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5. 炎

その龍は、自身の住処である洞穴に降り立った。

今朝フィリアと出会った場所でもある。

背からフィリアを下ろし、―――彼女を見て呆れた。


その目はキラキラと輝いている。

言いたいことは存分に伝わってくる。


――弱っている今がチャンスです!さあ食べて私を食べて!――


先ほどまでの説明はなんだったのだろうか。

ため息をついた。

【だから私はお前を食べれないんだって】

「今ちょうど足から血が出てますよ、あまり綺麗な傷口ではありませんが、食わず嫌いはよくありませんわ!」

まずは血の一滴だけでもどうか―――! と。

何がどうして食わず嫌いの話になったのだ。


げんなりとしながら、放っておくわけにもいかない。

不本意だが、本当に不本意だが・・・仕方があるまい。


ゆっくりと、彼女の足元に顔を近づける。

彼女の顔は見ない。なんかニヤニヤしてたら嫌だから。


足に口が付くかつかないかという距離で、ふぅっと息をかける。

「・・・っ!」

一瞬炎が足にまとわりつき揺らめく。

かと思えば、その炎は瞬時に姿を消し、そのあとには、傷一つない綺麗な素足が残された。

一瞬見えたそれは確かに炎であったが、熱さも何も感じず、火傷もない。


「・・・すごい・・・」

ついさっきまで泥や血にまみれていた自分の足を眺め、感嘆の息を漏らす。

これが龍の力。

人も確かに多少は魔法を使えるが、詠唱や陣を描いたりと、かなりの集中力が必要で、失敗することも多い。

それを、この方は一息でやってのけた。

まさに神のようだと彼女は思った。


【その弱き人の身でこの山に居るのは大変だと思うぞ。早々に帰れ。】

「嫌です。こうなったら、貴方様が頷いてくださるまでは、御側を離れませんわ。」

なんとも面倒なことになったものだ。

盛大にため息をついて、やや投げやりに彼は言った。

【・・・もう好きにしろ・・・】

今日だけで一体何度ため息をついたのだろうか。

数える気にもならない。

どれだけ言っても効果がないのだから、彼は彼女が諦めるまで放っておくしかない。


ここは人間が住むような場所ではないのだ、いずれ音を上げて山を降りるだろう。





彼はそう軽く考えていたが、彼女はなかなかの根性の持ち主だった。

【・・・何してる?】

「食事の準備をしております。」


フィリアは龍の住む洞穴のすぐ目の前で、火を起こして、薄く平たい石を熱していた。

既に日は沈みかけた夕刻。

彼女の傍らには、野菜や果物がいくつか転がっていた。


さらにその横を見ると、森に落ちていたのだろう枯葉が敷き詰められ、その上に毛布が数枚敷かれていた。

出処は、彼女が持ってきていた大きな布袋。

いくら生贄に捧げられにここまで来たとは言え、なんの備えもなく着の身着のまま来たわけではないらしい。


しかしなんということだ。本気でここに居座るつもりでいる。

好きにしろと言ってしまった手前、何も言えたものではないが・・・。

数刻前の自分の発言を取り消したい気分だった。

・・・もっとも、取り消したところで彼女は帰りはしないだろうが。


ちなみに彼女が龍の近くにいて特別困ることはない。

それでも、常に独りで行動してきた彼にとって、人間というものは・・・要するに鬱陶しい。

なんとも調子が狂うのだ。無駄に疲れる。

彼女を追い払うにはその願いを叶えてやればいいだけの話ではあるが、それは多分もっと疲れる。

彼はもちろん神ではない。しかし、強い魔力を保持しているのは事実であった。

おそらくその実りをもたらさなくなったという土地も、彼が見れば人間よりは何が起こっているかわかるだろう。


星の力は平等ではない。

実り多き土地もあれば、なかなか肥えない土地もある。

この場所は特別だ。

常に星の力を汲み上げる滝がある。

そして、そこからつながるルティルスの河のほとりが恵まれすぎているのだ。

彼女の言う地域が枯れ始めたのは、自然の摂理ではないのだろうか、と彼は疑問に思っている。

常に実りある大地があるとは限らない。何かが原因で星の力が滞ることはよくあることだ。

自身に影響がある身近な場所でそれが起これば、彼はその原因を排除してきた。

しかし、知らない土地で人間が困っていると言われても、彼には関係がないことだ。


わざわざ人間のために山を降りて、息もつけないほど疲れて帰ってくる気にはならなかった。


だから彼は、彼女が諦めて帰るまで待つしかない。





フィリアはもともと所持していたらしい小さなナイフで、野菜を切って石の上に並べている。

ジュっと焼き付く音がし、野菜の中の水分が染み出した。


【星の力が流れ出てしまうぞ。もったいない・・・】

「人は弱い生き物です。火を通していないものはあまり食べられないのです。お腹を壊してしまいますから。」

【本当にお前は面倒くさい生き物だな。】

とは言いつつも、食べ物を焼くという行為は動物たちはしない。

初めて見る光景に興味津々に眺めてしまっていた。


「・・・ひとついかがですか?これはこれで貴方様にも美味しいかもしれませんよ?」

フィリアにとってはもの欲しげに見えたのか、焼き目のついた野菜のひと欠片を棒にさして差し出してきた。

ふむ、と龍はうなった。

興味はある。・・・が、この女は侮れない。

【何か企んでいるのか?】

「そんな狡猾な人間に私が見えます?」

例えば、野菜に紛れて動物の肉が入っていたり、とか・・・

「龍神様が明らかにお怒りになるようなことはいたしません。

無理に食べさせることもいたしません。」


今日出会ったばかりのよくわからない人間に言われたところで、信用するわけはない。

【モノは試しだ。いただこう。】

しかし、龍の感覚は秀でている。動物が混じればすぐにわかる。

確かに目の前にあるものは、植物と炎の香りしかしない。


棒を持つフィリアの手に間違っても触れないように、慎重に野菜だけを口で覆う。

これはなかなか、初めての味であった。


火を通すことで、水分は抜ける。星の力もやや抜ける。

しかし、火にも煌く星の力は宿っているのだ。

これはこれで、とはよく言ったものだ。

生で食べる時よりも、火が持つ星の力を移し、濃密な味わいを生み出している。

なるほど人間が星の力を溜め込むわけだ。

【しかし私はやはり生の方が好きかもしれんな。火を通しても美味いことはわかったが。】

「ふふ、人間の食べ方もなかなか粋なものでありましょう?」

そう笑って、彼女もひと欠片食んだ。




長くなったので2話に分けました。

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