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2. 龍の平穏

なんだか真面目な感じになってしまいましたが、次回からもうちょっとテンポアップしていくかと・・・。

朝露は美しい。

昨夜、見える限りの夜空を彩っていた星の力は、水を介して世界に落ちてくる。

朝日の光に輝く朝露は、落ちてきたばかりの星を宿し、強い力を宿している。

彼は、目覚めにひと雫を舌ですくい、喉を潤す。

どこか懐かしいような星の香りが、彼の身のうちに染み渡るよう。


人の感覚にわかるように例えるならば、今朝とれたての果実から絞り出した果汁のような。

きっとそんな新鮮さが似つかわしい。


大きく息を吸い込むと、星たちが残した香りがそこかしこに息を潜めている。


今日も、この大地は美しい。




彼は満足げに一歩踏み出した。




風が草木と戯れる声、動物たちが目を覚ます音を聞きながら、彼は強い星の香りに惹かれるように歩いていく。

やがて目の前に現れるのは、アルステリアの滝。最も星の力が濃厚な場所。

朝露とはまた違った水の香りに、つい口元が緩む。

立ち上る飛沫を身に受けて、彼は至福の息をついた。


あぁ、今日はなんだかとても気分が良い。


足元を流れる星の水を口に含む。


同じ水だからと侮るなかれ、味は全く違う。

こちらは例えるならば、よく煮込まれた野菜の濃厚な旨味といったところか。

芳醇な香りが鼻に抜ける。

昨日はよく晴れていたから、すっきりとした後味だ。

これが曇りや雨の日はしばらく喉に残るような感覚を覚えることが多い。

それもそれで良いのだが、やはり朝は晴れの日の翌日の味がしっくりくる。




清々しく朝食を終え、彼はまた歩き出す。


既にお気づきであろう、彼は龍であり、人ではない。

朝日の光を赤く照り返す硬い鱗、大の大人が5人は乗れそうな大きな体を持つ。

卵から孵った時から、同じような姿を持った仲間はおらず、故に名がついていないし、それを呼ぶ必要もない。

星の力を受けて、たった一頭で生きながらえてきた真紅の龍であった。



ゆったりとした足取りで、森の中にできた道を歩いていく。

彼ほどの巨体が、毎日ではなくとも頻繁に通るものだから、人が3人並んで歩けるほどの道ができてしまっている。

彼としては、仕方のないことではあるけども、森の草を踏み荒らしてしまったことにはやや心を痛めている。

なので、なるべく既に作ってしまった道以外は通らないようにしているのだ。


今日通っている道の先には、木の実がよく落ちている。

小さな実でも侮るなかれ、大地から星の力を吸い上げ、ゆっくりと熟していった実の中には、その力がかなり凝縮されているのだ。

食い尽くすことのないよう、見つけたいくつかの実を口に含む。







強欲になることなかれ。

この森には多くの命が生きている。

龍が一頭だけで守られている自然ではない。

小さな命が、それぞれの役割を全うして育まれたこの神聖な場所である。

必要な分だけ獲ればいいのだ。

食い荒らす必要はない。


龍の巨体を保っているのは星の力である。

人間のように、やれこの栄養素が、だの、この成分が、というような区切りはない。

自分の体であるが、ほかの龍の体内を見たわけでもないからよく原理はわからないが、きっと自分の中には小さな空が広がっているのだろう。

だから、星の力を適量蓄えれば朽ちることがないのだ。


彼はそのように考えていた。







そもそもの、星の力とは。

夜空から大地に降り注ぐという不可視の力である。

人間には、あまり感じられないが、この世界を満たしている力なのだ。

その星の力によって大地は肥え、綺麗な水や強い草木を生む。

星の力を龍のように蓄えれば、何もないところから火や水を生み出したり、風を起こしたりと、およそ人にできない芸当もできるようになるという。

人間たちは、その力を魔法と呼んだ。

星の力は魔力と呼んだ。

どちらも龍には馴染みのない言葉だ。

龍にとっては魔力とは生きる糧であり、魔法とはできて当然のことであった。

しかし、あまり好んでこの力を使うことはない。

それは、とても「お腹の減る」行為であるから。



彼はとても穏やかな性格だ。

生きるために魔力を得る、そのために必要な糧は植物や果実から得ていた。

動物たちの方が、魔力を溜め込んでいる。

しかし彼はあまり食肉行為が得意ではなかった。

ただの嗜好の問題である、つまり彼は菜食主義者なのだ。

もちろん、彼以外の龍は生き物を狩るだろう。

だが、彼は今まで一頭で生きてきているため、そんなことは知ったことではない。




彼は、この生活に満足していた。

美味しいものはいくらでも森の中にある。

空は美しいし、大地に生きる命も美しい。

しかしながら、岩場に腰掛け、夕日を眺めていると、ふと寂しくなることはあるのだ。

既に彼は百幾年生きているが、同じ姿をしたものは見たことがない。

自分はどこから生まれたのか。

母とは、なんだろうか。

森に生きる動物たちから学んだ、家族という存在が自分にはない。

どうしようもなく不安になって、日が落ちた後に少しだけ散歩に行くのが日課になった。

背中に生えた赤い翼を広げて、星を背にして夜空を飛ぶ。

どこかに同じ姿をしたものはいないのか、と。

人間が引いた国境など知らない彼は、大陸のいたるところを飛んでみた。

それでもやはり、見つかることはなかった。



どこかに仲間はいないのか。

悲しくなって月に向かって咆哮することも度々あった。

耳を澄ましても返事は聞こえない。

しばらくして、自分がバカらしくなって眠りにつくのだ。



それでも彼は、仲間を探しに旅に出ようとは思わなかった。

生まれてからずっといたアルステリアの山は、すなわち愛すべき故郷であるのだ。

仲間はいないが、孤独ではあるが、美しいものに囲まれて生きていけることは幸せなのだと、言い聞かせて住み続けていた。




そんな龍の平穏は、ある晴れた日に突然乱されることになる。

読んでいただいてありがとうございます。

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