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13. 夢から覚めて

寒い―――



瞼が重い



体の感覚も、もうない






最後の力を振り絞って、重い瞼を持ち上げる



世界はただ、真っ白で


開けた瞳へと白く冷たい小さな塊が無数に打ち付けられる


まつ毛に張り付いた氷が、もともとぼやけた視界をさらに見辛くする





降りしきる雪が、体を瞬く間に埋めていって


あぁ、私はこのまま、静かに白に消えていくのか と





ゆっくり



そう、ゆっくりと意識が遠くなっていく




いつも一緒だった犬や羊が脳裏をよぎる


そして、やさしく微笑むおじい様の顔が浮かぶ





さよなら ってちゃんと言えたよね  わたし


もう会えないって わかってたけど




でも やっぱりこんな こんなサヨナラは   いやだったよ


・・・ごめんなさい  もう  わたし     しんじゃうみたい











―――目を閉じかけたその時、白い世界に、真紅の大きな何かが空から降りてきた


衝撃に私の体も揺さぶられ、落ちかけていた意識を急激に浮上させられた




その紅い何かは咆哮し、空間が震えたかのような錯覚を起こす




その声は、ひどく悲しそうで



痛みを叫ぶかのようで



無情に雪を振り散らす空に泣いているように見えた








私は胸が苦しくなって、手を伸ばそうとするのに



もうこの体を動かすことができなくて



なんとか声をかけようと、唇を動かそうとするのに


出てくる音は掠れた呼吸音で








(どうして、泣いてるの)


伝えたいのに、声にならない



(あなたは、だれ・・・?)


霞む紅色に


(ねぇ、おじいさまに、わたし幸せだったって 伝えてほしいの)


届かない声を





(どうか、・・・・・・神さま、・・・伝えて・・・)





きっと、あの人寂しがるから


お母さんも、お兄ちゃんも、私も、いなくて

きっと、悲しいだろうから


一緒にいられて幸せだったって

私、これからずっとそばにいるからって、伝えてほしいの








もう一度、咆哮が聞こえた


バサリ、と音がして紅色が広がった



強い風を感じて、打ち付ける雪も激しくなった





だけど、私に降りかかる雪は、肌に触れるとじわりと熱を持ち、そのまま染み込んでいくかのようで

少しずつ、熱が体の内側に灯っていくような感覚だった



ついに、この体はおかしくなったのか



そう思いつつ紅色を見続けていた








【 生きろ。 生きて、その言葉を、自ら伝えればよい 】


頭の中にどこか聞き覚えのある声が響く




そして、ある一瞬だけ、視界のピントが合い、私はその紅色が何であるかを知る







(あなたは・・・もしかして・・・)





絵本で読んだそのままの姿の、紅き龍神は、微笑んだように見えた




【 我はお前が想像するような神ではない。 が、お前を死なせたりなどしない。 我の名は・・・ 】



その言葉を聞いた瞬間、身体が燃えるように熱くなり、私は意識を失った









     *   *   *




柔らかく、のびやかな歌声が響く。





その歌声に、緩やかに意識が浮上してくる。


目を開けると、白い世界でも、洞穴の岩壁でもなく、見慣れた天井が私を見つめていた。

あぁ、そうか、私はまたこの場所にいるのか、と瞬きをするたびに現実を思い出す。




そして、歌声が聞こえてくる方向へと顔を向ける。







「・・・あら、目が覚めた?」



部屋の中心部に置かれた柔らかなソファに身を預けている、金髪碧眼の美女は優雅に微笑んだ。






「・・・ミシェルお姉様・・・?」


彼女は、ふわりと微笑み、首を傾げる。


「おはよう、フィリア。 もうそろそろお昼になる頃よ? お寝坊さんね」

「・・・・・・どうしてここにいるのですか?」

「貴女が自室謹慎になったって聞いたものだから。 きっと退屈だろうと思って話し相手になりに来たのよ」

「お姉様、お忙しいのではないのですか?」

「兄様たちに比べれば全然暇よ。 というか、私の仕事は美しくいることとお茶を飲むことだから」


そういって、彼女は、目の前のテーブルに置かれたティーカップを口元へ引き寄せ、優雅なしぐさでお茶を飲んだ。

おそらく、彼女の後ろに控えている侍女が淹れたものだろう。彼女は表情もなく、空気のように立っている。


私は姉の王女らしく美しい姿に見惚れていた。




ミシェルは、この国の第一王女だ。

私とは違い、生まれた時から高貴な存在として、振る舞いも在り方も叩き込まれている。

私のような偽物の王女とは違う存在で、羨ましくて仕方がない。

時にその感情が、妬みへと傾くほどに。





「・・・・・・うーん、さすがに何かツッコミが欲しかったのだけど。 どうやらだいぶへこんでるみたいね」

姉はその姿とは裏腹に、親しみやすい性格で、兄姉の中では一番話しやすいかもしれない。

庶民の考えや流行などにも精通しているようで、たまにフランクな言葉が返ってくることがある。

なんとなく、その話し方を聞いていると、強張っていた体がほぐれていく気がする。



「だって、お姉様が言うと事実にしか聞こえませんもの」

「違うわよ、そこは。 『ちゃんと仕事しなさい』とか『私の方が美しいわ』とか、面白い反応を返すべきだわ」

「前半はともかくとして、後半は頷けません。 私なんかではミシェルお姉様には敵いませんわ」

「あら、素敵な賛辞をありがとう。 そうやって謙っておきながら心の中で対抗心を燃やし裏で根回しをするのが正しい社交界での生き抜き方よ」

「・・・お姉様、怖いです」


二人で笑い合っていると、扉からノックの音が聞こえた。


「失礼します、フィリア様、ミシェル様。 昼食の準備が整いました」



私の世話をしてくれている侍女二人が、食事を積んだワゴンを運んできた。

おいしそうな香りが私のいるベッドまで流れてきて、急にお腹がすいてきた。


「あらあら、せっかくだから一緒に昼食を食べようと思ってお願いしたのだけど、準備が早かったのね。 フィリアの支度が済んでないわ」

「あっ、申し訳ありません!」

先ほど声をかけてきた侍女が慌てて下がろうとするが、それを姉が苦笑して引き留める。

「私が長話をさせたのが悪かったの。 さぁ、急いで着替えてらっしゃい、フィリア」

「はい、ぼーっとしていてごめんなさい」


私は急いでベッドから抜け出て、侍女に手伝われながら支度を済ませる。

どうせ自室から出られないのだから、と髪は緩く編んでもらい、そこまで華美ではなく着心地の良いドレスを着る。

化粧も、本当に軽く済ませてもらった。





そして姉のもとに戻ると――

「あらまぁ、なんて野暮ったいこと」

綺麗な笑顔でひどいことを言われた。




「まぁ、貴女はそのままでもかわいらしいのだけどね。 謹慎だから外には出ないでしょうけど、普段そんな恰好をしてはだめよ?」

「・・・うぅ、わかっております・・・。 料理が冷めてしまうのではないかと・・・」

「ふふふ、大丈夫よ。 まだまだ色気より食い気なのね・・・」

なんだか遠い目をされた。 

それは、まぁ、姉のように豊満な胸があるわけでも、妖艶な微笑みを身に着けているわけでもないが。

どことなく不服だ。

半分は血がつながっているのだから、この子供っぽい顔や発育途中の体にもそのうち驚くほどの色気が、・・・出るかもしれない。

そう信じたい。 うん。





悶々と悩みながら、私は姉に促されて用意された席についた。









変なところでぶった切ってすいません。

不器用なキリト・レンのペアに代わり世渡り上手なミシェルのターン。

次回は楽しいランチタイムです。

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