現代地球劇未題草稿
1
ぼくは、気がつくとよく晴れた青い空の下に立っていた。いつも通りの私服。いつも通りの街中。いつものデートの待ち合わせ場所だろうか。
目の前に謎の男がいた。黒いスーツを着て、黒いサングラスをつけている。
ぼくは、ぼうっとその黒いサングラスの男を見ていた。歳は三十くらいだろうか。筋肉質で、戦ったら強そうだ。というか、まともな一般人には見えない。覆面警官か、覆面兵士に見える。あるいは、情報機関か何かか。
ぼくがその男の動きを追いつづけていると、男は意外なことにこちらに迫ってきて、だんだんだんだん迫ってきて、どんどんどんどん迫ってきて、ぼくの目の前にまでやってきた。
なんだ、なんだ、この黒サングラスの男、ぼくに何か用があるのか。
ぼくが目の前に立たれたのに声も出さないで立ち止っていると、黒スーツの男の方から話しかけてきた。
黒スーツ黒サングラスの男は、手に三十センチくらいの大きさの機械を持っている。
「やあ、百目鬼終次くんだね」
男は突然、ぼくの名前を読んだ。この男はぼくの名前を知っている。なぜだ。誰だ、こいつは?
ぼくが黙っていると、男は言いなおした。
「おや、もう自分の正体に気付いたかな。きみは百目鬼終次くんではない」
何をいってるんだ、この男は?
ぼくは、ぼくに決まっているじゃないか。
ぼくは、まぎれもなく百目鬼終次だ。
「あの何ですか」
ぼくはそれだけ聞いた。
黒スーツは答える。
「きみは自分が百目鬼終次ではないことに気づいているかね?」
何をいわれているのかわからなかった。
「はあ、いえ、ぼくは百目鬼終次ですけど」
黒スーツはうんうんとうなずいた。何だ、この変な男は。
ぼくが黙っていると、黒スーツは話しつづけた。
「実は、きみは百目鬼終次ではない。それを告げるために、わたしは来た」
「はあ、ぼくがぼくではないとは?」
わけがわからない。おかしな変人だ。
「わたしの持っているのは、複製機という機械だ。人をこれで複製できる。きみは、この複製機で作られた偽物なのだ」
な、なんだって?
よく意味がわからないぞ。
ぼくが偽物?
「きみは百目鬼終次くんではない。百目鬼終次くんそっくりに作られた複製だ」
「ええと、意味がわからないんですけど」
ぼくがいうと、黒スーツはくり返した。
「だから、きみは百目鬼終次くんではない。百目鬼終次くんそっくりに作られた複製だ」
ぼくは意味がわからなかった。
「どういうことか説明してくれますか」
ぼくは丁寧にたずねた。ただの変な人として無視してもいいけど、何やら気になる機械を持っているのは確かだからね。この黒スーツを問いただして、話を聞いても無駄ではあるまい。
ぼくが固唾を飲んで見守っていると、黒スーツ黒サングラスは話し出した。
「これは複製機だ。わたしがこれを使って、本物の百目鬼終次くんから、複製であるきみを作りだした。きみが偽物である証拠に、この世界には別の場所に本物の百目鬼終次くんがいるし、きみは、あと一時間たつと分解して消える」
え?
なんだって?
よく意味がわからなかった。
ここは笑えばいいのだろうか。
「ぼくは、あと一時間たつと分解して消えるんですか?」
「そうだ」
黒スーツ黒サングラスはいった。
本当だろうか?
本当なら、一時間たてば、どうせ本当のことがわかるはずだ。
「なら、一時間待ちましょう。それまで、あなた、待ってくれますか」
ぼくは黒スーツを嘲笑うかのように問い詰めた。
どうせ、逃げる。一時間後にぼくと一緒にいては嘘がバレてしまうだろう。
「残念だが、わたしはすぐに行かなければならない。だが、説明だけはしておく」
ほら、やっぱり逃げた。
一時間後に、ぼくが分解されるはずの時間にぼくと一緒にいられないんだ。
「複製は、そう簡単に作るものではない。緊急の事情がなければ作らない。これから、緊急の事情が起こる。それを説明する」
「はいはい」
ぼくは、半分ばからしくなって、黒スーツ黒サングラスの話を聞いていた。だが、ちょっと気になるのだ。この黒スーツ黒サングラスが持っている機械は、確かに普通には見ない変わった形をしている。
「きみは、本物の百目鬼終次くんの複製だから、本物と同じ記憶を持っているはずだ。だから、きみは知っているはずだ。きみは今、本物の百目鬼終次くんのデートの待ち合わせ場所にいる」
そうだ。ここはデートの待ち合わせ場所だ。
ここは、駅前の時計台の前だ。
「あと、十分もしないうちに、本物の百目鬼終次くんの恋人がここにやって来る」
そうだな。
「ああ、やべ。もう、そんな時間か」
ぼくはもうすぐデートの待ち合わせの時間だということに気付いた。
「本物の百目鬼終次くんは、少し遅れて来る。少し遅れるように我々が手配した」
はあ。何すんだよ。ぼくが遅れたら、まずいじゃないかよ。
まあ、いいか。それは本物の話だし。
偽物であるぼくがここにいるんだ。何の不思議もない。
何も困りはしない。
ぼくは偽物じゃない。本物の百目鬼終次だ。
「それで、偽物のぼくはどうしたらいいんですか」
ぼくは少しムカついてきたので、怒った声で黒スーツ黒サングラスに迫った。
「ぼくは一時間後には分解されて消えるんですよね」
「そうだ。きみは、一時間後には、分解されて消える。ただし、それまでの一時間の間、きみは本物の百目鬼終次くんに代わって、恋人とデートをするのだ」
「なぜ、本物では困るんです」
ぼくが思い切って聞くと、
「もうすぐ、ここに、路上連続殺人鬼が現れるからだ」
と答えた。
話が急に物騒になってきた。
「路上連続殺人鬼?」
「そうだ。もうすぐ、衝動的に犯行を犯し、次々とナイフで路上の通りすがった人々を襲い、斬りかかる。死傷者が数十名でるだろう」
ぼくは息を飲んだ。
「それと、偽物が何の関係が」
まだ、ぼくには理解できなかった。
「きみは、本物の百目鬼終次くんに代わり、路上連続殺人鬼と戦い、恋人を守らなければならない。それがきみが作られた理由だ。路上連続殺人鬼から恋人を守るのが、きみの生まれた理由であり、使命だ。きみはそのために作られた。この事件で、万が一にも本物の百目鬼終次くんが死ぬことがないように、代理として作られたのだ」
「そんなの信じられない」
ぼくは答えた。
「信じられないのは無理はない。きみは精巧な複製であり、一時間後に分解することを除けば、本物の百目鬼終次くんと同じ体と心を持っているのだから。だが」
黒スーツ黒サングラスは、声をためた。
「だが、もし、本当にこれから路上連続殺人鬼が現れたら、わたしのいってることは本当だ」
そうだ。一時間後に分解する前に、本当かどうかはわかる。
もうすぐ、ゆんゆんが来る。
そして、ぼくとゆんゆんは、路上連続殺人鬼に襲われる。
もし、襲われなければ、この男のいってることは嘘だ。路上連続殺人鬼が現れなければ、ぼくは本物の百目鬼終次で、一時間後に分解もしないし、堂々と本物として生きていけばいい。
路上連続殺人鬼は現れるだろうか。
「理解していただけただろうか」
黒スーツ黒サングラスがいった。
「はい。わかりました。どうせ、嘘でしょうけど」
「まちがっても、自分が本物だなどと勘違いするな。きみは偽物だ。一時間後には分解する。恋人を守れ。それだけだ」
「わかりましたよ」
「どうやら、理解してくれたようだな。それでは、わたしは立ち去るとしよう」
黒スーツ黒サングラスはそうして、駅前の時計台から立ち去った。
すぐに、人ごみにまぎれて、見えなくなった。あの、おかしな機械を持ったまま。
「しゅうじい」
ぼくが立っていると、恋人のゆんゆんがやってきた。
「ゆんゆん」
「おはよう」
「おはよう」
「今日、どこ行くの?」
「ああ、映画でも見ようかと思って」
と、ゆんゆんと手をつないだ。あの黒スーツのいってたことはどうせ嘘だ。ぼくは本物の百目鬼終次にまちがいないし、複製機なんてあるわけない。
かわいいゆんゆんとデートなのだ。これは、本物のぼくの特権だ。
もし、路上連続殺人鬼が現れたら?
まさか。
気のせいだ。
そんなこと、わかるわけない。
あの男が犯人とグルでもないかぎり、そんなことがわかるわけないんだ。
だが、万が一、路上連続殺人鬼が現れるという可能性もある。
その時は、ぼくは百目鬼終次の偽物で、一時間後に分解するから、死ぬ気になって、ゆんゆんを守らなければならない。
まさか、そんなことがあるわけないが、万が一、路上連続殺人鬼が現れた場合だけは、ぼくは気をつけなければならない。
あんなおかしな男に惑わされてはバカみたいだ。平然としていよう。
ことは、路上連続殺人鬼が現れてから考えればいい。
そんなこと、起こるわけがないけど、もし、路上連続殺人鬼が現れたら、ぼくは自分を偽物だと思って、戦ってもいい。
「しゅうじ、どうしたの?」
ゆんゆんがいぶかしがっている。
ああ、ぼくはどうかしている。あんな妄言を信じるなんて。
普通にしていよう。普通に。
そうすれば、何ごともなく、一時間がすぎるはずだ。
「いや、なんでもないよ。行こう」
ぼくとゆんゆんは歩きだした。
2
・ぼくが偽物なら、ゆんゆんと手をつなぐなど、とんでもないことだ。
・あんな女のために
・あれは本物。ぼくが偽物でよかった。
第四回創元SF短編賞草稿
・現代地球劇。
・宇宙人は出さない。
・主人公をどうするか。大学生か社会人。
・ディック的だと理想的。
・インテリジェンスデザイン説がいいかもしれない。
・最近勉強したカントと仏教の西洋東洋哲学比較を入れるべきか。
・世にも奇妙な物語に使われそうなのが理想。
・超短編「軽犯罪法違反」のネタでいくべきか否か。
・女の名前。ゆんゆん。
・謎の男が複製装置をもって現れる。「これは複製装置だ。きみは本物のきみではない。この複製で作った偽物だ。これからここに路上連続殺人鬼が現れる。偽物のきみはいくら死んでも大丈夫だから、彼女を守って戦え」
・劇の場面をどうするか? 印象的な場面であるべき。彼女が浮気している場面にするべきか否か。あるいは、銃撃殺人事件現場。浮気は難度が高いので、殺人現場を題材にとろう。
あらすじ
・街中の混雑の中で大量ナイフ殺傷殺人事件が起きる。主人公のぼく、百目鬼終二、彼女のゆんゆんとその場に居合わせる。犯人に殺されていく人々。殺された人、渡辺さんとの四人の会話劇にするかな?
・日曜日のお昼。駅前で大勢歩く場面。百目鬼終二とゆんゆんの和やかな会話。
・殺人鬼登場。「おまえら、みんな死ねえ。世界中の人間をぶっ殺してやる。おら。おら」
・渡辺さんが殺される。
・ゆんゆんを守るためにナイフの男に素手で立ち向かう百目鬼終二。
・しかし、百目鬼終二はナイフに刺されてしまう。
・ゆんゆんは、「あなたに殺されるくらいなら、自分で死ぬ」といって、道路に飛び出し、自動車にひかれ、自殺する。
この展開は、死んだはずの人たちがなぜか生きていて、今までの人生は虚構だったのだと気づく展開。人生が虚構だと気づき、殺人犯をどうするか。
・殺人犯は、警察官に囲まれ、自分の首を切って自殺する。