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1-7 妄執

「なんてことだこんな事に気が付かなかった何て!自分で自分が腹立たしくなってくるよ、全く。それにしてもこんな簡単な事実に気づけないでいてよくもまぁおめおめと生きていられたものだな僕は!」

「落ち着け、九条」

 待ち合わせ場所に着くなり九条は自虐的な言葉を吐き続けた。

 謎は解けたのはいいが、それがあまりに簡単な事実だったらしいので憤っているらしい。

 気付かなかった自分自身に。

 まぁこれはいつものことである。

 小難しい顔で思考し、ふとした拍子に答えが出た途端、それまで考え込んでいた自分が馬鹿らしくなるらしい。

「本当にどうしようもないな僕は……」

 そしてしばらくするとクールダウンしてくるのもいつものことだ。

 九条はその小さな身体をさらに縮みこませて俯いた。

「……なぁ、毎回言ってる気もするが、ひとつだけ」

「……何だい、天瀬くん」

「……俺も未だに謎が分からないから、どうしようもない括りに分類されるんだが」

「……いやいやこれは僕自身に対する怒りから来たもので他意は無いんだ。気にしないでくれ。もし不快になったのならこのとおり謝罪するから許してくれ。あぁ、それにしてもなんて僕は愚かしいんだ。自分の友人たる天瀬くんを悪気はなくとも罵倒してしまうなんて、人間的にも問題があるとは……」

 またループに陥ってしまった。実に面倒くさい。

「それはさておき、解けたんだよな?立っていた死体の謎が」

 強引に話題を転換すると、九条は口からこぼれだす自身への罵詈雑言を止め、顔を上げた。

「……あぁ、確かにそうだ」

 そして九条は、いつも通り、言った。


「説明しよう」



「まず前提として、死体は立たない。これはいいな?」

 勿論だ。

「では死体は立っていたのではなく、立っていたように見えたのだろう。そこで、何故立っていたように見えたのかというと、恐らく何かにもたれ掛かっていたのだと推測できる」

 ここまでは夕方話し合った通りだ。しかし、ここからが問題である。

「では、何にもたれかかっていたのか?左右には壁があり、細い道に入るもので大の男を支えられるものなどそうはない。しかし、簡単なことだったんだよ。人ひとりの重さを上手く支えられるもので、死体の陰に隠れてしまうもの……それは、人間だ」

 ……人間?

 誰かが後ろに立って死体を支えていた?

「その通りだ」

 はたして好き好んで死体を支え持つ人間などいるのか?

「そんな趣味がある人間がこの世に存在するとは思えんが、この場合、支えざるを得なかったのだよ」


「犯人が被害者を刺した時、そのまま倒れてきたのだからな」


「恐らく犯人は計画的に犯行を行ったのだろう。本来人通りの少ない路地裏に被害者を呼び出し、後ろから刃物で一突き。雨合羽か何かで返り血の対策もしていたはずだ。そしてそのまま逃げるつもりだったのだろうが、被害者は恐らく振り向こうとして体重を後ろにかけた。そしてそのまま、刃物で突き刺されたまま死体が立っている、という状況が作り出されたのだよ」

 つまり、俺が死体を見た時、死体の後ろにはまだ犯人がいたのだ。

 しかし、それなら血はあまり流れ出ないはずだ。

 何せ、刃物は死体に突き立ったまま、傷口に栓をしているのだから。

「確かに、ただ刃物が刺さっただけならそうだろう。しかし、今回はそれだけではなかったのだよ。死体が倒れこんできて慌てた犯人は次に何をすると思う?」

 犯人はすぐにその場から逃げ出したいはず。しかしそれは叶わなかった。

 犯人は不安に駆られるだろう。

 まず死体をどかさなくてはならない。しかし、あまり変な音を立てて誰かが路地裏を覗きこむかも知れない。慎重にしなければ。刃物はどうする?指紋は出ないだろうが、それでも何か痕跡が残るかもしれない。早くどうにかしなくては。

「そう、犯人はまず、凶器を抜こうとした。そしてその際、グリグリと抉るように抜いたのだろう。そのほうが早いからな」

 結果として栓は抜かれつつ傷口は広がり、血が溢れだす。

「そして刃物が抜ききられたかどうか分からないが、ある程度抜かれた後、君が現れた」

 犯人としては、動くに動けない状況となったわけだ。

 恐らく、蹴り飛ばしたゴミ箱の音で気づいたのだろう。

「犯人はそのままの態勢を維持するしか無い。そして君の立ち去る足音が聞こえた後、犯人は死体を押し倒し、考えた。もしかしたら、見られたかもしれない、と」

 またもや犯人は葛藤する。

 もし見られたなら口封じを……いや、相手はもう道に出ているためリスクが高すぎる。とりあえず確認しなければ。しかし、それなら刃物を持っていたらまずい……死体に刺しておこう。

 そんなわけで刃物は再び死体に刺さったわけだ。

「つまり、犯人は第二の目撃者と称する高本伸介さん」

 九条はそう言いながら、


「あなたです」


 自分で呼び出した高本さんを指さした。

 俺が来てすぐにやってきた高本さんは、警察に事情を聞かれる、という名目で九条が呼んだらしい。隣には今朝見た飯島巡査の姿もある。

「……な、何を言ってるんですか。私が犯人なわけ無いでしょう」

 高本さんは反論する。そりゃそうだろう。

「私はただ、死体を見て不安になって……もう一人の目撃者と確かめたかっただけですよ!」

 何とか反論しようとする高本さんを見据え、九条は静かに訊く。

「……何を?」

「そりゃあ、死体があったことをですよ!怖くて怖くてしょうがなくて!」

「犯人かもしれない少年にですか?」

「え……」

「あなたは彼……天瀬くんが路地裏に入り、出てくるところを見た。もしかしたら事件と関わっているかもしれないとは考えなかったのですか?」

「いや、すぐに出てきたし……」

「それに、あなたは彼に『見たのか』と訊きましたね。それは『何を』ですか?」

「そりゃあ、死体を……」

「それなら何ではっきりと言わなかったのですか?ただ漠然とした質問したのは、もしかしたら犯人としての自分の姿が目撃されていないとも考えたからでしょう?」

「…………」

「そして運良くあなたは見られていなかった。そしてそのまま通報し、目撃者のふりをしようとした」

 九条の論証は高本さんを完膚なきままに打ちのめした。

 しかし、諦めたわけではないようだ。

「……証拠は?そうだ、証拠がない!私が犯人だという証拠はどこにも!」

「ありますよ」

 九条は淡々と答える。

「返り血を浴びないために着た雨合羽はどうか分かりませんが、手袋からはあなたの指紋が出るはず。そして飯島巡査に確認をとった所、あなたは事件後、すぐ側にある会社に出社した。そして業務が終わってからすぐにここまで呼び出された。付近では警察が遺留品を探していましたから、手袋を捨てられる場所は会社内に限られる」

「…………」

「以上です」

 そう告げられた高本さんは茫然自失といったようであった。

 まるで、意志と体が乖離しているかのように。

「……やはりそうか」

 九条は呟いた。それが意味することは一つ。彼は、ある妄執に憑かれていたのだ。


 一年前の、九条綾乃に取り憑き、全てを奪っていった、あの妄執に。


「返してもらおう」


 九条は一言、小さな声で呟いた。すると、高本さんの体から何か黒いモノが滲み出て、九条へと吸い込まれていく。

 何度見ても不気味な光景ではある。

 常識を超越している。

「……なるほど、昔こんなことがあったのか……」

 九条は感慨深げにそう口にした。



 九条が妄執に奪われたのは、彼女の人格を形成する思い出の全てだった。


 今、俺が『妄執』と読んでいるものがはたしてどんな存在なのかははっきりした答えが出ない。しかし一つだけ言えるのは、それが取り憑いた人間の願望を叶えるための対価として、何かを奪っていくということ。

 九条は、自身は思い出と引換えに、『頭脳』を手に入れたと考えているらしい。

 らしい、というのは、彼女に残された記憶だけでは彼女が何を望み、何のために妄執に憑かれたかが分からないからだ。

 今の彼女……九条綾乃の人格は恐らく仮初のものだろう。記憶を取り戻すにつれ、それは変化し、変容し、最後には元の人格だけが残る。

 それでも、九条は記憶を取り戻したいと言った。『自分が何なのか分からないよりもましだ』と。

 俺は、一年前彼女に出会って以来、ずっとその願いに協力している。


 理由は簡単。


 彼女が妄執につかれた原因の一端を、俺が担っていたからだ。

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