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鈴谷さん、噂話です

2013年5月25日-BY

推理ってほどの推理でもありませんが…

 「それで、今回のミステリはね」

 と、そう言うと、凜子ちゃんは何とも言えない微妙な表情を浮かべた。ここは彼女、鈴谷凜子のアパートで、部屋の中央に置かれている机には、私が買って来たスイーツが二つ並んでいる。因みに、クリームチーズプリンというレアチーズケーキとプリンの良いとこ取りをしたような素敵なスイーツだ。コンビニで見つけた私の最近のお気に入りで、見つける度に買っている。このままでは、太ってしまうかもしれない。と思いつつも、やっぱり買ってしまう。今日などは、凜子ちゃんへのお土産という言い訳で、ついまた買ってしまった。そろそろ控えるべきかもしれない。

 「綾さん。私は探偵でも何でもないんですよ?」

 私の言葉に抗議するように、彼女はそう言った。私はそれを受けると、ニッコリと笑顔を作ってから、こう言った。

 「凜子ちゃんも甘いもの好きでしょう? これ、嬉しいのじゃない? 断っておくけど、美味しいわよ」

 彼女はそれに「そんなのじゃ、誤魔化されません」とそう言いつつも、用意したスプーンを片付ける素振りは見せない。多少、気を悪くした振りをしてはいるが、恐らく、これは半分は演技なのだろう。

 私はそれをおかしく思いつつも、凜子ちゃんにこう言う。

 「別にそんなにプレッシャーなんて感じなくて良いのよ? 分からなかったら分からないで良いのだし、それに外れていたって、誰も責めないわ」

 この子には、責任感の強いところがあるから、推理小説に出てくる探偵のような立場になる事に、多少警戒しているのだろうと思う。

 実は、この凜子ちゃん…… 鈴谷凜子という子には、妙に鋭いところがあって、今までに何度かちょっとした謎を解いているのだ。それで、今回も私は暇潰しがてらに、こうして謎を持って来たのだった。

 もっとも、半分はこうして彼女とじゃれるのが目的なのだけど。

 私がスプーンを差し出すと、彼女はそれを受け取り「分かりました。一応、話を聞いてみます」とそう応え、クリームチーズプリンを食べ始めた。私もその反応に合わせるようにクリームチーズプリンを食べる。

 “ああ、このチーズ感がたまらない”

 私はチーズ系の食べ物が大好きなのだ。見ると、凜子ちゃんも気に入ったようで、美味しそうに食べている。

 「美味しいでしょう?」

 私がそう尋ねると、彼女は素直にコクンと頷いた。こういうところも、可愛い。

 「プリンというよりも、レアチーズ寄りのような気がしますが、ちゃんとマッチしていますねぇ。自然な感じ。甘さも控えめで良いです」

 それから、そう言う。私はその答えに機嫌を良くしてもう一口。気に入っている子に、自分の好きなものを褒められるのは、気分が良い。しばらく無言で食べ進める。四分の三ほど食べ進め、何か飲み物が欲しくなった頃に、凜子ちゃんはこう言った。

 「で、綾さん。そのミステリって、何なんですか?」

 私がなかなか話さないので、痺れを切らしたのだろう。

 「あら? 凜子ちゃん。やっぱり、気になってるんじゃない」

 私は面白がってそうからかう。もちろん、これを言いたいが為に、わざと私は喋らなかったのだ。

 「怒りますよ?」

 と、それを察してか凜子ちゃんはそう言って来る。私は「ごめん、ごめん」と返すと、話し始める。

 「まず“2013年5月25日-BY”って、何だと思う?」

 その私の質問に、彼女は首を傾げる。

 「さぁ? 少しも分かりませんね」

 「まぁ、それが普通の反応よね。それが今回の謎なのだけど、もうちょっと説明するわね。実は同僚の家の旦那が、カレンダーの2013年5月25日の所に、BYって謎の記号を書いていたのだって」

 「カレンダーに?」

 「そう、カレンダーに。ま、カレンダーと言っても、卓上に乗るような小さなタイプのヤツなのだけどね」

 私がそう答えると、彼女は少しだけ悩み始めた。

 「なんでしょうね? BY… いえ、それだけじゃ流石に何の事か分からないですけど」

 「うん。その同僚は気にしちゃってさ、ちょうど休日だから、何処か遊びに行くつもりなのかと思っていたらしいのだけど、そんな話は聞かない。

 さては、隠れて… と思って、携帯電話を確認したのだけど、やっぱり何も出て来なかったのだって」

 「その人、勝手に旦那さんの携帯電話を確認したのですか…… でも、もう5月25日ってとっくに過ぎているじゃないですか。今は7月なんですから。何があったのか、分かったのじゃないですか?」

 「いや、それが、普段通り、家でゴロゴロして過ごしていたらしくてね。で、何の事なのかさっぱり。

 しかも、変な事に、6月に入ってからも、ずっと5月のカレンダーを出していたらしくてね。まぁ、元々、少しズボラな性格らしいのだけど」

 それを聞くと、凜子ちゃんは眉を歪ませて、「じゃ、やっぱり、大した事じゃなかったのじゃないですか」と、そう言った。

 「んー 私もそう言ったのだけどさ。でも、その同僚は納得しないのよ。

 “あいつは、抜けているけど、抜け目ない行動を取ろうとする奴だから、信用ならない”って」

 「私は話を聞いていて、なんだかその人達の夫婦仲の方が心配になってきましたが…… でも、なんですか?それは」

 「いや、なんでもね、その旦那さん。パソコンのパスワードを毎月変えているのだって。セキュリティ上、そうするのが良いって教わったらしくて、律儀に護っている。ところが、一度、そのパスワードを忘れてしまった事があるのだとか。大騒ぎして、まぁ、何とかなったらしいけど」

 「はぁ、それで、“抜けているけど、抜け目ない行動を執ろうとする”と……

 ところで、今は7月ですけど、その人のカレンダーはどうなっているのですかね?」

 そう質問をした凜子ちゃんの表情は、私にはさっきまでとは変わっているように思えた。もしかしたら、何か気付き始めたのかもしれない。私は期待しつつこう答えた。

 「今は、6月らしいわよ」

 「印は?」

 「何故か、19日に… ただ、アルファベッドも何もなくて、ただの丸があるだけだって。何故か矢印が描かれていて、6月の“June”を指していたとも。

 因みに、この日は平日だけど、やっぱり何もなかったって」

 それを聞くと、凜子ちゃんは軽く頷く。そして、こう言った。

 「なら、JU辺りが怪しいかな。

 綾さん。その同僚さんに、パソコンの“20130619JU”ってパスワードを入れて、旦那さんのパソコンにログインしてみて、って伝えてみてください」

 私はそれに、少しだけ驚いた。

 「え? つまり、カレンダーの記号は、パスワードのメモだって言いたいの?」

 「はい。もっとも、大雑把な推測ですけどね。ただ、実際にその日が来ても何もしない。月が替わっても、カレンダーをしばらくそのままにしておく。そして、毎月パスワードを変えていてパソコンのパスワードを忘れた経験があり“抜け目ない行動を執ろうとして抜けている”となれば、その可能性はあるかも、と思いまして」

 「ふーん、なるほど。毎月パスワードを変えるのだったら、カレンダーに注目をするのは、確かに自然な気がするわね」

 私はそう応えると、こう言った。

 「分かった。同僚に話してみるわ」


 それから数日後、私は再び、凜子ちゃんの部屋を尋ねた。彼女が、あの話の続きを訊いて来たので、こう答える。

 「凜子ちゃんの予想通りだったわよ。本当にパソコンのパスワードだったって」

 すると、それに凜子ちゃんはこう返した。

 「良かった。これで、夫婦仲も良くなりますかね?」

 それを受けて私は「いや、それがね…」と、そう返す。それに彼女は不思議そうな表情を見せた。その顔に向けて私はこう言った。

 「パソコンの中に、どうやら旦那さん、見られたくないもんを隠していたみたいでさ。それを見つけた同僚は、もうカンカン…」

 凜子ちゃんはそれを聞いて、「私、余計な事をしましたかね?」と、そう呟いた。

因みに、クリームチーズプリンは、本当に最近、気に入っています。でも、近くのコンビニに、売ってなくて…

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