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久しぶりの此方の世界では、チートに成っていました


 澄み渡る青空に所々浮かぶ白い雲。眼下には体操服姿の高校生達が、球技を行なっている。

窓際の後ろから2番目の席で、僕は頬杖を付いて外を眺めていた。

季節は初夏であり、日差しが眩しいもののまだ風が爽やかさを運んでくれる。


 こちらの世界に戻ってから早速出た屋外では、アスファルトの照り返しに辟易としたものだが、それよりも閉口したのは過敏になった五感、特に嗅覚だった。

サヤ達が、僕の出した食事の臭いが凄いと言っていた理由が漸く解った。

今でも僕の嗅覚には、今まで感じる事の無かった臭いが色々と鼻に付く。何せマンホールの下の下水の臭いまで解ってしまうのだ。


 マーナ曰く僕の身体は、あちらの世界標準+αに造り変えられているらしい。

まず、あちらの世界への召喚時に、あちらの環境に順応する様に造り変える形で再構成された。

そしてこちらへ送り返す際に、更に最適化が行われたのだろうと言うのがマーナの推論だ。

結果、僕の身体は所謂スーパーマン状態であるらしい。


 実際、視覚、聴覚、嗅覚が鋭敏になった事は実感しているし、試しにジャンプしてみると、何処の特撮だと言う感じでマンションの5階ぐらいまでは軽く飛び上がれた。

飛び上がれるのだから飛び降りる事にも何の支障もなく、全力疾走なんて計測する気にもなれない。

そして極めつけが、インタフェースが使用出来ると言う事だ。周りに気付かれずにインタフェースと遣り取りが出来る。

つまり、筆記試験なんてカンニングし放題だ。


 マーナ達は、常に使える物なのだから、それも僕の能力の一つと言う事で気にする必要は無いと言うのだが、やはり気が引ける。

まぁ、それはその時に考えよう。使いたくなければ使わなければ良いだけの話だ。

全く以ってチートになってしまったのだが、この世界でチートになっても困ると言うものだ。


 それよりも問題なのは、僕の美的感覚がおかしくなってしまったらしい。

以前は、それでもクラスの女子達は可愛い類だと思っていたのだが、今の僕にはカボチャかジャガイモ程度にしか感じられない。

短いスカートが翻って、淡いピンクの布が見えても何も感じない。前は100円拾ったぐらいのラッキー感が有ったはずなのだが。


 これには少々危機感を感じるべきなのかもしれない。僕は不感症になってしまったのだろうか?

いや、不感症とは違うか。言葉を間違えた。多分、眼が肥えてしまったのか、はたまた女性の裸を見る事に慣れてしまい、下着ぐらいでは何も感じなくなってしまったのか。

初体験も経ていないと言うのに、これは由々しき問題だ。


「何を見ているのかね? 如月君」

「へ?」


 そんな事を考えながらも、チラチラと見える下着を凝視していた様だ。その様子を訝しむ様に腰に手を当て、こちらに前屈みに顔を付き出した女子生徒が僕に声を掛けて来た。

サイドで長い黒髪を三つ編みにした彼女は、クイッと知的な眼鏡を押し上げる。確か、早乙女刹那さんだったか?

クラスの中では美人に属する、お堅い感じがする女子だ。三つ編みにしても腰ぐらいまで有るのだから、相当長いのだろう。


「へ? じゃないよ。君だけだよ? 夏期講習の出席有無を提出していないのは」

「そ、そうだっけ?」


 そう言えば彼女は、クラス委員長だった。接点の無い彼女が僕に話し掛けて来る事など無かった為、僕は、間抜けな顔を晒してしまっていた。

はっきり言って僕主観で3ヶ月前の事なので、そんな事が有った事なんて全く覚えていなかった。

それに此方に戻ってから、昨夜遅くまでマーナ達の質問責めに応えていたため、今日も教科書さえ合っていれば良いだろうぐらいの用意しかして来なかったのだ。


「えっと、じゃぁ欠席で」

「欠席ぃ?」


 何故、そこで凄まれるのか解らない。学校主催の夏期講習と言っても、1週間程度避暑地で行われる物で、僕はその費用とアルバイトを休まなければ行けないと言う事で、思案していたのだ。

基本的に復習しかしない夏期講習は、避暑地と言う事も有り、当時の僕には悩みどころだったのだが、今の僕には必要ない。だから、顔をずいっと近づける彼女から、顔を引いて僕は恐る恐る頷く。

何故、彼女が怒気を含んでいるのか謎過ぎる。


「君は、進学希望じゃなかったのかね? それとも民間の塾とかち合ったとかかい? 私の記憶では、君が塾に通っていると言う事実は無かったと思ったのだがな」

「いや、何で僕の私生活を知ってるんですか!」


「クラス委員長として当然の義務だ」

「は?」


 この娘は、こんなキャラだったか? いや深く係って来なかった僕には、この娘のキャラなど知る由も無い。

そもそもこの娘は、何でこんなにドヤ顔で胸を張っているのか。


「欠席の理由は?」

「家庭の事情です」


「そ、そうか。すまない」

「気にしないくて良いですよ」


 兎に角、今の僕に夏期講習に参加する理由は無い。僕の部屋は理力で覆われ快適な環境となっており、この夏の暑さを凌ぐのに何の問題もない。

学力に至っては、言わずもがなな部分だが、そちらも僕の能力は大幅に向上しているらしい。

マーナの言葉は俄に信じられなかったが、確かに授業内容も簡単に理解出来てしまう。


「刹那、どうだった?」

「うむ、軽いジャブを打ったところだからな。まだ何とも判断は付かない」


「脈ありって事?」

「それを含めてだ」


「刹那の趣味が解らないなぁ。それより、刹那も先週までは、あの子に興味なんて全く無かったよね?」

「うむ、私も今まで何故あのオーラに気が付かなかったのかが不思議なくらいだ」


「オーラ?」

「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」


 一体何だと言うのか。本来なら聞こえるはずもない彼女達の会話だが、今の僕にははっきりと聞こえてしまう。

聞こえたからと言って内容が理解出来ないのは、ガールズトークだからだろうか。

取り敢えず僕は、彼女達を意識から外した。それよりも考えなければいけない事が有る。いや、計画の練り直しと言うべきか。


 簡単に言えば僕は、自分が行けるそこそこの大学に行って、そこそこの企業に就職して、自活に余裕が出て来たら結婚して子供を作ってと考えていた。

しかし、僕の身体自体が変わってしまったのだ。まず、この世界の人間と子供が出来るのか解らなくなってしまった。

マーナ曰く、サンプルさえ手に入れば確認は出来ると言う事だったが、人の卵子など簡単に手に入る訳がない。


 更に僕は、この世界の医学に関わる事が怖くなってしまった。何かの弾みで身体の事を知られたら、下手をしたら研究対象にされてしまうだろう。

だが、そこはサヤ達が保証してくれている。少なくともインタフェースが繋がっている限り、僕はディーヴァに護られているらしい。

そして、これが最大の問題なのだが、僕に欲が出てしまった。今なら最高学府ですら余裕で合格出来るはずなのだ。

サヤ達の容姿を顧みると、人種の坩堝である某国へ行った方が良いのかも知れない。今の僕には言語の壁なんて物は無い。


 だが日本は世界でも有数の治安国家だ。少なくとも隣を歩いている人間が銃を持ってる、なんて事は全く無いとは言わないが極稀な世界だ。

そう言う意味で基盤は日本にしたいと思っている。世界各国を回ってみたいとも思っているが、下手に病気や怪我を出来ない以上、自重すべきだろう。


 いくらチートな能力が有っても、こちらの世界ではそれで英雄や勇者になれる訳じゃない。

そもそも何をするのか多岐に渡り過ぎると言う物だ。スポーツで一躍有名になる事は出来るだろう。だが、その後が怖過ぎる。

だから肉体的チートは封印だ。身に危険が及ばない限りお披露目する事は無いだろう。


「さて、如月優馬君、一緒に帰ろうか」

「は?」


 下駄箱で上履きから靴に履き替えている所で、僕に声が掛かった。名前を呼ばれたからには、誰か他の人と間違えたと言う事は無いだろう。

顔を上げたところに居たのは、委員長である早乙女刹那さんだ。屈んでいる僕からは、スカートから伸びた白い脚が見える。


「あまり、女子のスカートの中をジロジロ見るものでは無いぞ?」

「あっ、す、すみません」


 そう言えばすっかり忘れていた。あの世界では、見ても何も言われなかった。寧ろ、見たければどんどん見ろと言う感じだったので麻痺していたのだろう。

しかし、こちらの女の子は嫌がる行為だし下手をすれば変態のレッテルを貼られて犯罪者入りだ。だけど僕は、咄嗟に顔を逸らす事が出来ずに、余計にガン見してしまった。やはり、生の下着は違う。


「それだけガン見しているのだから、まさか断ったりしないだろうな」

「え? あ、解りました?」


「何故、疑問形なのかね」

「何か嵌められた気分だから」


 なんか騙された気分だが、僕は早乙女さんと一緒に帰る事になってしまった。

前髪は軽く流しているが、長い部分は全て三つ編みにしてもお尻まで有る髪を振りながら、彼女は僕の少し前を歩いている。


「しかし、君は、かなり思っていたのと違うようだな」

「はぁ、ところで何故、僕と一緒に?」


 彼女が僕の事をどう思っていたかなんて解りきっている。目立たない、そこらのモブ程度の認識だったのだろう。

だけど、思っていたのと違うとはどう言う事だろう。少し気になったが、その件は保留し要件を促す。


「うむ、実は文化交流祭の実行委員をやって貰えないかとね。有体に言えば勧誘だよ」

「お断りします」


 文化祭、学園祭、学校祭等呼び方は色々有るが、要するに高校生活における秋のお祭り騒ぎだ。

学生の祭りなのだが、その割に実行委員となってしまうと何かと忙しい事は知っている。

アルバイトが有る僕としては、考慮の余地は無かった。


「即答だな。でも少し考えて見てくれたまえ。これは君に取っても悪い話では無いと思うぞ?」

「アルバイトと勉強で、そんな事をしている時間が有りません」


「うむ、まずアルバイトだがな。君は夏季休暇中のアルバイトは、もう決まっているのかね?」

「いや、まだこれから探す所ですけど」


 夏休みは、長期アルバイトが行える。つまり纏まったお金を手に入れられるのだ。

僕の狙い目としては、避暑地に住み込みのアルバイトだった。軽井沢の旅館だとか、飲食店だとかがあればベストなのだが、当然競争率も高い。

だが、今年はそうも言ってられない。サヤ達と相談する必要が有ると思っている。従って今までの検討内容は、白紙に戻った状態だ。


 気が付くと目の前には100段以上有るであろう石段が有る。その上には鳥居が見える事から、その先は神社か何かなのだろう。

彼女は一度僕に振り返ると、意味深に微笑んでから石段を登り始める。かなり急なのか、彼女のスカートの中が覗き見える程だ。

僕は溜息を吐くと彼女に続いて、石段を登り始めた。


「一体、何処に行くつもりですか?」

「漸く君から話し掛けてくれたね」


 確かに、これまでは彼女の言葉に生返事をしていただけだが、一緒に帰ろうと言ったのは彼女だ。

何か話が有るのは彼女の方で、僕が聞き側なのは当然だろうと思う。


「ところで、随分と体力が有るようだね?」

「え?」


 僕は彼女のスカートの中を覗かない様に、少し彼女の後ろを彼女のペースに合わせて石段を登っている。

彼女が平気な顔をして登っているのだから、男の僕がそれに追随出来ても当たり前だと思っていた。

しかし、能々考えるとこんなに長い階段を息も切らせず登れるのは、以前の僕なら確かに無理な気がする。


「私は慣れているのだが、私の友達なら何回も休憩を挟むし、そもそも私と同じペースでなど登れないのだがな」

「そうなんですか? 一応僕も男ですからね」


「私の友達の中には、男友達も入っているのだぞ?」

「え? いや、多少は鍛えているからかな? あは、あははは」


 何かを言いたそうな流し目に冷や汗が流れる。

 石段を登り終えた所には、大きな朱色の鳥居が有った。鳥居は潜らず、鳥居の横を通る。


「鳥居は神様の通り道だからな。我々は通らないのが礼儀なのだよ」

「へぇ、始めて知りました」


 鳥居を過ぎると日本庭園のような小石を敷き詰めた空間。普通の神社でよく見る風景だ。

その先には何かを祀った社の様な建物が有る。正面に続く石畳では無く、脇に反れる様に飛び石になった石畳を進むと、住居の様な門構えの建物が有った。

これはこれで、僕の知らない空間だ。一種厳かな異空間に感じる。


「ここが私の家だ」

「え?」


「まぁ、遠慮せずに入ってくれたまえ」

「は、はぁ。お邪魔します?」


 疑問形になってしまたのは、自分の置かれている立場が理解出来ていないからだ。

何故僕は、此処に居るのだろう? そんな疑問符が頭の中を回っていた。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 お嬢様だと? 門を開けて入ると数人の巫女装束の女性達が頭を下げている。巫女装束でなくメイド服なら何処の財閥だよと言うお出迎えだ。


「父君は居られるか?」

「はい、居られます」


 僕は、別の巫女さんに鞄を取られ、早乙女さんの後ろを歩いている。

何故か通された部屋は、道場の様な場所だった。壁には、木で出来た槍や木刀が立て掛けられ、果てはヌンチャクやトンファーの様な中国系の武器まで壁に掛かっている。


「ちょっと着替えて来るので、ここで待っていてくれたまえ」

「は、はい」


 板貼りの部屋で僕はポツネンと置き去りにされた。いや、控えめに一人の巫女さんが僕の鞄を持ったまま付き添っているが、状況が飲み込めない。

普通は応接室とか、彼女の部屋とかに案内されるべきでは無いのだろうか?

暇なので周りを見渡すと、中央に意味不明な文字が書かれている掛け軸なんかがあったり、その下には本物の日本刀が飾られていたり、見れば見る程場違いな気がする。

本物だと解ったのは、インタフェースが教えてくれたからだ。僕の視界の片隅にはインタフェースからの情報が色々と流れている。


「お待たせしたね」


 そう言って入って来た早乙女さんは、上が白で下が紅い袴の巫女装束に見える格好だった。そして、その横には白髪の威厳を持った壮年の男性が立っている。


「成る程、確かに刹那の言った通りだな」

「色々と聞きたい事が有るのだが、まずは私と立ち会ってくれるかな」


 また意味不明な事を彼女は口にした。そう言って壁に立て掛けてあった木で出来た薙刀を彼女は手にする。


「い、いや、僕は薙刀なんて使えませんよ」

「得意な獲物で構わないさ。ここには使える物はないかい?」


 そう言う事を言っているのじゃ無いのだが、僕は反射的に周りを見渡し、二本の木刀を手にしていた。


「ほう、双刀か。興味深い」


 壮年の男性の言葉に、僕は「しまった」と思ったが何故か僕の身体は臨戦体制に入っている。

ミルリエ達との訓練で、僕も戦う事に楽しみを見出してしまっているようだ。

いや、本心では僕の能力が、この世界でどれほど通じるのかを試して見たかったのかもしれない。


「何も説明せず、行き成りのこの展開に、あなた方の傲慢さを感じます。手加減など出来ませんのでそのおつもりで」


 左手の木刀を前に、右手を背後に隠した形で構えを取った僕に、二人は眼を見開いていた。


「ふむ、随分と自信が有ると見える。見たことも無い型だが、見せ掛けで無い事を期待するぞ」

「説明しなかったのは、悪かったね。だけど、君のそのオーラが私を駆り立てて仕方ないのだよ」


 自らの力を疑わない態度。色々な権力を持っているのだろう。そしてその加護の元に育てられたのか、それを当たり前としているのか。

気になる言葉も有ったが、今の僕は憤りの方が強い。


「では、参る!」

「だから、人に関わるのは嫌なんだ」


 彼女は、掛け声と共に突進してきたが、酷く緩慢に感じる。薙刀を後ろに構え、どこから出てくるのか解らないその攻め方には、古くから伝えられた伝統の様な物が有るのだろう。

しかし、僕には彼女の動きがスローモーションの様に見えている。

行き成り足元を狙った薙刀の先端は、普通であれば避ける事しか出来ないだろうし、下手をすればこれだけで先制を受け、その後の動作に支障を来すだろう。

だが、僕はその切っ先を左手に持った木刀で軽く払った。


 洗練された武芸と言う物か、払われた切っ先は自然とそのまま返されて、僕の首を狙った横薙ぎに代わる。

それを僕は、右手の木刀で上に跳ね上げる。跳ね上げられた切っ先は、そのまま上段から僕の頭を唐竹割に落ちてくる。それを左手の木刀で絡め床に抑えつけた。


「ほぅ、口だけでは無いと言う事か」


 壮年の男性、多分父親なのだろうが、呑気な物だ。自分の娘が窮地だと言う事が解ってないのか、そのような場面になれば割り込めるとでも思っているのか。


「手を抜いているのですか? 今度はこちらから行きます」


 一旦後ろに下がった彼女に、今度は僕から突進した。一切の手加減なく、彼女の薙刀に右手の木刀を打ち付け、左手の木刀を彼女の首に当てる。


「なっ!」

「ま、参った」


 薙刀は砕け彼女は一歩も動けず、僕が木刀を止めていなければ、彼女の首は折れていただろう。

黒い感情に支配され、思わず本気を出してしまったようだ。木刀を止めれたのは僥倖だった。

あの世界なら、外装が自動で防御するし、インナーが生命維持を行うため大事には居たらないが、この世界では違う。

人知れず僕は、ホッとしていた。


「帰らせて貰いますね」


 木刀を投げ捨て、僕の鞄を持ってくれていた巫女さんに一礼して、僕は鞄を受け取る。

巫女さんは、困った様な顔をしてはいたが、僕に鞄を返してくれた。


「ま、待ってくれないか。このまま誤解されたまま帰られては困る」

「誤解?」


「無礼は謝罪する。少し話を聞いてくれないか」

「儂からも謝罪しよう。儂は、刹那の父、阿頼耶だ。娘の言葉を聞いてやって欲しい」


 全く自分勝手な言い分だと思う。それが謝罪する態度かと思い、僕は冷めた眼で見てしまっていた。帰ってしまっても構わないだろう。

それを見て僕の心情を理解したのか、早乙女さんは、行き成り土下座してきた。


「これで、許してくれとは言わない。どうか話だけでも聞いてくれ。いや聞いて下さい」


 相変わらず父親の方は、威風堂々としているのだが、ここまでされて断るのも後味が悪い。


「今度は本当に話だけなんでしょうね?」

「あ、あぁ、勿論だ」


 やっちまった感が強く、出来れば早々にこの場を立ち去りたかったのだが、致し方ない。


「解りましたよ」


 了承した僕に顔を綻ばせて早乙女さんは、再び着替えに行ってしまった。

僕も再び巫女さんに鞄を拉致され、今度は漸く応接室らしき所に通された。初めからここに通してくれれば良かったのにと思いながら、ソファーに座ると出されたお茶に口を付けた。




「待たせたね」


 そう言いながら入って来たのは、三つ編みを解き首の後ろぐらいと毛先だけを纏めた早乙女さんだった。

太腿が顕わなホットパンツに、上もノースリーブで白い二の腕を惜しげもなく晒している。

何処にでも居る高校生の普段着では有るのだが、厳格そうな眼鏡と雰囲気から、なんともアンバランスな色気を感じてしまう。

汗を流すためにシャワーでも浴びて来たのだろう。良い香りも漂っている。


「いや、先程は本当に申し訳無かった。何と言うか居ても立っても居られなくてね」

「意味が解りません」


 本当、どんな戦闘狂だと思う。黙っていれば理知的美人なのに、色々と台無しな気がして仕方ない。


「あの石段を私と同じペースで登り切っても息切れ一つしない体力、何らかの武芸を嗜んだ事が顕著な身のこなし、そして見たことも無い高貴なオーラだ」

「頭大丈夫ですか? 特に最後のは、中二病ですか?」


「失敬だな。これでも神道早乙女流薙刀術の免許皆伝は貰っているのだよ? 君こそ自分の実力を認識した方が良いと言う物だ」

「オーラって?」


 少し唇を尖らして文句を言う彼女は、歳相応か少し幼く見えるぐらいに可愛らしい。


「纏う気とでも言うのかな。私には君の身体から立ち上る煌きが見えているのだよ」

「医者をお勧めしましょう」


「いやいや、父も同じ物を感じていたから、それには及ばないよ」

「親子揃って中二病と」


「まずは、そこから離れてくれないかな」

「まぁ、良いでしょう。それで話とは?」


「随分と性急だな。この私と二人っきりの時間を楽しもうとは思わないのかね」

「一刻も早く要件を済ませて退散したいと思っています」


 彼女は、ふぅっと溜息を吐くと、若干乗り出していた身体をソファーに凭れる様に投げ出した。


「随分と嫌われてしまったようだね。自らの選択が招いた事とは言え、少々凹むよ。どうすれば関係を改善出来るか教えてくれるかね」

「まずは、とっとと要件を話して下さい」


「解ったよ。これ以上嫌われたくは無いからね」


 そう言って外人の様に肩を竦めた彼女が話し始めた事は、確かに僕も興味を引く内容だった。


 彼女の家は、日本全国の神社の総元締め的な存在らしい。そこには下賎な話だが、夏祭り等の取り纏めも有ると言う事だった。

そこで、その夏祭に関する作業をアルバイトとして僕に斡旋する。仕事の内容は、その時々で変わるが、基本的に此処、彼女の家と言うか神社で行えるそうだ。

つまり、彼女は僕を学校の文化交流祭の委員にし、放課後この場所に来て作業をして貰いたい。作業に当たる時間は、アルバイト時間とすると言う事だ。

公私混同だと思ったが、その話には続きが有った。

夏祭りには、大小様々な企業や商店が関与する。それは、その企業や商店と顔が繋がる事になり、僕の後々の就職活動に優位に働くと言うのだ。

しかし、たった一年、それも夏祭りの時期だけ顔繋ぎが出来たとしても、その後大学に進学して4年後、今からなら5年後の就職活動に優位に働くとは考えられない。

つまり一年と言わず、これからずっと某かの関わりを持つと言う話だと僕は受け取った。


「大学の進学にも口利きが出来ると思うよ」

「何を考えているのですか?」


「君と懇意にしたい」

「随分と急で、形振り構わない所業ですね」


「獅子は兎を追うのにも全力を尽くすのだよ」

「僕は兎ですか」


 これは、チート能力者に付いて来るヒロイン補正と言う物だろうか?

彼女の好意の様な物は、僕自身に向けられている物では無く、僕の能力に向けられている物らしい。

何らかの力で彼女は、僕の能力の一端を感じる事が出来るのだろう。そう考えると僕の頭は妙に冷めて来ていた。


「話は解りました」

「おぉ、受けてくれるかね?」


「謹んでお断り致します」

「な、何故かね? 破格の条件だと思うのだが、何が気に入らなかったと言うのだい?」


 まるで断られる事など考えて居なかった様な慌てぶりだ。


「僕は、理不尽な力に翻弄されて生きて来たのですよ。だから、敢えてそう言う力の渦に入ろうとは思わないだけです」

「私は、そこまで君に拒絶されてしまうような事をしてしまったと言う事か」


 項垂れる姿に罪悪感を感じないでも無いが、生理的に受け付けないのも事実だ。

理不尽な力。こちらが子供だと思って好き勝手に都合の良い論理を押し付ける大人達。そして、彼女は家の力か父親の力を使うつもりだったのだろう。


「話は終わりですね?」

「い、いや、待ってくれ」


 立ち上がろうとした僕を、彼女はまたも呼び止めた。これ以上何が有ると言うのだろうか。

彼女の言葉を待つが、何かを言いかけて止めるを繰り返している。僕は、彼女が言葉を発するのを気長に待つ事にした。


「私が愚かだったようだ。今更こんな事を頼むのは図々しいのだろうが、私にチャンスをくれないか?」

「チャンス?」


 漸く紡ぎ出した彼女の言葉は、僕の理解を超えた物だった。


「私は、君を諦め切れない。だから、私を許して欲しい。その為に私は何をすれば良い?」

「別に怒っている訳じゃないので、特に何も」


 流石のディーバも人の考えている事まで解らない。いや、インターフェースを付けている人の事なら解るのだろうが、彼女はそんな物を付けてはいない。

だから僕には、彼女が何をしたいのか全く理解出来ていなかった。




 家の中は、快適な空間と成り果てている。

玄関に入り靴を脱いで上がって部屋に入るところで、薄い膜を通った様な感じがする。

これこそ外界とを隔てるディーバの結界とも呼べる空間に入った事を意味する。


「やぁ、おかえり」

「あれ?サヤだけ?」


 僕が部屋に入ると、サヤだけが僕のPCを触っていた。触っていたと言っても、電源が入っているだけだ。

サヤ達は、インタフェースで操作しているので、キーボードやマウスなんかを操作する事は無い。

当然だが文字も読めないので、そうせざるを得ないのだが、何故外装を脱ぎインナー姿でやっているのか謎だ。


 長い髪の毛の隙間から見える肌にピッタリと張り付いたインナーは、椅子に座っているためにそのお尻の丸みとスリットを淫靡に見せる。

形の良い胸と、そこから続く括れたウェストラインは、どんなグラビアアイドルも霞んで見える。

慣れたとは言え学校で烏合の衆を見てきた後では、その美形を再認識させられてしまう。

例えクラスでは、いやこの世界ではかなり上位と思われる早乙女刹那の下着を見た後だとしても、その記憶すら霞んでしまう程だ。


「で、何でエロゲーなんかやってるんですか」

「これがユーマの好みなのか?」


 質問を質問で返されてしまった。そんな事に突っ込む暇もなく、僕は答えに窮してしまう。

確かに好みの女の子を攻略と言うか陵辱するゲームだが、それはゲームの話であって、しかも二次元だ。

こちらの世界では有り得ない紅い瞳に見つめられて、責められている様な気になってしまう。


「それより、皆は?」

「マーナとカヌンは解析、ミルリエはあちらで戦闘訓練だ」


「戦闘訓練?」

「あぁ、最終的には装甲機を使う事も視野に入れているが、対人用の部隊を作ると言っていたな」


「対人用って?」

「こちらで拠点を作ると、色々と有りそうなのでな」


 何やら物騒な話に、彼女達の仕入れたこちらの世界の情報が、ノンフィクションとフィクションが混同しているのでは無いかと思ったが、今日の事を考えるとそうでもないかと思えた。

全国の神社を総括していると言うだけで、何かとてつもない権力を保有している感じがしたのだから、強ち僕の知らない世界が有るのかもしれない。

それに備えると言うのは、安心のために必要なのだろうと思えた。


「それで久しぶりの此方の生活はどうだったのだ? 確か教育機関に行っていたのだったな」

「うん、それは僕主観で3ヶ月程経過しているのに、皆は時間経過が無くてちょっと戸惑ったけど、大きな問題は無かったですよ」


「それは僥倖」

「ただ、今までと態度の違う人が居ました」


 それから、僕は今日有った事、特に早乙女刹那の件について話をした。

何より彼女が見えると言う僕のオーラみたいな物が、もしかしたらサヤ達にも有る物なのかも知れないと言うのが引っかかっていたのだ。


「成る程な。私は専門では無いが、これはカヌンに調べさせるべきか、或いは既に何らかの情報を得ているかも知れないな」


 サヤがそう言うと暫くして壁の入り口が開きカヌンが入って来た。ディーバ経由で呼び出したのだろう。


「それらしい情報は有る」


 内容も既に伝わっていたのか、カヌンは行き成り話始めた。軍服調の格好をしているところを見ると、あちらで業務中だったのだろう。

やはり、あちらの世界の者達は超越した美を持っていると再認識する。銀髪銀眼の彼女は、神秘的と言うより人外的だ。敢えて言うなら妖精っぽい。


「それらしい情報?」


 僕の言葉に一つ頷くとカヌンは、何故か外装を脱いで椅子に腰掛けた。


「インターネットと言うのは、我々のディーバに似ている情報源だが、かなりフィクションや妄想が入り乱れている。しかし、その中に隠された真実が存在することも確認している」

「隠された真実?」


「あちらで見たユーマの情報の中には無かった情報。セキュリティと言っているが、ディーバには意味が無い」

「あぁ」


 なんとなくカヌンの言いたい事が解った。今の世の中コンピュータで管理されて居ない情報は無いと言っても過言では無い。

そして政府機関や金融機関等はセキュリティが掛かっていて一般人が見る事は出来ないのだが、繋がってさえ居れば、いや繋がっていなくてもディーバであれば中を見る事は出来るらしい。

ただ、あちらの世界と違って、此方の世界ではディーバも十全には機能しないとマーナが言っていた。それは理力と言う物が此方では整理されていないからだそうだ。

その点、インターネットを通す事で情報の仕分けが出来ると言っていたが、僕にはその原理がよく理解出来ていない。


「この世界には裏社会、裏組織と言う物が存在する」

「地下組織の様な物か?」


 カヌンの言葉にサヤが質問するが、僕には俄に信じられない話だ。


「地下組織とは、概ね反政府だと異端宗教だとかだが、裏と言うのは表裏一体、表が有っての裏、裏が有っての表」

「成る程、表に出てこない黒幕の様な物だな」


「裏組織にも世界規模、地域規模と有る。ユーマの遭遇した組織は国内と言う意味で地域規模の組織」

「どの程度なのだ?」


「この国の宗教は多様化している。そしてこの国の象徴である天皇は神の子孫と言う位置付け」

「つまり神社を統べると言う事は、この国を古より統べていると言う事か」


 まさかと僕は思ったのだが、カヌンは自信満々に頷いていた。


「また、この国に限らないがそう言う裏組織の中には、理力を感じるまたは使える者が居る可能性が有る」

「ほぅ、ならばユーマが言われたオーラが見えると言うのは、ディーバの力場が視覚的に見えている可能性が高いな」


 そのサヤの言葉にもカヌンは大きく頷いた。


「ディーバの力場って?」

「インタフェースとインナーと外装によって起こる力場のことだ。詳しくはマーナにでも聞いてくれ」


 話の途中で悪いとは思ったのだが、僕の質問にサヤは答えてくれた。


「じゃぁ、サヤ達も彼女に会うと僕と同じ様に感じられる可能性が高いと言う事?」

「全く違う物を感じていると言う事も考えられるが、可能性は高い」


 今度はカヌンが僕の質問に答える。


「だとすると、皆には会わせない方が良いね」

「マーナなら連れて来いと言う」


 カヌンの言葉に確かに言いそうだと僕も感じた。

結局の所、何処から情報が漏洩するか解らないので、彼女との接触は当面行わない方向になった。


 後でマーナが「連れて来て卵子を提供して貰おう」と騒いだり、「いっその事、交尾しちゃえ」とか暴走していたが、サヤがなんとか抑えてくれた。

流石隊長だと関心したが、ちょっと勿体無い事したかなと思ったのは内緒だ。


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