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6. 彼の名は

前話からぶった切ったので短いです。

彼女が果物の硬い皮をむいて、その中身をかじっていた頃、空には星が瞬き始めていた。

山に生きるものたちが不審に思うから、と言って彼女の起こした火は消させた。

龍は火を扱いはするが、本当に必要な時だけにとどめる。

一度広がればその損失が大きいことをわかっているからである。

森が焼けでもしたら、彼の愛した美しさは途端に消え失せてしまう。





「ここの空は美しいですね。」

【星は世界の力の源だからな。】

龍は自らの住む洞穴から見える空が気に入っていた。

耳をすませば、命たちが寝静まる声、草木が歌う子守唄が聞こえてくる。

目を閉じれば、星から力が大地に降り注ぐ音を感じる。

地に降り積もり、埋没した星の力を、森の向こうにある滝が汲み上げて河を作る音も聞こえる。


美しい。

ただその一言でしか表せない。



こんな夜には、とたんに寂しく、不安になることも少なくなかった。

だが今日は、やたらやかましい娘が傍にいるせいか、焦燥感に追われることもなかった。


二人は静かに星の声を聞いていた。

その静けさは、龍には非常に心地よかった。








「私の生まれたクラデリシアの国では、人に感謝をするときには、歌を歌うのです。」

【歌?】


いつの間にやら、ポツリポツリと彼女は世間話を始めていた。

常に傍に置いていた犬の話や、街で催されるという祭りというものの話。

そして、人に歌を送る習慣があるという話だ。


「どれほど自分が相手に感謝をしているのか、声と音色と表情で表現するのです。

あ、そうです龍神様の御名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?

今日のお礼に、せめて歌を捧げたいのです。」


【・・・名?】

「えぇ。」

【私は龍だが。】

「・・・えっと、そういうものではなく・・・」


その龍には名というものがよくわからなかった。

無くて困らなかったからなおさらだ。

あれは木で、滝で・・・といえばそれで都合がついた。

「私は人間ですが、他の人間と同じものではなくて、私という、フィリアという人間です。

同じ人間でも、甘いものが好きなものもいれば、辛いものが好きなものもいます。

そのような区別を表すのが名です。・・・うまく説明できないですけども。」

【ふむ・・・。】


先刻フィリアは、自分の他にも龍がいるかもしれないということを言っていた。

その名を確か、アルティナ、レイヴンと言っていたか。

彼らと会えたとき。もしも会うことができたとき、自分の名前が必要になるかもしれない。

彼らは名前を必要とし、名前を持っているのだから。


【人間よ、私には名前が無いのだ。】

「そうなのですか? ・・・それならいっそ、自身に御名前をお付けになってみるというのはどうでしょうか?」

【名前を・・・付ける・・・】

彼には考えたこともなかったことだ。

妙にむずがゆい気持ちになった。自分にどのような名前をつけるべきか。

それは彼にとってとても難しい問題のような気がした。

彼には、『龍』以外に自分を表現する音を持たない。


【・・・私にはなかなか難しい。】

彼女の他に名を持つものなど会ったこともないのだ。

【お前の方が、名については詳しいだろう。 お前が差し障りのない名を呼べばよい。】

結局、名があったところで、自分がそれをうまく使える気がしない。

ならば、名を必要としているものが名付ければ良い。


「私なんかが付けていいのですか?」

【構わん。】


うーん、と声を出して考える素振りを見せるフィリア。

数分して、すっと立ち上がり、柔らかな微笑みを龍へと向けた。


「龍神様、感謝の歌を送りますわ。

恐れ多くも私の考えた貴方様の呼び名を、歌に織り交ぜますので、聞いていてくださいな。」



あぁ、言い忘れていたんだ。

彼はふと気がついたのだが、それは彼女が息を大きく吸った時だったので、何も言えなかった。

彼には、人の言葉がわからない。

だから、彼女の発する言葉が正確にどのような意味を持っているのかはわからない。

その音を聞くこと、彼女が伝えようとしていることを感じることしか、できない。





ゆっくり、ゆっくり、音を紡ぎ始める少女。

星の声に溶け込ますように、心地よい響きを鳴らす。

美しい音色だった。

美しい声であったが、それ以上に、彼女の歌う姿が美しかった。

その長き白銀の髪は、星の光を緩やかにまとう。

翡翠の瞳は優しく煌く。

背をピンと伸ばし、柔らかく微笑みながら、歌う。


彼女は星のようだ、と彼は思った。

夜になると急に輝き出す。

特にあの瞳が、夜空の大切な宝石を思わせる。

あぁ、美しいな・・・。

人というものはやはりよくわからないが、それでもこの娘は美しい。


彼女は、普段話す時に使うものとは違う言語を使っているようだった。

言葉の響き方が違っていた。歌に合う綺麗な響きだった。

もちろん、何を言っているのかわからない。

だが、何を言いたいのかは伝わってくる。



その歌に、彼は次第に困惑していった。




なぜなら、聞こえてきたその歌が伝えてきたのは―――












―――ありがとう、大事な大事な、私の愛しい・・・―――




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