付き合ってプレイすらしているのだ。

そう言う意味では、アルバイトと言うのも全くの嘘と言う訳ではない。


 僕の親権者は嘘か真か、僕の親が残したお金では、高校卒業が精一杯だと言っている。

一年早く卒業したなら、その分のお金をどう言って来るのか楽しみでもある。

多分、「実は、既に使いきっていて、今までの分は自分達の好意で出していた」とか言い出しそうだ。


「予約したのか?」

「え? してないけど?」


「興味が無いのか?」

「無くは無いけど、取り敢えず僕は飛び入学狙ってるから」


 これも嘘だ。いや、予約をしていないと言うのは本当だが、僕は買う必要が無い。

だが、僕が発した言葉にその場の空気がピシっと音を立てて固まった様に、早乙女刹那は動きを止め目を見開いていた。


「そんなに成績良かったか? 目標を高く持つ事は良い事だが、流石に無理が有ると思うぞ」

「そっちかよ!」


 ボケられたのか、突っ込まれたのか判断が難しいところだが、これも今までの僕の行いのツケと言う事だろう。

目立たず、平均平凡を目指していた僕が、全国でも前例の少ない飛び入学を行うと言うのは、この片田舎の高校では学年主席でも難しい事だ。

しかし、彼女に何と思われていようと、これで僕が受験の為に忙しくなると言う意思表示は出来た。変な勧誘は諦めてくれると思いたい。


「ふむ、解った。私が君の分も用意しよう」

「へ?」


 なんで? と言う思いと、2台も予約出来たのかと言う思いで、僕は間の抜けた声を上げてしまった。

限定10万台。それがゲーム機としては破格の10万と言う値段にも拘らず、予約開始と共に5秒と経たずに完売したのだ。そのうち1万台が日本。他は世界各国だ。

これだけで既に100億の売上である。

そして、これも後で話題になるだろう。何せ、世界中の人間が自国語を話しているのに、意思疎通が出来るのだ。

その翻訳精度に、そこだけでもと技術提供を求める企業や組織が出てくるだろう。


「なんだ?」

「いや、予約開始数秒で瞬殺だったって聞いたけど」


「らしいな。父の話では、数台確保出来たらしい」

「家の力かよ」


「それでも一桁だと言うのは、驚きだったよ」

「娘の為に親父さんも大変だな」


 とは言いつつ、少し羨ましかったのは内緒だ。愛されているんだなと思う。


「何を言っている? 真新しい技術だが、一切合切不明なのだ。そして、手に入れる手段が、その予約でしか無かったのだ。あらゆる研究機関が狙っていたと思うぞ?」

「あぁ、成る程ねぇ」


 この調子だと一般人で手に入れられたのは、本当に幸運の持ち主だと言う事だろう。

実は、すぐにでも次を発売出来るだけの量産は出来ているのだが、それは年末にするそうだ。全くこちらの世界の事情をよく調べていると言うものだ。

しかも次の予約は、ファーストサービスインの翌日と、群集心理と言う物を上手く利用していると思う。尤もゲームの評価が良いと言う事が大前提だが、そこは心配していない。


 しかし、早乙女刹那の言う事は、少し大袈裟な事だろう。

まだ、発売もされていない物の真価には、眉唾物だと思う人間が大半なはずだ。しかも、僕達の持つインターフェースと違い簡単に壊れる様に作って有る。

手に入れた研究者は、無線LANと音声認識ぐらいしか内蔵されていない事に落胆を示すはずだ。壊した機械部分で無い箇所こそが、本体で有る事に気付かずに。


「と言う事で、これを君にプレゼントだ」

「何これ?」


 早乙女刹那は、僕にペラペラと映画のチケットの様な紙切れを1枚渡してきた。


「勿論、引換券だ。無くすなよ?」

「いや、そんな余分なお金ないから、受け取れないよ」


「む、そうか。確かに高価では有るな。解った、実物を持ってくるとしよう」

「だから、そんな高価な物受け取れないって」


 ゲームはネットでの予約でしか販売していない。つまりこれは予約出来た者が、更に売るための引き換え券と言う事だ。

つまり定価より高いと言う事になる。


「この間の謝罪として受け取ってくれ」

「尚更無理」


「それ程に怒っていると言う事か?」

「逆だよ。あれは僕も大人気無かった。痛み分けって事で収めてくれると嬉しい」


「そうか、怒ってないのか。解った」

「理解してくれて助かるよ」


 何故かニコニコと嬉しそうに僕の後ろに付いて歩く早乙女刹那。

僕としては、変な柵を押し付けて来ないなら、特に含むところもない。

彼女とは、これでケリが付いたと思って教室に向かうことにした。




 TVの画面には、美人のアナウンサーと、見た事が有る美女が対談していた。

あの世界のカヌンの部下であり、見た目少女が多いあの世界では珍しく、ルーとは違った大人な雰囲気を持った女性だ。


「もうすぐ、Adventure in Varaのサービス開始時間となりますね」

「そうですね。少しドキドキしております」


 アナウンサーの無難な質問に、無難な答えを返す美女。名前は思い出せない。

ボリュームの有る黒毛のロングに黒い瞳のため、日本人と言っても違和感の無い容姿だ。

月日の経つのは早い物で、もうファーストサービスインの日と成ってしまった。


「シンプルな名称ですが、このVaraと言うのは、どういう意味ですか?」

「我々が創り上げた世界に、その様な名前を付けてみました」


 確かに、バラで冒険と言う意味だが、そのバラとは彼女達の本星の名前だ。

このゲームだけでは無くこの企画全てに対し、彼女達の並々成らぬ思い入れと言う物を感じる。

尤も、第三者としてそれを感じる事が出来るのは、僕だけだろう。


「ユーマさん、そろそろ準備を」

「うん、解った」


 色々ゲーム内容に関して提言してきたが、僕も初回ユーザとして一般人と一緒にプレイする。

そうする事によって、皆の感じている事などを掬い上げるのだ。

TVの画面には、数人がログインするために、Invite To Dreamと名付けられた劣化版インターフェースを装着し、病院に備え付けられている様なベッドに寝ている。

目を覆う形のInvite To Dreamは、アニメに出てくる目からレーザー光線を出す装置の様な形だが、これ以後IDと言う通称で呼ばれる事になって行く。

因みにゲームの方は、AIVと略されて行く。AVとは流石にメディアで声高々に呼び辛かったらしい。


 僕は、それを装着する必要が無い。元々装備しているインターフェースが代わりをしてくれるからだ。

自分のベッドに横になり、サービスの開始を待つ。


「爆発的な前評判でしたが、ベータテストも無しに、行き成りサービスインなのですね?」

「ふふ、皆様のご期待に応えられる事を、確信しております」


 微妙に話をずらした受け答えも様に成った物だ。


 多分皆の装置には見えていないカウントダウンが僕の目の前に映し出される。

僕は、残り数秒と言うところでゆっくりと目を閉じた。


 身体に掛かる浮遊感に目を開けると、バラの神殿をモチーフにした大広場が目に飛び込んでくる。

ログインした時に出現する場所は、国毎に設定されている。10万人が一度に同じ場所に出現して、パニックに成っても大変だからだ。

ここは、日本で先着1000名が出現する街。その中央広場だ。最初のサービスインだけは、閑散な街に一人ポツネンとログインしたのでは可哀想だと、この様な措置を取った。

流石に国で一人しかログインしないと言う事は無いと思いたいが、時間的にそう言う事も可能性としては考慮している。


 バラの神殿は、ギリシャ神殿に似ていて中世的だが、個々に使われている明かりや、採光のための窓などはやけに近代的だ。

それが今の若者達が夢想する異世界召喚等に出てくる神殿等に似ているのだから、なんとも微妙な気持になる。


 最初にログインする時には、自分の名前と大体の年齢を設定する事になっている。

それをする必要が無い僕は、一番に街に出現したと言う訳だ。容姿は自分をモチーフにした、設定した年齢の理想的な体型として出現する。

理想的と言っても、誰も彼もが同じでは無く、本人の現状から導き出した理想体型なのだが、その辺りは本人の願望が現れると言う事で公表している。

つまり年齢は詐称することが可能だが、性別は詐称出来ないと言う事だ。因みに設定出来る年齢は14才以上だ。

これは、例え小学生がプレイしてもある程度の体力を持つための措置だ。14才としたのは、彼女達が5000日と定めた為である。


 そうこうしている内に、僕の目の前に幾つも光りの煌きが発生しだした。

これは、ログインする時の演出で、本来そんな物は必要無いのだが、僕の提案で追加された物だ。

ログアウトする時にも同じ演出が施される事になっている。

僕は、演出が上手く作動している事にほくそ笑んでいた。


「きゃ~っ!!」


 行き成り女の子の悲鳴が聞こえて、そちらに振り向くとやけに可愛い女の子が、変なおっさんに抱きつかれていた。

おっさん、女の子を後ろから羽交い絞めにして、女の子の胸をワシワシと揉んでいた。

僕は、脊髄反射的にその女の子の所に駆け寄る。そして、そのおっさんに蹴りを入れようとした所で、おっさんは光りの煌きとなって消えて行った。

システムと言うか、ディーバが危険因子と判断して排除したのだろう。すっかり忘れていた。


 僕と同じように駆け付けた女の子が、襲われて蹲っている女の子の背中を撫でている。

だが、その長い髪の毛はなんだ?

まるで、誰かを彷彿とさせるお尻まで有る三つ編み。

嫌な予感がしたが、取り敢えず襲われていた女の子に声を掛ける事にする。


「君、大丈夫?」

「はい、有難う御座います。全くあのスケベ親父は」


「知り合いなの?」

「知らないのですか? お笑い芸人の大山小海おおやま こうみですよ」


 大山小海、確か傍若無人を売り物にしている芸人だ。イジメをネタにしたり、人を馬鹿にする事で笑いを取ったり、僕は好きになれない芸人だった。

後で聞いた話だが、強制ログアウトされたおっさんは、IDを投げつけTV局で暴れたらしい。その時は理由を言わず、「強制ログアウトされた!」「駄ゲームだ!」と散々こき下ろしていたらしいが、一緒に入っていた他のメンバーに見られていたらしく、その後、芸能人として廃れて行ったと言う事だ。

強制ログアウトは、アカウント削除では無く危険因子登録だ。ディーバに危険因子と登録されたおっさんは、二度とAIVにログイン出来ず、何かと話題に登るAIVの会話に、ゲームをこき下ろすしか出来ないために出番が無くなって行ったらしい。


「ところで、如月君? 予約していなかったのじゃなかったかしら?」

「あ、やっぱり早乙女刹那」


 女の子を撫でていた女の子が振り向くと、そこには眼鏡を外した早乙女刹那が居た。

嫌な予感と言うのは、当たる物だ。そこで逃げ道を探して僕は周りを見渡した。そろそろ最初にログインした人達が、街を物色し始めている。


「まずいっ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 僕は、慌てて駈け出した。なんとしてでも最初に手に入れておかなければ成らないアイテムが有るのだ。

各建物に掲げられて居る看板を見ながら、僕は一目散に道具屋に飛び込んだ。


「あった」


 目当ての物は、まだ売れていなかった。巾着袋にも見える小さな小袋だ。


「ちょっと、どうしたのよっ!」

「はぁ、はぁ」


 何故か襲われていた女の子まで付いて来ている。

僕は、その小袋を取って二人に渡す。丁度3個しか無かったから、僥倖と言えば僥倖だ。


「これは何なの?」

「買っておいた方が良い物さ」


 僕は、そう言って自分の分を店員に渡し、お金を払って手に入れた。女の子達も首を捻りながらも買った様だ。


「で、これは何なの? まず武器屋じゃなくて道具屋って」

「ファーストサービスイン時1000個のみの限定品。マジック・ボックスとかアイテムストレージの様な物だよ」


「え?」

「え?」


 見事にハモった。よく見ると襲われていた子は、かなりな美人だ。サヤ達で美人を見慣れている僕ですら美人だと思う程に。

黒いストレートのロングヘアーだが、早乙女刹那とは違った、落ち着きのある清純派癒やし系とでも言うべき容姿だ。


「これが有れば、どれだけアイテムを持っても身軽って事」

「どうして如月君がそんな事を知っているの?」


 早乙女刹那のジト目が心地良い。いやいや、そんな趣味はないけどね。


「僕は、アルバイトでこのゲームのテストに参加していたんだよ」

「ベータテストは行っていないって聞いてますけど?」


 僕の言葉に、襲われていた女の子が不思議そうに聞いて来る。


「そう言う意味じゃ、唯一のベータテスターかもね」

「まさか、ソルコーポレーションの社員なのですか?」


 ソルコーポレーションとは、このゲーム会社の名前だ。あの世界の恒星の名前が付けられた会社。

因みに商社の方は、サヤリ・トレーディング・カンパニーと言う名前だ。


「社員じゃなくて、アルバイト。ところで君は?」

「へ? あ、すみません。えぇっと私は、渚可憐です」


「ちょっと如月君、知らないの?」

「え? 何処かで会いましたっけ? 学校では見たこと無いと思うけど」


 渚可憐と名乗った女の子が微妙な顔をして、早乙女刹那は目頭を抑えている。


「ちょっとはTV見なさいよ。今、人気急上昇中の女優さんでしょ」

「そ、そうなんだ。ごめんなさい」


「いえ、私の頑張りが足らないだけですから。それよりも、お二人はお知り合いなのですよね? 良ければ私もお仲間に入れて頂けませんか?」

「知り合いと言えば知り合いだけど、単なるクラスメート?」


「如月君、反応するのは、そこじゃなくて、仲間に入れてとお願いされているところよ」

「え? 仲間に入れるって僕と早乙女さんって仲間?」


「それは、あまりにも他人行儀じゃないかしら? それと私の事は「セツナ」でお願いするわ」

「あ、じゃぁ私の事は「カレン」で」


「え? あ、はい。じゃぁ僕も「ユーマ」で」


 なんとなくなし崩しで仲間にされた僕達は、それから初回ログイン時に支給される1000Gで買える装備の中でお勧め品を買い、お約束の冒険者登録へと向かった。

Gは「ゴールド」と読み、この世界の通貨単位だ。粗1Gが100円ぐらいの感覚で、これはドルやユーロ圏の人達にも馴染みやすい感覚だと考えられたのだ。


「でも、凄いですね。本当に現実みたいです。一体どうなっているのでしょうか」

「全くだ。確認したが生殖器まで付いている。18禁にすべきじゃないのか?」


 取り敢えずセツナの言葉はスルーだ。カレンが顔を紅くしている。

カレンとセツナが、この状況に感嘆を示している。この調子だと、他のプレイヤー達も満足している事だろう。

だけど、冒険者登録をするためのギルドには初期装備の人達が多かった。ちゃんと装備を整えているのは、僕達だけと言っても過言では無い。

流石にチュートリアル無しと言うのは、厳しい物が有ったのかも知れない。

だが、このゲームは冒険者に成らなくても楽しめる様になっている。鍛冶職や調合士などのRPGお馴染みの職から、商人や他にもアイデア次第では普通の世界の様な職も出来る。


 とは言いつつも、やはりこの手のゲームで遣りたい事は冒険以外の何者でも無いだろう。ゲーム名にも冒険って入っているしね。

カレンの装備は魔法職の装備で、外見から本人だと識別するのは難しいだろう。白いローブに黒縁の眼鏡までしている。中は横のスリットが深く入ったカソックの様な形だ。

因みにセツナも眼鏡を掛けているが、これはこのゲームのアイテムで、戦闘相手のステータスが見えると言う物だ。

これは僕も掛けている。掛ける必要は無いのだが、掛けていないのに見えると言うのがばれると問題になりそうだからだ。


 セツナは巫女装束をミニスカートにした様な装備にガーター付きストッキングに薙刀を担いでいる。多分考えたのはカヌンだろう。

僕は、黒いサバイバルベストに黒いズボンと腰には2本のトンファーだ。

安い装備はすぐに壊れるのだが、このトンファーは値段の割に耐久力が高い。そもそも刃が無いから刃毀れも起こさないから、手入れにお金が掛からない。

冒険者ギルドで登録を済ませると、早速僕達は狩りに出掛ける。ギルドカードなんて物は無いし、メニューに表示されるだけだ。


「わ~、リアルだけど、ファンタジーですね」

「血生臭くなくて良いわね」


 一応ダンジョンに向かったのだが、途中の平原で軽く魔物と戦闘を行って、戦いの感じを掴んで貰った。

人型の魔物はミルリエが張り切ったので一味違うが、獣タイプの魔物は僕達の知っている獣が、少しデザインが変わった感じであまり違和感は無い。


 イノシシ型の魔物に対し、セツナは危な気無く薙刀で一閃し、カレンは覚えたての魔法で倒した。

使ったのは光魔法の初級魔法だったが、倒した途端に魔物は光りの煌きを残し消えて行くので血生臭くない。アイテムも自動で例の小袋に収納される。

これが無いと、アイテムは光りの煌きが消えた後に、落ちている事になっているので、それを拾って何かに収納する必要が有る。


 ゲーム内では、1日を8時間で規定されている。これはリアルの時間と同期すると昼にしか遭遇出来ない人と、夜にしか遭遇出来ない人が出てくるからだ。

出てくる魔物も昼型夜型と居るため、そのどちらもプレイヤーが対応出来る様にする為である。

目に見える左上の隅には、リアルな時間とゲーム内での時間が常に表示されている。右側には自分のHP/MPとパーティメンバーのHP/MPが縦に並んで表示される。

敵のHP表示は敵の頭上だ。まんまRPGゲームである。


「かなり慣れて来たみたいだし、他の街に言ってみる?」

「他の街ですか?」


 このゲームの目玉は幾つも有るが、その中に転移と同時翻訳が有る。

強力な魔物は街から離れた所に存在していて、街の近くは何処も似た様な弱い魔物ばかりだ。

そして、街から街へは転移出来る事になっている。これで欧州や北米、南米などに行けば、現地のユーザがプレイしているはずなのだ。


「このゲームの醍醐味でね。僕も試した事が無いと言うか、相手有っての話だからね。ヨーロッパ辺りに行ってみない?」

「行けるのですか?」


 カレンは目をキラキラとさせているが、セツナは思案顔だ。


「ヨーロッパなんて行って、言葉が通じないんじゃないの?」

「それは、行ってのお楽しみ。ただ、リアルじゃないから街並みは、何処も似た様な物のはずだけどね」


 そして僕達はダンジョンを出て、クエストの報告と討伐アイテムの売却のために、冒険者ギルドに向かった。

冒険者ギルドでは、既にクエストを終えた人達がアイテムを換金している。


「皆さん、収納袋見たいな物をお持ちですね」

「これは、このサイズと収納量に制限が無いのが限定なのさ。内緒だよ?」


 カレンの言う通り、皆、背嚢はいのうの様な物や、肩がけのバッグの様な物からアイテムを取り出している。

だが、あれらは、その物自体が嵩張るし、収納量も決まっているのだ。しかし、この小袋は極めて小さいので腰にぶら下げても邪魔に成らないし、僕なんてポケットに入れているので、出す時はポケットに手を突っ込むだけだったりする。

どの収納アイテムも手を突っ込むと、中に入っている物のメニューが表示されるので、後は出す物を選択するだけと成っているのだ。


「他の街に行きたいのだけど、どうすれば良い?」

「自力で行かれるのでしたら、徒歩、馬車等の手段が御座います。街によっては船が出航している街も御座います。お急ぎでしたら、神殿に転移門が御座います。転移門については神殿に案内が居りますのでそちらでご確認下さい」


 僕は、態と他の人に聞こえる様に受付に尋ねて見た。


「そっか、神殿ね。有難う」

「またのご利用をお待ちしております」


 全くAIとは思えない応対だが、それもこのゲームの目玉の一つでは有る。NPCとある程度の会話が成り立つのだ。

それも、同じ言葉を延々と繰り返すのでは無く、かなり臨機応変に対応してくれる。ディーバとしては機能を落として居るのだけどね。


 神殿に着くと門前に立って居る神官らしき人物に、他の街に転移したい旨を伝える。

人の良さそうな神官は、神殿に入ってからの道順を教えてくれた。それに従って神殿の中を進むと、今度はシスターの様な人物が居る。


「イタリアの方に行きたいのだけど」

「イタリアですと、ローマ、ナポリ、ミラノ等、主要な都市に街が御座いますが、どちらになさいますか?」


「私ミラノに行きたいです」

「私は、何処でも良いわ」


 シスターの質問にカレンはミラノを推奨した。僕もセツナと同じく何処でも構わなかった。

敢えてイタリアにしたのは、僕の知識で英語もあまり通じないと聞いていたからだ。


「じゃぁミラノで」

「畏まりました」


 そう言ってシスターが扉を開けてくれて、僕達は扉を潜る。そこには、先程のシスターを金髪碧眼にしたシスターが立っていた。


「ここがミラノ?」

「はい、ミラノの位置に作られている街です。出口はあちらです」


 僕の問い掛けにシスターは答える。狐に摘まれた様な顔をして辺りを見回しているカレンとセツナ。

僕は、シスターの指した方へと歩き出した。


 神殿から外に出ると、周りを歩いている人達が皆金髪や銀髪の人が多く明るい茶髪の人なんかも居るが、僕達の様な黒髪黒目は皆無だ。

しかも、女性は露出の多い装備が多く、男性は重厚なフルアーマーに戦斧や大剣が多い。この辺りがお国柄と言う奴なんだろう。


「ふぇ~、本当に外人さんばっかりですねぇ~」

「ちょ、如月君じゃなかった、ユーマ君、大丈夫なの?」


 カレンは見た目通りおっとりとしている。テンパると更におっとりするタイプなのかも知れない。

さしものセツナもテンパッているのが解る。僕は、周りを見渡して、噴水の縁に疲れた様に腰掛けている一人の重戦士を見つけた。


「どうかしましたか?」

「ん? いや、装備を揃えたのは良いけど、何をすれば良いのか解らなくてね。君たちは随分変わった装備をしているね」


「僕達は日本から来ましたから」

「日本から?! 随分とイタリア語が流暢なんだね」


 振り返ると、カレンとセツナが目を見開いている。そう、彼女達にも僕達の会話は聞こえていたのだ。多分、日本語で。


「僕は、アルヴァトーレ・アッバティーニ。そちらの美しいお嬢さん達のお名前を聞かせて貰えるかい?」


 流石はイタリア人、女性に対する態度が何と言うか露骨で素早い。


「私はカレンです」

「私はセツナよ」


「あぁ、そうか。僕はアルで良いよ。それで、君はなんて言うんだい?」

「僕は、ユーマ」


「ユーマか、君達は結構楽しんで居るようだね? 良ければ僕にも少し教えてくれないかい?」

「あぁ、構わないよ」


 それから僕達は、アルを伴って最初の街と同じ様に冒険を行った。

カレンは回復魔法も覚え上機嫌で、慌ててログアウトしていった。何でも番組の途中だったらしいのだが、どう考えても番組の終わっている時間だったのだ。

だけど、翌日には急遽いたるTV局でこのゲームの特番が放映され、彼女はこの体験を話す事で更に有名になって行く。


 彼女のお陰で同時翻訳の事や、転送門の事も瞬く間に周知される事になり、次の発売の予約も100倍の量にして完売は一瞬だった。

売上見込は、なんと1兆円と言う途轍もない金額だ。消費税だけでも日本政府は予期しない臨時収入だろう。


 カレンは、あれからログインしたらセツナに連絡する様になっていた。必然僕も呼ばれる事になり、男一人は辛いのでアルも呼び出す。

僕達4人は殆ど欧州を拠点として活動し、かなり高レベルのパーティとしてゲームを楽しんでいた。


 順調に進んでいる様に見えたのだが、年明け頃から予期しない社会現象を生み出していく事を、この時の僕達は知るよしも無かった。


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