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料理上手で人気者に成れるなんて幻でした

 柔らかな日差しで目が覚め周りの状況を認識し、あれが夢じゃなかったんだと思い知らされた。

僕の両隣には、昨日の美少女二人が穏やかな寝息を立てている。朝の生理現象と相俟って、薄いシーツだけを掛けた女体シルエットは何かと危険だ。

寝床から起き上がって窓から外を見ると、緑豊かな大地が広がっている。カーテンも無いのに陽射しが眩しくない。これもこの世界の技術なのだろう。

外からは見えないマジックミラーの様な物なのかも知れない。


 今更ながら僕は現状認識に努める。昨夜は、結局何も考えずに寝てしまった。

僕は、還りたいのだろうか? 否である。還ったところで楽しい生活が待っている訳ではない。少なくともこちらでは可愛い女の子が一杯だ。

あちらで恋人なんて居ないし、仲の良い友達が居たと言う訳でも無い。可愛い女の子と話す機会なんて全く無かったのだから、それだけでも幸運だと思える。

言うなれば、元の世界での僕は未だ準備期間だったと言える。女の子と付き合うにも地盤が出来ていなかった。最悪でも自活出来る様になってからだと思っていたからだ。


 では、こちらで暮らして行けるのだろうか? 解らない。そもそも還る術すら解らないのだから、当面流されるしかないだろう。

消極的だとは思うが、多少のアルバイト経験は有ると言っても、高々17歳の未成年だ。何か出来るとは、とても思えない。

それでもこれからの行動を決めたと言う意味では、腹が座ったと言うか落ち着く事が出来たと思う。


 そこまで考えていて、違和感を感じた。音がしないのだ。これだけ緑豊かなら鳥の囀りや、虫の鳴き声が聞こえても不思議は無い。

どうやら技術的には僕の知識が及ばない世界の様だし、もしかしたら防音設備が施されているのかな? 等と考えていると後ろから声が掛かった。


「あ、おはようございます。昨夜は、あんまり眠れませんでしたか?」

「いや、ゆっくり眠れたと思うよ」


 振り向くとマーナが目をゴシゴシしながら、枕元の眼鏡を取り出して身に着けていた。眼のやり場に困り、慌てて窓の外に目をやる。

同じ家に住んでいても周りに疎まれていた僕は、極力家の人とも顔を会わせない様に努めていた。こんな風に寝起きから挨拶をされるのも初めてな気がする。

カヌンは、何時の間にか既に昨日の服装だ。と言っても、この世界だと着替えと言う物に時間は掛からないのだろう。

マーナも起き上がると白衣を羽織り、一瞬で昨日と同じ格好になる。なんと言うか、着替えを見れなくて寂しいとかじゃ無いんだけど、少し虚しさを感じる。


「お顔、洗います?」

「うん、お願い」


 洗顔は料理に使うボールの様なところに顔を突っ込むと、昨日の全身洗濯機の時と同じ様にスチームが顔に吹きつけられる。

口を開ていると、口の中まで洗浄してくれるらしい。歯磨きが要らないと言うのは便利かも知れないが、何か物足りない。


「どうぞ」

「あ、有難う」


 顔を上げると、マーナがタオルを手渡してくれた。ニッコリと微笑むマーナに、同棲と言うのはこんな感じなのかなと感じて、少し照れる。

疑似体験には違いないが、こんなのも良いかなと少し思っていたのだが、食事と言って出された物に溜息が漏れてしまった。


「これが、朝ご飯?」

「はい、朝食です」


 そこに有るのは、昨日と同じブロックと飲み物。溜息も漏れると言うものだ。


「別に豪勢な食事を用意しろとは言わないけど、せめて焼きたてのトーストと目玉焼きぐらいは欲しかったかな」

「昨日からの反応を拝見致しますところ、ユーマさんの世界では食事と言う物が、多種多様だったと言うことですね?」


 何故そこで眼鏡をクイッと押し上げるのか、それはお約束なのか謎だが似合ってるのが何か負けた気分だ。

豊満な胸がプルンと上下するのもお約束だろう。健全な青少年には目の毒だ。


「多種多様って言うか、普通に野菜とか肉とか食べてたよ?」

「野菜とか肉ですか、カヌン、何かご存知ですか?」


 マーナとの噛み合わない会話に違和感を感じていたが、こいつらは食事って物を知らないのかと、漠然とした怒りにも似た感情を抱きながらブロックを頬張る。

ポリポリとブロックを齧っているカヌンは、何か小動物を彷彿とさせ、なんとなく癒される。


「我々の研究課題にも通じる。マーナは自身の研究にしか興味が無いから知らないだけ」

「少々馬鹿にされた気もしますが、知っていると言うことですね?」


 少し険悪な雰囲気になっているようだが、カヌンと言う子は無表情のためよく解らない。マーナが勝手に憤慨しているようにも見えるが、僕は少しハラハラしながら経緯を見守っていた。


「過去のデータに存在する。我々も地上では動植物を糧としていた」

「成る程、古の野蛮な食事と言う訳ですか。それで、カヌンは再現出来るのですか?」


 カヌンの言葉に違和感を感じる。地上では? では、ここは地上じゃないと言うのだろうか?

そこで、僕は昨日のサヤの言葉に対する引っ掛かりを思い出した。「私は、この浮遊大陸で1個小隊を預かるサヤ$&¥~ナ・ル・アンデガヴェンスカだ」

サヤは、浮遊大陸と言っていた。ここは文字通り浮遊していると言うことなのだろうか?


「無理。実物を見た事も食べた事も無い。形だけなら再現出来る。けど、それに意味は無い」

「映像を見せる事は出来ますか?」


 カヌンはコクリと頷くと、目の前の壁を指さす。そこには、皿に盛られた食事らしきものが映しだされていた。

見たことも無い色鮮やかな物だが、食事に間違いないだろう。元の世界でも、パプリカ等を色合いに用いた色鮮やかな食事も有った。それに似ている気がする。


「二次元映像ですか。これはまた古い資料ですね。ユーマさんが仰っているのは、この様な物でしょうか?」

「あ、うん、そんな感じ」


「そうですか。残念ながらここには、これらを作る材料も技術も有りません」

「それで食事は、これだけだと?」


「そうです。人体に必要な栄養素は、全て賄われておりますので」

「ふ~ん、そう言う事じゃないんだけどなぁ」


「でもご心配には及びません。組成さえ解っていれば、インターフェースが有れば再現する事が出来ます」

「え? 組成ってそこまで細かくは知らないよ?」


 何故か人差し指をピッと立てて、ドヤ顔で説明するマーナ。勿論、胸をプルンと上下させる事も忘れない。


「大丈夫です。ユーマさんは実際に食べた事が有るのですよね? その記憶に沿って再現が行われます」

「インターフェースって、そこまで凄いの?」


「実際は、インターフェースに繋がってるディーヴァですけどね」

「ディーヴァ?」


「はい、全てのインターフェースに繋がり、その制御を行なっています」

「メインサーバみたいな物か」


 この時僕は、単純にコンピュータに繋がるメインサーバを思い描いていたのだが、それが大きな間違いだったと気付くのは、もう少し後になってからの事だった。

それよりも再現出来ると言う言葉に、僕は夢を膨らませてしまった。この世界での食べ物がこのブロックとこの白い飲み物だけなら、僕の知っている物を再現すれば、それこそ異世界で料理上手の人気者になるのではないかと。

よく有る異世界召喚物のラノベなんかで、元の世界の料理を再現して、「こんな美味しい物食べたのは初めてですぅ」って奴だ。


 この際、生殖能力が無いのとかは二の次だ。目の前に綺麗な女の子が一杯居るのだから、仲良くした方が良いに決まってる。

何やかんやと言いながら、僕は同級生達に押し付けられたラノベやゲームの様な世界の主人公達に憧れていたと言う事なのだろう。

全く以って自分が情けない。少し凹んだが、意識を切り替える。現実的に異世界に召喚されてしまったのだから、これからどう振る舞うかは僕次第なのだ。


「なんかニヤけたり、落ち込んだり、ニヤけたり、どうしたのですか?」

「気持ち悪い」


 カヌンの言葉に更に凹んだ。




「つまり、夜に見えたあの大きいのは、この惑星の本星で、この惑星があの星の周りを回っている。そしてここは惑星の衛星軌道上にある浮遊大陸であると」

「理解が早くて助かります」


 理解が早いもなにも、目の前に立体映像を映し出されていたら理解するしかないだろう。

そこには、太陽系と同じ様な立体の天体図が映し出されており、公転の起動も薄らと表示されている。食事の後、何気に聞いた事からマーナが説明を始めたのだ。

更には、マーナが手を翳すと一つの惑星が拡大表示され、この浮遊大陸と言う物がその惑星の上空に複数存在する。僕の感覚では、一つが凡そ四国ぐらいの大きさだろうか。


「我々は、この星をバラ、本星をサヤリ、恒星をソルと呼んでいます」


 透明なテーブルに透明な椅子にも意味があった。そもそも有る物と、インターフェースで造り出した物との区別が一目で解る様にとの事だ。

目の前にある立体映像の様に色を付ける事も出来るが、それが突然消えると人は驚いてしまう。

透明な物は、インターフェースで造り出した物だと解っていれば消えても驚いたりしないと言う事らしい。

知らない技術には知らないルールが有る様だ。


 マーナに何かのスイッチが入ってしまったようで、嬉々として説明しているマーナを僕は、まるで授業を聞いている様な気持で見ていた。

半分以上解らない理論や名称が入っていたので仕方ないと思う。半分流しながら聞いていると、プシュッと言う音と共に誰かが入って来た。


「お待たせしたな。これが君のインナーと外装、それに靴と、これがインターフェースだ」


 入って来たのはサヤとミルリエだ。サヤの言葉にミルリエが手に持っていた物を僕の前に置く。その上にサヤが腕輪の様な物を置いた。

こうやって見ると二人共流石に美人だ。惜しげも無く出された太ももが眩しい。あまり凝視しているのも変なので、僕は前に置かれた物を手に取ってみる。


「何故に黒?」

「君の物は色々と我々と規格が違うらしい。過去のデータからも男性体の物は黒が多かったらしくてな」


 そう。僕の目の前に置かれた物は、皆と違い黒かった。その上に置かれた腕輪だけがメタリックな感じだが、これもクロムメッキの様な色合いだ。

確かにあまり目立たないが、皆も色違いの同じような腕輪をしている。あれがインターフェースだったのか。


 僕は、目の前に畳まれて置かれているインナーを広げてみて安堵した。皆の様にハイレグっぽいものでは無かったからだ。

それに、インタフェースがあれば、あのトイレの羞恥地獄から解放される。見ないようにしてくれては居たが、恥しいものは恥しかったのだ。


「あ、古いデータから男性体用のデザインを持って来たのだが、気に入らないなら言ってくれ」

「いや、これで良いです」


 そうは言った物の、手にとったインナーを着る方法が僕には解らなかった。それはウェットスーツの様に半袖のシャツと短パンを繋いだ形をしているのだが、ウェットスーツの様なファスナーが見当たら無い。

裏返したり撫でたりしている僕を見かねて、マーナが首のところを大きく開いてくれた。

どうやら、首のところを開いて脚を入れて身に付けるらしい。こんなに首の所を開いて伸びたりしないのかと思ったが、今着ている貫頭衣型の検査着ならそのまま下から履けるため、その場で履いてみる。


 手触りは絹の様な感じなのだが、恐ろしく伸縮性があり僕は難なくそれを身につける事が出来た。黒いため股間のもっこりも、それ程目立たないと思う。

検査着を脱ぎ捨て、外装と呼ばれる物を羽織った。皆とは違い、膝下まである白衣、色が黒いから黒衣とでも言うような見た目だ。

靴と言われた物は、どちらかと言うと靴下と言うかフットカバーの様な感じだが、それも身に付ける。


「これを装着すれば、外装はイメージした形にすることが出来るぞ」


 そう言ってサヤが差し出したインターフェースを左手に嵌めた。こちらも見た目はメタリックなのに伸縮自在だ。しかも圧迫感が無い。

僕は、普段着ていたスニーカに黒いジーパン、それに薄手のパーカーと言う姿をイメージした。


「ほぅ、それがユーマ殿の世界で一般的な格好なのだな?」


 姿見が有るわけでは無いが、僕は自分を見下ろし何時も着ていた服だと認識して、サヤの問に頷いて答えた。

やはり、魔法と言われた方が納得出来る技術だ。マーナとカヌンがしゃがみ込んで、僕のスニーカーを物珍し気に見ているがスルーする。


「インターフェースの使い方は、インターフェースに聞いてくれ。我々に聞いても構わないが、それより実際に試す方が早いだろう」


 僕は、マニュアルみたいな物はないのかよと思ったら、目の前にウィンドウが開いた。

半透明のそれは、日本語で「ヘルプ」と書かれている。何故「help」じゃないんだ、日本語なら「説明」とかだろ思いながら、そこにタッチすると様々な項目が出てきた。

全て日本語なので一体どう言う技術だと思ったが、読めると言う事は有難い。が、項目が多すぎる。


「ちょっとすぐには覚えられそうにないですね」

「あぁ、構わない。ゆっくり確認してくれ」


 そう言ってサヤとミルリエも席に座り、マーナが飲み物を淹れる。

暇なのかな? と思いつつも僕は少し面白くなって、目の前の仮想画面を操作していた。

因みに飲み物だけど、色が付いていたので紅茶かなんかだと思っていたのだが、あれも味が解らなかったのでは無く、味が無かった。


 そこで僕は、まず飲み物を出す方法を確認してみた。そう考えただけで、「飲み物」と言う項目が拡大表示される。

これタッチする必要があるのかな? とか思うと「ありません」と出た。こんなお茶目なところも有るんだと思いながらその項目を読む。


 色々と書いてあるが、兎に角「イメージ」して「出して欲しい」と思うのがキーワードらしい。赤く太文字で表示されている。

イメージは具体的な程良く、味も思い描けば再現してくれるらしい。全く至れり尽くせりだ。

そこで僕は、喫茶店なんかで出てくるアイスコーヒーをイメージしてみた。要点は、氷とストローだ。

僕が出した物を、皆が珍しそうに見る。


「それは、何だ?」

「コーヒーと言う、僕の世界ではポピュラーな飲み物ですよ」


「何か変な匂いがしますね」

「ちょっと飲ませて貰っても構わないか?」


 マーナが何故か鼻を摘んでいる。香ばしくて良い香りだと思うけどなぁと思いつつ、サヤの言葉に頷いて僕の出した物を渡した。

間接キッスだよと思ったが、あちらは気にしていないようだ。僕の真似をしてストローに口を付ける。


「な、苦いな。毒じゃないのか?」

「カフェインが入っているので、あまり飲むと眠れなくなったりしますね。毒と言えば毒なのかな?」


 何故か回し飲みされて、皆一様に変な顔をしている。まぁ、初めて飲むのだからこう言う反応かな? とあまり気にしなかった。

僕が初めてコーヒーを飲んだ時は、缶コーヒーだったから甘かったけど、これはブラックだ。


「普通は、シロップやミルクを入れて飲みますけどね」

「シロップヤミルクとは、何だ?」


「シロップは、なんだろ? 砂糖みたいな物かな。ミルクは、牛乳ですね」

「牛乳とは何だ?」


「牛と言う家畜が居て、それの出す乳です」

「母乳の様な物か?」


 矢継ぎ早にサヤが質問してくるので、僕は、どうやって説明したものか悩んでしまった。


「映像を見せて頂ければ早いと思いますよ?」

「映像?」


 マーナの言葉に反射的に復唱してしまうと、そのヘルプ画面が現れた。

思い描いた物を表示する場所を指定すると、その映像が表示されるらしい。そう言えば朝カヌンが料理を表示してくれていたなと思い出す。

マーナは立体映像で星の説明をしてくれていた。そして、僕は朝のカヌンの動作を思い出して壁を指さした。表示させたのは牧場だ。


「「「おぉ~!」」」


 歓声が上がり、僕も拙い説明を始める。それからは僕の居た世界を色々表示して、皆に元の世界を説明する説明会と成り果てて行く。

僕の記憶に有る物が何でも表示出来るので、僕も面白くて時間の経つのも忘れて説明に没頭することになってしまった。




 このインタフェースと言うのは凄い。限りなく本物に近い物を再現する3Dプリンターの様な物だ。

再現出来ないのは、生物と巨大な物だけらしい。この世界では僕の世界で言う魂と言う物に相当する物の存在が立証されており、その再現が出来ないから生物は不可だと言う事だ。

試しに魚を再現したら、僕では魚の組成を知らないために無理だった。しかし、食べ物としての魚、例えば焼き魚や刺身は再現出来る。

巨大な物は、単純に再現するための材料を持ってこれないからだと言う事だ。つまり材料を用意出来るなら再現出来ると言う事だが、ここが浮遊大陸であるが故にリミッターが掛かっていると言うのが理由らしい。


 食べ物が再現出来るのは、食べ物の再現は、味、匂い、食感などを元に再現されており、必ずしも本来の組成と同一では無いから再現出来ると言う事だった。

そして僕は、また一つ希望を失う事になる。コーヒーを出した時の反応から気付くべきだった。


「これは、本当に食べ物なのか?」

「凄い匂いですね」


 色々と僕の世界を説明し、食べ物を再現してみたのだが、酷く不評だ。

再現したのは、嫌いだと言う人が殆ど居ないカレーライスだ。それも本場のスープカレーでは無く、ポピュラーな洋風カレー。

反応を示したのは、サヤとマーナであり、カヌンとミルリエは鼻を摘んで、近寄りもしないと言うか後退っている。


「うっ、む、無理だ。刺激的過ぎる」

「し、舌が痛いです」


 少し舐めただけで、サヤとマーナはそれを僕に押し返した。

それならばと、僕は女性なら誰でも大好きな甘い物を再現した。少し頑張って生クリーム入りのシュークリームだ。

僕だって一応男だし、それ程甘党と言う訳でもないので、そんなにスイーツに詳しい訳では無い。これくらいが精一杯だったのだ。


「これは、少し良い匂いだな」

「フニャフニャですね」


 サヤが匂いをクンクンと嗅いで、マーナが指先でツンツンしている。

僕は、シュークリームの蓋の部分を千切り、中のクリームを付けて差し出した。

サヤが恐る恐ると舌を出して、僕を上目遣いに見ながら舐める。艶っぽいと言うか、庇護欲を唆る表情だ。

それを周りの者は、心配そうに見ていた。


「む、これは、なんと言うか、物凄く甘ったるいな」

「甘さが過剰な気がしますが」


 サヤとマーナの反応に、カヌンとミルリエも手を出す。そんなに恐る恐るなら止めとけば良いのに。

ミルリエなんて目を瞑って、えいって感じでチョロッとだけ舐めている。なぜかカヌンがパックリと咥えているが、彼女は勇気が有るのかも知れない。


 まさかシュークリームを食べて貰うだけで、こんな感想を抱くとは思いもしなかった。異世界恐るべしである。

取り敢えず皆が口にしたみたいなので、全員分のアールグレイティーを用意したが、こちらも不評だった。

全員渋い顔をしている。


「これを食べ、これを飲むと癖になるかも知れない」


 カヌンがフォローしてくれている様だが、なんか凹む。僕の17年間過ごしてきた文化は、こちらの世界では不思議ちゃんにしか認知されない文化の様だ。


「しかし、これは、なんと言うか、ユーマ殿の世界は刺激的な食生活だったのだな」

「胃が少し凭れますわ」


 サヤもフォローしてくれている様だが、ミルリエはやっぱり容赦が無い。苦手意識が出来そうだ。

僕は、極力人と関わらない様に生きてきた。それは、僕が嫌悪感を感じたり、僕に嫌悪感を感じていると感じたら、速攻で近付かない様にしていたと言う事だ。

彼女は、この世界で僕の近付かないリストの一番に載った。と言うか交流しても良い人リストから外したと言うべきか。


 最初は嫌な奴と思ったけど付き合ってみたら良い奴だった。等と言う話を聞いた事もあるし、嘘だとも思わない。だけど、僕には人とそこまで深く付き合う気が全くなかった。

誰も僕を助けてくれなかったと言う事実だけが、僕の人間に対する評価だったから、良い奴も悪い奴も僕に取って同じなのだ。ならば、付き合い難い人間とは最初から付き合わないだけだ。

そんな事をツラツラと考えながら、僕はションボリとカレーを食べていた。味は、今まで食べたカレーの中で一番美味しいと思ったカレー。

だが、美味しいとは感じない。学食で急いで掻き込んでいる感じだ。


「こんな刺激物を毎食食べていたなら、私達の食事が味気無いと言ったのも頷けます」

「食事とは、本来こう言う物だった。私達には材料が無いから、何時しかあの様な形式になってしまった。と記録には残っている」


 マーナとカヌンが何か言っているが、僕の耳には意味有る言葉として聞こえていない。僕は、黙々とカレーを食べていた。

そんな僕を困った様な表情で4人が見ている事も、僕にはどうでも良い事だ。ここでの僕は異物でしかない。それは親戚の家族に混ざり込んだ僕と何の違いも無い。

なんか涙が出そうに成って来たので、僕はカレーを口に詰め込むしか無かった。


「なんか暗いですわね? 食生活が違うぐらいで、そんなに落ち込む必要は有りませんわよ」

「別に落ち込んでなんか無いよ」


 いや、嘘だ。僕は落ち込んでる。それより僕に構わないで欲しい。ミルリエは苦手だ。


「男性体は野蛮で横暴で利己主義だと聞いていたのですが、そちらの世界では貴方みたいなのが標準なのかしら?」

「僕は気弱で軟弱な方だよ」


 自分で言ってて情けなくなる。だけど事実だ。


「でしたら、もう少しシャキッとなされた方が宜しいですわよ。それは、確かに勝手にこちらに召喚した我々に非は有りますが、我々も全力でサポート致しますわ。もう少し前向きに」

「解ったよっ!」


 僕はミルリエの言葉が居た堪れなくなって、言葉を遮った。


「解ってるよ、そんな事は」


 僕は彼女の様に自身溢れる人間が苦手だ。彼女達は知らない。何日も食べ物を与えられないひもじさを。誰にも頼れない心細さを。

ここに居る限りひもじさは無いだろう。だけど、僕に頼れる人間は居ない。ただ従うだけだ。何も解らないから。

それは今までと変わっていない。何も変わっていない事を思い知らされただけだ。


「暫く、独りにさせて貰えませんか?」

「解った、何かあれば呼んでくれ。インタフェースに呼びかけて貰えばれば良い」


 そう言ってサヤ達は部屋を出て行ってくれた。

僕は何を浮かれていたんだろう。先進的な技術にだろうか? 見目麗しい女性達にだろうか?

兎に角、再認識させられてしまったのだ。異世界に来たからと言って、僕はチート能力など何もなく、平凡な何の取り柄も無い人間だと言う事を。




 独りになった僕が何をしたかと言うと、食べまくった。

いや、だってお寿司とかステーキとかフランス料理とかイタリア料理とか出し放題なんだよ? あ、だけど焼肉は無理だった。ここには、火が無かったのだ。

折角だから炭火焼にしようとおもったら、そっちは食べ物じゃないから組成が解らないと言う事で再現出来なかった。

ガスコンロのガスの細かい事も知らないし、何か焼ける物を検索したらホットプレートみたいな物があったのだけれど、今度は生肉が再現出来ない。

細かい所で不便を感じるけど、それは贅沢と言う物かと思って諦める事にした。焼きあげた焼肉なら再現出来るので、これで良しとする。


 お腹が膨れると不思議とネガティブな考えって無くなるものだ。幸福感に包まれると言うか、なんとかなりそうと思えると言うか、人体の不思議である。

コーヒーや緑茶なんかも再現出来るし、僕だけが満足する分には何も問題は無い。寧ろ高くて食べれ無かった物なんかも食べれて満足度の方が高い。

一度も食べた事の無い物は無理だけど、変なスケベ心を出さなければ、落ち込む要素は何も無かった。全く、自分の馬鹿さ加減に呆れると言う物だ。


 お腹も膨れてかなり落ち着いたと思う。幸いにも今は独りにしてくれている。だから僕は改めて現状を考えようと思った。

兎に角、僕は嫌いなのだ。状況を理解しようとしないで思考停止する事が。取り敢えずこれまでを振り返って見ようと思ったら、目の前にメニューが表示された。

メモリー? ご丁寧に年代別になっている。なんだろうと思ってその一つに意識を集中すると、その当時の僕が映し出された。どうやら僕の記憶を再現してくれているらしい。


 そして、僕の悪い癖だ。面白いと、時間を忘れてのめり込んでしまう。

僕が覚えていないと思っていた事まで再現してくれるこれは、普通は記憶には残っているけど引き出せない物まで、インタフェースは引き出して表示してくれているのだろう。

だから面白いと思ってしまった。あんな事有ったなぁとか、あんな娘いたなぁとか、忘れていた事まで思い出させてくれる。


 学校での事、アルバイト先での事。そこで僕はふと思った。ここまで再現出来るなら僕の読んだ本や、見た映画やなんかも再現出来るのじゃないかと。

それで思い浮かべたグラビア雑誌が丸々再現出来たと言うか、見る事が出来た。慌てて閉じて周りを見回したけど、誰も居なくてホッとする。

なんか最初の趣と違う気がするけど、これはこれで便利だ。多分、僕の記憶頼りだとは思うが、元の世界の情報をある程度閲覧する事が出来ると言う事だ。


 そう言えば、時計と言う物が無いと思っていたのだが、必要無いと言う事が解った。

インタフェースがあれば、時間など何時でも何処でも教えてくれる。全員が同じ時間を共有しているのだから、壁掛け時計なんて言う物も必要ないのだろう。

そしてインターフェースの凄いところは、僕に24時間表示の時間と、この世界で使われている時間とを教えてくれるのだ。

勿論そうしてくれと頼んだのは僕だが、なんとも万能である。そして、あまり意味の無い事だけれども、元の世界の時間に換算するとどれくらいかも知る事が出来た。


 自分の世界をある程度回想したりインタフェースを色々試した後、僕は、ふと有る事に気付いた。このインタフェースならよくあるステータス画面とか見れるのでは無いかと。

そう考えて出て来た表示は、心拍数、血圧、血糖値、etc。うん、確かにステータスだった。


 次に考えたのがこの世界の事も教えてくれるのでは無いかと言う事だ。

よく、変な独自の倫理観を以って、自分の力を使わない主人公とかが居る。例えば、人の心が見えるのに、勝手に覗くのは相手に悪いから普段は封印しているとかだ。

そのせいで危機的状況に陥ったり、騙されたりしているのを見ると、阿呆かと思う。それで、自分だけが被害を被るなら自業自得で済むだろうが、大概周りを巻き込む。

特に、その世界の慣習を知らないで何気なくやってしまった事が大事になる、なんて愚かにも程がある。

物語の予定調和と言ってしまえばそれまでだが、僕にはそんな殊勝な考えは無い。使える物は何でも使わないと、それでなくても僕の能力なんて平均以下なのだから。


「まずは、何故、男が居ないかからかな」


 僕がそう呟くと崩壊戦争と言う言葉が出てきた。概要を要求する。


 今から凡そ二千年前(地球時間換算)、全世界が統一されている中、一つの地域が独立を主張した。

その国の名はディーヴァ。女性の女性による女性のための国だった。


「ディーヴァだって?」


 何かパズルを解く取っ掛かりを見つけた時の様な気分で、僕は一心不乱に情報を検索していく。

この世界は、そもそも男性社会だった様だ。女性の権利も保証されていたが、結局は男性優位な世界。なんか元の世界と大して変わらない気がするが、こちらの女性達はそのことを大きく問題視していた様子だ。

武力抗争、政治抗争、経済抗争、抗争と名の付く物は全て男が行う。男が居なければ抗争は起きないと言うのがディーヴァの主義主張だ。


 ディーヴァが独立した理由は、その頃禁忌であった人工授精の正当化の為だった。ディーヴァはその技術により、女性だけの国を建国することが出来たのだ。

建国当初は、そう言う思想の人間が一箇所に集められると言うことで他の地域も賛同したらしい。

しかし、思惑とは違い年数を重ねるにつれ、各地でディーヴァの主義主張に同意する女性が増えて言った。


 そして凡そ千年前(地球時間換算)、ディーヴァは地上を見放した。四国程の大きさの島が各地で地上から離れ、千以上の地域がこの浮遊大陸となった。

残された地上の男達は、ディーヴァに対して攻撃を行うが、それは正しく天に唾吐くのと同様で、ディーヴァに逸された攻撃が地上を襲う。

それによりディーヴァを放置して各地で抗争が勃発。地上は死の土地と成り果ててしまったのが、凡そ600年前(地球時間換算)と言う事だ。


「まるでノアの方舟だな」


 細かい所は飛ばしたが、全体的な流れは解った。では、何故召喚などと言う物を研究していたのかだが、今までの情報で推測は出来る。


「行き詰まったか」


 僕は、その推論を裏付ける情報を集めようとしたところで、インタフェースが来客を告げた。

成る程、今まで勝手に入って来た様に見えていたのは、誰かのインタフェースに、このように告げられていたのだろう。

ウィンドウに所長さんの顔が見える。僕も丁度キリが良いので了承すると、今まで壁だったところにアーチ上の入り口が開く。


「インタフェースには、慣れたようだね」

「お陰様で」


 美人と言うのは、変な迫力が有る。微笑まれるだけで、こちらが後ろ暗い気持になるのは、僕が捻くれていると言う事だろうか。


「皆から聞いてね。私も君の世界の食べ物と言う物を味わってみたいのだが、何か出して貰えるかい?」


 僕の隣に座って、こちらを向いて脚を組む所長さんは、狙っているのか無防備なのか判断に困る。

少なくとも今まで男性が居なかったのだから、そんな駆け引きを知っているとも思えないのだが。いや、男性が居なくても女性同士と言うのが有って、百戦錬磨なのかも知れない。

などと意味不明な事を考えていると、所長さんは僕の方をきょとんとした顔をして見ている。美人のこんな顔は破壊力が有り過ぎだ。


「駄目か? 何でもうちの子達が無礼な反応をしてしまったと落ち込んでいたのだが、やはり怒っているのかね?」

「いや、怒っては居ませんよ。あれは、僕が勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んだだけですから」


 そして僕は、少し考える。あれは、この世界の食事事情をしらずに、僕の思い込みで美味しいと思う物を出しただけだから失敗したのだ。

ならば、味の薄い物を出せば良いだろう。僕は、あまり味が無いと思っているハーブティと、クッキーを出した。


「ふむ、聞いていた程きつい匂いでは無いな。それにこちらも少し甘いだけだ」

「彼女達に出したのは、これですから」


 そう言って、カレーとシュークリームとアールグレイティーを出す。流石の所長さんも顔を顰めた。


「成る程、確かにかなりな刺激臭だ。済まないな。我々は、この様な食事を摂らなくなって久しい」

「えぇ、こちらの世界のと言うか浮遊大陸の成り立ちみたいな物は、拝見させて頂きました」


「ほぅ、君は中々勤勉家のようだね」

「興味の有る事には、ですね。興味の無い事は全く駄目です」


 ちょっと照れてしまった僕に、ハーブティーを一口飲んで微笑む所長さん。本当に絵になるし、白く程よい太さの太腿が眩しい。

多分かなりな年齢なのだろうけど、どう見ても女子大生のお姉さんぐらいにしか見えない。


「ならば、君は気付いてしまったかも知れないな」

「何にですか?」


「我々が何故召喚実験などを行なっていたのかをだよ」

「いや、それ程調べてませんし、僕はそんなに頭が良い方じゃないですから」


「そんなに自分を卑下するものじゃないぞ。君は我々の想像以上に理知的だ」

「想像が下過ぎただけじゃ?」


「ふふふ、それにユーモアもある」


 別に冗談を言ったつもりじゃなかったのだけれども、良い様に解釈してくれたようだ。


「どこまで見たのか知らないが、この世界では人間以外の動物は死滅しているんだよ」

「え? でも皆が僕を見て猿って言っていたような」


「それは、我々の祖先と言われている物だ。進化していない人と言う意味で使ったのだろう」

「原始人みたいな意味だったのですね」


「我々の世界は平和だ。だが閉塞しているのも事実だ。最終的には、地上が元の緑豊かな大地に戻るのを待っているのだが、それには後どれくらい掛るのか予想も付いていない」

「はぁ………」


 なんか難しい話になって来た。この人は僕に一体何を望んでいるのだろう。


「この世界に浮遊大陸は幾つ有ると思う?」

「千以上じゃ?」


「確かに当初は、そのくらい有ったらしい。だが今現在、連絡を取れる浮遊大陸は、ここを含めて6つだ」

「え? たったの6つ?」


 驚いた僕の両肩を所長さんが掴む。顔が近いです。良い匂いがします。ハニートラップですか?


「君は、我々に希望を与えてくれた。勝手に君の生活を壊しておいてこんな事を言えた義理では無いのだが、どうか我々に協力して貰いたい」

「きょ、協力って、一体何をすれば?」


 まさか人体実験の被験者になれとか言わないよなと、嫌な考えが頭を過る。


「何、大した事では無い。君の記憶を見る許可を貰いたいだけだ。後は、こちらの疑問に答えて貰うくらいだな」

「記憶を見るって?」


「インタフェースに繋がったなら、ディーヴァ経由で見る事が出来るのだ。勿論、普通はセキュリティが掛っているがな」

「僕のプライベートを公開しろと言う事ですか?」


「記憶を見るとそう言う事も見えてしまうと言う事だ。勿論、公開などしないと誓おう」


 それでも、女の子に何でもかんでも見られると言うのは、嫌と言うより恥ずかし過ぎる。


「やはり駄目か? 何なら君には誰のプライベートでも見れるようにしても構わないが」

「それは、交換条件になってませんよ」


「しかし、先程、女性の裸の画像を見ていたようだが?」

「なっ、なっ、なっ、何をっ言ってるんですか!」


 慌てている僕に所長さんは一度微笑むと、真剣な顔になった。


「変な期待をさせてもいけないから、これは言わないでおこうと思ったのだが、我々は君の世界との交流を目標にしている」

「え? それって」


 所長さんは、一つ頷くと言葉を続けた。


「君が元の世界に還れるかもしれない。ただ、これは約束出来る物ではない。何しろこれから研究を始めるのだからな。君が存命のうちに実現する保証もない」


 それでも、僕をこちらに召喚した技術があるのだから、期待するなと言う方が無理だろう。

だが、僕は還りたいのだろうか? 還ったところで大して嬉しい訳では無いと思う。


「それでも、僕が協力すれば、その可能性は飛躍的に上がると」

「そう言う事だ」


「所長さん、狡いですね」

「私の事は、ルーと呼んでくれ。それと済まない。勿論、君がこの世界で快適に暮らせる様に保障するのは、この話とは別な話だから心配しなくて構わない」


 本当に狡いと思う。そんな風に頭を下げられたら怒るに怒れないじゃないか。それに記憶を見るのだって、僕に告げずに勝手に見れば、僕は見られている事すら解らなかったはずだ。

ここまでされて、これを誠意じゃなくポーズだと受け取れる程、僕も擦れていない。


「わ、解りましたよ。協力しますから、頭を上げて下さい」

「本当かね!有難う!本当に有難う」


 いきなり顔を上げると僕の両手を持ってお礼を言う所長さん。だから顔が近いですって。


「ではまず、洗浄ルームに行こうか」

「え? 何故に?」


「勿論、部下が体験していて私が体験していないから解らないなど、許されない事だからだ」

「いや、そんなもの許されますって、ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇ~っ!」


 こうして僕は、所長さんに洗浄ルームへと拉致されたのだった。

何はともあれ、僕のこの世界での仕事? みたいな物が決まったのだと思えば、少し気が楽になったと言うものだ。


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