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1-5 増える疑問

「……足りない。全然足りない」

 図書準備室に帰り、くたびれたパイプ椅子に座った九条は開口一番そう言い放った。

 顔はそっぽを向き、頬は若干膨れているようだった。九条はその口調から鉄面皮な印象を受けるが、意外と感情を顔に出しやすいのだ。

 何となく言っていることは分かったが、とりあえず聞いておく。

「何がだ?」

 苦い顔と共に答えは返ってきた。

「……情報だよ」

 やはり九条は、目新しい発見がないことに苛立っているようだ。

 とはいってもそれは致し方ないことである。何の道具も持たない高校生が現場を見てすぐに謎が解けていたら、警察が誇る科学捜査班はその意義を失ってしまう。

「やはり、待つしか無いか」

 待つ……これは、彼女の父による情報漏えいを待つ、ということだ。今まさに行われようとしている不法行為に対して何かしらの抗議をしておくべきかとも思った。思っただけで止めておいたが。

「今のうちに、事件を整理しておこう」

 九条はそう言うと、本の山を漁った。無秩序に積み上げられたそれが連鎖的に崩れないか、と考えたが、そんな俺の心配を他所に、九条はホワイトボードとペンを持ってきたのだった。

「毎度毎度言っている気がするが、少しは整理したらどうだ?」

 俺の苦言に対し、九条はこう応える。

「毎度毎度言っている気がするが、大体の場所は把握している」

 そして毎度毎度俺は、だからといって整理しない理由にはならない、と思うのだった。

 俺が苦虫を潰したような顔をしているのを尻目に、九条はホワイトボードにいくつかの事柄を書いた。


①最初に見た時、死体は立っていた


②1分後には死体はうつ伏せに倒れていた


③死体が立っていた時、刃物は抜かれていた


④死体が倒れていた時、刃物は刺さっていた


「とりあえずおかしな所を箇条書きしてみた」

 ①と②、③と④がそれぞれ対になって矛盾していた。

 改めて見てみると、おかしな所が多すぎである。ドラマのように僅かな疑問点から真犯人を見つける、という展開を望んでいたわけではないが、それでも辟易としてしまう。

「俺が見たものすべてが正しい前提だと、『死体は最初立っていて』、俺が戻ってくる前におそらくは『犯人に倒され』、その時、犯人は『刃物を背中に再び突き刺した』……ということでいいか?」

 この推測もひどく滑稽だった。そうとしか考えられないにしても、わざわざ犯人がそんなことをする理由など無い。それに加え、死体が立っていた理由については未だ何も分かっていない。

 九条は眉をひそめて言った。

「色々疑問は尽きないが、恐らくそうだろう」

 疑問を解消しようとして別の疑問が生まれる。数学で無尽蔵にアルファベットを量産してしまったようだ。情報が足りない、というのも同様である。

「ではまず『何故死体は立っていたのか』考えてみよう。……すこしややこしい質問だが、天城君」

 九条は俺の方に向き直り、言った。

「死体は『立っていた』のかね。『立たされていたのではなく』」

 なるほど、確かに死体が立とうとして立っていたわけでは無さそうだから、厳密には『立っていた』とはいえない。

「……『立たされていた』、だろうな」

「壁に寄りかかったりはしていなかったか?」

 そうだとしたらもう問題は解決だ。刺されて息絶え絶えだった男は壁に寄りかかってついに絶命し、そしてバランスを崩して倒れた。その一コマを俺が見ていたことになる。

 しかし、死体が『立たされていた』のは路地の中央だ。

「それはない。薄暗い路地でもそれくらいは見間違えないと思う」

 九条は小さく頷き、質問を変えた。

「その時の死体の様子は?」

「……確か……」

 俺は、その時の情景を鮮明に思い出そうとして気分が悪くなった。いくら見ても、死体というものは慣れるものではない。

「……おい、大丈夫か?」

 不安そうに聞いてくる九条。それに対し大丈夫だ、と答え、目を閉じ、脳裏に焼き付いた情景を思い出す。

「……死体は後ろに仰け反っていた。胸から血が流れて血溜まりができていた……くらいか」

「仰け反っていた……何かにもたれかかっていたのか?」

「……そうだとしても今度はその『何か』が分からんな」

 むぅ、と九条は唸った。不可解な点を理由付けようとしても中々進展しない。

「では、刃物はどうだ?刺さっていなかったと断言できるか?」

「それは……分からない。背中だから刺さっていても見えなかっただろう」

 血が流れて落ちているのが、その時刃物が刺さっていなかった根拠だ。

 ここまで話していて気づいたが、想定の話が多すぎるようだ。どうとでも解釈できるようで、どう解釈しても釈然としない。

「……手詰まりか」

 九条は首を振り、ホワイトボードを本の山にしまった。正確には差し込んだ、というのが正しいだろうか

「今日は解散だ。情報が入り次第メールする」

 九条はそう告げると、読みかけの本に向かった。こうなると興味をこちらに移すのは困難だ。

 俺は図書準備室を出て、帰路についた。


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