1. クラデリシア
―――その国には、あるおとぎ話が伝わっている。
空まで届くかのように高くそびえ立つ霊山アルステリア。
その山から流れ落つ滝には、夜空に煌く星から落ちてきた聖なる力が宿るという。
アルステリアの滝は、名を変えてルティルスの河として広大な海へと流れ込む。
この一連の水と星の力の流れが、草木を育み、清らか空気を生み出し、命を繋げた。
霊山アルステリア、ルティルスの河を国土に持つ、恵の国の名はクラデリシアという。
美しき自然、アルステリアからもたらされる神聖な力・・・
神聖な国として、その国は他の国々から常に異質な目で見られていた。
それはもちろん、国土として手に入れたい、という侵略を狙う目である。
しかしながら、クラデリシア国は、建国後数百年と独立を保つことができていた。
その理由はひどく単純で、そして人間などにはどうしようもないものであった。
その国には、龍が住んでいる。
その数は非常に少ない。正確な数を把握している人間は一人としていないが、片手で数える程にしかいないとされる。
彼らは幾千年と生きると言われ、巨大な体躯は硬き鱗に覆われ、滅多に姿を現すことはない。
アルステリアから湧き出す水を好んで飲み、その星の力を体内に蓄えているため、天変地異を起こすことなど造作もないと噂される。
龍たちは自らの住む自然の美しさを愛し、彼らの生活を脅かすものがあれば容赦はしない。
そう、戦というものは御法度であった。
一度木々に火をつけようものならば、国が1つは滅びるという。
故に、クラデリシアの周辺国はうかつに彼の国へ手を出すことができない。
友好関係を結び、恵みを分かち合うことしかできなかった。
そして、そのクラデリシア国は、国を不可侵となさしめている龍を神のように崇めていた。
日々の恵みを龍に感謝し、土地を耕して生きていた。
戦をする必要もなく、森や河に入れば果実や魚が容易に手に入る、まさに楽園のような環境。
やがて、収穫の善し悪しを龍の気まぐれと、病や天災を龍の怒りと認識するようになっていった。
龍の気を収めるためにどうすればよいのか。
幾度目かの地震が訪れたとある時代に、当時の王は考えた。
考えて、考えて、考えて―――
彼は、自分の娘を龍に捧げ、その龍の力で大地の揺らぎを止めた。
幾度目かの病がはびこるとある時代に、当時の女王は考えた。
考えて、考えて、考えて考えて―――
彼女は、不可侵とされている自国を逆手にとり、他国に侵略をして特効薬を作る技術を得た。
その際に、自身の夫をある龍に捧げ、その龍の力を利用して国を征服したという。
龍との取引には、人の命を要する。
龍とはすなわち神であり、その力を借りるのはもはや禁忌である。
そのような恐怖が、そうして人々に浸透していった。
そしてクラデリシアの人は龍の力を借りることを断念した。
豊作も凶作も、病も天災も、あるがままを受け入れるようになっていった。
そうして時代を重ねていくうちに、長寿であるはずの龍もいつの間にかいなくなり、その存在は伝説になった。
クラデリシアは貿易大国となり、容易に他国に侵攻されるような危うい国ではなくなった。
人間として、自立していったクラデリシア。
訪れた平穏な時代。
その時代になって、国中に伝わるようになった物語があった。
―――その物語の舞台は、アルステリアの山の中。
まだ、龍が伝説と言われるようになる前の物語。
―――クラデリシアの王女が、とある龍を訪ねて言った。
―――どうか私を、食べてください―――