異世界召喚が剣と魔法の世界って誰が言った?
気が付くと僕は、全裸で横たえられている自分自身を、その上空2メータぐらいの空中から眺めていた。
これが幽体離脱と言う物なのかも知れないなと、漠然と現実逃避を行い周りを見渡す。
僕の周りでは、数人の国際色豊かな少女達が僕の方を見ている。僕の腰回りにタオルの様な物が掛けられていたのは僥倖だった。
でなければ、僕は羞恥死していただろう。いや、この状態が生きているのかと問われれば、答えを持っている訳では無いのだが。
「僕は、死んだのか」
言葉を発してみたが、その言葉が僕の耳に届く事はなかった。
それどころか少女達は、時折何か言葉を交わしているようだが、僕にそれが音として伝わっては来ていない。
と言うより音らしきものが何も聞こえない。音は鼓膜に空気の振動として伝わる。僕の鼓膜は、今僕と繋がっていないのだろう。
映像は光が網膜に反射して映像と認識するはずだ。僕は自分の手を見てみようとして、そこに何も無い事を確認した。
どうやら僕の意識だけが肉体から離れ、なんらかの形で周りの状態を映像として認識しているらしい。
当然詳しい事は解らない。ただそうなっている。その事実を認識しただけである。そして重要な事は、彼女達には僕が認識されていないと言う事だ。
そうと解ればやる事は一つだろう。僕は彼女達の近くに行き、文字通り舐める様に彼女達の肢体を眺めた。
何時誰が僕にタオルを掛けたのかとか、もっと現状確認しろと言われるかも知れないが、僕は周りの少女達に意識を移す。
パッと見た感じ下着姿と見間違う美少女達を前にしたなら、まずはその確認からと言うのが男の性と言うものだ。
何しろその少女達は、競泳水着かと思われる程薄く肌にぴったりと張り付いた、ミスコンの水着の様に際どく白い物の上に白衣を羽織っただけだったのだから。
その白衣もお尻が隠れるか隠れないかぐらいの丈しかなく、前は止めずに肌蹴たままのため、その豊満な体の線が露わとなっている。
当然、足元から上を見上げるのは必須だし、極限まで接近して豊満な胸の谷間を覗く事も出来る。
ただ、触って触感を感じれないのが残念だったが、実際、肉体があってもそんな事は出来ないのだから意味のない話だ。
少し離れた透明なテーブルを前に、透明な椅子に腰かけている少女などは、白衣すら脱ぎ捨てているため、その水着の様な物の形状が明らかとなっていた。
透明な椅子のため背中に回ると、ほぼ背中に布は無く一本ブラジャーの後ろの様な物と、お尻の割れ目を漸く隠す程度に覆われた布しかない。
その割れ目すら解る程、肌にぴったりと張り付いている布は、お尻の形もくっきり解り、白い色が確認出来なければ全裸と見間違う程だ。
その少女は、透明なテーブルの上に細く長く白い指を忙しなく這わせ、指が触れた箇所から光の点滅が幾重にも走る。
少女の前には、反対側からは透明に見えていたモニターが有り、僕の体と思しき映像が表示されていて、見たことも無い記号の様な物が羅列されている。
ここは、僕の知るよりかなり先進的な医療機関なのかも知れない。僕は、その映し出されている映像を見て、なんとなくそう言う感想を抱いた。
そして僕は、現実ではお目にかかった事が無い金髪縦ロールに、碧い眼のアングロサクソン系少女からじっくり眺める事にした。
素肌まで透き通る様に白く、お尻や胸がその存在を強烈に主張しており、長い脚が日本人には有り得ないスタイルを醸し出している。
胸の下で組んだ腕は豊満な胸を更に押し上げ双丘の谷間を強調し、如何にも私不機嫌ですオーラを発している。
次に壁に凭れ掛かり、これまた腕を組んでいる黒髪前髪パッツンの腰まであるストレートロングの美少女。いや、少し落ち着いた雰囲気から美女と称すべきかもしれない。
こちらは、壁に凭れ掛かっているためお尻は解らないが、スレンダーな体型が伺える。鋭利な紅眼で巫女装束などが似合いそうだ。
その隣には、やや背の低い白に近い銀髪ショートボブの少女が、周りの喧騒に我関せず透明なタブレット端末と思しき物に目を落としている。
伏し目がちに見える眼は髪よりはっきりと解る銀色で、体型は少々幼女っぽいがそれは周りに比べてであり、慎ましやかな胸も膨らみかけたお尻も女性で有る事を強調している。
ここで僕は僅かながら疑問が浮かんだ。紅眼や銀眼って現実に居たのかと。
最後は先程の透明な椅子に座り、これまた透明なテーブルの上にチカチカと光る物を操作している、すこし大きな縁無しの丸い眼鏡を掛けた少女で、その瞳はエメラルド色。
ウェーブが掛かったセミロングの髪は淡い緑で、地球上では染めてでもいない限りお目に掛かる事のない色だ。
体型は、すこしポッチャリ感を印象付ける豊かな胸とお尻だが、腰は細く決して太っている訳ではない。ちょっと日本人体型に近い印象だ。
眼福眼福と彼女達を眺めていた僕の意識が、急に何かに引っ張られる。目の前では僕の身体が光輝いていた。
急に身体の感覚が戻り、瞼を開くと眩しい光が飛び込んで来る。
「っ! 眩しい」
思わず手で光りを遮り周りを見ると、先程の少女達がこちらを覗き込んでいる。
「喋りましたわ」
「猿では無かったようだな」
「一応、意思疎通情報は転写しましたが、まさか喋れるとは」
「雄」
「これが例の」
「あれだな」
「あれですね」
「発情」
誰が発言したのかも解らない意味不明な発言だが何故か理解出来てしまい、彼女達の視線を追った先には寝起きの生理現象を発生させた僕の股間が有った。
僕は慌てて股間を抑え後退り、ベッドと言うか台座と言うのか解らない場所から転げ落ちた。
ゴロゴロと二回転程して壁にぶつかって止まった僕は、タオルから手を離さなかった事を褒めてあげたい。
「っつうぅ………」
頭を押さえ、呻く僕に碧紅銀緑4対の視線が集まっている。
「こ」
「「「「こ?」」」」
4人の美少女がこちらを伺う。倒れた僕に近づくために前かがみの形になっているので、4つの谷間が僕に迫って来る。
その姿勢を後ろからも見たいと思った僕は、多分正常なんだと思う。
「ここは、何処?」
僕の混乱した頭では、その一言を発するのが精一杯だった。
しかし、僕の言葉に彼女達は僕よりも混乱したらしい。
「場所の概念が御座いますの?」
「これは、かなり高い文化レベルから来た可能性があるな」
「ま、まずいです。下手をすると研究職から外されてしまいます」
「まず謝罪」
銀髪の子の言葉に、全員が僕の前で片膝を付く。右手が床に、左手が立てた膝の上と言う、どこか中世の臣下の礼を彷彿とさせる姿勢だ。
当然、下着が見えている様な形になっている太腿や、頭を下げているために見えてしまっている双丘などに目が行ってしまい、僕の混乱は色んな意味でオーバフロー状態だ。
「まずは、この度我々の実験に貴方を巻き込んでしまった事を心から謝罪する。今後、貴方に対し最大限の便宜を図る事を約束するので、どうか我らの謝罪を受け入れて頂きたい」
黒髪の子が代表してなのか、そう言ってきた。全員頭を下げたままのため、無防備とも言える。
「と、取り敢えず状況を説明して貰えますか?」
「まずは、謝罪を受け入れて頂きたい」
体制を変えないまま、そう言う黒髪の子に僕は違和感を感じた。
僕の認識する謝罪を受け入れると言う事と、根本的に違う何かが有るのだろうと直感的に感じる。だから敢えて僕は、その申し入れを保留する事にした。
何も解らない現状で、少しでも優位に立てる情報が有るなら利用したいと思ったためだが、我ながら自分本位な思考だ。
「状況を説明して頂かないと、何を謝罪されているのかも理解出来ません」
僕の言葉に顔を上げた黒髪の子は眼を見開き、その後立ち上がった姿は瞳に絶望の色が浮かんでいる様に見えた。その表情に僕は若干の罪悪感を感じる。
「それでは、こちらに」
「その前に、何か着る物を貸して頂けませんか?」
「失礼した。マーナは検査着をこの方に、カヌンは所長に連絡、出来れば、いや無理にでもお連れしてくれ。ミルリエは何か温かい飲み物の用意を」
「わ、わたくしが飲み物の用意?」
「マーナには私の説明の補佐をしてもらう、それともミルリエが補佐をしてくれるか?」
「わ、解りましたわ」
黒髪の子の指示に、銀髪の子と緑の子はすかさず動いたのだが、金髪縦ロールの子は何か不満が有ったようだ。
だが、それも次の言葉に納得してか、その場を立ち去る。銀髪の子は、何も無かった壁に、アーチ状の出口を開いて廊下らしき所へ出て行った。
この部屋は淡いオレンジを基調にした暖色系だが、彼女が消えた所は青を基調とした寒色系だった。そして彼女の出て行った箇所は、今では壁にしか見えない。
黒髪の子は、僕に背中を向けているため、僕の方からは小振りなお尻が眼に入っていた。
白衣の後ろにはセンタースリットが入っているため、未だに床に尻餅を付いた姿勢の僕からは、ミニスカートから白い下着が丸見えとなっている様な感じのため、顔が紅潮するのが自分でも解ってしまう。
「こ、これを着て下さい」
マーナと呼ばれた緑髪の毛のメガネっ子が、僕に折りたたまれた布を差出してくれる。
広げて見ると、頭から被る病院の検査の時に着る様な物だった。僕にそれを手渡した彼女は、黒髪の子と同じ様に僕に背を向けている。
不用心じゃないかな? と思ったが僕が着るところを見ない様にとの配慮なのだろう。
こうして見ると、やはり緑の子のお尻の方がボリュームが有る事が解る。所謂、安産型と言う感じだ。
「これで、良いですか?」
頭から被る物なので、前後の間違い以外に間違えようもないのだが、僕は着終わった事を告げるためにそう言葉を発した。
その言葉に振り替える二人。
「あ、はい、問題有りません」
「では、こちらに場所を移そう」
緑の髪の子がOKを出し、黒髪の子が場所を移動する為に歩き出す。
僕は、その後に続きながら、今更ながらに現状把握に努める事にした。
僕の名前は、如月優馬。市立姫ヶ丘高校に通う2年生、17歳。ここで目覚める前は、自室でゲームをしていた。
ベッドに入って寝たのか、そのまま寝落ちしたのかは定かでは無いが、それは何時もの事なので問題ないだろう。
事故に会った記憶も、何か変な事、それこそ良くあるラノベや漫画の様な、異世界召喚の前兆みたいな物の記憶は無い。
うん、記憶喪失の心配は無さそうだ。となると考えられるのは、僕が何か急病で担ぎ込まれた病院か拉致誘拐かだが、この場所とこの状況はあまりに不自然だ。
「そこに座ってくれたまえ」
そこまで考えているところで、黒髪の子に座る事を勧められた。先程緑の子が座っていたのと同じ様な透明な椅子と、その前に透明なテーブルが有る。
さっきまで、こんな場所有ったかな? と思いつつ、透明なため硬質な感じを思い描いていた椅子に腰かけたのだが、思いの外柔らかく座り心地も良い。
僕の正面に黒髪の子と緑の子が腰かけ、タイミングよく金髪縦ロールが飲み物をテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
言い方がぶっきらぼうだが、その所作は洗練された貴婦人の様な物を感じる。透明なティーカップに、これまた透明なポットからお茶を注ぎいれる。
白く細長い指先が、優雅さを醸し出している。美人は得だ。お茶を淹れる姿さえ絵になる。
全員分のお茶を注ぎ終わった彼女も、僕の前に腰かけた。テーブルも透明なため、長い脚を斜めに揃えているのが見え、目のやり場に困る。
「さて、まずは自己紹介から始めようか。私は、この浮遊大陸で1個小隊を預かるサヤ$&¥~ナ・ル・アンデガヴェンスカだ。サヤと呼んでくれて構わない。貴方の名前を教えて頂けるか?」
「僕の名前ですか?」
コクリと頷くサヤと名乗った少女。拉致したとしても、ここが病院かそれに属する物だとしても、僕の名前を知らないと言う事は無いだろうと思う。
仮に病院だとしたなら、問診時の通過儀礼の様なものかと考え、僕は名乗る事にした。
「僕は、如月優馬です」
「キュシャラギューマだな、解った」
ちょっとずっこけてしまったが、外人は日本人の名前は発音し難いと聞いた事があると思いだした。何より、彼女の名前を僕も聞き取れていない。
「き・さ・ら・ぎ・ゆ・う・まっ、優馬で良いですよ」
「ユーマか、解った。で、こっちに居るのがマーナ・#$・スフォルツァ、皆はマーナと呼んでいる。私の部隊の研究班のリーダだ」
マーナと呼ばれた緑の髪の毛の少女がペコリとお辞儀をする。
「わたくしは、ミルリエ・フォン・ポンメルン。実働班ですわ」
「それと、今は居ないが先程まで居たもう一人が、カヌン・プシェミスロヴナ。諜報班のリーダだ」
今度は聞き取れたのだが、それでも覚え難い名前だ。それにリーダと言われた彼女達も、目の前に居る黒髪のサヤと言う人も、精々高校生か大学生くらいにしか見えないのに、リーダとか部隊を任されているとか少し胡散臭い。
「それで多分、ユーマ殿の聞きたい事は、何故ここに居るかだと思うが、それで構わないか?」
僕は、サヤの言葉にコクリと頷く。その反応に満足したのか、サヤはゆっくりと自分の前のカップを口元に運んだ。
若干濡れた感じになる唇が艶っぽい。他の二人も飲み物に口を付けている。それに見惚れていた僕に気が付いた様にサヤが顔を上げた。
「どうした? 温かい飲み物を飲めば少しはリラックス出来ると思うぞ? 飲まないのか?」
「お言葉ですが、勝手に拉致して全裸にするような人達が出した物を飲める程、僕は豪胆では有りませんので」
「あ、貴方、わたくしが淹れた物が危険な物だと仰るのっ!」
「よせ、ミルリエ」
立ち上がって抗議する金髪縦ロールのミルリエを、サヤが片手を翳して制止する。
僕を睨んでいる様に感じるのは、その紅い瞳のせいか、それとも敵認定されたのか。
「随分とアグレッシブな方ですね? 先程、貴方がたは僕に謝罪を受け入れろと言った。その舌の根も乾かないうちにこれですか。つまり、あの謝罪は形式だけの物。心からの謝罪では無いと言う事ですね」
僕の言葉にミルリエは唇を噛みしめ、マーナは顔を青くしている様に見える。
サヤの瞳は更に鋭くなり、僕を見定める様に睨みつけている。長い沈黙が場を包んでいた。
先程サヤは、僕を実験に巻き込んだと言った。現実的に考えれば急患で運び込まれた僕に、新薬を投入したとかが妥当なところかも知れない。
だとすれば、謝罪と言うのは僕に断りなく新薬を投入したとか、何か新しい機材を使ったとかだと推測される。
だが、あの謝罪の方法、全員が一様に同じ姿勢を取っていたが、僕の記憶上あれが謝罪の姿勢だと言う認識は無い。
あまりにも重い沈黙に、僕は何か飛んでもない思い違いをしているのでは無いかと不安になってきていた。
つまり僕はこの時、自分の状況を何一つ理解していないまま、浅慮で軽率な対応を取ってしまっていたのだ。
重い沈黙を破ったのは、プシュッと言う音と共に壁にしか見えない所がアーチ状に開いて、青い通路から銀髪の少女と風格の有る長いウェーブが掛った栗毛の女性が入って来た事によるものだった。
軍服の様な黒に近い濃紺の上着に襟章と胸章が目立つその女性は、同じ濃紺のタイトなミニスカート姿で、僕を見据える鋭い眼光が印象的なキャリアウーマンと言う感じだった。
「君が、マーナが召喚した異世界人だな?」
「召喚? 異世界人?」
僕の言葉に、栗毛の女性は頷くと、僕の斜め前のテーブルに腰掛けた。予備で用意されていたらしきカップに自らポットから注ぎ、一口含むと喋り始めた。
脚を組んだ時に見えた白い物は、多分皆と同じ水着の様な物だと自制心をフル動員する。
「私は、ここの所長、最高責任者のルー・&%#・オブ・エノーだ。我々は、多元異相における多重世界に存在する生命体の召喚実験を行っていた。今まで知的生命体が召喚される事はなかったのだが、今回、君が初めての知的生命体として召喚されたと言う訳だ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。じゃぁここは日本、いや地球じゃないと言うんですか?!」
「それは地名か? 残念ながらそのニーホンと言うのもチキューと言うのも、我々は聞いた事がない地名だ」
多分に漏れず、僕は茫然自失としていた。僕の嫌いな、あの思考停止を僕自身が体験した瞬間だった。
僕は、人間が嫌いだ。普段は子供扱いし、都合の良い時だけ「もう子供じゃないんだから」と言う大人達が嫌いだ。
同じ事しか報道せず、何かにつけて思考誘導しようとするメディアが嫌いだ。流行にしろ世論にしろメディアに踊らされている感じしかしない。
下らないラノベやアニメやゲームに明け暮れる同級生が嫌いだ。同級生に無理やり勧められたそれらは、何故か主人公の馬鹿さ加減が鼻につき、優しさや実直さが美化されている。
そのくせ、奴らは人を蔑み自らが一番正しい様な事を言う。その態度や言葉が矛盾している事に気が付いていない。
そして何よりも嫌いなのが、「なんだよこれ」とか言って目の前の物を受け入れずに思考停止する主人公達だ。
そもそも普段の生活で、何故自分の導き出した答えが正しいと自信が持てるのか謎だ。
一度聞いただけで全て理解でき、一度見ただけで全て把握出来るなら、お前らは何故試験で満点じゃないんだ? と思う。
中には自らの記憶すら挿げ替える奴が居るから始末に負えない。自分の言った事遣ったすら忘れて、他人が悪く自分は悪くないと考え、吹聴する奴が少なからず居る。
だから僕は、極力人と関わらない様にしてきた。
早くに母親を亡くし父親から捨てられた僕は、親戚をたらい回しにされ生きてきた。高校だって奨学金を貰い、アルバイトをして自分で通っていた。
既に合格圏に入る公立大学が有るため、その入学金を貯めるのと奨学金を得るために僕は努力していた。
なのに、僕が異世界召喚に巻き込まれただと? そんなのは夢想している奴らにやってくれ。望んでる奴らが、腐る程居るだろう?
「落ち着いたかね?」
「はぁ、俄かに信じられませんが」
結局僕は、その前の遣り取りなど無かったかの様に、目の前のカップに注がれた物を飲んでいた。
味など全く解らなかったが、紅茶かハーブティーの様な感じだ。喉がカラカラになり、喉の奥がくっついたような感じが堪らなかったのだ。
「あら? わたくしの淹れた物は飲めないのでは無かったのかしら?」
ミルリエが嘲る様に言うが、反応する余裕すら無い。
「混乱しているところ申し訳ないが、後二点、重要な事を伝えなければならない」
「はぁ、もう良いです。何でも仰って下さい」
所長さんが、細く長い指を二本立てて言うが、僕のキャパシティーはとっくに容量オーバーである。
溢れるだけ溢れさせれば良いと、僕も居直った形だ。
「自暴自棄は良くないぞ? まぁ悪い知らせと言うのは、まとめて聞いた方が良いかも知れんがな。一つは、我々は君を元の世界に還す術を確立していない」
「無くは無いと言う事ですか?」
「呼べるのだから、送り出す事も出来る。確立していないと言うのは、君が居た元の世界を特定出来ない事と、特定した世界に送り出す術が未だ存在しないと言う事だ」
「はぁ、大体予想は付いてましたが、もう一つは?」
若干の期待を込めて聞いてみたが、これは予想と言うか理解していた事だ。
ピンポイントで呼び出した訳では無いのだから、当然戻す場所など解っていないだろう。ブラックボックスの中に手を突っ込んで取り出したのが僕だ。
だからブラックボックスの中に戻す事は出来ても、それが元の位置とは限らないし、元の位置に戻る事の方が有り得ない確率だろう。
「この世界には、現在、男性体は存在しない」
「え? は、はいぃぃ~っ?」
引き続き所長さんから出た言葉は、全く予想外の言葉だった。もう驚く事は無いと思っていた僕は、甘かったと言う事だ。
自分の不運さにも呆れていたが、これは想定外すぎる。が、男が僕しかいない? もしかしてハーレム決定か?
とか馬鹿な思考が一瞬頭を過ったが、そんなに美味い話で有るわけが無い。男が居ないと言う事は、男用の物が何もないと言うことだ。
そう、僕の人生はついていない。生まれも育ちも。傍から見ていて、ついている人間と言うのは居る。
僕は、ツキと言う物に見放されているのだと思う。ついている人間は数少ない当たりを引くが、ついてない人間と言うのは、数少ないはずれを引くのだ。
「君の今後については、出来得る限りの事をさせて貰う事を約束する。私達の謝罪を受け入れて欲しい」
茫然としていたのか、いつの間にか全員が僕の傍らで片膝を付いた例の姿勢を執っている。
所長さんの服装は、スカートなので文字通り下着が丸見えとなっている様に見える。白い太腿が眩しい。
「わ、解りましたから、立って下さい」
「本当か!」
顔を上げた全員の顔は、それぞれ煌めくような笑顔だ。若干ミルリエが不貞腐れて見えるとか、カヌンと言う子が無表情に見えるとかあるが、美しかったり可愛いかったりするのは間違いない。
よっぽどこの世界では、謝罪を受け入れると言う事に意味が有るようだが、ここで意地を張っていても話が先に進まないと僕は思ったのだ。
「それでは、こちらのお部屋を使って下さい」
僕は、マーナに連れられて青い通路を通り、一つの部屋に案内された。後ろにはカヌンが付いて来ている。
驚かされたのは、彼女達の白衣だ。何か呪文の様な物をモゴモゴと唱えると、二人とも所長さんと同じような服装に変わったのだ。
マーナが白を基調にした感じ、カヌンが青を基調にした感じでデザインは殆ど変らない。因みにミルリエが赤を基調にした感じで、サヤが所長さんと同じ感じだった。
当面マーナとカヌンの二人が、僕の生活のサポートを行ってくれると言う事だ。30畳はあろうかと言うだだっ広い、クリーム色の部屋に案内された僕は、その全面ガラス張りに見える窓から見える景色に驚いた。
まるで山奥にでも来たのかと思われる程の緑豊かな大地。眼前から延びる道の様な物の先には、映画か漫画でしか見た事が無い様な奇妙な形の高層建築物が密集するエリア。
これが映像でなければ、正しくここは異世界なのだろう。
「流石に良い眺めですね。私もここに入るのは初めてですが、きっと夜になれば街の明かりが見えて綺麗だと思いますよ」
「街? あれが街なの?」
「はい、そうです。ユーマさんのインターフェースが用意出来たらご案内しますよ」
「インターフェース?」
「えぇ、私達は産まれた時から持っているのですが、ユーマさんの物は、ユーマさんの染色体から作らなければなりませんので」
「それが無いとどうなるの?」
「何もできません。街に入る事も、買い物も。それ以前に、ここの施設すら使えないので、私達が同行していると言う訳です。例えば」
マーナがそう言いニッコリと微笑むと、何も無いその空間に、突然、透明なソファーとテーブルが現れた。
「魔法?」
「違いますよ。れっきとした科学技術です」
あまりに進んだ科学技術は、魔法に見えると聞いた事がある。これはそう言う事なのだろう。
簡単に言えば、江戸時代にライターで火を付ければ、魔法と思われるだろうと言う事だ。
つまり、僕には理解出来ない科学技術がここに有ると言う事だ。そもそも女性しかいないと言う事は、子孫をどうやって作っているかと言うのも謎なところだ。
「トイレとかも言って下さいね?」
「え? トイレも自由に行けないんですか?」
「自由にと言うか」
マーナが申し訳なさそうにしていると、壁に一つに入口が開く。その中は、僕の知っている便座に近い。近いのだが、水を流すようなボタンも取っ手も無かった。
「これも使うのにインターフェースが居るのです」
マーナがそう言うと、シュコンと言う感じの音がして、水では無く風がすぅっと便座の奥に吸い込まれるような感じがする。
水洗では無いと言うことかと、その時の僕はあまり深く考えていなかった。
「えぇっと、じゃぁお風呂とかは?」
「オフロ? それはどの様な事をする場所でしょうか?」
どうやら此処には、風呂と言う言葉がないらしい。
「えぇっと、お湯で身体を洗うところ?」
「あぁ、洗浄ルームですね。今から行きますか?」
どうやら、部屋にシャワーとかが付いている訳では無いらしい。取り敢えず僕は、コクリと頷いた。
出来れば湯船に浸かりたかったが、シャワーでも良いのでお湯を浴びて少しスッキリとしたかったのだ。
独りになりたかったと言うのもある。なにせ目が覚めてから、ずっと誰かが居るのだ。それも見た目は美女美少女だ。
先程と同じ様に青い通路を歩いて行く。部屋からは何も無いところに出入り口が現れる様に見えるが、通路からは部屋らしきところの入口が解る。
一部屋一部屋が広いのか、その間隔はかなり広いが、壁の上に何か文字が書かれたアーチ型の枠が時々現れるのだ。
先程は、人と擦れ違う事もなく部屋に辿り着いたのだが、今は徐々に人と擦れ違う。皆、制服なのか一様に同じ格好だ。
ベージュを基調としたミニスカートで、僕たちと擦れ違う時には道を開けて敬礼している。中には先程のマーナ達のように、白い水着の上に白衣を羽織っただけの人も何人か見えた。
リーダと紹介されたが、服装からこの二人は階級みたいなものが、かなり高いのかも知れない。
しかし、擦れ違う人全員が若い美少女と呼んで差支えない容姿だ。
「こちらです」
マーナに促されて入った部屋には、数人の女性が裸になっていた。今正に全裸になろうとしている美少女と、服を着ようとしている美少女。
僕は、慌てて回れ右をした。
「何をしているのですか?」
だが、彼女達は我関せず中に入っていく。中の少女達も着替えも途中で敬礼している始末だ。
お願いだから、前ぐらい隠して下さい。
「気にしないで続けて下さいな。ユーマさん、こちらです」
僕は、顔を伏せたままマーナの後に続いた。
「こちらに脱いだ物を収めます。洗浄から戻った頃には、これも洗浄されていますので、すぐに着る事が出来ます」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って!」
僕の言葉にマーナは、きょとんとした顔をして動作を止めた。
「なんで君まで脱いでるのさ!」
「一緒に入らないと使えませんから。あっ!洗浄ルームには全て脱いで入らないといけないのです。説明しておらず申し訳ありません」
ペコンと頭を下げると同時に、プルンと豊満な二つの山が揺れる。
「そうじゃなくて、僕は男だよ? なんで一緒に入るのさっ」
「ユーマさんの世界では、男性と女性は別々に入っていたと言うことですか?」
あぁ、解った。そもそも男が居ないから、男に見られて恥ずかしいとか無いんだ。
「ちょっ!何するのさ!」
「さっさと入らないと、他の人に迷惑」
無口なカヌンに有無を言わせず検査着を剥ぎ取られ、僕はしゃがみ込んだ。
全裸のマーナが、そんな僕の手を引っ張り、全裸のカヌンが僕の背中を押してズンズンと進んでいく。僕の頭の中では、ドナドナが流れていた。
脱衣場を離れて連れて行かれた場所には、幾つもの円筒形の装置の様な物が並んでいた。
その一つにぼくたち3人は入る。本来一人で入るそうだが、操作をするマーナと補佐をするカヌンが一緒に入ると言う事だ。
これは、怪我をしたりして一人では入れない人の為に、頻繁では無いが一般的に行われる事だと言うことだった。
狭いブースに3人で入ったため目線を下げなければ眼には入らないが、柔らかい物が身体に当たる。
僕が、平常心を総動員して耐えているところに、スチームが吹き付けられた。
「うぷっ!何これ!」
「大丈夫です、すぐに収まりますから落ち着いて下さい」
少し考えれば解る事だったのだが、その時の僕は目の前のタユンタユンな胸と、背中に押し当てられている慎ましやかな感触に抗うのが精一杯だ。
全身に吹き付けられるスチームは、痛くもなく心地良いと言える感じなのだが、僕は早く終わってくれと願うだけだった。
そうこうするうちにスチームが止まり、今度は温風が吹き付けられる。つまり全自動人間洗濯機の様な物なのだと、その時初めて気が付いた。
マーナの説明では、これで殺菌なんかも行われ、全身のワックスと言うのは解らなかったが、髪のトリートメント効果まであるそうだ。
髪の毛まで乾くとブースから出る。そこかしこに全裸の美少女が歩いている。
本来なら嬉しいのだろうが、現実にその場面になると恥ずかしいだけだ。
服を脱いだ場所に行くと、確かに脱いだ服がクリーニングされたかの様になっている。
これが僕だけだったら、クリーニングした物に置き換えただけだろうと思うのだが、マーナのそれもカヌンのそれも真新しい物に代わっていた。
白い水着の様な物は、やはりインナーらしい。下着と言う概念がこの世界には無く、インナーは生命管理維持装置の役割を持っているそうだ。
履物が綺麗になっていたことも印象的だった。僕の履いているのはスリッパみたいな物だけど、二人の履いている物はヒールの低いパンプスと言う感じの物だ。
「これは、ここにしか無いの?」
「そうですね。街に行けば数か所有りますけど」
「自宅に持ってる人って居ないの?」
「装置が大規模ですから」
「単純にお湯を出すとか、お湯に浸かるとかにすれば良いじゃん」
「水は貴重ですので、その様な使い方をする施設は有りませんね」
潤沢な水が存在する日本で育った僕には解らないが、水が貴重な国が有ると聞いた事は有る。
ここもそんな感じなのかな? とその時は、あまり深く考えていなかった。
「何これ?」
「食事ですよ?」
目の前のテーブルには栄養ブロックのような物と、牛乳の様な白い飲み物が置かれている。
部屋に戻った僕は、マーナからお腹が空いてないかと聞かれて、実は腹ペコだと答えたのだ。
それで出てきたのが、これである。若干、異世界の食事に期待していた僕は、かなり期待が外れてしまったと言う事だ。
「普通の食事は無いの?」
「これが普通の食事ですが」
ニコニコとしていたマーナの顔が、徐々に困惑の表情になっていく。
出来得る限りの事とか、最大限の便宜とか言っていたので、もう少し良い待遇を期待していたのだが、それ程でも無かったようだ。
なまじ連れて来られた部屋が広かったので、僕が勝手に期待していたのだが、それでもこれは無いんじゃないかと思う。
だが、背に腹は代えられない。僕はテーブルの上に乗せられたブロックを摘み、噛り付いた。
「随分味気ないな」
「味ですか?」
ブロックは、少し塩味がする程度で殆ど味が無い。牛乳の様な飲み物もヨーグルトから味を抜いた感じだ。少しドロッとしている。
僕の前で僕と同じ物を食べているマーナとカヌンは、僕の言葉に小首を傾げていた。
それから僕達は取止めの無い話をしていたが、後から考えるとマーナは心理学系の知識も有ったのだろう。
僕に不安を抱かせず適度に話を振り、自分達の必要な情報を引き出していたと言う事だ。
カヌンも同じで、僕の一挙手一挙動から色々と情報を得ていたらしい。そう言う意味も有っての人選だったのだろうが、その時の僕は、そこまで頭は回っていなかった。
回っていたとしても、何か対処したわけでもする理由も無かった訳だが。
「え? 二人共ここで寝るの?」
「当然です、夜中にトイレに行きたくなったりしたら、どうするつもりですか?」
そう言われれば、返す言葉も無い。何せインタフェースと言う物が無ければ、ここでは何も出来ないのだ。
さっさと渡してくれれば良いのに、予備とかないのかよと微かな怒りを感じていた。
僕は明かりの消えた部屋で一人起きだして外を眺めていた。
寝床は、布団ではなくベッドのマットだけと言う感じの物が3つ出てきて、それぞれに僕達は寝ている。流石に同衾は無くてホッとするやら、ちょっと残念やらだ。
マーナとカヌンは、すやすやと寝息を立てている
僕は、全面ガラス張りから見える外を眺めて、本当に異世界なんだなと感じていた。
明るい時に見えた街と言われた場所も、今では真っ暗で何も見えない。高い建物も有ったので、僕の世界では赤い点滅灯が見えるはずだが、ここにそんな物は見えない。
夜中だからと言って街に灯りが全く無いなど、停電以外有り得ないだろう。だけど、ここには全く灯りが見えなかった。
その為か、星がやたら大きく見える。月も異常に大きく見えるし、そもそも白く光り輝くのではなく青く幻想的だ。
二つ有るなどと言う事は無いが、あんな月の見え方を僕は知らない。まるでアニメで見る月の様に巨大なのだ。近いのだろうか?
別に元の世界に還してもらいたいと言う事も無い。特に未練などあの世界には無かった。
だが、ここで生きていけるのかは、かなり不安だ。少なくとも平凡な人生と言われる、結婚して子供が出来てと言う人生は期待出来ない。
男が居ないと言う事は、当然、風俗店など無いだろうし、エッチな本なんかも無いだろう。まぁ、裸体と言う意味では見放題みたいだが。
マーナ曰く、生殖機能はとっくに退化してしまっているらしい。そもそも生殖自体が管理されていて、卵巣は産まれる前に摘出されていると言う事だった。
その卵巣から子孫を造っており、子供の育成は施設で行われていると言うことだ。だから親と言う者を知らないし家族と言う物は、この世界に無いらしい。
特に何でもない規定の常識として話してくれるマーナが、僕には痛々しかった。
僕の夢と言える程でも無いのだが、家族に恵まれなかった僕は、家族が出来たら目一杯子供だけは可愛がろうと思っていた。
その為に普通の生活をするためにも、大学ぐらいは出ておきたいと頑張っていたつもりだったが、そんなささやかな願いさえ僕には叶えられないらしい。
「生きる目的さえ、無くなってしまったな」
ぼそっと呟いた僕の頬を涙が伝う。
そんな僕を見ている視線が有る事を僕は気付いていなかった。気付いていたとしても、慌てて涙を拭うくらいだっただろうが。
その頃、別な部屋ではルーとサヤが向い合っていた。
「まさか、いきなりの知的生命体、しかも男性体か」
「はっ、一応は成功と考えます」
明かりが消えた部屋で、ルーの前に一つのモニターだけが光りを発している。
そこには、窓から外を眺めるユーマが映し出されていた。
「そうだな。しかし、これからだ」
「それで、今後の方針としては、如何致しましょうか?」
「まずは、彼からの情報収集だ」
「では、召喚実験については一時中断と?」
「そちらは、次のフェーズへ移行する。彼は今非情にナイーブになっている様子だ。彼へのフォローが、君達の第一優先任務となる」
「畏まりました」
サヤが部屋を後にした後もルーはモニターを眺めていた。
モニターの中のユーマが涙を流すのを見て、ルーも苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「すまぬな。だが我々には時間が残されていないのだ」
モニターの中のユーマがマットに入るのを見て、ルーはモニターを落とした。
背凭れに身体を預けるとスッと目を閉じる。部屋の中は静寂に包まれていた。