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1-4 刃物の謎

 九条が言う『調べてみよう』とは、言葉通りの意味である。

 知的好奇心に絡め取られた彼女の行動力は凄まじい。

 以前、オスの三毛猫という非常に希少価値のある猫探しに関わったことがある。今まで見たことがないそれに対し、大いに興味を示した九条は、近所にいる三毛猫の股間を確認し続ける作業を3日繰り返した末にその猫を発見した。

 そして見つかった途端、顔を真っ赤にしてこう言った。「ついやりすぎた。恥ずかしい……」男勝りな口調が無くなり、急にしょげ返る彼女の姿に俺は感銘を受けたが、3日間ずっとその作業に付き合った俺の羞恥心もそれなりだったため、あまりその時のことは思い出したくない。


 そんなわけで俺たちは事件現場にいた。


 どんなわけだ、と我ながら思う。

 もちろんただの高校生である俺に、警察が封鎖する場所を出入りする権利はない。

 だが、九条はただの高校生ではない。

 彼女の父はこの篠房市にある警察署、篠房署の署長である。

 どう話が転がったか分からないが、捜査員が全くいなくなった現場に俺たちはいるのだ。

「……相変わらずお前の親父さんは無茶苦茶だな」

 お前が、と言わないのは俺なりの優しさである。九条が頼んだに違いないからだ。

「現場検証は既に済んでいる。めぼしい証拠は全て採取したらしいから、現場を荒らして証拠が無くなる心配もない。問題はないと思うが」

 それでいいのか警察。いや、九条父。

 現場の物に触れることと、何かを持ち帰ることは絶対にしないと約束したらしいが。

 まぁ、文句を言ってもしょうがない。逆にありがたいと言うべきかもしれない。もし許可されていなければ、九条は現場に忍び込みかねない。それなら合法的に(もちろん皮肉だ)入れてやったほうが面倒がない。

「さて、その死体が立っていたのはそこか?」

 九条が指差した場所は、今でも血跡が広がっていっていた。

 大きな円と小さな円を描いた血。白ければ雪だるまのようだった。

「多分な」

 俺ははっきりと答えなかったが、九条はそれで満足らしく、観察を続けた。

「……どうやら死体が立っていたのは見間違いでも無さそうだぞ」

 断言した九条。俺は思ったことを口にした。

「何でだ?」

「小さい円が立っていた時に流れ落ちた血で、大きな円が倒れてから広がった血だろうつまり、刺されてから立っていなければこのように跡はつかない」

 九条は満足気に頷いた。立っていた死体の真相が俺の見た幻ではないことが嬉しいのだろう。

 しかし、俺には気になった事があった。

「……だとすると、刃物は死体から抜かれていたんだよな」

 刃物を体に突き刺して、すぐに大量の血が飛び出すことはない。ドラマで多く見られるこの表現は、あくまで派手に見せるためのもの。刃物自体が栓となり、血を押し留めるからだ。

 刃物が抜かれたからこそ、血溜まりができた。

 俺が見た、血を流しながら立つ死体には、刃物が刺さっていないはずだ。

 しかし。

「……俺は、死体の背中に刃物が突き刺さっているのを見た」

 俺の後に目撃した、高本さんと共に現場に引き返した時、刃物は背に突き立っていた。

 つまり、俺が1度目の目撃をするまでに刃物は死体から抜かれ、俺が2度目の目撃をするまでの1分強の間に、刃物は再び死体に刺さったことになる。

 誰がそんなことをしたのだろうか。

「ふむ、抜かれていたはずの刃物が刺さっていた……恐らく犯人によるものだな」

 死体が立っていた、とはいえ死体は死体だ。自ら刃物を抜き、そして刺した……なんてはずがない。死因が出血多量なら、抜くことは出来るだろうが、刺すことは不可能だ。

 よって、再び刺したのは犯人だ、という結論に至ったのだろう。犯行後に逃げた犯人が現場に戻り、死体に刃物を刺した。その僅かな時間の合間に俺が死体を目撃した、ということだ。

 それにしても、刃物を所持した犯人とニアミスだったというのは何とも幸運だ。出会っていたら、俺が第二の被害者になっていたかもしれない。

「何故そんなことを……何か理由があるはずだ」

 九条は眉を寄せ、首を捻る。それらの動作が様になっていて、『物思いに耽る深窓の令嬢』という言葉が脳裏をよぎった。しかし、九条の頭の中は現在、血生臭い考えが渦巻いているはずなので、見当違いもいいところだろうが。

 とりあえず俺は、思いついたことを言ってみた。

「衝動的な犯行で、慌てて逃げたはいいものの、刃物の処理に困って死体に刺した……とかはどうだ?」

 九条は少し考え、頭を横に振った。

「そんなに慌てているなら現場に戻ろうとはいないだろう。刃物をそこらに放り投げるのが関の山だ」

 確かにそうだ。それに、突発的な犯行なら刃物を持っていた理由がない。

「じゃあ、本当の凶器を誤魔化そうとしたんじゃないか?」

 本当の凶器は犯人に直接つながるもの。それが露見しないように、代わりの刃物を刺した、という理屈だ。

 九条はまた少し考え、首を傾げた。

「もし最初から殺すつもりなら、そんなものは使わないだろう。しかし、衝動的な犯行なら、刃物或いはそれに類する物を持っているのは不自然だ……ますます謎が深まってきたな」

 言葉と裏腹に、九条の表情は輝いていた。

 九条の好奇心は、少し歪曲している。知るまでに苦労があればあるほど、彼女は面白いらしい。

「犯人は危険を冒し、現場に戻ってこざるを得なかった……つまり、刃物を抜いてから、『何か』に気づいたのだろう」

 その『何か』が問題だが、一向に答えは出ない。

 俺達は疑問を残したまま、現場を後にした。

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