第7話 とりあえずでトリカラッ!
目を開けると昨日と同じ、姿見と扉があるだけの白い部屋に僕は居ました。
昨日ほどではないものの、軽い眩暈を覚えて顔を顰めていると姿見に映った狼の獣人が見えました。
たった一日、それも数時間を過ごしただけだというのにコレが自分の体だという違和感はもうありません。
それよりもユーノとして、ユグドラシルを冒険できるという期待が大きく、胸がワクワクして不安だの違和感だのを感じている暇はないんです。
すっかりガーディアンズにハマった僕ですが、昨日はその後ログインすることが出来なかったので、今日は思う存分遊ぶつもりで朝の7時からこうしてやってきたのでした。
春休みバンザイです!
というわけで、僕は始まりの広場にゲートを使って移動すると、九柱神殿に向かいます。
九柱神殿は石造りの巨大建築物です。
イメージとしてはギリシア風神殿とローマの闘技場とドーム式野球場を足して割ったような建物です。
中央部には円系の広場とそれを囲む観客席が、そして外周部にはプレイヤーが使えるサロンや個室、システム周りやマナー関係などの苦情を聞きフォローしてくれる制作者側のゲームマスター、通称GMがいる受付、そして特技や必殺技、魔法の取得が行える施設などが集まっています。
正面の高さ5mはあるだろう巨大な門を潜るとそこは大きな広間になっており、パーティを組む仲間を募集する人や早くもギルドを立ち上げたらしくギルド員を募集している人などがいます。
種族も年齢も様々が人たちが楽しげに語らう様は、見ているだけでも気分が浮き立つものですねぇ。
僕は彼らを楽しく眺めながら外周に沿うように作られている回廊へと向かいました。
キョロキョロとしながら神殿内を眺めているとなんだか明るすぎて不思議な気分になります。
こういった建物は明りとりの窓などがあっても隅には暗闇が出るものなんですが、九柱神殿の中は常にどこまでも明るく保たれており、いかにも歴史がありそうな建物なのに現代の電灯の灯った建物を歩いているような……これもしばらくすれば慣れるのでしょうか?
そんな益体もないことを考えながら歩いていると目当ての一角が見えてきました。
そこは回廊の両脇に等間隔に扉が10個ほどあり、何人かが扉に触れて何かを操作しています。
その内の1つ、人のいない扉に触れると目の前にディスプレイが現れました。
「ルーム77、月の部屋……これですね」
目的の部屋を指定し、呼び出しボタンを押せば部屋の主から招かれる筈ですが……僕はなんとなくノックをしていました。
というかノックの音って聞こえるの? 不安に思っていると、扉が開かれました。
「おはよう。いらっしゃい、ユーノくん」
「はい、おはようございます。ディアナさん」
出てきたのは桜色の着物を着た黒髪の美女、ディアナさんです。
招かれるまま部屋に入ると机に設置された水晶から投影されるディスプレイを見てリンさんが爆笑しているところでした。
って、タンクトップにショートパンツって……えらくリラックスした格好してますね。
「おはようございます、リンさん。なにを見てらっしゃるんですか?」
キッチン付きワンルームとでもいうようなこの部屋はディアナさんの『マイルーム』です。
『マイルーム』というのはようするに僕がログインしたときに出現するあの白い部屋のことで、本人なら街の中ならどこからでも、他の人は九柱神殿の一角にある『私室』エリアで部屋の主に招かれると入ることが出来ます。
木目の家具や竹の装飾など和風を基調としたディアナさんのマイルームには畳が敷かれて食卓と座イス&座布団セットが置いてあり、なぜかシステムキッチンが備え付けられていました。
なんでもβテストの参加者は、特権でその時のマイルームをそのまま使えるそうで、ディアナさんはかなり嬉しそうです。
もっとも、ある種のタイムロックが掛けられており、ロックが解けるまで自室から持ち出すことが出来ないので、売って資金にしたい連中からは不満が多かったとリンさんが笑っています。
「丁度良いとこに来たわね。ユーノは今日配信された『|TODAY’S YGGDRASILは見た? 見てないの? ならこっちに来て見てみなよ」
ニンマリと笑っているリンさんが手招きし、座っている座イスの横をパンパン叩いています、そこに座れってことですね。
なんでしょう? なんだか微妙に嫌な予感がするんですが……まあ、配信番組にも興味はありますし見てみましょう。
やたら肌の露出が多いリンさんに内心ドギマギしながらも僕が隣に座ったところで、リンさんはモニターの役割をしてくれる『遠見の水晶球』を操作して、どうやら既に見ていたらしい番組を初めから流し始めました。
キャスター役はサージャリ―さんですか、インド風のトーガを着て濃い色の肌と漆黒の髪を持つ女性で、たしか公式NPC紹介に載っていましたね。
ふむふむ、日本サーバー初日の利用者数は5万人突破ですか、トリアングルムの販売台数がまだ10万台越えた当たりですからかなり良い数字に思えます。
初日ですでに15レベルに達した人が108! 僕なんかまだ5レベルなのに。
最長接続時間は23時間59分って、丸一日ログインしてた人がいるんですね……って8人もいるんですか!?
すごいなぁ……あ、健康を害する恐れがある為8時間以上の連続ログインはおやめ下さいか、そらそうですよね。
っと、もう最後のコンテンツですか。
なになに『ユグドラシル☆珍プレイ!好プレイ!』? へー、スポーツ番組でたまに見るアレですよね、これは結構面白そうな……え? ちょっとその3位って……まさか。
……森の中を狼王を追って走る獣人キャラクターが映っています……なになに、プライバシー保護の為、実際のキャラクターとは違うビジュアルになっております?
うんまあ、確かに僕とは違う感じのキャラクターが木から木に跳び移ったり崖を跳び下りたりしてますね……。
「ってこれ!?」
思わず立ち上がった僕を見て堪え切れずにリンさんが笑いだし、実はキッチンからこちらを伺っていたディアナさんも肩を揺らして笑っていたのですが、僕は映し出される光景に夢中で気付けませんでした。
そしていよいよ獣人キャラクターが崖を跳ぶところがやってきました。
結末は予想通り……崩れた氷の足場とともに獣人キャラクター……はい、僕ですね、僕が落下して行きました!
そして地面に激突! って明らかに岩場なのになんで人型の穴が開いてるんですか!?
自分じゃ分からなかったけど、僕の死に方ってあんななの?!
というかそれよりも大事なのは……。
「ええええええっ!? なんですか、これ?」
「あっはっはっ、やっはりこれユーノなのね。なかなか面白いコントだったわよ」
「コントっ!? ちょっ、それ酷いです!」
「あっはっはっ、ごめんごめん」
「いや、てかコレどうやって撮ってるんです?」
「天上の眼よ」
香ばしい匂いを漂わせるお皿を手にディアナさんもソファーにやってきました。
うん、そのディアナさんも半笑いですね……そりゃもう見てるんでしょうしね……しくしく。
「天上の眼……ですか?」
「ええ、街中やボスエリアなんかの一部の地域に設置されていて、キャラクター同士、NPCやボスモンスター、ネームドモンスターとの戦闘、会話があるとそれを録画してサーバーが自動選別する機能があるの」
「ん~、なんか覗き見されてるみたいですね」
「どっちかというと監視カメラよね。PKは禁止されてないけどセクハラだったりチートだったりを通報だけで対処するのは難しいからね~。取り締まりに使ったりもするわけよ」
「一応、利用規約にも記載されているのよ? ……まあ普通はそこまで読んではいないかもしれないわね」
利用規約の所で目を逸らした僕を見てディアナさんが苦笑しています。
いやだって、あんなだらだら長くて専門用語満載のものを最後まで読むのは難しいですって!
「まあ、そうは言ってもやっぱり見張られてるみたいで嫌だって意見もあるからね、これはそういう人たちを納得させる手段の一つなんでしょうね」
リンさんがそう言って水晶球から映し出されるモニターに注意を向けました。
そこでは6人パーティ×2の12人が、草原の15レベルエリアボス『ジャイアントウォーカー』と戦う様子が移し出されています。
どうやら現在のトッププレイヤー達の一団らしく、正式オープン初日の最高レベルエリアボス打倒で好プレイ第一位に輝いたようです。
全体的に連携が出来てるというかあの草原にいた初心者達、もちろん僕も含めてです、に比べると動きの質が違います。
とくに目を引くのはヒゲを生やしたオジさん戦士の人でしょうか、戦闘開始からジャイアントウォーカーの正面に陣取り一歩も引くことなく渡り合っています。
あとは……ヒゲの人の横で思い切りよく攻撃している女戦士と二人の後ろから魔法で援護している魔法使いの女性もなんだか目をひきますが……あの鎧を着ていない女性! 凄いです!
時に攻撃、時に味方の援護と常に動き回っています、僕もあの人みたいに戦えるようがんばりましょうと思ってしまうほど凄いです。
「こうやって色々な使い方が出来るんですよっていうのを見せているってこと。ユーノくんも運営に貢献してると思えば良いわよ」
「そうそう、こういうのに出るってのはある種のイベントみたいなものだから、楽しんだもの勝ちってこと」
微笑みながら料理を3人に取り分けているディアナさんと僕の耳を撫でてくるリンさん。
そいうものなんですか? う~ん、ならまあちょっと恥ずかしいですけど仕方ないのかもしれません。
……というか、この美味しそうな匂いが気になってしかたないんですが……。
「うーん、やっぱ青騎士のおっさんが飛び抜けてるな」
「そうね……というかリンはもうちょっと守りを気にするようにしなさいそうしたら、青騎士さんにも負けないと思うわよ?」
「いや~、侍の時の癖が抜けなくってさ」
うう、お二人はモニターで繰り広げられている戦闘が気になるようですね、あのディアナさん、手を止めないでください……これ僕も食べて良いんですよね?
ん? というか、あれ? なんかこの感じだと……。
「あの~、もしかしてお二人ともこのヒゲの戦士の人とお知り合いなんですか?」
話し続けているところに恐る恐る声をかけると二人は顔を見合わせ、楽しげに笑い合いました。
「知り合いって言うか……なあ?」
「ええ、知り合いもなにも私達もここに居るわよ? あ、ほらこれがリンよ」
えっ? ……確かに言われてみればヒゲの人の横にいる女性戦士はリンさんっぽいかもしれません!
となると、二人の後ろで援護魔法やら攻撃魔法やらを連発してる人が?
「そうすると、こちらがディアナさんですか?!」
「そうよ……ちょっとユーノくん? そんなに熱心に見られるとちょっと恥ずかしいわね」
「いや、だって、それって凄いんじゃないんですか?」
「そんなことないって、本当は青騎士のおっさんとこのギルド員12人でやる予定だったらしいんだけど、二人に急用が入っちゃったんだって」
「ええ、それでたまたま挨拶に来ていた私たちが穴埋めで入ったのよ」
「まあでも、お陰で経験点もお金もけっこう入ったし美味しかったわね。おっさんに感謝しなきゃ」
「ちょっと、リンったら言い方が下品よ」
あああ、失敗しました。
驚いてつい質問したら会話が弾んじゃいました~、ううう、早く食べたいのに~。
とその時、くぅ~、と僕のお腹が鳴りました……どんだけ高性能なんです、トリアングルム?!
「あら? ふふふっ、ごめんなさいね。男の子にお預けさせたら悪いわよね」
「さっきからやけに尻尾を振ってると思ってたら、唐揚げにつられてたわけね」
くぅ、ばれましたっ。
このお二人には恥ずかしいところを見られ続けているような気がします。
だけどホントに美味しそうなんです、この唐揚げ!
「はい、じゃあ熱いから気を付けてね? どうぞ」
目の前に差し出されたお皿には今だ湯気を上げている唐揚げとドレッシングの掛ったサラダが盛られていて、お箸もちゃんと準備されています。
「はい、いただきます!」
香ばしい匂いに我慢できず箸で持ち上げた唐揚げにかぶりつくと、衣はサクッと皮はパリッとしていて中からジュワ~と熱い肉汁が出てきます!
サラダはレモンの酸味と塩味がしっかりして、レタスのような葉物野菜がシャキッと瑞々しくて口の中をさっぱりさせてくれます。
ううっ、サラダの後に唐揚げを食べるとなおさら美味しい~~~!!
「はふっ、美味しいです~~~!」
「あ、先にずるいぞ。アタシもいただきま~す……うん、うまい!」
「それは良かったわ。さて、それじゃ私も……うん、良いわね」
あまりの美味しさにがつがつと食べる僕とリンさん。
そしてそれを見て嬉しそうにしていたディアナさんも一口齧り満足そうに頷いています。
「これ、この鶏肉! しっかりと歯ごたえはあるのに柔らかくって、凄いです!」
「ホントよね~、やっぱりジャイアントウォーカーの肉は美味しいわ~」
そうそうジャイアントウォーカーの……って?!
驚きのあまり思わず吹き出しそうになっちゃいましたよ。
またお二人に笑われてしまいました。
ちょうど今、モニターの中でヒゲの戦士の攻撃を喰らい倒れたジャイアントウォーカーは、体高4mのドードー鳥……ダチョウのような絶滅種をモチーフにしたモンスターです。
強靭な足から繰り出すキックと遥か高い位置にある頭部にあるクチバシの奥から火を吹いて攻撃してくる15レベルエリアボスです。
見た目的にはとても美味しそうには見えないんですが……まあ唐揚げに罪はありませんよね、美味しいものは正義です。
「ふふっ、気に入ってくれたみたいね。さて、そんなユーノくんに提案なんだけど……牡丹鍋を食べてみたいと思わない?」
「はふはふっ……ん、んん? 牡丹鍋……ですか?」
「味噌と野菜もばっちり入手してあるから、あとは肉を狩ればオッケーよ」
えっと、牡丹鍋というともしかして?
「もしかして、10レベルエリアボスのブルボアですか?」
「お、ちゃんとエリアボスの下調べもしてるのね」
「ええそうよ、というわけで今日は猪狩りをしましょう!」
偉い偉い、と言って頭を撫でる……というか耳を撫でるリンさんを見て、何故かディアナさんも僕の頭を撫でながら宣言しました。
えっと、もちろん異論はありませんが……もしかしてお二人とも結構な食いしん坊?
……いや、僕も人のことは言えませんけどね。
唐揚げもサラダも美味しかったです、ごちそーさまでした!
……振りすぎたせいか、尻尾の付け根が痛いです……おいしかったから良いですけどね!
感想などお待ちしております。




